NOVEL

特A任務 File01. Dukeのためらい

[ウルフ]より[デューク]へ。『赤ずきんちゃん[リトルレッドキャップ]』がそちらへ向かいました。今、花屋の前を通ります]
  路地の陰に潜むように立っていた、全身黒ずくめの黄色系・黒髪・黒い瞳の長身の男は、イヤホンの奥から聞こえる同僚の声に頷いた。
「了解、W。こちらD、今、確認した。すごい白金髪[プラチナブロンド]の美人だ。『赤ずきん』より『お姫様』って感じだな」
  Dが軽口を叩くと。Wはぎょっとした声を上げる。
[ちょっ……待ってくださいよ、先輩!! まさか悪い癖出してるんじゃないでしょうね!?]
  その一言で悪戯心が刺激される。Dはイヤホンを外して取ると、無造作に上着のポケットに放り込み、歩き出す。
  白金髪と碧の瞳の『お姫様』は、両手いっぱいに紙袋を抱えて歩いている。その長い髪は背中の中程で波打ち、光り輝いている。形の整った指が時折頬にかかる髪を掻き上げる。すらりとした四肢は美しく伸びやかで闊達だ。身長は174cmといったところだ。清らかで穏やかで優しい微笑みを浮かべ歩くその青年は、客観的に見る限り、美しく人目を引くことだけは間違いないが、数千億連邦ドルの資産を持つ大金持ちにはとても見えない。彼の名前はミヒャエル・ヴェストファーレ。銀河連邦大統領カール・ヴェストファーレの一人息子で、現在シリウス星系の首都星ガイアの法大学へ通っているらしい。Dは青年に近付き、目の前を青年が歩き去ろうとする瞬間に半歩分足を前に出した。その途端青年は躓きバランスを崩す。その細い腰を左手で抱き留め、右手はその荷物を素早くキャッチする。しかし、いくつかの袋の中身は地面にこぼれ落ちてしまった。
「あ、す、すみません」
  顔を赤らめて青年はDに謝った。初々しい笑顔だ。Dは心の中でほう、と声を上げる。資料を見た時はてっきり世間知らずの高慢ちきな箱入り坊っちゃまだとばかり思ったのだが、案外スレていない純朴そうな若者だ。
「いや」
  Dは笑いながら、青年の腰を抱く手に力を込めた。きょとんと見上げる青年の唇を、掠めるように奪った。
「!?」
  青年の瞳が大きく見開かれる。
「礼ならこれで十分だ」
  笑って言うと、青年は暫し呆然とDを見つめた。
「……あの、僕は男ですよ?」
「いや、ちゃんと判ってる」
  Dが言うと、またもや大きく目を見開いたが、その直後はっとしたような顔でDの手元を見た。
「あ、そうだ。荷物……」
  と呟くと、慌ててDの腕の中から自分の荷物を取り戻した。青年は顔を赤らめながら、地面に落ちた荷物を拾い始める。Dも笑いながらそれを手伝い、全て拾い終わると、青年の腕から荷物をやんわりと奪い取った。
「!?」
「自宅まで持ってやるよ。大変だろう?」
  青年は一瞬困惑したような顔になったが、すぐに決断する。
「判りました、お願いします」
  Dは青年の荷物を持って一緒に歩いた。紙袋の中には大量の瓶に詰まった塗料のようなものが入っている。
「随分たくさん買い込んだんだな。これは何? 絵の具か何か?」
「まあ、そういう感じです。説明すると長くなるんですが」
「ふうん、その辺りじっくり聞きたいな」
「あの、そ、その……あなたは、この近所の方なんですか?」
「いや、観光だ。ガイアは前にも来た事があるんだが、ローエンスの街は初めてだ。のんびりしていて風情がある。良い街だ。こんな所に住んでみたいね。君のような美人もいるし」
「あ、あの、観光でしたら、もう『ラ・コート・ブランシュ』は行きましたか? あの海岸の美しさは、必見です」
「いや、これだけの美人を目にすれば、どんな美しい海岸や景観もかすんでしまうよ」
(いかん、楽しみすぎて仕事を忘れそうだ)
  Dは自分の気持ちを引き締める。
「じゃあ、君は絵を描くのが好きなのか?」
「あ、もう着きました。ここです、このアパートなんです」
  着いた先は今にも崩れそうな、オンボロアパート。アパート名と思しきロゴが描かれているが、塗装が剥げたりして、判読不能。事前に渡された書類には青年の住所は記載されていなかった。一番最初に住んでいたのは彼の通う大学にほど近い高層マンションだったが、すぐに引き払ってしまい、その後も住居を転々と変えたため、現在の住所は不明との事だった。
「すごいところに住んでるんだね」
  Dは控えめな表現をした。青年はくすりと笑った。
「部屋は広いんですよ。天井も高めだし。ただ、夜中はネズミが走り回ってうるさいんですけど」
  ますます大金持ちの子息の印象から、かけ離れていく。
「それはにぎやかだね」
  気の利いた冗談が思い浮かばず、Dは少々間抜けな返答をしてしまった。
「じゃ、荷物ありがとうございました」
  にっこり天使の微笑みを浮かべ、青年はDの腕の中から、今度こそ自分の荷物を取り返し、アパート一階の一室へ入って行った。
「……結構いい性格してるじゃないか。それとも天然?」
  Dはぼやいた。小さくため息をつきながら、アパートに背を向け、そっとポケットからイヤホンを取り出して付けた。その瞬間、けたたましいWの声が耳に飛び込んで来る。
[大変です! 先輩!! 『赤ずきん』が……『彼』が窓から飛び降りて、男に……っ!!]
