NOVEL

週末は命懸け -5-

「おはようございます」
 目覚めたら、すぐ目の前に中原の顔があってびっくりした。
「……おまっ……!!」
「とても素敵な寝顔でしたよ、郁也様」
「……変態か、お前は」
 むくりと起き上がる。中原は上半身裸のまま、珈琲を俺に渡す。黙って受け取って飲む。中原は髪を結わえてない。どうやら、つい今し方、シャワーでも浴びたような風体だ。
「……お前、寝たのか?」
「ご心配なく。俺はそれ程ヤワじゃありませんから」
「……ああそう、俺と違ってな」
「……拗ねてるんですか?」
「誰が。……俺もシャワー浴びる」
「……食事どうします?」
「……任せる」
 寝起きの頭、ガシガシ撫でながら、ガウン脱ぎ捨てて浴室入る。頭洗って、身体流して、ぼんやり湯船に浸かってると、正気付いてくる。
「……あ、そうか。ここ、磨りガラスだった」
 今更気付いたけど、もう遅い。外、見たけど別に中原は覗いたりしてなかった。……奴もそんな暇じゃないか。立ち上がり、バスタオルで身体拭いて、着替えが無いから取り敢えず絨毯に落ちてるガウン、拾い上げる。
「……郁也様」
「!?」
「……服の事ですが、次はこれで。新しい下着はこれです」
「…………」
「……何見てるんですか?」
「……っまえっ……!!」
「……ああ、色っぽい格好ですね? 俺を誘惑するつもりなら、もう少し時と場所を選んで下さい。では」
「ちっがうだろっ!! てめーはっっ!!」
「はい?」
「……見るなよ!!」
「見るなって郁也様……」
「とにかくあっち行け!! 変態!!」
「……はいはい」
 溜息つきながら歩き去るけど、お前!! 元はといえばお前がいけないんだろーが!! ったく!! 人が無防備な時に、気配無く近寄るなっての!! ……あああ、油断した。寝起きとは言え、不覚……。全裸見られた……。全然隠して無かったのに……。最悪。……油断する俺が悪いんだが。
 うんざりしながら、中原が用意した服、目を遣る。……また、『女装』だ。女物の下着付けて、ウエスト後ろで結ぶワンピース。……はっきり言ってツーピースの方が体型誤魔化せると思うぞ。幾ら俺が華奢だといえ、致命的に『腰』と『尻』が無いんだから。まあ、上に上着羽織ればある程度は誤魔化せるとは思うけど……何なんだ? この少女趣味。……絶対、アイツ、遊んでる。
 ここまで来たら泣き喚いて抵抗したり、しないけどだからってこんな……。俺、こんなに何度も脱ぎ着してたら、『本番』で女の子脱がせる時、失敗しないな。……でも、初めてなのに脱がせるの上手ってそういうの……何か……虚しい。
 何だか笑いの発作が込み上げてきそうだ。頭を振ってさっさと着替える。こういう状況に慣れてきた自分が厭になりそうだ。着替え終えて、中原の方へ行く。中原は珈琲カップ片手に、モバイル叩いていた。バンダナはしてない。俺を見ると、手を止めて立ち上がる。鏡台の方へ促す。俺は中原の引いた椅子に座る。中原は無言で俺の髪を梳かし始める。昨日のウィッグ手に取り、取り付けて俺の髪に馴染ませる。やけに慣れた手つきのそれを、俺はぼんやり見つめる。お嬢様風のシニョンにして、薄化粧施す。
「……やけに手慣れてるな」
 昨日は気付かなかった。
「まあ、色々とね」
 中原はにやりと笑った。
「……役に立つとは思いませんでしたが」
 俺は憮然とした。自分が用意したクセに。
「良くお似合いですよ、郁也様。惚れ惚れします」
「……うるさい」
「郁也様が女の子に育っていれば、どれほどの美少女でしたでしょうね?」
「……しつこいぞ」
「本日限りと思うと、実に名残惜しいです」
「……全くその通りにして欲しいな。こんな真似は二度と御免だ」
「……似合うのに」
