グノシエンヌ

#1



 私は、幸せだ。
 本人である私がそう思ってるんだから、他人がどう思おうと、関係ない。


 本当に? 本当に幸せ?


 うん、嘘。全然幸せなんかじゃない。思い込みたかっただけ。
 やめちゃったもんね、乙女チックな夢追いかけるのなんて。

 やめたのは正解だったと思う。
 私は背が高い。顔もそこまで男っぽくもないけど、女っぽくもない。体格も、痩せてはいるけど普通に男だ。
 だから正解だった。そういう意味では、幸せと言えば幸せと言えるのかな?

 趣味女装で、やめときゃ良かった……。
 まだまだそれなりに感じる、もう子供を作るのには役立たない、排泄に便利なだけの器官をいじりながら、私はずっとそうやって後悔してた。
 胸、どうしよう。それなりに育ってしまった。厚着してれば誤魔化せない事はないけど、夏場は厳しそう。
 そして結構突っつかれる。嫁はまだか子供はまだか、なんてね。
 正直、ちょっと辛い。別に親が憎いわけじゃなし、喜んでくれればそれなりに嬉しいけど、そればっかりはどうしようもない。

 そもそも、女にもてないから、ふられまくったから、絶望して男に走ったという、根本的な動機があるわけで。
 同年代の女とは目合わせられないし、話し方も変になる。
 その点、化けて男を相手にしてる時は、楽だ。向こうが勝手に気を使ってくれるから、こっちは好きにしてればいいし、安心して接する事ができるからね。
 どれだけ調子に乗っても大丈夫。それは、すごく安心する。
 でも私だって、そこまで人間終わってるつもりないから、たまには悩む。こんな尊大でいいのかってね。

 ……その事を口に出してみると、まあ、奥ゆかしいとか、それまで褒める材料にしてもらえる。
 やっぱり、悪い気分はしない。そして私はどんどん調子付いていった。
 薬で性欲薄れてるって言えば、気に入らない奴のお相手しないですむし。
 ま、気に入った人相手には、どこからでも湧いてくるんだけどね。

 でも私は、そういうのはやめた。女装するのも、ホル食うのも、やめた。
 無理だって悟ったから。理由は言った通り。
 男から見ても気持ち悪い男が、私は女よ!! なんてやってるのがうじゃうじゃいるのは、見てて辛いから。
 鏡を見ているようだ、そう思っちゃった。その鏡が、歪んだ鏡である事を願いたいけど……。


 「そういう場所」で交流してると、いろんな人がいる。

 私は間違って男の体に生まれた女なんだ、って主張してる、なかなかの色男。
 女の悪いところばかり真似してるように見える、陰口大好き人間。
 たぶん鏡を持ってないであろう、口とプライドだけは立派な人。
 吐き気を催すような画像に添えられた、「☆ミ」なんて文字列や、ギャル字の羅列。
 鬱だとかパニックだとか言いまくってて、そんな事してる暇があったら精神病院へ行けと、純粋に善意から言いたくなる人。

 私は確かにこいつらの仲間だったし、今も同類と思われているのは間違いない。
 動機からして「不純」だったわけだから、正気に戻れたと言い張るのは簡単だけど、何を言っても言い訳にしかならないよね……。

 後悔すれば元の男に戻れるなら、いくらでも後悔するんだけどね。
 少なくとも今は、「やめている」。その方が、あのままでいるよりは、幸せだと思う。
 そんな事を考えてたら、ふと気付いた。
 自分が幸せだと思い込みたいあたり、私も、あの連中と変わらないな、って。
 本当に幸せそうなんだよね。人のせいにするつもりないけど、あやかりたいと思っちゃったくらい。

 自業自得。その言葉の意味を思い知る。
 気軽に踏み越えて、戻れなくなってあがいてた。単に物理的に戻れなかったんじゃなくて、あれってかなり、居心地のいい空間だったから。
 奴等とは違うだなんて、偉そうな事を言うつもりはない。でも、合わなかった。

 私がこれからどうやって生きていくのか、それはわからない。
 女の真似事をやめたからって、男に戻る事はできない。戻れない変化は、もうしちゃってるから。
 中途半端な位置から抜け出そうとしてみたら、その先も、結局中途半端な位置。
 あはは、私は一生、中途半端なままかもね。


 それでも、私は、幸せだと思う。
 こう思い込めるほど面の皮を厚くできたのが、女の子ごっこをやめるまでの間に得られた成果。多分、唯一の。




To be continued


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