NOVEL

堂森食品(株)営業二課 -1-

 冗談じゃない、と思った。全く冗談じゃない。こんな職場と知ってたら、絶対入社なんてしなかった。
 配属初日、入り口付近で立ちすくんで動けなくなった。それは、新卒で明日への希望に満ち溢れていた俺にはあまりにもショッキングな光景だった。
「おっ、新入りか?」
 よっと明るく左手を上げる二・三歳は年長と思われる男。見た限りでは好青年……だ。しかし。その右手は隣の男の股間に伸ばされ、それを遠慮会釈無く揉み込んでいる。隣の男は慣れているのか平然とした顔でこちらを振り向き、爽やかに白い歯を見せて笑った。
「噂通りの好青年じゃん。まあこれから宜しくな!」
 明るい爽やかな笑顔だが……その股間を揉まれながら、というのは頂けないのでは。と冷や汗を滴らせる俺に、その一見『好青年』風の男達は怪訝な顔をした。
「あ、そうか!」
 揉み込んでいた方が、ぽんと手を打った。
「お前もやって欲しかったんだな♪」
 何故そうなる!! 俺は思わず後ずさった。
「なっ……なななっ……っ!!」
 どしん、と後ろのドアにぶつかった。
「大丈夫! 安心しろ!! うちの慣習だ。例外なく皆揉んでやるから感謝しろ!!」
「だっ……誰が感謝なんかするんですかっっ!!」
 俺は本気で脅えていた。男達は怪訝な顔で互いに顔を見合わせる。
「……って言うか……なぁ? 俺達、そりゃ最初こそはビビったけど、今じゃもう習慣になっちゃって、無いと寂しいよなぁ?」
「慣れりゃきっと楽しいって!」
 明るく爽やかに断言されて、俺は硬直した。
 なんちゅう会社だ!!
 こんな事なら第二志望のN社へ行くのだった、と後悔したがもう遅い。脅える俺を楽しそうに、股間揉み込み男が見つめてくっくっと笑った。
「……面白いなぁ。今年の新入り」
「……あんまり初っ端からイジメちゃ駄目だろ? 神田川[かんだがわ]
「だって面白ぇもん。お前もそう思ってんだろ? 都倉[とくら]
「まあ、そりゃあね」
 くすくす、と爽やか青年もこちらを見て笑った。なっ……ななな何なんだ、この会社。こんなの、知らなかったぞ!? 少なくとも先日までの新入社員研修の間にこういう説明は無かった。一切無かったぞ!? 何なんだ!! 一体!!
 不意に、背後のドアが開いた。
「!?」
 ぎくりとした俺の背後から。
「入り口で何やってるんだ?」
 すると神田川とかいう股間揉み込み男がにやにや笑いながら言った。
「……いや、その新入りがあんまりにもカワイイ反応するんでね」
 くくっと笑いながら。俺の背後からきた男は──天井に頭が届きそうなくらいの長身だ──呆れたように肩をすくめた。
「……神田川。お前そうやって新入り虐める癖やめろって言ったろうが?」
 ようやく現れたまともそうな人に、俺は大きく息をついた。
「だって俺はここのしきたり教えてやっただけだぜ?」
 するとその雲突くような長身男は眉を顰めた。
「……バカ、アレを最初に見せられたらどんなキワモノ集団かと脅えられても仕方ないだろう? お前はその辺が考え無しだと言うんだ」
「だってどう取り繕ったって本当の事だろうが」
「例えそうでもだ。大体アレは自由参加で強制無しだろ? 無理にやらせてどうするんだ」
「いや、あんまりカワイイから仲間に入れてやった方が嬉しいだろうと思って。本人もさ」
「……お前、そうやって前にも新入り脅したろう? そんな事ばっかやってるから、うちの課だけ入れ替わり激しいんだよ。明日から来なくなったらどうするんだ」
「そんな軟弱な奴いらねーよ。な? 都倉」
「……俺に同意求められてもね。俺は彼、結構気に入ってるしあまりイジメたくないな」
「あっ! ひでっ!! 俺一人悪者にしようって魂胆か? ちっ、きったねぇなぁ」
 股間揉み込み男は舌打ちした。長身男が俺を見る。
「……悪いな、えっと……砂原……だっけ?」
「……あ、はい。砂原遼平[さはらりょうへい]です」
 ぺこり、と頭を下げると、長身男は目を線のように細めてにっこり笑った。
「そうか。……課長はまだ来てないから、部長の処へ挨拶に行って来ると良い。このバカ共は放っておいて良いから」
「何それ。俺らバカ共?」
「……違うのか?」