「!?」
  慌てて身を翻し、アパートの裏へ回る。先ほど青年が入った部屋の窓が開かれ、カーテンが揺れていた。部屋の中はがらんどうで人の気配は無い。人が住める状態の部屋でも無かった。
「ちっ」
  舌打ちし、辺りを見回すと、アパート裏手のビルとビルの隙間から、向こう側の通りが見えた。そこには、二人組の男に殴られ、倒れ込む先ほどの青年の姿が見えた。
「やっぱ無理矢理でも拉致っとくんだった」
  Dが走りながらぼやくと、Wのヒステリックな声が耳を打つ。
[ちょっと、先輩!! シャレになりませんよ!!]
  まったくだ。たった今、別の人間・グループによってそれが実行されようとしている。青年が、ぐったりとした状態で、車に連れ込まれる。そこへ単身突っ込み、青年を抱えていた男に体当たりし、後頭部に肘を叩き込み、足を払った。
「!?」
  不意打ちを食らって男は後部座席のシートの上に、青年を抱えたまま崩れ込む。運転席でエンジンをかけようとしていた男は、驚いて振り返った。Dはその眉間に銃を突きつけ、
「両手を上げろ」
  低く唸るように言った。そこへようやくWが到着する。二人の男の武装を解除し、粘着テープでぐるぐる巻きにした。
「さて、と。他もそろそろ来るか?」
「そうですね」
  Wの言葉と同時に、その他の同僚達が現れた。
「じゃあ、後は任せた。俺は『お姫様』を保護しておくから」
「え!? ちょっと先輩!!」
  Dは青年をひょいと肩に担ぎ上げると、すたすたと歩き出し、ハイヤーを止めて、乗り込んだ。
「ロレンツォ・ヴィレッジ・ホテルまで頼む」
「はいよ」
  ロレンツォ・ヴィレッジ・ホテルは超高級ホテルだ。値段は高いがその分サービスは良い。何よりセキュリティシステムがしっかりしていて、宿泊客以外の立ち入りが厳重なのがポイントだ。
(必要経費で落ちるかな)
  と、少々心細い事を考えつつ、気絶した青年の顔を見つめる。幸い、大きな怪我は無さそうだ。ほっとして、肩の力を抜く。それから、優しく青年の髪を撫でてやった。こうしていると、まるで寝ているようだ。今年二十歳と聞いていたのだが、眠っていると高校生くらいに見える。ほんのり桜色の唇は、まるで奪ってくれと言わんばかりに艶めいている。つい、右手が伸びて、その優美な唇を指でなぞり始めていた。
「ん……ぅん……っ」 
  青年が軽く呻いて寝返りを打った。白い喉が、目に眩しい。
(……まずいな、本気で手を出す気はなかったんだが)
  欲望の疼きを覚えて、どきりとする。
(ま、一度も二度も似たようなもんか。さっきのだって、それほど厭がられたわけじゃないし、もう一度くらい……)
  などと勝手な事を心の中で呟いて、顔を近付ける。眠る青年の唇まであと数cmというところで、青年の目がぱっちり開いた。
「うわぁああああっっ!!」
  パシィイイン、と派手な平手の音が、狭い車内に響き渡った。

(……痛いというよりは、間抜けだ)
  ホテルの浴室で、氷をくるんだタオルを頬に当てた自分の姿を鏡越しに見ながらDは思った。叩かれた頬は、熱を持ってジンジンと痛む。何とも言えない情けなさに憮然とする。カチャリ、と音を立てて浴室のドアノブが回り、青年が控えめに顔を覗かせた。
「……すみません、大丈夫ですか?」
「ん、君が舐めてくれたらたぶん治る」
  そう言うと、青年は真っ赤になった。
「そういうふざけた事ばかり言うから、殴っちゃったんですよ。てっきりあなたもあの人達の仲間だと思って」
  どうやら青年は、自分を誘拐しようとした連中を、自分の美貌に目を付けて無理矢理連れ去ろうとしたのだと思っているらしい。他の人間ならば、ただの自意識過剰だが、彼の場合はあながち冗談でもない。実際、そういった事はこれまで何度もあったらしい。住所を転々と変えたり、自宅を誰にも突き止められぬよう行動していたのもそのせいだ。
(道理で手慣れていたわけだな)
