題「人ならざる者」11
 その事件があった日から一護の摂る物は、花の蜜や朝露、極上の酒、そして剣八の精だけとなった。
「おい一護、お前そんなんで身体()つのかよ?」
一護は、手の中の盃をくいっ!と呷ると、
「ん?ああ・・・大丈夫だよ。お前の()貰ってるからな」
ふふふ、と妖しい笑みを浮かべて剣八の中心を弄る。
「なんだ?誘ってんのか?」
「さて、どうだろうな?」
「くくっ」
寝室の前の縁側で酒を飲んでいた二人は雪崩れ込む様に閨へと消えた。

 翌朝剣八は仕事に出掛け、一護は暇を持て余していた。
「ん〜、ひま・・・。あ、そうだ」
此処に来た時、隊長の中に面白いのが居たな、と思い出した。
「崑崙、紅、遊びに行ってくる」
と告げると、
「では我らもお供します」
と付いて来た。
「一護様御一人で行かせて何かあっては剣八様に怒られます」
と言われては言い返す事が出来ない、それに今では二人の方が瀞霊廷の事に詳しくなっているのも事実。
一護は苦笑しながら了承した。
「しょうがないなぁ。行きたいとこあるんだ、案内してくれ」
「かしこまりました」

 辿りついたのは七番隊。
普通に門から入れた事に驚いたのは一護の方だった。どうやら総隊長の関係者であると言う話が回っているようだ。
隊舎に入ると中をキョロキョロと見回し何かを探している。
「お、居た居た!おい、そこの人狼」
「んむ?貴公は・・・」
「ほう!やはり立派だな!野にも斯様な人狼がまだ居ったとはな」
にこにこと一護は狛村を見上げている。
「ここまで立派な人狼は山でも見んな」
狛村の周りをグルグル回りながら楽しそうにしている。人狼、人狼と繰り返す一護に些か不機嫌になって来た狛村。
「儂の名は狛村左陣と言う」
上から降って来た低い声に見上げると、眉間に皺が寄っているようだ。
「ああ、すまん。つい嬉しくてな。俺は一護と言う。しかしお前でかいなぁ。剣八よりでかい」
一先ず茶でも、と勧められ客間に通されたが茶に手を付けない一護。
「なあなあ」
「ん?」
「お前の顔とか触っても良いか?」
にじにじと近付いてくる一護。
「む、うむ・・・」
ぱあ!と顔を輝かすと狛村の顔の毛皮に手を埋めた。
「うわあ!ふわふわだ〜!」
もふもふと感触を楽しみながら耳の裏を掻いてやると、もう少し後ろ、とでも言う様に耳が反らされた。
「ふふ・・・、懐かしいな・・・。昔、山の社に獣人が来た事があったがそれ一度きりだった」
「ほう・・・」
ピクッと耳が反応した。
「そいつは虎人でな、そいつも美しい毛皮をしていた。元気だと良い・・・」
ふわふわの胸の毛皮を堪能しながらそんな話をした。
「一護様、もうそろそろ剣八様がお帰りになる頃ですが」
と紅が声を掛ける。
「ん?もうそんな時間か。久々に楽しかったな。またな、狛村」
「うむ」
「ああ、茶に手を付けなくて悪いな。今の俺にはお前達と同じ物が摂れないんだ」
「気にするな。元柳斎殿から凡その事は聞いている」
「そうか・・・」
少し寂しそうな顔をして笑った一護が十一番隊へと帰って行った。

 固形物を一切摂らないそんな生活で一護の身体は確実に弱っていった。
少しずつ痩せて行き、顔色も良くない。あまり部屋から出て来なくなり、臥せっている事の方が多くなった。
剣八も心配して可能な限り一緒に居ようとしている。
「なぁそんなに心配すんなよ。大丈夫だよ、ちゃんと仕事行けよ」
「・・・お前がそんなんでほっとけるかよ」
「馬鹿だなぁ。ちょっとダルイだけだよ、風邪みたいなもんだ」
蒲団に臥せっている一護の傍から離れようとしない剣八。
「一護・・・」
「な・・・?」
「昼になったら帰って来るからな」
「ああ、行って来い」
儚く笑って剣八を送り出す一護。

 剣八を送り出してから眠った一護。
数時間経った頃、ふと目が覚めた。
「ん・・・剣八・・・。あ、仕事か・・・けほっ!」
ケホケホと乾いた咳を繰り返す一護。
「喉・・痛・・・!誰か、水・・・」
生憎と崑崙と紅は蜜を集めに行っていたので一護の傍に居なかった。
蒲団から這い出るとヨロヨロと起き上がり、障子を開け外に出た。
「あれ一護君、起きて大丈夫なのかい?」
偶然通り掛かった弓親が声を掛けた。
「あ、弓親・・・ああ、水が、飲みたくて」
「そう。僕持ってくるよ」
と踵を返した弓親の後ろでゴトン!と言う音がしたので振り返ると一護が膝を付いていた。
「ちょ!一護君?一護・・!」
弓親が息を飲んだ。一護は口を押さえて俯いていたがその手が真っ赤に染まっていたのだ。
「一護君!一護君!誰か!隊長を!早く!誰かっ!」
その間にも一護の吐血は止まらなかった。廊下一面が血の海となった。
「どうした!弓親!」
「一角!一護君が!隊長は?」
「隊首会だ!一護!おい!」
一護の意識は既になく、顔色は真っ白になっていた。一角と弓親は一護を四番隊へと運んだ。

