NOVEL

週末は命懸け2 「罪」 -8-

「全くお前という奴は!!」
 そう言われても、俺のせいか? ちょっと首を傾げるところだ。
「まあ、済んだ事は気にするな」
「お前が言うな!! あの後俺がどれだけ苦労したか!!」
 そんな事言われてもな。俺の知った事じゃないし。
「まあ、良いじゃないか。それで? 最近どうだ?」
 相変わらず昭彦はマメに中西聡美の動向を気にし、お節介してるらしい。
「……本当、危なっかしくてさ」
 俺からしたら、お前の方がよっぽど危なっかしい。……それでいて、本人はそれが異常だとは思わないんだから、頭の痛い話だ。
「……それでお前、毎日追い掛け回してるのか?」
「誤解招く表現するなよ? ところでさ、彼女、何処に住んでるか知ってる?」
「……は!?」
「……いや……昨夜……九時過ぎに会ったんだけど……」
「……部活帰り?」
「うん。女の子の帰る時間じゃないからさ。俺、心配して送ろうとしたんだけど……」
 おいおい。
「……途中で消えちゃったんだ」
「……そりゃ本人バイト帰りだろう。警戒されたんじゃないか? お前」
「……バイト?」
「……スーパーのレジ打ち」
「……ああ、そう言えば……近くにあったかも。それよりさ、彼女、今日、学校来てないみたいなんだ。だから、どうしたのかその……お見舞いでも行こうかと思って」
「……避けられてるんじゃないのか?」
 報告じゃ『何か』あったって聞かないし。
「……風邪だって聞いたけど……でも……」
「……要はお前が行きたいんだな?」
 仕方ない奴。
「だって心配だろ?」
 だからもう、それ、常識の範囲外、越えてんだよ。判ってないだろ、昭彦。それもう、『親切』の枠越えてんだよ。……そんなの。
「放っとけよ」
「……放っとけないよ。だって目を離したら彼女……すぐにでも、消えてしまいそうで」
 だからさ、その『目』が既にただの『親切』や『お節介』越えてんだよ。たぶん、自覚してないんだろうけど……。
「……状況が状況でなけりゃ、俺はお前の『春到来』を祝福してやるとこなんだが、やめとけよ。馬に蹴られるつもり、毛頭無いけどお前……厄介過ぎるんだよ」
「だからそういう『誤解』すんなよ、郁也。そういうんじゃないんだ。ただ、心配なだけなんだ」
 嘘言うなよ。お前の『目』がそれ、裏切ってんだよ。『親切』なんかじゃない。十分『本気』で……何かあっても引けなくなってる。だったら『邪魔』したって無駄ってもんだけど……判ってるけど、そういう『目』を見てたら、水差してやるたくなるんだよ。……深入りするなって。
「……どうしても?」
「……譲らない」
 きっぱりと。仕方ないから……俺は溜息つく。
「何かメモにする紙、貸せ」
「……やっぱ知ってるんだ?」
 こういう事になるって……判ってた。昭彦からルーズリーフ奪って住所と地図書く。
「……見舞いに行くなら、花くらい買えよ?」
「ありがとう、郁也」
 にっこり笑って言ったりするし、こいつ。
「……付き合ってくれるか?」
 げんなりする。
「……あのな、それくらい……」
「だって俺、女の子が好みそうな物、判らないし。なあ、付き合ってくれよ? 頼む。この通り!」
 拝んだりするし。……お前……俺にそういう事……やめろよ……そっちは鬼門だってのに……。
「なっ? 頼むって!!」
 そこまで深々と頭下げられたら……。
「……ああ、もう判ったよ。鬱陶しい奴。付き合えば良いんだろう?」
「さんきゅ!! 郁也!!」
 満面の笑み。……やめとけよ、昭彦。ろくなもんじゃねぇってば……。

 結局花屋に付き合わされ、俺は昭彦の予算に合わせて花をコーディネートしてやった。って、本来そんなのは『花屋』に任せておきゃ良い事で、どうしてこの俺がしゃしゃり出て来なきゃならないのかが、判らない。
「じゃ、このボロアパートが中西の家だ。部屋は二階。二〇三号室。上手くやれよ。俺はもう、帰るから」
「……上手くって……郁也……」
「……あのな、これ以上俺に付き合わせるなよ?」
「……判ってる。嫌々付いてきたのくらいは」
「…………」
「……悪かった。じゃあな、郁也。有り難う」
「……別に。じゃあな、昭彦」
 俺は背を向けた。さっさと退散しよう。こんなとこ、長居したらどんな事になるか……。
「何であんたがここにいるの!?」
 ……とか言うのもいるかも……って!!