  なんとなく面白くない、と思う。すっかり騙された自分に腹が立つという事もあるが、それ以上に、そういう連中と一緒にされた事が引っ掛かる。それは彼なりの自衛手段で、それもまた理解できるのだが、それが自分だという事がどうしても納得できない。
(つまり何か? 俺はそういう変質者に見えるのか)
  その疑問を本人にぶつけてしまえれば良かったのだが、さすがにそんな勇気はなかった。従って、一人悶々とする羽目になる。
「あの、いつまで浴室にいらっしゃるんですか?」
  不思議そうに尋ねる青年は、まさか自分が原因だとは思わない。
「……君がキスしてくれたら、すぐにでも出るよ」
  軽口を叩くDは、青年が本当にそうするとは思っていない。ただ、一人にしておいて欲しいと思うだけだ。
「ところで、そろそろ帰宅しようと思っているんですが、もし気分が悪いようなら、医者か何か呼びますか?」
  その瞬間ぎくりとした。それはまずい。今、彼を帰すわけにはいかない。Dはよろりと足をふらつかせ、がくりと膝をついた。
「え!? だ、大丈夫ですか!!」
  青年は慌ててDに駆け寄り、膝をついて蹲ったままのDの傍らにしゃがみ込んだ。そしてその頬に触れようとした時、Dの腕が不意に、青年の手首を掴み、そのまま青年を床に押さえつけた。
「えっ……? ちょっ……なっ……?」
  有無を言わせずそのまま、唇を塞ぎ、無理矢理舌で割って相手の舌を絡め取り、蹂躙する。
「っ……ぅっ……!!」
  苦しそうに呻く青年のシャツの下に指を滑り込ませ、下腹部に這わす。慌てて抵抗しようとする青年の上に伸しかかり、体重をかけて押さえ込む。
「……ぁっ……!!」
「……悪いが、手段を選んでられないんでね」
  Dは低く呟いた。
「おとなしくしてくれないなら、このままここで犯す」
  Dの言葉に、青年は大きく目を瞠った。
「なっ……んでっ……!!」
「さあね」
  冷たく流して、Dは青年の着ているシャツを乱暴に開いて、ボタンを弾き飛ばした。青年の白い裸体が露わになる。青年は怯えたように身をすくめ、Dを見上げる。視線が「何故」と問い返している。それには構わず、下着ごとズボンを膝まで下ろした。
「っ!!」
  青年は小さく震えて、目を閉じた。睫毛が細かに震えている。
「……まさか、初めてだなんて言わないだろう?」
  Dが意地悪く言うと、青年はキッと睨み付けた。
「騙したんですね」
  思わずDは苦笑を洩らした。返事の代わりに口づける。と、不意に噛み付かれた。唇を拭いながら、Dは身を起こすと、怒りに震える青年と目が合った。怒りより笑みがこぼれる。
「騙す、ってのは、信頼関係築いてから初めて出てくる言葉じゃないか? 騙すも何もない。ただの通りすがりの赤の他人だ」
「……どうして」
  泣きそうな顔で、青年はDを睨んだ。
「どうしてそんな優しい顔するんですか」
「優しくして欲しいなら、そうしてやるよ。……ずっと警戒していたくせに、こんな事も想像できなかったか?」
「あなたは僕の負い目につけ込んだんだ」
「犯罪者なんてものは往々にしてそんなもんさ」
「……本当の犯罪者は、自分の事を犯罪者だなんて言わない」
「本当の犯罪者に会った事があるのか?」
  Dが揶揄するように言うと、青年はぐっと詰まった。Dはくすりと笑った。
「ところで乱暴にされるのと、優しくされるの、どっちが好みだ?」
「離してください。今なら何も無かった事にしてあげますから」
「さっきから思ってたんだが、結構いい性格してるよな。その見てくれに騙されそうだが。そういうのも、結構好みだ」
「おかしな事言わないでください!」
  Dは笑い、上着を投げ捨てた。カシン、と音を立てて、床に落ちる。青年はぎくりとしたようにDを見る。するりと内股を撫で上げると、びくりと身体を震わせ、身体を硬くする。Dが手を伸ばし、顔にかかった髪を掻き上げると、青年の瞳が僅かに揺れた。血に濡れたままの唇をその額に押しつけると、小さく掠れた血の刻印が押される。困惑したように見つめる青年の瞳に、Dは苦笑し、目を逸らした。
