NOVEL

疑似現実(ヴァーチャルリアリティ) 第二話

 今度は一体何だ? 十分身構えて装置──可動する寝台に身体を横たえて、変態マッドサイエンティストのサディスト黒木が操作すると、手足・頭部に刺激等を与える装置などで拘束され、疑似現実[ヴァーチャルリアリティ]を感じられる疑似体験[トリップ]が開始される──に乗ったつもりではいたけれど。
 目の前の光景は、それまでの予想を遙かに上回る、非現実的な空間だった。
「宇宙船!?」
 民間人──ただし、大金持ち。一般人はお呼びじゃない──が利用できる月面基地への宇宙旅行などというサービスが存在する事は、この研究所に来て新聞を読んで知っている。だが、現在のところ、太陽系以外のところへ人間が行けるほどの技術はまだ開発されていない。架空の宇宙船内のコックピットの正面にある巨大なディスプレイには、真の闇──架空の宇宙空間──が映し出されていた。そして、その操縦席には、やはりというか、予想通りに、黒木がいた。
「今回は宇宙船で、私は操縦士、君はオペレーターという設定だ」
「……その設定は一体誰が考えるんだよ」
 俺は脱力したくなる。
「だが、我々は不幸な事故によって異星に漂着し、そこで宇宙船の修理をして、また宇宙空間を飛翔する事になったのだが、その操縦士は、実は異星で異星人の卵を産み付けられていて、それが宇宙船内で孵化して、謎の異星人が誕生するらしい」
「……は?」
 俺は思わず自分の耳を疑った。
「……ちょっと待て、黒木……っ!」
「ということで、カナ君。君が、この異星人を倒さない限り、君はこの異星人に襲われ、雌雄同体の異星人の卵を生み付けられてしまえば、ゲームオーバーだ」
「……本気か?」
「そういうシナリオ、設定になっている。というわけでカナ君。逃げたければ逃げたまえ。ただし、ここは宇宙空間、宇宙船内で、救命艇は壊れていて脱出不可能。おとなしく襲われるもよし、何か異星人に対抗できる武器を見つけて応戦するもよし。頑張ってくれたまえ」
「ふざけんな!」
 そう叫んだ途端、黒木の背中がパックリと割れ、無数の触手が現れた。
「!?」
 思わず恐怖感と嫌悪感で、身がすくむ。だが、笑みを浮かべた黒木の瞳に直視された瞬間、脱兎のごとく駆け出した。が、勢いよく床を蹴りつけた途端、ふわりと身体が上昇し、狭い船内の天井部分へとぶつかり、跳ね返された。
「……っなっ……!?」
「ちなみに船内は居住区以外は無重力だ。逃げたければ、そのつもりで逃げたまえ」
 黒木の方を振り返ると黒木は無数の触手を船内の壁や天井いっぱいに広げ、姿勢を安定させた状態でゆっくりと、しかし確実にこちらへ近付いてくる。……マズイ。慌てて走ろうとするが、足が上手く動かず、つんのめって床にダイブする羽目になる。コックピットの隔壁に近付いた。だけど、隔壁の開け方が判らない。
「ドアを開けたければ、その赤いボタンを押すのだよ、カナ君」
 揶揄するように、黒木が言う。思わずカッと頬に血が上る。とにかく逃げなきゃ。でなきゃ一体何をされるか判らない。赤いボタンを押して、隔壁を開くと、狭い通路に出た。通路側にも赤いボタンがあったので、それを押すと、隔壁が閉まった。やった。これで少しは時間が稼げるはず。とにかく黒木を撒いて、武器を探そう。船内の構造がどうなっているかは不明だが、とりあえず居住空間とやらが怪しい。、見取り図や案内表などがないか目を走らせながら、通路を走る。真っ直ぐ走ると、広い空間に出た。そこには、小型艇や救命艇が並んでいる。救命艇は使えないと言われたが、小型艇はどうだろう。……しかし、調べてみるとロックされていて開けられない。武器になりそうな物を目で物色していると、工具箱が見つかった。中にはスパナ、ハンマー、電動鋸などがある。俺は迷わず電動鋸を手に取った。抵抗・応戦して良い、という事だから、この際日頃の恨み積もりも含めて、ぶっ殺してやる。ここは疑似現実空間だ。何をやっても現実じゃない。それは俺がいつも黒木に言われている事だが、その逆だってある筈だ。この空間での罪が、現実で問われないというのならば、やりたい放題だ。いつだって俺だけがやられている事はない。やられる前にやる。見てろよ、黒木。ふざけんな。