「じゃあ、てめぇが自分でやって見ろ!!」
「駄目ですよ、俺じゃ似合いませんから」
「大体そういう問題じゃないだろう!!」
「女装お嫌いですか?」
「当たり前だ!! お前の耳は節穴か!? 俺は最初からこんな変態な真似、厭だと言ってるだろう!!」
「それは女装趣味の男性方にとって、差別ですよ」
「俺にそんな趣味は無い!! やらせてるのはお前だろうが!!」
「……良いじゃないですか。違和感無いんだから」
「うるさい!! 俺は今、そういう事言ってるんじゃ無いだろ!!」
「……ああ、恥ずかしかったんですか」
「……っ……まえっ……!!」
「大丈夫。郁也様は十分『美人』な『男の子』ですよ。例え『女装』が同年代の誰より似合っても」
「…………っ!!」
「……俺的には、女装姿より本来のお姿の方がそそりますから。安心して下さい」
「……お前なぁっ!!」
「そんな照れないで下さいよ。言ってるこっちが恥ずかしくなるでしょう?」
「誰が照れてる!!誰が!!」
「あ、口紅塗る前に、食事しましょう。……そろそろ届いてるでしょうから」
 中原はくるりと背を向けて、シューターの方へ向かう。俺はげんなりする。……どうせ、アイツにはこれくらい朝のレクリエーションくらいにしか感じて無いんだろうな。俺は繊細な思春期の少年だってのに。溜息つく。
 テーブルの方行くと、目玉焼きとトースト二人前があった。中原が新しい珈琲を入れてテーブルに置く。俺が座ろうとすると椅子を引く。促されるままに座った。既に、モバイルは片付けてある。……素早いというか。
「……で、結局何が判った?」
「……大体、メンバーは絞れましたよ。いちいち名前言ってもご存じ無いでしょうが」
「……それで?」
「『裏切り者』は少なく見積もって二十二人はいます。そのうち、七人は私が再起不能にしましたから……」
「……再起不能じゃなくて、殺したんだろうが」
「……殺したのと再起不能と合わせて、です」
「……お前、な」
「……手加減は、実力差が十二分にある時に出来るものです」
「……じゃあ、そんなに強かったのか?」
「いえ、単に俺が腹立ててたからです」
「…………」
 やっぱコイツ、質悪い。
「でも、上層部で怪しい連中はいません」
「……おいおい、『下』の暴走だって言うのか?」
「……『頭脳』は外部でしょう」
「……『外部』? 『久本』の事狙ってる奴か?」
「そこまでは。ただ、社内電話やインターネット以外の手段で連絡取ってるようですね」
「…………」
「……密通者、がいるんでしょう。おそらく」
「……それ……」
「貴明様は当然ご存じでしょう。貴明様が管理してらっしゃるんだから」
「……だったら何で……」
「泳がせてるんでしょう? 『本体』探り当てるのに。……あの方はそういうとこ、抜かり有りませんから」
「……何でわざわざ失敗すると判ってる事する?」
「さあ。『趣味』かそれとも相手の油断誘ってるか……いずれにせよ、俺が関知する処じゃありませんから」
「……どいつも揃って『他人』の迷惑考えない連中……」
「たまの気晴らしにはなるでしょう?」
「なるかっ!!」
「……まあ、この機会に不穏分子全部煽り出して、始末するというのも後顧の憂いを晴らす為にも、良いかとは存じますが」
「……俺はそのダシか?」
「良いダシでしょう。替えが無いのが、辛いとこですが」
「……あのな」
「……『偽物』が『囮』にしか使えないのは、内部の人間が混じっているからですが、取り敢えず掻き回す意味合いではまあ、使えるでしょう」
「……使えるって、何が」
「……今日から、『予定』とは別行動に出るんですよ。更にもう一人、『囮』を増やします」
「……増やすってそんな簡単に……」