「犯られたいのか、犯られたくないのか、どっちなんだ?」
「……あなたこそ」
  青年は潤んだ瞳で、Dを見つめる。その視線にいたたまれなくなって、Dはぼやいた。
「……まだ睨まれてる方がマシだ」
  その言葉に青年はほっとしたように肩の力を抜いた。
「やっぱり、あなたは優しい人だ」
「……褒め言葉じゃねぇだろ、それ」
  呻くようにDが呟くと、青年は起き上がった。
「そんなことないですよ」
  そう言って優しく笑い、Dの唇にキスをした。その瞬間、Dは鉛を飲み込んだような顔になり、呆然と青年を見つめた。
「……なっ……?」
「自分から仕掛けてきたくせに」
  くすくすと青年は笑った。Dは不意に血の気が上るのを感じた。
「……人の唇に噛み付いておいてそう来るか? 普通」
「あなたが何を考えているか判りませんけど、ちょっとなら乗っても良いですよ」
「……それ、誘われてるのか?」
「さあ?」
  曖昧に微笑む青年に、Dは困ったように顔を歪めた。
「仕返しかよ?」
「……ところで、名前をまだ名乗っていませんでしたね。僕の名前はミュエル。ミュエル・リストンと言います」
  一瞬、Dは目を瞠った。彼の本名はミヒャエル・ヴェストファーレの筈だ。そう聞かされていたし、事前に渡された書類の写真とも同じだ。まさか瓜二つの青年が他にいるとも思えない。とすると、未だ自分は警戒されていると言うことか。Dは苦笑した。
「?」
  きょとんとする青年の髪に、自分の唇をそっと押しつけ、Dは口を開いた。
「俺の名前はダニエル・デューク。親しい友人はDDと呼ぶ。ふざけた名前だが本名だ」
  偽名ではなく、本名を名乗る。
「そうですか? 素敵な名前だと思いますけど」
「いや、よく偽名だと思われるんだよ、困ったことに」
  その時、不意にホテルの部屋のTV電話がけたたましく鳴り響いた。うるさげにDは立ち上がり、通話を取った。オペレーターが外部からの通信だと告げ、画面にWが現れる。
[大変です! 先輩!! 大変なんです!!]
  ヒステリックにWが叫び、Dは電話に出た事を後悔した。
「大変は判ったから、用件を言え」
[大変なんです! 書類が改竄されていたんです!! 内部犯です!! 書類の写真は別人だったんですよ!!]
「……なっ……?」
  一瞬、呆然とする。
「……何だと!?」
[そういう理由で、すぐ戻って下さい!! 本物はアズド・プトエル星へ向かう豪華客船のチケットを買ったそうです。まだ乗船してないのは僕と先輩だけなんです。とにかく急いで来てください!!]
  あまりのことに呆然とし、無言で通話を切ってしまう。
「どうしたんですか? ダニエルさん」
  ミュエルの声に、我に返った。
「……すまない、君はどこの学生だ?」
「僕ですか? ローエンス美術大学の一年です」
  半ば予想した答えに、ごくりと唾を飲んだ。
「…………そう、か」
  自分のあまりの間抜けさに、愕然とする。
「……すまないが、これから仕事ですぐ行かなくちゃならないんだ。それで、連絡先を知りたいんだが」
「ああ、はい」
  青年はにっこり笑って、自宅住所と電話番号をさらさらとメモして、Dに差し出した。しかし、ふと心配になって訊く。
「……ところで、今度は『本物』なんだろうな?」
「さあ、どうでしょう?」
  曖昧な微笑に、Dは一瞬困惑する。どちらとも取れる表情だ。
「いや、信じるよ。仕事が終わったらすぐ連絡する」
「待ってます」
  穏やかに笑うミュエルに、嘘ではないと確信する。Dはミュエルを優しく抱きしめた。

The End.
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