 と長身の男が股間揉み込み男に言った。
「……ちぇっ。篠田[しのだ]、てめぇ覚えてろよ?」
「……悪いが俺はそんなに暇じゃない」
 そう言って、さっさと中へ入り、長身男は席に着く。
「けっ。格好つけやがって。どいつもこいつも俺一人を悪者にしてりゃ良いさ」
 揉み込み男は毒づいた。
「まぁ気にするなよ♪」
 爽やか男がそう言って、揉み込み男の肩に手を置く。
「お前みたいのを蝙蝠男と言うんだよ」
「愛があるから良いんだよ♪」
「お前の愛なんぞいらん。俺は」
 ……何だかコワイ部署へ配属されたようだ。俺は部長室へと向かった。
「……失礼します」
 ノックをして入室する。
「やあ、おはよう。砂原君」
「おはようございます」
 ぎこちなく俺は挨拶した。さっきのショックがまだ尾を引いている。
 あのとんでもない光景はあの課だけなのか、会社全体に及んでいるのか。あまり深く考えたくない。何だかもっともらしい訓辞らしいものを受けたが、俺は殆ど上の空で、ただ、はぁ、はぁ、と頷くばかりだった。
 股間揉み。……厭だ。俺もあの洗礼を受けさせられるんだろうか? そんなの厭だ。俺は女の子にしか興味がない。何故男同士でそんな不毛な事やらなきゃならないんだ。確かに俺の配属された部署には男ばかりだ。しかしだからといって、男同士でそんな交流なんて絶対に厭だ。ああ、なんて会社に、なんて部署に配属されたんだ。俺。
 陰鬱な気分でもう一度配属先の営業二課へと向かった。
「……おはよう!」
 ぽん、と肩を叩かれた。どきりとして顔を上げると、清涼飲料水のCMにでも出てきそうな爽やか笑顔の美形。穏やかで柔らかな笑み。思わず誘われてつられて笑ってしまいそうな。ブルーグレーのスーツを厭味無くさらっと着こなして。
「……おっ……おはようございます!」
 綺麗な笑みで彼は笑った。
「……君、営業二課に来た砂原君? 色々大変だろうけど、頑張ってね!」
「あ、はい! ……え……そのっ……」
 屈託無く話し掛けてくるこの人が誰か、俺は知らない。戸惑う俺に苦笑を向ける。柔らかな笑み。思わず引き込まれそうな穏やかな瞳。
「……ああ、そうだ。僕は時枝[ときえだ]。総務部人事課にいる。君が面接に来た時会ったんだけど……覚えていないね? 仕方ないけど」
 不意に思い出した。
「あっ!! 受付にいた!! あの時の!!」
 受付で、確か試験会場を教えてくれた親切な人だ!! 俺は思わず嬉しくなった。
「そうか。あの時の方だったんですね!! 御陰様でこの通り入社できました!! 大変有り難うございました!!」
 現金なもので、さっきまでの鬱々とした気分は綺麗に払拭された。全く知らない人間ばかりいるより、多少なりと顔を合わせ会話を──会話と言える程の事でもないが──した相手がいるというのは心強いものだ。
「……しかし、よりによって曲者揃いの二課だなんて、本当気の毒だね。まあ、何か問題あったら人事課まで来てくれ。出来るだけ力になろう」
「はい! 有り難うございます!!」
 心強い味方だ! 俺は感動で涙が出そうになった。時枝さんはよしよし、といった風に俺の頭をそっと撫でた。地獄で仏ってこの事だな、と実に嬉しくて安心した。
「……あ、ところで……やっぱり、あそこだけなんですか?」
「……え?」
 時枝さんは怪訝な顔をした。い……言いにくい。俺は口ごもった。思わず顔が赤くなる。すると時枝さんは何か納得したような表情で、顎に手を当てた。
「……もしかして、何かされた?」
 どきん、とした。
「……いっ……いえっ! 一応、まだ……ですけど!!」
 語尾に妙に力が入った。時枝さんはそんな俺を見て優しく笑った。
「……そうか」
 どきり、とした。思わず顔が熱くなる。
「……砂原! 何やってる!?」
 不意に、声が聞こえた。驚いてそちらを見ると、長身男が立っていた。眉間に深い皺を寄せている。
「……篠田……っ」
 時枝さんが軽く舌打ちした。驚いた。時枝さんを見ると、彼は苦笑した。そして俺の耳元でそっと囁く。
「……あいつには気を付けた方が良いよ」
「……え!?」
「……あいつが二課で一番のガンだから」
「!?」
 絶句した。嘘!! 唯一のまともな人だと思ったのに!!
