放課後女装クラブ(仮)


      #17 夏休みの終わり


「みきちゃんも、携帯買いなよー」
「欲しいんだけど、だめだって言われるんだもん」

 合宿が終わって、次のクラブの日。僕は貴史に、携帯を買うようによく言われる。
 もちろん欲しいんだけど、親が駄目だっていうから、しかたない…。

「かわいそうにね。ここはひとつ、優しいお姉さんが携帯持たせてあげよっか?」
「ユリさん、懲りてないね」
「今度こそまゆさんに本当に絞られるんじゃない?」

 この人は本当に懲りてないみたいで、言わなければわかんないよ、とか勝手な事を…。
 そのあとすぐ、亜紀さんと唯さんもきた。

「こんにちは」
「ちわー」

 なんて挨拶もそこそこに、二人はすぐ着替えにいっちゃった。
 で、二人が戻ってきても、まだ携帯の話は継続中。

「持ってるけど…唯は持ってるだけで、持ち歩かないよね」
「うん。絶対話したい相手は一人しかいないし、いつも一緒にいるから」

 またいつものように、亜紀さん以外は大笑い。

「で、あっきーと唯ちゃんは進展あったの?」
「あんまり…親も今夏休みで、家にずっといるから」
「なるほど」

「こっちは、うまく進展したいねー」
「なんか貴子ちゃん、日に日に積極的になっていってない?」
「…うん、なんとなく亜紀さん、みきちゃんと似てるとこあるから。
 だから唯さんみたく積極的に押しまくってみようかなって」
「えー、私、これでもみんなの前では、セーブしてるんだよ?」
「そうなの?」
「二人きりの時とか、もっとすごいよね」
「やめろってばー」
「男言葉禁止ー」

 こんな感じで盛り上がってたら、まゆさんが、いつものようにお茶とお菓子持って
 部室に入ってきた。

「皆さん合宿の疲れをものともせず参加してるのね、感心感心」

 まゆさんはテーブルの上にお茶菓子を置くと、自分も座った。

「ほとんどフルメンバーいるから、告知しとこかな。いない人にはメールしとくけど」
「なんですか?」
「ちょっとわけあって、クラブ解散しようかなと」
「え…!?」
「なんでー?」
「クラブを取り巻く状況が、ちょっと最近厳しくなってきてね…。
 もし何かあったとき、みんなを守れるかどうか、まったくわからないから」

 みんな黙っちゃったけど、まゆさんは、淡々と続けていった。

「ほとんどは私のせいだよ。楽しいからって、ちょっと調子に乗りすぎたかな、って。
 どうしても周辺住民には怪しまれるし、他にもまあ、色々ね…」
「…で、いつ解散になっちゃうんですか?」

 たずねた貴子は、もう明らかに落ち込んでいるのが見てとれる。
 それに対するまゆさんの返事を聞いて、落ち込みは全員に広がった。

「今日来てる人から、必要な私物があったら、回収していってほしいんだけど…。
 大体今月中をめどに、部室には何もないようにしちゃいたい」
「なんだったら私が預かるよ? ううん、下心ないから。こんな状況なら」
「ユリちゃんには、元々何かしら頼む気でいたから。よろしくね」

 まゆさんは一瞬笑顔を浮かべたけど、また深刻そうな顔に戻った。

「納得いかないかもしれないけど、今は黙って従ってほしいとしか言えない。
 詳しいことはいつか説明できると思うから…」

 出かけるから、ってまゆさんが帰っていった後も、みんな、呆然としてた。
 あまりにもいきなり、こんな大ニュース聞かされたんだから…。

「大丈夫だよ、ううん、何が大丈夫かわかんないけどさ、とりあえず服とかは、
 言ってくれたら私が預かるからね。なにも代償いらないから」
「うん…」
「どうなっちゃうんだろう…」

 時間ばかりがたっていく。
 まゆさんがそう決めたならしかたないけど、やっぱり心の準備もなしに、いきなりだったから。
 明さんが来たときも、みんな沈み込んでた。

「おかしいな、新人入れようとしてるかんじだったんだけど?」
「そうなの?」
「うん。まあ、取り巻く状況ってのは、わかんなくもないけど。
 周りの人から見れば、ここで一体何やってるんだろう、って思うだろうし」
「たしかに…」
「あとこれは俺の勝手な妄想、怒らないで聞いてほしいんだけど」

 明さんはこう言うと言葉を止めて、少し間をおいてから続けた。

「なんか最近、クラブの大前提が崩壊してない? ここ、何する場所だっけ。
 部員どうしがHしちゃうことはまあ、そりゃあったけど、特定の恋人作ってデートに使うための
 場所じゃないような気もするんだけど。単に俺の心が狭いのかなあ」
「…」
「一応設立当時からいて、なぜかクビにされない程度に空気読んできたつもりの俺としては、
 まゆさんが自分と似た事考えてても、それほど驚かないな」

 僕は何も言い返せなかった。みんなの様子を見ても、たぶん同じだと思う。

「だからって、別れろとか、来るなとかは、思わないだろうし、言うはずもない。
 まゆさんも結構悩んでるんじゃない? 最近トラブルもあって疲れてるだろうし」
「なのかなあ」
「あくまで俺の勝手な想像だからね。とりあえずは、そう決まった以上、そうするしかない」

 そのあとは、解散の件にはあまり触れないで、わりと普通に話してた。
 解散の話はしないけど、解散に向けた作業をしながら…。

「ユリさんばかりじゃ悪いから、俺は雅のとこにでも送りつけとく」

 大きなバッグを持って、明さんは帰っていった。
 その後、亜紀さんと唯さんが、ユリさんと一緒に、ダンボール背負って帰っていった。

「箱でもバッグでも、宅急便とかで送りつけてくれたらいいからね。着払いでもいいから」

 ユリさんは住所をメモに書いて、置いていってくれた。
 僕と貴史は特に私物をたくさん置いてるわけじゃないから、大丈夫とは思うんだけど。
 みんないなくなって、二人で一休みしてたら、貴史が言った。

「明さんが考えてる事、ほんとにただのあの人の想像だといいんだけど、
 どうなんだろう。言われてみると、ないこともないかも、って考えちゃうよ」
「うん…」
「そろそろ、帰ろうか?」

 うなずいて立ち上がったとき、貴史も立ち上がって、僕を抱きしめてきた。

「もしまゆさん帰ってきて怒られてもいいよ…最後かもしれないもん」

 僕は何も言わないで、抱きしめ返した。

「…ありがと」

 そう言うと、貴史は抱き締めた腕を解いて、僕から体を離した。

 帰り道でも、電車の中でも、貴史はほとんどしゃべらなかった。
 駅を出て別れるときにも、手を振っただけで何も言わなかった。

 夜、まゆさんからメールが来てるんじゃないかってチェックしたんだけど、きてない。
 今日いなかった人にしか、送らなかったのかな…?
 僕はあまり気にせず、というか今日はあまり物事を考えたくなくって、寝ちゃうことにした。


 次の日、朝メールチェックしてみたら、まゆさんからメールがきてた。
 本当に業務連絡だけ、みたいな、いつもの顔文字もない、冷たく感じるようなメール。
 あと、貴史からもメールがきてた。


  昨日のことが、まだどうしても頭から離れないよ。
  色々考えちゃって、混乱してる。
  落ち着くまで何もできないと思う;
  すごく勝手だけど、しばらく何も考えないことにする。


 僕は、まゆさんからのメールも貴史からのメールも、削除した。
 クラブが解散になるといっても、これが決まりだと思うから。


<つづく>


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