「……最初から『偽物』だって判ってるのは、要らないんですよ。だから、それとは別に限りなく『本物』に近い『偽物』が要るんです」
「……それってお前そっくりな『偽物』も要る訳か?」
「俺ほどの美男子じゃありませんがね」
 ……ぬけぬけと。
「……なあ、気になってんだけど、その『偽物』って俺と同い年?」
「……そうですね。その筈ですよ」
「……会った事無いよな」
「会う必要ありますか?」
「……無いけど」
 だけど、俺の『身代わり』って……。
「……何人いるんだよ」
「……正確には『一人』ですが、今回は余分に用意してあります」
「……『余分』にってお前……」
 モノじゃねぇだろ。
「同じ背格好の同じ髪の色の少年なんて、世の中ザラですよ」
「……じゃあ、『一人』ってのは、俺そっくりなのか?」
「会ったらドッペルゲンガーかと思うかもしれませんね」
「…………」
 うわ、会いたいような、会いたくないような……。
「でも、全然違いますけど」
「……中身が?」
「……中身も」
「……そっくりなんだろ?」
「……全く同じになんて出来ませんよ」
「……そりゃそうだな」
 そんな奴いたら、気持ち悪い。
「……俺の兄弟じゃないだろうな?」
「ご心配なく。貴明様のご子息はあなたお一人ですし、あなたの母上にも他にお子様はいません」
 何だか苦い気分になった。
「……それから、貴明様も、あなたの母上も一人っ子でしたので、血縁という事は有り得ません」
「…………」
 囓り掛けのトーストを皿に置いて、珈琲を口に運ぶ。そうして立ち上がる。
「……もう宜しいんですか?」
「……いい」
「……足りますか? それで」
「余計なお世話だ」
「ちゃんと食べないと、肉付きませんよ」
「放っとけ!! デブ!!」
 中原は肩をすくめた。
「……母上の話題持ち出したの、そんな気に入りませんでした?」
「……余計な事言うな」
 睨み付ける。
「……足手まといになられたら、こちらが迷惑なんですが」
 ムカついた。
「うるせぇよ!! 俺がいいと言ってるんだから、それで良いだろ!? 足手まといなら置いてけよ!!」
「……郁也様。『仕事』なんですよ?」
「それがどうした」
「……あなたを一人、置いてきぼりにしたら、俺はボディーガード失格だ。当然職は失う。それを当然と知って、言いますか?」
「お前の都合なんて知らない!!」
「あなたの我儘なんて知ってますがね!!」
 中原は両手で掴みかかる。俺は一瞬、逃げそびれた。
「……あんまり俺をバカにしないで下さい」
 冷たい目で。……ぞくりとした。心底凍りそうな瞳。絶対零度の声で。
「……例えあなたの事が『大嫌い』でも、俺はあなたを命に代えて守ります。それが俺の『仕事』で俺が納得して受け入れた事ですから」
「…………っ」
 声が、出なかった。蛇に睨まれた、蛙みたいに。冷や汗が、流れる。
「……あまりふざけた事おっしゃると、口が利けない身体にして差し上げますよ? まあ、身体に傷を付けたり命に関わる事をするのは、契約違反ですから方法なんてたった一つですけど」
 狂犬のような目つきで。……喉が、カラカラで……とても声が出ない。
「……俺がいつも、ギリギリの処で精神を保っている事、全くご存じ無いようですね、郁也様。知ってたらそんな台詞、出て来よう筈もありませんが」
「……っかはらっ……!!」
「……俺は元々、穏便に『人間』と会話できるような男じゃありませんからね……『暴力』でしか『他人』と関われない……これでも十年前に比べたら随分マシになったと思うんですが……」
「……っ!!」
 ギリギリと首を締め上げられる。気が……遠くなるっ……!! 中原の腕が、スカートの中へ侵入してくる。慌てて俺は抵抗する。喉が、肺が、悲鳴上げる。新鮮な空気と、体の自由求めて暴れる俺を、中原は難なく片手で押さえ付ける。