「……二課の影の実力者って呼ばれてる。実は曲者揃いのあの連中は、篠田の糸の上で踊る操り人形なんだよ。同期の人間には有名な話だ」
「……くっ……黒幕なんですか!?」
 時枝さんは頷いた。
「……それで以前、根上[ねがみ]という新入社員が辞めている。辞職理由は一切告げずに。営業成績は良かったから社長まで出て引き留めたが無駄だった。詳しく何があったか判らないが、二課で何かあったのは事実だろう」
 俺は思わず息を呑んだ。
「もうすぐ始業時間だぞ!! 早く来い!!」
 長身男が怒鳴った。
「……行った方が良い。彼を怒らすのは得策じゃないからね。……何か問題あったら僕の処まで来てくれ。力になる。それじゃ」
「有り難うございました。それでは」
 ぺこり、と頭を下げて俺は営業二課の方角、長身男の方へ向かった。長身男はじろりと時枝さんを睨み、それからやって来た俺を見た。
「……あいつに何を言われた?」
 どきん、とした。
「……あっ……頑張れよって……言われました」
 本当のことなど言える筈がない。
「……ふうん?」
 疑わしげに俺を見た。
「まあ良い。課長が待ってる。早く来い」
 長身男、篠田と共に二課へと戻った。
「おはようございます」
 二課に入室すると、殆どの席が埋まり、ざわついていた。俺が入った途端、静かになる。皆に注視され値踏みされていると判った。思わず身体が固くなる。
「おお、砂原君か。こっちだ。来たまえ!」
 一番年長の四十代半ばほどの男が言った。長身男に付き添われ、その大きな机の前に立つ。課長とおぼしき男が立ち上がり、俺の肩に手を置いた。
「諸君! 彼が今年入社の砂原遼平君だ。彼に色々教えてあげるように! ……当面の世話係は篠田、君に頼む。砂原君に君の知識、技術を教えてやってくれ」
「はい」
 長身男が答えた。ぎくん、とする。俺の視線は思わず課長と長身男の間を行き来する。
「……砂原」
 何か言いたげに、長身男が俺を見る。はっとする。
「……そのっ、宜しくお願いします!」
 ……本当は宜しくなんてしたくないんだけど。
 長身男は俺をじっと見つめた。俺は思わず身をすくめた。暫くじろじろと俺を見て、それから嘆息するように息をついた。
「……席はこっちだ」
 先程、奴が座っていた机の隣に真新しい机が置いてある。他の机は多少なりと物が置かれてるのに、その机だけは何も乗っていない。
「……そこへ座れ」
 一瞬身を固くし、緊張しながら俺はゆっくり席に着く。篠田は自分の机の引き出しから黄色いファイルを数冊取り出す。
「……これがうちで扱ってる商品とそのバーコードだ」
 一冊を開いて説明する。写真と商品名とバーコードが載せられている。
「ここに数字が振ってあるだろう?」
 インデックスを指し示す。
「これがバーコードの上四桁だ。これで商品の種類を分類する。分類表は俺がワープロで作っておいた。これだ」
 判り易いようカラーで色分けされてプリントされた8ミリくらいの紙の束を渡される。ごくりと息を呑む。
「まあ、この分類表で判るだろうが、このファイルはほんの一部だ。商品説明に関しては別冊のカタログや社内用の商品説明簿を参考の事。だが、最初からそんな物は覚えなくて良い。無理に決まってるからな。ああ、この黄色いファイルは通常あそこの棚に入っている。これは俺がお前に見せる為、よけておいただけだ。だから戻す時は棚へ入れてくれ。それで、まず簡単に営業二課の業務内容を説明するとだな……」
 不意に、この篠田という男が、ひどく整った顔立ちなのに気付いた。あまりに長身で高い位置に顔があった為に、顔などろくろく見なかった。体格は立派な癖に、妙に色白で綺麗な横顔。