「ちょっと!! 一体あんた何のつもり!?」
 太田知子!! 鬼門No.1!!
「……っ!!」
「自分が元凶と知っててここにいる訳!?」
 だから厭だったんだ!! 俺は!!
「もしもし!? 中西!?」
 昭彦の声。ぎょっとして上を見る。……昭彦が二〇三号室から出て来る。
「……どうしよう……郁也……!! 中西がいない……!!」
 呆然と、した。
「……いない?」
 すると背後で金切り声が上がった。
「何ですって!? 三十八度の熱があるのよ!?」
 誰の事か、聞かなくてもすぐ判った。
「……とにかく、部屋にはいないんだな?」
「捜さなくちゃ!!」
 昭彦は後先考えずに駆け出す。
「どうしてあんた達がいたのよ!! 藤岡君がいるのもあんたの差し金!?」
「……昭彦が俺の言う事なんか聞く訳無いだろ? それより、太田も捜さなくて良いの? 中西」
「っ!!」
「……たぶん、ビルの屋上なんか怪しいと思うぜ? 昭彦の『意見』参考にするならな」
「あんたなんかに言われたくないわよ!!」
 太田は駆け出して行った。俺は携帯を取り出す。
「……もしもし? 俺」
〔……郁也様ですか?〕
「中西聡美だけど……今、何処にいる?」
〔……永津二丁目高木ビル前です〕
「ビルに昇ろうとしてる?」
〔……今のところは。大分ふらふらしています〕
「三十八度だそうだ。無理ないな。そのまま追跡頼む」
〔……了解〕
 舌打ちする。慌てて太田を追い掛ける。
「太田!! そっちじゃない!! こっちだ!!」
 何、とでも言いたげな太田の腕掴んで、俺は走った。
「昭彦!! こっちだ!!」
 すぐ気付いて、昭彦もやって来る。……しかしすぐ、俺を追い抜かして行く。……おいおい、それで良いのかよ? 判ってるか? 目的地。高木ビル前に見覚えのある男がいた。ちらりと見ると、上を見た。俺はそちらを見る。屋上の給水塔に人影が見える。昭彦はすぐ判ったらしくて、先に向かってる。俺は中原を見た。中原は無言で右斜め後方を見た。そこにはバンが止まってる。中に人が乗っている。そこにいる連中も顔見知りだった。俺も太田と共に階段を駆け上がる。屋上に着いた時、昭彦が給水塔に上がった中西聡美を説得してる最中だった。
「降りて来いよ!! 『鳥』になる必要なんて無いんだ!! 『人間』は普通、そういう処から飛び降りたりしたら、死ぬんだよ!!」
「……だって……」
 何処か遠くを見てる目で、中西聡美はぽつりと言う。
「……だって『あの人』は帰って来ないんだもの……」
 心臓を、掴まれる思いだった。
「……だから『鳥』にならなきゃ……『鳥』ならきっと……見てくれるもの……」
「……聡美……っ!!」
 太田が悲痛な声を上げた。
「……どういう事だ?」
 小声で囁く。
「……あの子は……聡美は……滝川さんが……『撮影』に行ってると思ってるの……だから……」
 思わず額に手をやった。……たぶん、下では『彼女』が飛び降りても何とかなるよう『準備』している。……ただ……。
「『鳥』になる必要なんてない!! 君は、君の事、好きでいてくれる人達裏切ってまで、そうなりたいの!?」
 昭彦が叫ぶ。
「……だって『鳥』じゃなきゃ……『鳥』じゃないと……『あの人』……滝川さん……『私』の事なんて……見てくれないもの……」
「君は本当にそれで良いの!?」
