放課後女装クラブ(仮)


      #終章 同窓会


 あれから、貴史とは連絡せず、まゆさんから何か続報が来ることもなく、夏休みは終わった。
 学校がはじまったから貴史とは会えるかな、と思ったけど、始業式の日は、学校には来なかった。
 一体、どうしちゃったんだろう。

 僕はどうしても我慢できなくて、学校の帰りに、貴史の家に行っちゃった。


「急に涼しくなって、夏風邪ひいちゃった…」

 調子悪そうな顔で出てきた貴史は、そう言った。
 病気の貴史には悪いけど、僕は安心しちゃった。それだけだったんだ、って。

「心配してくれてありがとう。でも、風邪うつしたら、やだから」

 そう言って貴史は引っ込んじゃったから、僕は帰ることにした。

 でもやっぱり、貴史は様子がおかしかった。
 次の日から学校に来たけど、話しかけてもそっけないし、学校が終われば、
 まるで僕のことを避けるように、すぐに帰って行っちゃう…。

 何日かそんな事が続くうちに、僕はだんだん貴史に声をかけなくなっていって、
 …貴史がクラブに入る前か、それよりも、もっと疎遠になっちゃった。

 それからまたしばらくたった頃、貴史に彼女ができたって噂を聞いた。
 …僕は家に帰って、両親が出かけてるのを確認してから、ちょっとだけ泣いた。
 なんでそんなに悲しかったのかは、もうよくわからない。

 それからは気にならなくなった。
 気にしないようにつとめてるのかもしれない、でも自分にもわからなかった。

 学年が上がって、クラスが別になってからは、もう全く接点もなくなった。
 たまに思い出しても、特に悲しくなるなんてこともない。

 二人の関係は、クラブがあってのもので、それがなくなっちゃったら、
 もうそれ以上は進まないものだったのかな、と思ってる。


 去年と違って、全然心ときめかない夏休みがやってきた。
 合宿は合宿でも、塾の夏合宿じゃ、特に面白いこともないしね。
 帰ってきても来年のために勉強して、つまらないまま夏休みが終わる…。
 そのはずだった。

 一通のメールが、僕のところに届くまでは。


  Subject:同窓会のお知らせ
    本文:今週土曜日正午 思い出のあの場所へ (>_<)ノ


 ただそれだけの、どう見てもスパムにしか見えないメール…。
 でも僕は、そのメールから目を離すことができなかった。


 行こうかどうか、最後まで悩んだ。
 でも僕は今、電車に乗って、「思い出のあの場所」へ向かってる…。

 目の前に、1年前、部室と呼んでいた、一軒家の離れのドアがある。
 ノブに手をかけて回すと、普通にドアがあく。


 久しぶりに会う相手が、何人もいた。
 まゆさん、ユリさん、雅さん、明美さん、うん、明美さんだ。着替えてるから。
 あと、唯さんがなぜか一人でいる。

「お久しぶりー」

 まゆさんが、嬉しそうに言った。

「服は持ってきてあるから。さあ着替えた着替えた」

 僕は、ユリさんに押しやるように更衣室に入れられた。
 更衣室の中は、クラブがあった頃と違ってがらんとしてるけど、
 何着か、見慣れた服がハンガーにかけられていた。

 僕は、お気に入りだったブレザーを手に取ろうとした。
 少し背が伸びたけど、元々少し大きかったから、何とか着られるかな…って考えながら。
 そのとき、その隣にかかってた服に、目がいった。