  と、そこへ異星人と化した黒木が現れる。背中から生えた無数の触手以外はほぼ人間に見える。顔が冷血・冷酷な黒木そのままなのが、こんな時だというのに、何だか笑える。
「ほう」
 黒木は面白そうに顎を撫でて呟き、頷いた。
「電動鋸とはな。……それで私の身体を裁断する気か?」
「応戦しても良いと言ったよな。二言はないだろう、黒木」
「君も実に楽しそうだ。この趣向を喜んでもらえたようで感無量だ」
「誰もそんな事は喜んでねぇよ!」
 俺は思わず怒鳴りつけてしまう。この男は判ってきたようで、全く判らない。一度何を考えてるんだと、とことんまで責め上げて絞り出したい。
 俺は電動鋸の電源を入れた。ウィーンというパワフルで軽快な振動音と共に、鋸の刃が動き出す。細かく切り刻んでやるから、覚悟しろ、黒木!!
「うぉりゃぁっ!!」
 ようやく慣れて来た無重力空間で、勢い良く飛びかかり、電動鋸を突き出すように、叩きつける。表面張力で球体となる血飛沫や、切れ目を入れる時に細かく砕かれた肉片を飛び散らせながら、黒木の肩から腹にかけて、みるみる内に裁断される。最後まで力を緩めず切り落とすと、黒木の上半身と下半身が別々になってぷかりと浮かぶ。
「……言い忘れていたのだが」
 ……何!?
「今の私は地球人ではなく、異星人の苗床、もっと簡単に言うと、卵や雛が育つための餌なので、人間に見える部分はいくら切っても効果が無いのだが」
 黒木はそう言いながら、触手を伸ばし、俺の腕を絡み取る。
「……そっ……」
 思わず絶句する。
「そういう事は先に言え!!」
 電動鋸は奪われ、俺は天井高く掲げ上げられる。じたばたと暴れるが、まるで効果は無い。くっくっく、と黒木が哄笑する。
「君があんまり嬉しそうだったので、言い損ねてしまったようだ」
 ……絶対わざとだ。そうに決まってる。くそ。
「ここは工具や機械が多すぎる。アスレチックルームへ移動しよう」
「……アスレチックルーム?」
「運動をするための部屋だ。ここと同様無重力だが、全ての内壁・床・天井に衝撃吸収用のウレタンが敷き詰められている。そこでならば、どんなに激しい運動をしても、怪我する事はほとんど無い」
「ふぅん、そんなものがあるのか。……ってちょっと待て、黒木。なんで激しい運動なんかする必要があるんだよ! おい!!」
「期待には応えないといけないからな」
「どんな期待だよ!! てめっ、くそ!! 変態!! 下ろせ!! 下ろしやがれ!! や、やめろっ!!」
 殴りかかろうとすると、俺を拘束している触手が揺れるために、狙いが定まらない。今度はどんなプレイを強要されるのかと思ったら、背筋がぞっとして、思わず震えた。それを見て黒木が無言で笑みを浮かべた。
「……人に期待されるのは、嫌いではない」
「してねぇよ!!」
  泣きそうな気分で叫んだが、黒木は全く異に介しない。結局俺は逃げられずに、アスレチックルームとやらに連行される。だが、黒木はそこでも俺を解放しようとはしなかった。
「おい、黒木。なんで……っ」
 黒木は無言で冷酷な笑みを浮かべた。ぎくりと身をすくませた瞬間、無数の触手が一斉に襲いかかってくる。
「うっ、うわああぁぁぁぁぁあっっ!!」