「……殺したりしませんよ。安心して下さい」
 冷たい目だった。何にも映ってない。俺は死に物狂いで暴れた。中原はそれを嘲笑うように見つめる。空虚な笑みで。
 首筋の腕を離して、代わりに俺の右肩を押さえ付ける。暫し、目が合った。
「……っかはら……っ!!」
 嗄れた、声。苦しくて、涙が両目からこぼれ落ちた。咳き込みながら、それでも俺は中原の目を見た。……何も無かった中原の両目に、初めて哀れみの色が宿った。
「……どうやら化粧やり直しですね」
 俺は声が出なかった。判らなくて、中原の目を見た。中原は微笑した。
「……やり過ぎましたね。おとなげなかった」
「…………」
 いつもの、中原だった。
「郁也様も、挑発するからですよ」
「……俺の……せいかよっ……!!」
「……この期に及んでそんな口が叩けるなんて、イイ度胸ですが、安心しました。無理に食べろなんて言いませんが、最低限の自己管理は責任持ってして下さい。……幼児じゃないんですから」
「……っ!!」
「……そういう気の強いところ、俺は好きですが長生きできませんよ、郁也様」
「!!」
 腹は立つけど、何も言えなかった。ぶるぶる震えていた。怒りと、羞恥で。……恐怖では、無かった。たぶん、恐怖なんかじゃない。何か弄ばれたような気がして。大事なもの、粉々にされたような気がして。
「……お前……っ!!」
「そんな涙目で凄んでも、迫力無いですよ」
「お前一体何考えてんだよっ!!」
 涙が、情けない事に溢れて止まらなかった。そんなの、カッコ悪いって判ってるのに。
「お前、何考えてんだよっ!!」
「……服が汚れますよ」
「……そういう問題かよ!!」
 睨む。中原は困ったように笑った。
「……俺は『狂犬』なんです。判っているけど、これはもう性分だから仕方無い。……俺だって本当、これじゃ駄目だって判ってるけど、止められない。人を傷付けるしか能が無くて……だから、『他人』と対等に付き合えない。……相手が俺と同じ『人種』なら良いんでしょうけど……そんな『人間』この世にいるなんて思えない」
「…………」
「……『狂ってる』んですよ。俺と会話出来る人間なんてごく少数だ。俺は仕方無いから、大多数に合わせるしか無いけど……時々おかしくなるんですよ。発作みたいに」
「……さっき、みたいに?」
 すると中原は苦笑いする。
「……そう見えるんなら『そう』なんでしょう」
「……お前、『自制』し過ぎなんじゃないのか?」
「……『人間』のフリしないで、この世の中生きていけると思うんですか?」
「……自分は『人間』じゃないとでも言うのか?」
「……少なくとも、俺自身はこんな存在[もの]そうだと認めてませんよ」
「……こんな処で爆発するくらいなら、もっと他で発散しといたらどうだ?」
 すると、中原は乾いた笑い声を上げた。
「……あなたも無茶言いますね」
「……迷惑だ」
「他人の迷惑はどうだって良いんですか?」
「……お前こそ。『それ』は『人間』相手じゃなきゃ駄目なのか?」
「……まさか、罪も無い犬猫にでも向けろと?」
「そうじゃない。そうじゃなくて……例えばサンドバックとか」
「……ああ、そういう健康的なモノで、ね」
 揶揄するような笑み。
「……何か文句あるのかよ?」
「……いえ、俺の気持ちなんてあなたには一生判らないのだろうなと思って」
「判ってたまるか!! お前みたいな変態!!」
「ええ、そうでしょうとも。全くね」
 にっこり笑って。……ヤな男だ。
「……謝れば良いのかよ?」
「何を?」
 けろりとした顔で。……全くこの、二重人格。何なんだよ、その豹変振りは!! ああ、腹立つ!!