 共用品のワンピース。そうだ、貴子が、最初の頃よく着てたやつだ。
 いろんなことが頭をよぎったけど、僕は頭を振って、考えを振り払った。

 着替え終わって、みんなの所に戻ると、一人増えてた。
 …誰だ、この人? なんて一瞬考えたけど、誰だかすぐわかった。

「まさか仲直りしてたなんてね」
「まあ私だって鬼じゃないし、下手に出てくる相手は悪くしないのよ」

 明美さんの喋り方が、雅さんみたいな、まるっきりな「おかま」になってる…。

「こういう単純な人は、いい気にさせて、盗めるもの盗まないとね」

 この人は、本当に拓美さんなのだろうか、と疑問に思うほど変わってた。
 ずいぶんやせたし、ニキビなくなったし、喋り方まで全く違う。

「それにしても、ほんとに、よくあんたら和解できたねー」

 ユリさんが、本当に驚いた様子で言う。

「和解してない。あの後も色々あって、こいつが私の軍門に下っただけなのよ」
「まあそのうち下克上で」

 本当に不思議だ。何があったのか、今度聞いてみたいな。
 そのあと、みんなそれなりに盛り上がってきた頃、まゆさんが突然私に話を振った。

「ところでみきちゃん、誰か足りないと思わない?」
「ああ…亜紀さんいないですね」
「うん、あっきーは、どうしても来れなくて、私だけ来たの」
「あっきーとうまくやってる?」
「…なかなか赤ちゃんができなくて、困ってます」
「うわー」
「きゃー」

 唯さんは、あいかわらずみたいだ。なぜか、安心する…。
 みんなひとりきり笑ってから、まゆさんが言った。

「まあ、あっきーはおいといて。一人、電話連絡が取れた子いるんだけど、
 みきちゃんが来ないなら行かない、来たら行くから教えろとのこと。
 すでに連絡済みなので、もうしばらくしたら到着すると思われます」

 そう聞いて、私は落ち着かなくなった。
 なんでだろう、会うのが怖いのか、自分でも本当にわからない。
 会う可能性はあるかもしれないって、わかって来たのに。

 みんなとの会話も、受け答えはできてるんだけど、何となく上の空。
 そうこうしてるうちに、また一人、入ってきた…。

「おひさしぶりー」
「お久しぶりですー」

 来たのは貴史だった。それはわかってたんだけど…。
 貴史は私を少しだけ見て、更衣室に入っていった。

「ちょっと二人の間には何か大事な話があるようなので、貴子ちゃん出てきたら、
 そっちの部屋でツーショしていいからね」

 まゆさんが指差したのは、クラブの頃は、あかずの間と言われてた、荷物置き場。
 今気付いたけど、ドアあいてて、中にはクッション置いてあるくらいで何もないみたい。

 10分くらいたって、貴子が更衣室から出てきた。あの、共用品ワンピースを着て…。
 貴子はそのまま、元あかずの間へ直行。
 私はまゆさんに押されるように、お茶とお菓子もって、部屋に入れられて、ドア閉められた。


 手が届くか届かないか、くらいの距離をあけて、二人で座る。

「…久しぶりだね」
「うん」

 そのまま、何分も沈黙が流れた。
 目もあわせづらいし、何を話したらいいんだろうとも悩むし。
 沈黙を破ったのは、貴子だった。

「なんでなんだろう…」
「なんでって?」
「なんでこんなに、ギクシャクしてるんだろ」

 また沈黙が流れて、その後口を開いたのも貴子だった。

「みきちゃんは、今、私の事どう思ってる?」

 なんて返事していいかわからない。わからないけど、どうにかして言葉を絞り出した。

「…そっち、彼女いるって噂、聞いたけど?」
「彼女?」

 貴子は、見るからに、驚いてる。

「いないよ、いたこともないよ…彼氏なら、いた気がするけど。
 私が、そう思い込んでただけだったのかもしれないけど」
「なんか、噂流れてたから」
「…ああ」
「?」
「ユリさんと何度か会って、話したり、服見たりしたよ。買ってもらってないし、
 もちろん何も変な事とか、ないんだけど」
「誰かが見たのかな」
「そうじゃないかなあ」