 俺は思わず悲鳴を上げた。無数の触手は、俺の両手両足を拘束し、あるものは首筋に、あるものは乳首に、あるものは俺の中央にぶら下がる分身に吸い付いて、ちゅくちゅくとどろりとした液体を吐き出して舐め始めた。
「なっ、な、な、な、なっ、何なんだよ!! 黒木!!」
 パニックに陥って、俺の声は裏返った。説明を求めて黒木を見ると、黒木は真顔で説明し始める。
「単なる消化活動だ。体液を吐き出して、少しずつ消化して、柔らかい肉の部分に卵を産み付ける。大丈夫、痛くはない。君に感じられるのは快楽だけだ。体液には、脳内麻薬の分泌を促す成分もあるから、最高の悦楽を味わえるだろう」
「て、てめぇっ、黒木!!」
 思わず悲鳴を上げた。
「殺すなら一息に殺せよ!! その方がマシだ!!」
「誰も君を殺すとは言っていない。君は異星人の苗床になる過程で、現実には到底得られないだろう快楽を得る。異星人には触手とは別に生殖器官もあるから、安心したまえ」
「やっぱりそう来るのかよ!!」
 思わず叫んだ。
「……とりあえず君の精神安定上、人間に模した姿で犯される方が良いだろうから、人間型で交尾する。お望みならば『ネトネトグショグショグッチョリバージョン』とか色々あるそうなんだが」
「だからそのシナリオとか設定って、一体誰が考えてるんだよ!!」
「私の前任者や部下達だ。残念ながら私にはそういう奇想天外な発想をする能力は無い。若者達は、実に面白い奇抜な事を、次々に考え出すものだ」
 真顔でそう言い、一人頷く黒木に殺意を覚える。
「……てめぇ、黒木……殺す……っ!」
「できるものならばやってみたまえ。ただし、この疑似現実空間でな。現実世界では君にそれは許されていない。君は私に触れる事無く研究所の優秀なSP達に殺されるだろう」
「……くろ……き……!」
「では、始めようか」
 黒木がそう言うと、先ほど俺が切断したはずの上半身と下半身がくっついて、普通の人間のように歩き始めた。だが、背中からは相変わらず無数の触手が生えたままだ。思わずぞくりと身震いする。黒木がおいでというように、手を振ると、触手は俺を黒木の方へ運ぶ。
「てめ……っ!」
 目に滲む涙を振り払うように、力一杯首を振る。
「お前なんか死んじまえ!!」
「残念ながら、私はまだ死ぬわけにはいかなくてね」
 黒木は冷酷に笑う。
「少なくとも現在やっている研究が一区切りつくまでは、例え死んでも生かされる契約になっている」
「……なっ……どういう……?」
 意味だ、と聞き返そうとした時、人間型黒木に不意に抱きしめられ、首筋に顔を埋められた。
「……っ!?」
 ぺろり、と黒木は、体液で濡れた首筋に舌を這わせ、舐め上げると、それを味わうようにしばらく舌の上にそれを乗せ、それからゆっくりと嚥下した。
「甘い香りがするな。これはある種の蘭の花に似ている。植物学は担当ではないから、何という花だったかは記憶にないが、確か研究塔で嗅いだ臭いだな。あれを再現したのか。良い出来だ。味は、花の蜜に似ているな。だが、少し酸味がある。汗の臭いや味も混じっているようだが、これは君のものだな」
「ここは現実じゃないんだろ!?」
「ああ、そうだが」
「じゃあ、それは俺の汗じゃねぇよ。違うものだ」
「……なるほど。人間の汗に似た成分も混じっている可能性があると、そういうわけか。無論、ここでの分析は、全てが架空のものだという事からして、単なる無駄で、唯一重要なのは、計測結果だけだが。無意味な事をするのは嫌いではない」
「……てめっ……く、黒木……本気でやる気か?」
「このまま最後まで君をイカせてあげても良いのだが、それもまた酷なのではないかな、カナ君。……だったら、出来うる限り君の要望に添ってあげたいと思っているのだが。既に、苦しくなってきてるんじゃないのか?」
「じ、地獄に堕ちろ……っ!!」