「さて、化粧直しましょうね」
「…………っ」
 鏡台の前、座らせられる。ファンデーションとマスカラが涙で剥げて、物凄い事になっている。服は何とか汚れてない。
「これは全部落とさないと駄目ですね」
 何か嬉しそうな声で。無言で睨む。中原はクレンジングで化粧落として、下地からやり直す。鼻歌なんか、歌ってないか? この男。
「……そんなに楽しいか?」
「まあね。久し振りの娯楽ですから」
 俺は思わず睨む。
「ああ、顔歪めないで下さい。曲がりますから」
「……こんなゆっくりしてて良いのかよ?」
「何言ってんですか。まだ、八時前ですよ」
 楽しそうに言う。俺は憮然とする。
「はい、出来ました♥」
 げんなりしながら立ち上がる。
「……それで? 何処行くんだ?」
「……『偽物』の一人が八時十五分前、行動開始します。ですから、もう十分してから出ましょう」
「……アシは?」
「……二本の足があれば暫くは十分です」
「……おい」
「……では、今から私も『仮装』しますから」
「……『女装』か?」
「そんな訳無いでしょう? そんな事したらかえって目立ちます」
 判ってるっての。
「じゃ、暫くお待ち下さい」
 十分で出来る『仮装』……別にそんな大した事は……。
「えっ!?」
 手にしたハサミでばさりと落ちた髪。
「……何ですか? 変な顔して」
「……お前……それ……」
 トレードマークの長髪、切り落としたり、して。
「……髪も染めるんですから、暫く邪魔しないで下さい。時間無いんですから」
「…………」
 ずっとそれ、こだわりあるのかと思ってたぞ? そんな簡単に切っちゃうんだ? 十年前から、その髪型しか見た事無いのに。
 中原は淡々とした表情で、前髪もカットして、手際良く茶髪に染めていく。出来上がった姿見て、この男は一体誰だろう、と思った。
「……何て顔してるんです?」
「…………随分印象変わるもんだな……」
「ああ、それはね。でも、その方が良いでしょう? 先入観あると、誤魔化されやすいでしょう?」
「……別にこだわり無かったんだ?」
「……ああ、髪? アレは別に良いんです。美容院代ケチってただけですから」
「……美容院代ケチってた!?」
 だってベンツやBMW乗る男が!? アルマーニのスーツなんか着たりする奴が!?
「何か他に意味あると思ってました?」
「……でも今、お前自分で切っただろう……」
「必要に迫られましたからね」
「……だって……」
「……ただケチるだけなら、そうすれば良かったと? まあ、それはそうですが、やはり『他人』の目を誤魔化すにはこれくらいしないと」
「……その為にずっと同じ髪型してたのか!?」
「……別にそういう訳でもありませんが。ま、良いじゃないですか。そういう細かい事は」
「……大体、美容院代ケチる男が何で、メルセデス乗ったりするんだよ」
「……あれは貴明様からの『現物支給』です」
「いつもバカ高いスーツ着てるし!!」
「あれも、『支給品』です」
「じゃあ、お前そんな生活苦労してるのかよ!!」
「……いえ。ただ、貯金と金の掛かる『趣味』持ってるだけです」
「……金の掛かる『趣味』?」
「……ま、良いでしょう? そんな事は」
「……ギャンブルか?」
「違いますよ。……別に、郁也様、女房でも何でも無いんですから、深く追求しないで下さい」
「…………」
 意外な事、聞いてしまった。……この男、ただのカッコつけだと思ってたのに……。けど、だったら何で高級レストランとか好きなんだ? コイツと食事行くと、いつもそういうトコだぞ!? 俺にタクシー代出したり……。理解出来ん。
「さ、出ましょう」
 ラフな服に、サングラス掛けて。……何か派手な男……。何がって上手く言えないけど、いつもより派手なんじゃないか?
「何て顔してるんですか?」
「……いや、別に」
 わざわざ口に出して、コイツ喜ばす気無いけど、身長あるし筋肉質だし、顔立ち自体は(一応)整ってるし……いつも前髪で目が隠れてるからあれだけど……実は凄い『目立つ』男なんじゃねぇ? ……何か厭……こんな男と歩くの。
 でも、他にどうしようもないし、やっぱコイツと歩かなくちゃいけないんだろうな。溜息つく。支払いして、荷物最低限にして出る。空は厭になるほど、良い天気だった。全くもって不毛な事に、こんな天気に俺は男と(しかも派手な)あと最低七時間過ごすらしい。泣けてきそうだ。しかもコイツ、『らしく』見せる為とか言って、俺の腰に手ェ回して来るし。俺は震える手でハンドバッグ握り締めてる。
「……何、ヒール歩きにくいですか?」
 そういう問題じゃないだろう。俺は無言で睨み付ける。
「……でも、レンタカー借りると免許証見せないといけないし」
 要するに身元がバレるってんだろ? そんなのはどうだって良いんだ。俺は。
「そうだ、バス乗りましょう」
 はぁ!?
「観光客用のがあるんですよ。一日観光の。乗り降り自由で身元確認不要の」
「…………」
「……あ、それで今から、喋り方変えますから文句言わないで下さい」
「…………」
 この男、昨日一体何してたんだろう……。今日は一日遊ぶつもりか? ……理解出来ない。

To be continued...
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