 少し会話がかみ合ったと思ったら、また貴子は黙り込んじゃった。
 しばらくして、さっきの質問をまたしてくる。

「みきちゃんは、私の事、どう思ってる?」
「ちょっと前の話から、はじめていい?」
「うん」

 私は、貴子が急に冷たくなったと感じたこととか、彼女ができたという噂を聞いて
 よけい話しかけづらくなったとか、いろいろ話した。

「全部、誤解」
「そうなの?」
「ううん、冷たかったのは本当かもね」

 貴子はいったん言葉を止めたけど、すぐ続けた。

「怒られてもいいから、最後かもしれないから、なんて言ったのに、キスもされないなんて、
 ちょっと傷ついたから。ワガママだってのは、わかってるんだけどね」
「……」
「始業式休んだとき、会いに来てくれたの、嬉しかったんだよ。
 でも意地張って、誰も家にいないのに、上げてあげなかったから怒っちゃったかもって。
 だから話しかけづらかったし」
「それこそ、誤解なんだけど…」
「どっか、食い違っちゃったんだね」

 貴子はため息をついた。

「で、なかなか答えてくれないから、こっちから言うね」
「え…」
「私は、まだ、みきちゃんの事大好きだよ?」

 私が返事できないでいると、貴子は微笑んで、

「ごめんね。いまさらこんな事言われても、困るかな。
 でも、今日会えて良かった…」

 私は貴子に最後まで言わせず、むりやり抱き寄せた。
 この感情とか行動は、やっぱり男の子のものだと思うけど、そうしないわけにはいかなかった。

 貴子がまた何か言いかけてるけど、私の口でふさいでやったから、言わせない。
 しばらくそのまま、相手の口の中でも味見するみたいに、ずっとキスしてた。

「怒られちゃうよ?」
「怒られてもいいよ、最後かもしれないから…でしょ?」

 二人一緒に吹き出したけど、すぐ貴子は真顔に戻った。

「最後だなんて、やだからね」
「うん」
「…いいんだよね。私、みきちゃんの事好きでいて、いいんだよね?」
「私が貴子ちゃんのこと、好きでいいんだったら、ね」


「お約束ですが、ほぼすべて聞こえました。お疲れ様でした」

 私たちが皆のいる部屋に戻るなり、まゆさんが言った。

「さて、おそらく人数はこれで全部でしょうから、業務連絡とご報告いきますか。
 結論からいくと、クラブ復活とかの予定は現状なし。しかしたまにはこうやって集まって、
 各人の日々の鍛錬の成果を見せ合えたらいいと思います」
「復活しないのね…」
「残念」
「クラブ活動はしないけど、内緒の荷物置き場として提供しようかという話は、
 雅内務大臣と、明美売春大臣から出てるので、検討します」
「だから私、もう売りやめたってばー」

 今日はいろいろ驚いたけど、それが本当なら、一番驚きだ…。
 どうもみんなもそうらしいけど、明美さんはその雰囲気は無視したようだ。


「そういえば、去年もらったあれ、まだ使えるかなあ」
「…1年も残ってたことないから、わからない」
「未開封なんだけど…」

 貴子と明美さんが、なにか話してる。
 何の話だろう? と聞こうと思ったけど、すぐ別の話になっちゃった。

 なんだか、クラブ活動と同じように、みんなでとりとめのない話をしてるうちに、
 いつのまにか夕方。

 もう私も携帯を持ってるから、みんなと番号とメアド教えあったら、
 私の横にぴったり座ってた貴子が、なんで自分に一番最初に教えないんだって、すねた。
 それを冷やかし、みんなは着替えをすませて、帰っていく。

 最後に残ったのは、私と貴子、まゆさんだった。
 まゆさんがコップとかお皿とか片付けてるのを手伝ってたら、まゆさんが言った。

「ちょっと母屋のほうにいってくるけど、もうしばらくいるならいていいよ。
 でも、Hはしないように。容赦なくメルマガの刑だからね?」
「しないですよー」

「みきちゃん、私とは…嫌なの?」
「そんなことないってば」
「言うと思った。久しぶりに聞いちゃった、それ」

 貴子は本当に面白そうに笑い出した。
 私も、つられて笑っちゃった。


<おわり>


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