「……まあ、地獄というものがこの世にあるなら、間違いなく私はそこへ行くだろうがね。自分だけは綺麗で罪のない生き物だと勘違いしてるんじゃないのか、カナ君」
「……なっ……!!」
「君は自分達が犯してきた罪のことを良く判っていないようだが、窃盗、特に強盗や、殺人は、現代社会では非常に重い罪なのだよ。何故かと言えば、きちんと環境が整備された都市部では、そんなことは不可能になっているからだ」
「……え?」
「だが、スラムで暮らしてそれが当然になっている君には、我々の常識は通用しないだろうがね。我々都市の人間は、合法的にも人を殺す事はできない事になっている。無論、非合法な手段によって人を殺す者が皆無だとは言い難いがね」
「……どういう意味だ?」
「この疑似現実体感機が、いずれ何のために、どのように使われるのか、私は知っている。だが、それを人に話すことも、研究を妨げたり停滞させたりするような事も、禁じられている。万一の事故で死んだとしても、君は死んだまま放置されるだろうが、私はこの研究が終わらない限りは、どのような状態になっても必ず蘇生される。だから、一度死んでみても構わないのだが、無駄で無意味な事ではあるし、それが避けられる事ならば、わざわざ死ぬ必要もない」
「……例え死んでも蘇生される?」
「言い忘れていたが、カナ君。疑似現実世界では、どのような人間も、殺されれば死ぬんだよ。逆を言うと、殺されさえしなければ、どんなに酷い目に遭っても、死にはしない」
「……なっ……!?」
「君が私を殺したいと思っているのなら、それでも良いと思ったが、気が変わった。……さすがに苗床としての存在でも、この人の姿が擬態であっても、電動鋸は少し痛かったな」
「……っ!!」
 思わず息を呑んだ。黒木は相変わらず平然とした顔をしている。だが、俺がそうであるように、黒木にも、痛覚があるのだとしたら。……電動鋸で切られるショックは、『少し痛い』どころの話じゃない。硬直して無抵抗になった俺を、まるで哀れむかのような笑みを浮かべて、黒木は言う。
「どうした? 抵抗しないのか? いくらでも抵抗して良いのだよ、カナ君」
「……こ、この状態で抵抗なんか、できるかよ……」
 そう言う声にも、力が入らない。
「つまらない事を言ったようだな。冗談だ」
「じょ、冗談……っ!? なっ、な、な、な、何て冗談言うんだ!! てめぇっ!! 黒木!! 最低だ!! お前!! この鬼畜、変態、悪趣味、バカ野郎!!」
 怒鳴りながら暴れると、何故か黒木は満足そうな笑みを浮かべた。
「いつもの調子を取り戻したようだな。それでこそ、こちらもやりがいがあるというものだ」
「やめろよ!! 変態!!」
 だが、そんな言葉で黒木がひるむ筈がない。黒木は唇に笑みを浮かべて、勢い良く俺を貫いた。
「ぁっ……あぁーっっっ!!」
 熱い肉塊が何度も何度も、行き来する。俺はそれに翻弄されて、陵辱される。いつの間にか触手の事など気にならなくなって、身体の中にある熱いものの事しか感じられなくなった。
「ぁっ……はぁっ……はぁっ……はぁっ……ぁっ……!」
 イク、そう思った瞬間、黒木は動きを止めた。
「ぁっ……な、なんで……っ」
 声が掠れる。すると黒木は俺を見下ろして言った。
「変態は訂正してもらおう。でなければ、今日はここまでだ」
「……なっ……!!」
 黒木が変態なのは、事実じゃないか。でも、今にもイキそうな身体の欲望と欲求には逆らえない。俺は下唇を噛み締める。
「……君が感じているのは、ただの事実だ。現実だろうと、疑似現実だろうと、さほど違いは無い」
「違う!!」
 俺が叫ぶと、黒木はずるりとそれを抜き出した。
「……ぁっ……!」
「どうした? 物欲しそうな顔をして。何か不満でも?」
 こ、この男……っ!!
