ハンマークラヴィア

#3



 さようなら、今までの私。そしてこんにちは、新しい私!!
 飛行機に乗った瞬間には、もうそんな気分。我ながら気が早いとは思うけど、気持ちは抑えられない。
 はちきれそうな期待と、ちょっとだけの不安……。差し引くといっぱいの期待。きっとそうだ。
「心ここにあらず、って顔してるね。着く前に疲れちゃわないようにね?」
 隣に座ってる人が、おかしそうに言った。この人は、まあなんというか、一応知り合い。仲悪かったけど。でも、例の変な集まりと揉めたら急に仲良くなった。敵の敵ってやつ?
 私より何年か早く、取ってるんだって。だから紹介してくれて、今こうやって、付き添いとしてついてきてくれてる。
 ……実のところは、遊びに行くらしい。まあ私の付き添い扱いとして飛行機代が割引とはいえ、自分の分は少し色つけて出してくれてるから、いいんだけど。

 飛行機の中でちょっと寝て、夢を見た。全てが終わって、女の子になれた自分の姿を見た。
 別に何も変わらない。元のままだ。でもそれでいい……見た目の変化には、それほど期待してない。ただ、心がどれだけ変わってくれるのか、安心できるのか、それが気になってる。
 それからもっともっと綺麗になって、今まで私を捨てた奴らを見返してやるんだ……。そんな事も少し考えたけど、なぜか今の私は、それは不毛な事だ、と思ってる。

 ずいぶん寝ちゃったみたいで、起こされた時には、もうすぐ着陸です、シートベルトしてください、なんてアナウンスが入る直前だった。わかんない言葉だったから、アナウンスの内容は、付き添いに教えてもらったんだけど。

 言われたとおり時計2時間ずらして、もうすぐ夕方の異国の町へ。
「初めてだよね?」
「うん」
「私は5回目」
「すごいね」
 なんて言いながらタクシーに揺られて、すぐ宿泊先についた。付き添いが言うには、現地語がわからないと、時間も金も5倍くらい取られるんだって。ついてきてもらって、良かったのかな?

 なんて考えは、何時間もしないうちに、だいぶ失せた。
 部屋は同じだと思ってたら別で、私は一休みした後、付き添いの部屋に行った。明日からの詳しい予定とか、あと、先輩としてのお言葉でもいただけたらと。そう思って行ったんだけど。
 ……早速、付き添いは自分の部屋に、男の子を連れ込んでるんだもん。せいぜい中学生程度にしか見えない、そんな子を、3人も連れ込んでた。
 男の子たちはみんな裸で、付き添いだけ服着てる。

「……いきなり、それですか」
「むしろ、これ目当てでついてきたんだけど? もちろん、手術の時やその後は、ちゃんとサポートするから心配なく」
 私がこの人を嫌いで、仲が悪かった理由は、平気で体を売るし、買うからだ。そりゃ私も売った事あるから、人のことは言えないんだけど、買った事はない。
「お金で、こんな子供に言う事聞かせるの、楽しい?」
「楽しいに決まってるでしょ?」
 本当に楽しそうに言った後、男の子たちを見回した。
「こいつらの頭の中には、この変な生き物が、幾ら金を出すか……それしかない。こんな子供のくせに、もう脳味噌どころか魂の奥底から、そんな根性が染み付いてるのよ。貧しいって可哀想ね」
 私は何も言えなくて、というか言う気がしなくて、黙ってた。それでも相手は続けてくる。
「持ちつ持たれつ、ギブアンドテイクってやつよ。こっちは、そんな貧民のほっぺた金で叩いて気持ちよくなれるし、向こうはこれで、食べていける……むしろ、こいつらが一方的に得してるような気すら、するのよ。慈善事業じゃないかとも思う」
 そう言って、男の子の一人のほっぺたを指で突っついてる。男の子はニコニコしてる。
「親に売られたのよね? あなたという人間の価値、命の重さは、紙切れ何枚分?」
 なんて笑顔で言いながら、男の子の頭を撫でてる。撫でられてる方は、きっと日本語はわかるはずもなく、ただニコニコ笑ってる。
 なんだか見ていられなくなって、私は、自分の部屋に戻る事にした。

 何とも言えない気持ちになった。多分言うことは間違ってない。だけど、どうしても賛成する気にはなれない……。
 多分私は甘いんだな。外国の事なんて、文字通りよその国としか思ってなかった。だからって、何かしてあげる気もないから、悩むだけ損なのかもしれないけど。