 昭彦が怒鳴る。
「そこから飛び降りたりしたら、『死ぬ』だけだよ!? 誰も喜ばない!! 君の両親も、太田さんも、『滝川守』さんも!! 君は『鳥』になんてなれない!! それに『滝川守』さんは死んだんだ!! 君を庇って!! 君はその『想い』を犠牲にする気!? 『命』を張ってまで君を守ろうとした『滝川』さんの『想い』を無駄にして、『滝川』さんが守ろうとした『君自身』を殺す気なの!? それで良いの!? 君は『滝川守』さんの『遺志』を裏切ろうとしてるんだよ!?」
 血の気が、引いた。俺だけじゃなく、太田知子も。中西聡美も。
「……昭彦……っ!!」
「……本当にそれで……良いのっ!?」
 昭彦は叫び、中西聡美に両手を差し伸べた。
「……あ……っ……」
 中西聡美が、一瞬、視線を彷徨わせた。何処を見てるとも知れない目。
「君の幸せは、誰か他の人を悲しませないと、傷付けないと、手に入らない物なの?」
 嘆くような、声で。中西が、昭彦を見る。まだ、焦点の合わない目で。
「……それが君の望み……?」
「……っ……!!」
 中西が、声にならない悲鳴のような咆吼を上げた、気がした。……実際には、何も聞こえやしなかった。ぶるぶると震えて、歯の根をガタガタ震わせて、何処か遠くを見てる目で。
「……違うんだろう?」
 ひどく、優しい声で。
「……大丈夫。恐くないよ。目を開いて。君は一人じゃない。滝川さんは確かにもう、いないけど。だけど君は一人じゃない。家族もいるし、もし必要なら僕だっている。だから、帰っておいで。恐い事なんかない。誰も君を傷付けない。皆君を愛してるんだ。大事に思ってるんだよ? だから、怖がる必要なんてない。泣きたければ泣けば良いんだ。叫びたかったら叫べば良いんだ。皆君の事、好きだから。だからいつだって甘えて良いんだよ? 幸せの形なんて一つじゃない。誰だって、いつだって、幸せになんてすぐなれるんだ。君が、そう望みさえすれば」
「…………っ」
 中西は昭彦を見た。はっきりと。
「……おいでよ」
 昭彦は笑った。中西は躊躇うように、けれど微かに何か呟いて。
「……聡美っ!!」
 太田が叫ぶ。中西がそちらを見る。
「……知子……」
「……一緒に帰ろう!!」
 太田の言葉に、中西は僅かに微笑む。
「……受け止めてあげるよ。心配しないで」
 昭彦が言う。中西はようやく屈み込み、給水塔から降り始めた。昭彦が中西を受け止め、床へと下ろす。太田が駆け寄る。俺はそれをぼんやりと見ていた。
「……郁也」
 昭彦がこちらへと来る。俺はまともに視線合わせられなくて、そっぽ向いた。
「……郁也。あのさ……聞きたい事があるんだけど」
「……はあ?」
 わざと俺はつっけんどんな返事をした。
「……お前さ、どうして中西さんを追い掛け回した?」
「……どうだって良いだろ? んな事」
 仏頂面で突っ返す。昭彦は俺の顔を覗き込むように見る。
「……お前さ、中西さんの事、別に好きじゃないだろ?」
「うるさいな。他人の事、構うなよ」
「……でも、お前の性格から言って何の理由もなく、そういう事しないだろ?」
「お前に何の関係があるってんだよ?」
「……お節介は重々承知だけどさ、長年の付き合いで判るんだ。お前、何か目的あってそういう事しただろ?」
「お前、俺の女房かよ?」