「……聞いてるのか? 砂原」
 どきん、とした。
「あっ、はい!」
 篠田は眉を顰めた。
「……まあ良い。最初にごちゃごちゃ色々言っても判らないし、覚えられないな。つまり、うちは新規の顧客を開発・契約するのが主な仕事だ。商品に関しちゃそのうち厭でも覚える羽目になる。……来い」
「……え?」
 きょとん、とすると篠田はにやりと魅力的に笑った。思わず見惚れる。
「……サンプル持って回るぞ。……その方が判り易いだろう?」
「え!?」
「……お〜い、篠田。初日っからそりゃ無理じゃねぇの?」
 股間揉み込み神田川が、篠田の向かい側から言った。
「……口で言うより身体で慣れろ、だ。こんな処で幾ら講釈してもただの付け焼き刃だ。何の役にも立たん」
 篠田はあっさりきっぱり言った。
「へーへー、好きにやんなよ、お殿様」
「……俺がいないからって遊んでるんじゃないぞ、神田川」
「るせぇよ。俺を誰だと思ってんの?」
 篠田は鼻で笑った。それから俺を見る。
「……行くぞ、砂原」
「はっ、はい!」
 何だか気圧されながら、立ち上がった。篠田はセカンドバッグを掴み、中にサンプルとカタログを収める。その位置や作業を俺は傍で見守った。壁に掛けてある営業車のキーを取る。
「……免許は?」
「あ、去年取りました」
「……するか?」
 一瞬、何を言われたか判らずにぽかん、としたが不意に運転の事だと気付いて、ぶるぶると首を振った。正直、この会社の周りの地理はまだ詳しくない。
「そうか」
 とあっさり言って、篠田は出口へと向かう。慌ててついて行く。大きな歩幅ですたすた歩く。俺が小走りに追い掛けていると、ふと何か思いだしたように立ち止まった。
「……悪い。早すぎたか?」
 俺は正直戸惑った。
「……もう少しゆっくり歩く。すまなかった」
「……いえ」
 何だろう……。悪い人じゃ……ない気がする。時枝さんの言葉を疑う訳ではないけれど。どうもこの二人は仲悪そうだったから、きっと彼には悪気無く、気を付けろと言ったんだろう。何故仲が悪いのか判らないけど。
 駐車場で営業車に乗り込む。
「シートベルトは必ずしろよ?」
「はい」
 俺がシートベルトを締めるのをわざわざ確認してから、彼はキーを回した。エンジンが音を立てて始動する。営業車はマニュアルだ。ギアに手を掛け動かす手前で、篠田さんは俺を見た。
「……砂原」
「……え?」
 真剣な眼差しにどきりとする。
「……あんまり、気にするなよ?」
 一瞬、何の事か判らなかった。
「……新入りはからかわれやすいんだ。お前は……」
 何か言いかけ、それから苦笑した。
「……ま、何か問題あったら俺に言え。大抵の事は何とかしてやる」
 篠田さんはそう言った。
「はい」
 俺は素直に頷いた。満足そうに彼は笑った。それからギアを入れ、車を走らせ始めた。幾つかの会社を周り、名刺を渡し、サンプルとカタログを見せ、商品説明をする。相手の反応が顕著な場合もあれば、全く無反応な事もある。反応が顕著だからと必ずしも契約に結びつく訳でもない。つくづく結果の判らない地道な仕事だ、と半日が過ぎた頃には思うようになっていた。俺はそれまで、営業と言ったら派手でやり手なイメージしか持ってなかった。
「まあ新規顧客開発だからな」
 篠田さんは言った。
「最初からうちと取引のある企業と話をする訳じゃない。取引が成立して波に乗り、順調に行くようになったら一課の管轄になる」
「ええっ!? そうなんですか!?」
 じゃあ俺達の仕事って骨折り損のくたびれ儲けって奴じゃないか!!