 悩むだけ損、なんて言いながら、外がすっかり暗くなるまで、悶々としてた。本当にどうしようもないな私は。
 そうしたら付添い人が私の部屋に来た。
「いつも通り、自分でさせたり、絡ませたりして解放。見てれば良かったのに」
「あまり、そういう気分じゃなかったし」
「まあ、あのガキども、別の人が部屋に入ってきた、ってだけで、追加で金取ろうと必死だったけど。本当に卑しいんだから」
 卑しいとか言いながら、すごく楽しそう。
「……ああ、そういう話じゃなくてさ、せっかく来たんだから、やはり食事でしょ。おいしい物食べて、体力つけとかなきゃね」
 そうだそうだ。食事も楽しみにしてたんだ。現金なもので、もう気分はだいぶ晴れてる。

 ホテルのレストランで、二人で食事。洋食、中華、和食まであったけど、やっぱりここは現地の激辛料理でしょ。相手ももちろん同意。
 辛い、水持って来い、ビール持って来い、って感じですごく盛り上がった。私はお酒我慢しないとだけど、まあ、ちょっとだけ…。明日には残らない程度にね。
 結構いい感じに酔っ払ってる付き添いは、私の部屋までついてきた。じゃあちょうどいいから、いろいろ聞こうかな……と思ったんだけど、なんか向こうは別の話があるみたい。

「あなたは明日から入院で、まあ、体の器官が一個なくなるわけだけどさ」
「うん……」
「最後に使ってみない?」
「え」
 いきなり何を言い出すんだって瞬間的に頭に来たけど、私が何か言う前に、それを制するように向こうが続けてくる。
「もちろん、男の子やれなんて言わないよ。できないだろうし、できたらあなたに対する評価は全く変わっちゃうわけだけど。でも触れば多少は気持ちいいでしょ? 触らせてって事」
「私、そもそもH自体があまり好きじゃないんだけど」
 本当にそうだ。特に、男としてのあれは、できたら人に見せたくないし触られたくもない。女の子のように扱われるのは、まあ、それなりに……だけどさ。
「みんなそうでしょ。あなたみたいな子はね。私だってそうだし」
「じゃあ、なんで」
「記念というか、もったいないというか。もう無くなっちゃうんだからさ、体の一部がゴミになっちゃうんだよ? 明日お別れする、あなたの体の一部に、今までありがとうというか」
 何を言いたいのかわからないけど、なんか面白くて、つい笑っちゃった。相手はなぜか少しふくれてる。
「笑うことないじゃないの。せめて最後くらい、少しでも使ってあげないと」
「トイレで毎日使ってるし」
「そうじゃなくてさー。気持ちはわかるし、悪いようにはしないから」

 ……結局、口説き落とされた、という形になるのかな? 最近、ぜんぜん体の触れ合いすらないから、ちょっとだけ寂しかったのもある。大体の相手は、その触れ合いだけで終わらず、その先までとことん行きたがるから、それが面倒くさかった。だからあまりなかったんだけど。
 服を着たままくっついて、頬にキスされたり、ちょっと舐められたり。本当におとなしい、まるでスキンシップみたいな状態。
 ちょっとだけある胸にそっと触れられたり、私も少しお返ししたり…。
 下着を脱がされた時、私は抵抗しそうになったけど、悪いようにはしないから、を信じてみる事にした。
「嫌かもしれないけど、おまじないだと思って我慢してね」
 撤去予定の器官にそっと触れながら、相手は言った。おまじないって何だろう? と思ってたらすぐに答えを教えてくれた。
「ちゃんと自分で見て。今までありがとう、さようなら、ってちゃんと言うの」
「……?」
「それがおまじない。私の知る限りでは、ちゃんとそうしないと祟られるんだからね」
「えー」
 私にとって、それは、憎たらしくてたまらない場所なのに。
「憎いんだよね。さっさとおさらばしたいんだよね。わかるんだけど、でも必要な事なの」

「幻肢って知ってる?」
「げんし?」
「手足とか切断した人が、ないはずのものがあると思って、混乱する事。人によっては、狂うところまでいく」
 そう言うと、手は私の下半身に触れたまま、私の首筋にそっとキスしてきた。
「これはなくなるんだ、って、しっかり認識する儀式がいるの。できなそうなら、無理は言わないよ。でも、なくなる場所を、最低でも哀れんであげてね」

 私は自分のものを、よく見た。今までずっと、よく見ないようにしていた場所を、よく見た。あまりいい気分はしない。でも確かに、なくなっちゃうものなら、かわいそうだ、くらいは思える。
 ついこないだ、いや、さっきまでは、消えてしまえ、と呪い続けていたのにね。
 長い間、ずっとついてきたものだから、やっぱり、せめて言ってあげよう。

「……今までありがとう」
 なぜか息が詰まった。でも思い切って、続ける。
「さようなら」

「よくできました」
 息が詰まった後、さらになぜか涙ぐんじゃってる私は、長い間、撫でられてた。



To be continued


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