「……大体、お前ってのは本当、呆れるくらい素直じゃなくてひねくれてて、屈折してるんだから。大体、想像はついてるんだけど……」
 思わずカッと血の気が昇った。
「……なっ……!!」
「……郁也、お前……太田さんの事、好きだろ?」
「……何バカな事言ってんだ!! そんな訳ないだろっ!? 俺が好きなのはナイスバディで性格良くて、女らしい美少女だっ!! 少なくとも、こんなペチャパイでがさつで男勝りでブスな女じゃないっ!!」
「…………」
 昭彦は疑わしげな目で俺を見た。
「本当だって!! 何だよ!! その目!!」
「……嘘つき」
 ふと、鋭い視線を背後に感じた。
「……悪かったわね。ペチャパイでがさつで男勝りでブスで」
「……っ!!」
 声も出ないくらいぎょっとした。いつの間にか、すぐ傍に太田がいた。
「……私、あんたみたいな男、嫌いよ」
「……知ってる」
 俺は答える。
「あんたみたいに軽薄でしつこくて、常識無くて我儘で高飛車な男、大嫌い」
「……だから知ってる。心配しなくても、俺は君に何も期待してないから」
 言うと、太田は目を見開いた。
「……俺は何も欲しくなんか無い。安心したか?」
「…………」
「……心配しなくても、今後中西にも大谷も近付かないから」
「…………」
「……そんな目をしなくても、二度と話し掛けたりしないから、安心して良い」
「……何考えてるの!?」
「……俺に出来る事なんて他に無いだろ?」
 苦笑した。
「だから、二度と近付かない」
「……どうして……」
 言い掛けて、太田は顔を背ける。
「……悪かったと思ってる。俺に出来る事なら、謝罪でも何でもする。……謝って済む問題じゃないのは判ってる。俺に出来る事は他に見つけられないから、今後二度と近付かない」
「……どうしてこんな事、したの?」
 参ったな。それを言わせる気か?笑うしかない。
「……話、を」
「……え?」
「……話をしたかった。……それだけ。それ以上、何も望まなかった」
「……そんなっ……!!」
「……バカな真似をしたと思ってる。取り返しは付かない。頭を下げろと言うなら、下げても良い。それくらいの事はしてるからな」
「……今更頭なんか下げられたって……!!」
「……むかつくだけだろ? だから、俺は消える。その方が良いだろ? じゃあな」
 言って俺は一人、階下へ降りた。誰も、ついて来なかった。太田は困った顔で俺を見てる。……昭彦の大バカ野郎。TPO考えずに、余計な事口走るから。階段降りる途中で携帯取り出し、中原に掛ける。
〔……はい〕
「俺」
〔……見てましたよ。撤収準備は完了しています〕
「……じゃあ、そのまま撤収してくれ」
〔……良かったですね〕
「……何が」
 憮然とする。
〔……別に〕
 含み笑いで。……むかつく。
〔……ああ、そうだ。郁也様〕
「……何だ?」
 苛々と聞き返した。
〔……今日は、暁穂様はお出掛けしていらっしゃいます。まあ、米崎なんかはいますが、ご自宅には誰もいません〕
「…………」
〔……お望みなら、俺も何処か消えますが?〕
「……判った」
〔……では、また明日にでも〕
「……悪かったな」
〔……別に。貸しを作っておくのは、俺の『趣味』ですから〕
「……おい?」
〔……ご心配なさる事はございませんよ。では〕
 プツ、と切れた。舌打ちする。……あの野郎、一体何考えてる?