 すると篠田さんはにやりと笑った。
「……だからこそ、やり甲斐があるってもんじゃないか?」
 ごくり、と息を呑んだ。
「……俺は、この仕事が好きだ。誇りに思ってる。異動なんかしたくないな」
 そういう篠田さんの目は本当にきらきらしていて、本当にこの仕事が好きなんだって判った。半日一緒にいて判った事は、彼は必要最小の事しか言わないって事だ。こんな風に自分の事を話してくれる時間はあまり無い。昼食食べるのに入った喫茶店で、くつろいだ様子の彼を見て、一緒に出てきて良かった、と思った。社内で彼はおそらく、こんな顔は見せないだろう。屈託のない笑顔。それを間近で見られて俺は幸せだ、と思った。……幸せ? 何故?
 どきん、とした。彼は笑っている。
「……篠田さん……」
「……何だ?」
 急に真顔になって俺を見た。ひどくどぎまぎした。
「……その、時枝さんと仲、悪いんですか?」
「……ああ、時枝……ね」
 途端、表情が曇り、険悪になった。
「あ! すみません!!」
 俺は慌てた。篠田さんはゆっくりと首を振る。
「……いや、お前のせいじゃない。……確かに仲は悪いな。俺はあいつが嫌いだが、あいつは俺を目の敵にしている」
 聞くんじゃなかった、と後悔した。
「……たぶん、あいつは俺の事に関してろくな事言わないと思うけど、気にするな。気にしてたら身が持たない。……どうせ何か言われたんだろう?」
 にやり、と笑われた。恐縮して、黙り込むとくすくすと笑った。
「……まあ、あいつがお前に構いたくなる理由も判らないでは無いんだが」
「……え?」
 きょとん、とした。篠田さんはくすくすと笑い続ける。
「……脅えるような事でも言われた? 今朝の態度」
 俺は真っ赤になった。
「あっ……あのっ……!!」
 動揺した。
「まあからかいたくなる気持ちは判る。反応が顕著だからな。素直で正直でストレートだ。……正直、これからどうしたもんかと思ったもんだが。ま、終わりよければ全て良しだな」
 くっくっと笑われる。俺は何と言ったら良いか判らず、ただ篠田さんを見つめた。
「……アホ神田川の事とか気にするな。あいつはバカなだけで悪気はない。アレは……あいつなりのスキンシップというか愛情表現というか、親しみの礼というか……大体、あの『挨拶』は先達からの贈り物……で、その人はもう異動で他の支店に移ったんだが、神田川は至極気に入った様子でな。やめろといっても聞くような奴じゃない。強制されて厭だったら俺に言え。何とかしてやるから」
「……はい」
 一番気に病んでいた事だった。
「……あの……」
「うん?」
「……アレって全員なんですか? って言うか……その、ほとんど皆でやってるんですか?」
 篠田さんは苦笑した。
「うちの連中若い奴らばっかりだからな。お遊び感覚というか軽い気持ちでやってるんだな。特に深い意味は無い。俺は興味ないから加わってないが。まあ、あまり真剣にまともに受け取らない方が良い。連中にとっちゃ握手とそう変わりないらしいから」
「……握手とアレじゃ大分違いますよ!」
 思わず声を荒げた。
「もっともだ。……俺も理解できん。強制参加じゃないから安心しろ。無理強いする奴がいたら怒れば良い。当然だ。俺からも言っておく」
「有り難うございます!」
 嬉しくて礼を言ったら、篠田さんは一瞬軽く目を見開いた。
「?」
 きょとん、とした俺に篠田さんは柔らかい笑みを浮かべる。
「……お前、本当無防備な奴だな」
「……え?」
「ま、これから宜しく。砂原」
「こちらこそ! 篠田さん」
 俺達は握手した。

To be continued...
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