放課後女装クラブ(仮)


      #10  夏休み・4


 まゆさんへの問い合わせの返事は、次の朝メールチェックしたら、すぐきてた。
 規模縮小といっても、日数を減らすつもりはないみたい。少し安心。
 僕は、友達同士の集まりだって言ってあるから、予定変更あっても大丈夫だろうけど、
 貴史みたいに、学校のクラブの合宿だって言ってる場合は困るだろうしね。

 僕は貴史に電話して、一緒にプールに行こうと誘ってみた。

「行きたいけど、今はだめだと思う…」
「ありゃ。なんで?」
「今日、うちに田舎から物が送られてくるんだけど、親は急用で出かけてて…。
 僕が留守番で、荷物受け取るまでは、出かけちゃだめだって」
「残念…」

 少し会話が止まったあと、貴史は続けてきた。

「残念なの?」
「え?」
「つまり僕、うちに一人でいるんだけど。早くても夕方まで、親戻らないよ…」

 貴史が何を言いたいのか、よくわかった…と思う。
 遊びにいっていいかって聞いたら、すぐ、うんって返事された。


 もう場所はわかってるから、貴史の家にはすぐついた。
 来る途中、コンビニでお菓子とアイス、今日発売のマンガ…。
 偶然だけど、こないだと同じもの買った気がする。


「いらっしゃい…」

 僕が呼び鈴を鳴らすと、少し間があって、ドアが少しだけ開いた。
 どうしたんだろうと思ったけど、すぐ理由がわかった。

 ドアを開けてくれたのは、貴史じゃなくて、貴子だったから。
 誰が来たのか、ドアののぞき窓で、確認してから開けたのかな。

 とりあえず、僕は素早くドアの隙間くぐって、部屋に上げてもらって…。


「昨日帰った後、また拓美さんから電話あったよ。いいかげんにしてほしい」

 ちょっと落ち着いたかな、って時、貴子が呆れ顔で言った。

「なんて電話?」
「今日、何人かで集まって、「明美さんがいくなら合宿いかない」って、まゆさんに
 言いに行くみたい…。私も誘われたけど、断っちゃった」

 こう言ってから、貴子は少し照れたような顔になって、続けた。

「結果的に良かったかな。こうやって、みきちゃんと一緒にいられるんだから」
「…ありがと」
「あまり、嬉しくなさそう…」
「そんなことないよ」
「また言ったー、そんなことないよ、って」

 こういうやりとりは、僕も最初はむきになって言い返したけど、
 今はもう、いつものことだと思って、あまり気にしてない。

「……」
「どうしたの?」
「今日は、みきちゃんは、男の子でいてね」
「うん、いいけど」

 僕の返事を聞くと、貴子はうれしそうに続けた。

「ありがと。誰か来たら、かわりに出てね。宅急便くると思うから…」

 そういうことか、って、僕は少しだけがっかりしちゃった。
 それが通じたのかどうかはわからないけど、貴子は今までより僕に近づいてきた。
 手を伸ばしたら、抱きしめることができそうな距離…。

 どうしよう…。
 一瞬悩んだけど、すぐ、僕は決心した。「僕」だから、決心できたのかも。

「あ…」

 僕がいきなり抱きしめたとき、貴子は一瞬身をこわばらせたけど、
 すぐ力を抜いて、僕にくっつくように、体重をかけてくる。

 キスしてきたのは、貴子のほうからだった。
 僕から少しだけ体を離して、まるで狙いでもつけるみたいに、一瞬待って…。
 ぎゅーって、まるで押し付けるように。

 また、貴子に押されぎみな気がする…。なんだかちょっと情けないような。
 このまま取って食われそうなくらい、貴子は僕を強く抱きしめてきた。
 僕も、たぶん同じくらい強く、抱きしめたと思う。キスしたまま。

 しばらくすると貴子は口を離そうとしたけど、僕が離さなかった。
 僕が強く押しすぎたのか、貴子が自分で力を抜いたのかはわからないけど…、
 まるで僕が貴子を押し倒したような形で、二人とも寝転がった。

 僕は貴子のほっぺとか、首筋とか、あちこちにキスした。
 そのたびに貴子は、ため息のような声を出す。

 なんでだろう…。貴子は、泣きそうな顔になってる。
 嫌なのかな、って一瞬思ったけど、そんなわけない。ないはず…。
 「どうしたの?」なんて、聞いちゃいけないような気がした。
 今は、何も言葉をしゃべっちゃいけないような気がした。

 それを聞くかわりに、もう一回、貴子にキスした。
 貴子は僕の背中に手をやって、抱きしめてきた。
 僕が顔を離そうとすると、今度は貴子が離してくれない。
 貴子はいったん起き上がって、僕をあおむけにして、上半身を重ねてきた。