 と、中西と太田の声が聞こえてきた。俺は慌てて階段の扉を開けて通路へと隠れた。
「……本当に大丈夫? 聡美」
「平気。ごめんね、知子」
「……私は別に。……私こそ、ごめんね? 聡美」
「……知子に謝られるような事、されてない」
「……聡美……」
「……心配掛けて、ごめんね? 知子、私の所為で、いつも苦労、してる」
「そんな事無いよ!!」
「……知子がいるから……私……」
「……聡美……」
「……知子がいなかったら……私……きっと今頃……生きてないから……」
「……聡美!!」
「……幸せなんて……私に一生そんなの、縁あるかな?」
「聡美!!」
「……藤岡君て……不思議な人だね。きっと物凄く幸せな人なんだ。……滝川さんと同じだね。同じ匂いがする……」
「…………聡美……」
「……滝川さんは……幸せなんて何処にでもあるって言った。……私にはまだ良く判らない。私、贅沢なのかな? それとも我儘?」
「……聡美……」
「……滝川さんは幸せを感じる事は、道端の石ころを拾い上げるような作業だって言った。……だとしたら私、幸せなのかな? 幸せなのに、それに気付いてないだけなのかな?」
「……聡美……」
「……私には知子がいるから……知子がいてくれるから、十分幸せなのかな? 私、知子の事好きだし、知子が傍にいてくれると嬉しいし」
「……聡美……有り難う……」
「……お礼言われるような事、言ってない。言わなきゃならないのは、私の方。私なんかの傍にいてくれて、本当に有り難う。大好きよ、知子」
「……私も大好きよ、聡美」
 ……何て言うか……女同士ってなんて恥ずかしい台詞を……。
 階段降りて行く音聞きながら、俺は他人の告白シーンを見てしまったかのような気まずい感じになってしまった。……何だかなぁ。良く判らないけど、女同士の友情って濃くないか? 俺にはあんな台詞、死んでも言えない。言葉なんか出さなくても……たぶん……昭彦も俺の事、判ってると思ってるし。
 昭彦と俺の付き合いは、昭彦が小学四年の時転校して来て、たまたま俺と下校途中に目が合って……俺の事大きな目で、じいっと見て。あんまりマジマジと見てるから、俺がアイツに声掛けて。……当時俺は滅茶苦茶怖がられてた。アイツだけは、俺が乱暴な口調で話し掛けても、全く動じずににっこり笑った。
『うん、良いよ』
 二つ返事で。何も考えてないのか、大物なのか。俺はどちらも『当たり』だと思ってる。昭彦は確かに幸せな奴だ。苦労なんてした事無いし、家庭も平和円満。だけど、ただ幸せなだけじゃなくて……何だかひどく居心地良くて。文句言いながら、結局俺に付き合ってるし。
 階段を降りる。ゆっくり、静かに。外に出て……俺は待った。こつん、こつん、と音がして、昭彦がようやく降りて来た。何度も後ろ振り返りながら。もう誰も、屋上にはいない筈なのに。何を考えてるんだか、俺には判りゃしない。マイペース小僧め。
「……昭彦」
「……郁也?」
「お前、今日、暇か?」
「え? うん?」
「……今日、うち、誰もいないんだ。……来るか?」
「うん」
 昭彦は頷いた。……だから、俺達は連れ立って歩いた。触れ合わないけど、確かに触れ合っている。空気のように、傍にいて。
「……何する?」
「……試験勉強でもするか? お前の苦手な数学」
 にやりと笑ってやると、
「郁也ぁ! 遊びに行くんじゃないのかよ!! 俺は!!」
「俺がこんな親切に申し出てるのに、お前という奴は本当恩知らずだな。だから女の一人も落とせないんだ」
「……誰がだよ!! 大体、郁也、誤解してるようだけど、全然そんなじゃないんだよ!! ただ、中西さんはちょっと放っとくには不安で、だからお節介しただけで全然他意は……!!」
「……確かに中西ほどの美少女はなかなか希だし、プロポーションも抜群だし、幸いな事にお前嫌われてはないようだし、それどころか中西聡美の普段の態度からしたら、破格の待遇だしな、お前。昔から女子供に警戒されにくいよな? やっぱ『犬』系だからか? お得だよなあ、昭彦」
「だから違うって!!」
「……お前、自分の顔、鏡で見てみたら? そしたら納得するんじゃねぇの? 俺だけじゃなく、他にも言われなかったか?」
「……確かに太田さんも似たような事言ってたけど、ちっともそんなんじゃないんだって!! 俺はそんな不純な動機で中西さんに近付いた訳じゃなくって、もし、これで彼女が立ち直るようなら俺、今後彼女には関わらないつもりだし!!」
「……それだけはやめておいた方が良くないか?」
「……何でだよ?」
 自覚無いし。……仕方ないな。
「……たぶん、彼女はまだお前を必要としてると思うぜ?『友達』で良いから、彼女を勇気づけるくらいの事してやれよ。じゃないとあのタイプ、内に溜め込みやすくて閉じこもるから、また同じ事の繰り返しだぜ? 中西には太田みたいなしっかりタイプも必要だけど、お前みたいな脳天気男も必要なんじゃない?」
「……その『脳天気男』ってのは何だよ?」
「中西は悲観主義者だけど、お前は楽観主義だって事。悲観主義も悪くないけど、それだけじゃ人生やってられないからな」
 昭彦が目を丸くして、俺を見てる。
「……何?」
「……いや、別に」
 そう言って、笑う。……何だ?