「てめぇっ、黒木……っ!!」
「言いたい事があるなら、言葉にしてくれたまえ、カナ君。私は自他共に認める天才だが、超能力者ではない」
「……〜〜〜〜っ!!」
 暫く、逡巡した後で。俺は耐えきれずに、口にした。
「……黒木は変態じゃない。……だから……っ!」
「許してください、とは言えないのかね」
 黒木は満足そうに、不敵に笑う。
「……、ゆ、許してください」
 すると黒木はますます唇を緩めながら、
「では、『お願いします、入れてください』と言えたら入れてあげよう」
「……なっ……!?」
 あまりのことに、絶句する。
「なんで俺が……っ!!」
「では今回はこれで疑似体験を終了しよう。そろそろ規定の時間も近いからな」
 なんで、こんな。……そう思うけれど、このままでは耐え難かった。……だから。
「……お、お願いします。い、入れて……ください……っ」
 声が震えた。
「良いだろう。では、続きをしよう」
 そう言うと、貫かれた。この、変態!! 心の中で叫び、思いつく限りの罵りを怒鳴りながら、俺は快楽の海に飲み込まれ、絶頂に達した。

「今回は随分派手に『お漏らし』したようだね」
 誰のせいだと思ってやがるんだ、という言葉は飲み込んだ。
「ではいつも通り、必要な時以外は、割り当ての部屋にいたまえ。無用に歩き回ると、SPに取り囲まれる羽目になるよ」
 俺は先日、トイレに行った帰りに研究所内で迷子になり、強面のSP達に取り囲まれ、後ろ手に拘束された上で、部屋に連行された。……何を言っても、話一つ聞こうとしない連中だ。特にそれ以上の乱暴はされなかったが、屈強な男六人に無言で取り囲まれれば、恐怖を覚える。
「…………」
「それと、良いニュースがある。君達の集団のリーダー、シヴァとか言ったかね。彼が意識を取り戻して、培養槽から出たそうだ。歩き回れるくらいの筋力・体力を取り戻したら、君と同じ棟に部屋を移されるだろう」
「えっ、本当に!?」
 思わず大声を出すと、黒木は僅かに眉をひそめた。
「……嬉しそうだな」
「嬉しいよ。当たり前だろう」
「そうか。それは良かった。だが、暫くは面会できない。彼に会いたくても捜そうとは思わない事だ。今度はSPに取り囲まれて部屋に連行されるだけではすまなくなるかも知れない」
「……判ったよ」
 そう言うと、黒木はおやというように眉を動かした。
「やけに素直だな」
「……うるさい。言いたい事はそれだけか?」
「そうだな。幸い、計測結果に異常はなさそうだ。君自身にも異常が感じられなければ、特に問題ない。なるべく早めに着替えた方が良いだろう」
「言われなくても着替えるよ!!」
 怒鳴りつけて、背を向け、ドアへと向かう。
「……カナ君」
「?」
 振り返ると、やけに真剣な眼差しで、黒木が俺を見ていた。
「君は、現実でも、疑似現実でも、人を傷付けたり殺めたりするような事は、二度としない方が良い」
「……え?」
「疑似現実空間でも、痛覚は普通にあるから、今後、疑似体験者を増やして実験した場合、万一の事故があると、危険だ。疑似現実空間でも、現実世界と同じように、注意する事だ」
「…………」
 まさか。
「……痛覚、あったのか……?」
 黒木は笑って答えない。
「割り当ての部屋へ行きたまえ。食事はいつもの時間に支給される。……君には自由時間は無い。以上だ」
 いつものように、冷酷な顔で、冷酷な口調で、黒木は告げて、計測結果に視線を落とした。暫く黒木を見つめたが、黒木はもう俺には興味がないようだった。俺は、ショックを受けていた。
 なんで……?
 何故、自分がショックを受けているのかも判らぬまま、黒木に改めて部屋へ行けと指示されるまで、その場で呆然と立ちつくした。

To be continued...
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