 僕が貴子にしたことを、今度はされてる。色々おまけまでついて。
 でもなぜか、貴子はまだ、悲しそうな顔してる。

 たとえちょっと水をさしちゃうことになっても、聞きたくなった。
 なんでそんなに、悲しそうなんだろうって…。


 僕が口を開こうとしたとき、貴子の携帯が鳴った。
 貴子はまるで我に帰ったように、電話に出る。


「はい…すいません、いま、食事中なんで、話せないです。それじゃ」

 「食事中」で、僕はつい吹き出しそうになった。
 貴史はすぐ電話を切って、電源も切ってから、僕のほうに向き直った。

「拓美さんだった。たぶん今から行くんじゃないかな」
「ずいぶん、しつこく誘われてるみたいだね」
「うん、すごくしつこい…断ってるのに」

 しばらく二人とも無言だったけど、先にしゃべったのは貴史だった。

「あの人、私たちに本気で嫌われたいとしか思えない…」
「うん…」

 「私たち」、について、僕は別に何も言わなかった。
 僕も、少しだけ腹が立ったから。間が悪いにもほどがあると思う。

「なんだか白けちゃったね…。ごめんね」
「ううん…」

 僕は、気になってたことを、聞いてみることにした。

「貴子、なんだかずっと、泣きそうな顔してたけど、
 なにかあったの…?」
「……」

 貴子は、返事をしなかった。
 よくわからないけど、僕も、これ以上突っ込んで聞いちゃいけないような気がして、
 話を変えようとしたんだけど…。

「私、みきちゃんに、嘘ついてたから…」
「嘘って…?」

 またしばらく、沈黙が流れたあと、
 貴子は小さな声で、独り言みたいに言った。

「私ね、本当は、されたこと…あるんだ…」

 言い終わると同時に、貴子は泣き出した。

 僕は、どうしていいかわからなかった。
 ううん、わかってる。さっきみたいに抱きしめたらいいんだ。
 でも体が動かない、動けない…。


 僕は、平静を保ったふりして、

「だから?」

 って言った…。なんで平静保ったふりなんかするんだろう!?
 こんな言い方したらだめだって、わかってるのに…。
 だから何だ、僕は気にしない、貴子のこと大好きだよ、って言いたかったのに。

 思ったとおり、貴子は、僕の言葉を、悪い意味で取ったみたい。
 貴子はまるで絶望したみたいに、泣きつづけてる…。

 そうなってから、やっと僕は動けた。
 僕は貴子に近づいて、抱きしめようと手を出したけど、その手は振り払われた。

 もう一回。
 また、振りほどこうとされたけど、絶対離さない。
 僕は貴子をむりやり押さえつけた。貴子が何か言おうとしたけど、割り込む。

「だから何だ、って言ったんだよ!」

 僕が大声をあげると、貴子は一瞬びくっとして、少しおとなしくなった。

「なんでも、悪い方向にばっかり取るなよ…」
「嫌いに、ならないの…?」
「ならない!」

 絶対、なるもんか…僕はつい独り言を言った。

 貴子は、よけいに泣き出した。さっきまでとは違って、力は入ってない。

「いいの…、ほんとに、いいの…?」
「何度も言わせると、本当に怒るよ」
「……」

 僕は、貴子の頭をなでた。もう怒ってないよ、なんて口で言うの恥ずかしいし。
 そうしてたら、貴子もだいぶ落ち着いてきたみたい。


「なんで私のはじめての相手が、みきちゃんじゃないんだろうって…。
 そう考えたら、悲しくなっちゃったんだ…」

 もう二人ともかなり落ち着いて、貴子は、少しずつ、話しだした。

「前話したよね、大学生の兄ちゃんの話…」
「うん」
「仲良しの友達だと思ってたよ。ううん、本当の兄さんみたいに。
 でも、Hな事したら、変わっちゃったんだ…」
「……」
「でも、一回だけだよ…それも、途中まで。痛くて泣いたらやめてくれたけど、
 その次からは、毎回、続きをしたがったんだ。遊んでくれたり、勉強見てくれたり
 しても、結局はHしたいだけみたいになっちゃって…」

 貴子は、うつむいたまま、話しつづけてる。

「何回か断ったときかな、相手してくれなくなっちゃった…。
 そのあと、しばらくして、引っ越していっちゃった」
「ひどいね…」
「ひどいと思うよね…みきちゃんは、そんな事ないよね…」
「絶対そんなひどい事しないよ…」

 僕の返事を聞いて、貴子は、また涙ぐんできた。

「信じるからね…」

 そう言って、貴子は僕に抱きついてきた。

「いままで、どこかで、少しだけど、疑ってたんだ。ごめんね…
 でも、みきちゃんを、信じるからね…」

 僕は、何も言わないで貴子を抱きしめ返した。力いっぱい。
 貴子が泣き止むまで、ずっと抱きしめてた。


 泣き止んだ貴子は、顔洗ってくるって言って、僕から離れた…。
 戻ってくるなり、貴子は言った。

「私、みきちゃんより、幹夫くんの方が好きになっちゃった。どうしよう?」
「うん、どうしよう…?」
「別にどっちでもいいんだけどね。みきちゃんも好きだよ」

 もう貴子はすっかり元気になったみたい。僕は少し安心した。
 …女の子のかっこするの、やめたくはなかったから、それについても少し安心。

 二人で色々話してたら、宅急便屋さんがきたから、僕が出て荷物を受け取った。


 いつのまにか、もう時間も夕方近くなってる。
 貴子の言う、「早ければ親が帰ってくる時間」になるかもしれない。

 ちょっと残念だけど、時間的にも、あと、気分的にも…、
 僕と貴子の「続き」は、今日はできそうにない。

 僕を送り出すとき、もう着替え終わった貴史は、僕を抱きしめてキスしてきた。
 僕も貴史を抱きしめかえして、同じように…。
 もちろん、ドアは閉まってるよ。


 僕は家に帰って、来週の合宿の用意をはじめた。
 なんか、明美さんと拓美さんの件で色々あるんだろうけど…楽しいといいな。



<つづく>


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