「……とにかく、たまには違う『空気』吸わせてやれって事」
「……判った。ありがとう、郁也」
「…………」
「やっぱ俺、郁也と『親友』で良かった」
「……は?」
「……こんな風に、話せるからね」
 ……意味不明。
「俺と、郁也は全然違うけど……それで世の中上手く行くんだよな?」
「……楽観主義者め」
 呆れた。昭彦は照れ笑いする。
「……声、掛けてくれて有り難う」
「……は?」
 何言ってるんだ?こいつ。
「……おかげで後悔しないで済む」
 嬉しそうに、笑ってるし。……つられて笑う。
「……バッカじゃねぇの?」
「……まったそういう事、言うし」
 笑い合いながら、家へと向かった。


〜エピローグ〜

「……本当に良いの?」
 少年が聞いた。男は苦笑する。
「……何が?」
 少年は困ったように微笑した。
「……判ってるクセに」
 男は笑って答えない。
「……そんなに大切?」
「……そんなんじゃない。ただの退屈しのぎさ」
「……そんな事言って……素直じゃないんだから」
 くすくす、と少年は含むような笑い方をした。
「……出て来たよ」
「……頼めるかい?」
「……今更」
 少年は笑う。
「……僕がどう答えるか、知ってるクセに」
 男は無言で笑う。少年は笑って、それから駆け出す。車のライトが明滅する。悲鳴のような急ブレーキ。衝撃音がして、車が急回転して電柱へと衝突して、止まる。青のアウディ。それ程変形はしてない。バタン、と音がして中から女が出て来る。
「ちょっと何よ!!」
 道端には少年が転がっている。
「ちょっと!! あなた!!起きなさいよ!! 何寝てるのよ!! 何処か打ったの!?」
 女は乱暴に少年を揺り動かす。少年は目を開けない。女は悲鳴を上げる。……少年はうっすらと目を開ける。
「……あっ……」
 少年の掛けた眼鏡のフレームは曲がっている。レンズにはひびが入っていた。
「……え……?」
「大丈夫!? 意識ははっきりしてる!?」
「……ここ……」
「あなたが飛び出して来たのよ!!」
「……お姉さん……誰ですか……?」
「…………っ!!」
 女は唇を噛んだ。
「……ここはひとまず、病院よ!! 家は何処!?」
「……近く……です……」
「じゃあ、病院もこの辺で良いわね!? あなた一人なの!?」
「……そう……です……」
「……すぐ連れてってあげるから!! 良いわね!?」
 女は少年を車に乗せると、慌ただしくバックして暴走して行った。それを見送って男はにやりと笑った。胸元からイヤホンを取り出し、装着する。
「……感度良好」
 男は物陰から立ち上がった。懐からカメラを取り出し、シャッターを切る。それから青い塗料がべったり付いて削られた電柱をカメラに収める。辺りに散らばる血痕も。そうしてもう一度『現場』全体を撮る。
「後は『合成』でもどうにかなる……」
 男は笑った。

The End.
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