 隊首会の最中(さなか)に血相を変えた崑崙が飛び込んで来た。
「剣八様!一護様が!」
「崑崙?一護がどうかしたのか!」
「御報告致します。一護様が先程大量の吐血をされ、意識不明の重体。四番隊とやらへ運ばれましたが一護様には無意味です。貴方のお力が必要なのです!」
「なん・・・だと・・・!?」
「このままでは数日中に一護様の御命は尽きてしまうでしょう。優様の甘露があればこんな事にはならなかった・・・!一度御山に帰れば、持ち直すとは思いますが一護様が諾とは言いますまい」
悲痛な面持ちの崑崙。
「なんでだよ」
「此処に貴方とやちる様が居るからです。一度御山に戻って、また此処に帰って来れるか・・・。ここに来た時も地軸がずれ、更木へと落ちたそうです。それに、御山に居る他の面々が一護様を止めるでしょう」
「アイツ等か・・・」
途中で紅が合流した。
「崑崙!時間が!」
「お急ぎ下さい、剣八様」
剣八は瞬歩で四番隊へと向かった。

 四番隊へ駆けつけた剣八が見たものは、生気を失い眠る一護の姿だった。
「一護!」
剣八の声に瞼を震わせ、薄く目を開く一護。枕元へ行く剣八の後ろから紅が湯呑を差し出した。
「なんだ?」
「花の蜜でございます。口移しで一護様に飲ませて下さいませ」
湯呑を受け取ると蜜を口に含み、一護に与えた。
「ん・・・」
少し頬に赤味が差した一護。
「まだ飲めるか・・・?」
「ん・・・」
湯呑の蜜が無くなるまで続けられた。
「ん、ん、んく、ちゅ、ん、ふ・・・」
最後に一護が剣八の首に腕を絡め、混ざり合った互いの唾液を啜り飲んだ。
「あ・・・はぁ、剣八・・・」
一護の声は酷くしゃがれていた。
処置を行なった隊士が言うには、肺から食道、胃と酷く傷んで、粘膜が爛れているのだと言う。
髪を梳いているうちに眠った一護。
「更木隊長」
「卯ノ花か・・・」
「彼を治療致します」
「頼む・・・」
清浄結界を張り、一護を治療していく卯ノ花。だが傷付いた臓腑は治せても一護の衰弱は治らなかった。

深夜に目が覚めた一護。
「ん・・・」
「目が覚めましたか?」
「ん?誰だ・・・?」
「私は卯ノ花 烈と申します。今更木隊長をお呼びしますね」
「ああ・・・」
一護は胸が痛く無いのに気付いた。
「お前が治したのか?」
「え?ええ、ですが衰弱の方は・・・」
「気にするな。これは仕方のない事・・・俺の様な者にはな。烈か・・・良い名だ・・」
剣八がやって来て一護を横抱きにして部屋を出ようとした時、
「感謝する」
と一護が言った。

 帰る道中、一護を抱いた剣八が、
「軽くなったな・・・」
とぽつりと零した。
「そうか?」
「ああ・・・」
「・・・気にするな・・・」
「馬鹿野郎・・・」
そして一護はその日から外に出る事が出来なくなった。

 四番隊から帰ってきた一護は蒲団から起きる事が出来なくなった。日がな一日臥せっている。
昼間は縁側の障子を開けて外の景色を見ている。その一護の傍らには可能な限り剣八とやちるが付き添っていた。
「今日はいい天気だな」
「ああ・・・」
「んだよ、暗いなぁ。笑え、ほら」
と剣八の口元に手を伸ばす。
そんな一護の元に清音と仙太郎が訪れた。
「・・・なんの用だ」
と不機嫌な声で問い質す剣八。
「あ、あの・・・その」
「自分らは、謝罪に・・・」
と剣八の霊圧と雰囲気に気圧されながらも言うと、
「ハッ!今更かよ。何日経ってんだ?え?」
鼻で嗤われた。
「それは・・・」
「『こんな事になるとは思わなかった。』か?消えろ、斬られてぇか」
「「ひぃっ!」」
「よせ・・・剣八」
「一護」
「もう良い。そいつらは既に崑崙と紅によって罰された。それで充分だろう・・・」
「お前は死んで、こいつらはのうのうと生きるのか?ふざけんな」
「元より俺は死ぬ覚悟でここに来たんだ。それが少し早まった、それだけだ」
「ふざけんな・・・」
「そう思うなら俺の傍から離れてくれるな。な?」
「ちっ!おいお前等とっとと帰れよ」
「は、はい・・・!」

 後日、一人総隊長に呼び出され、長期の休暇が言い渡された剣八。
「どういう風の吹きまわしだ、じいさん」
「・・・一護の傍に居てやれ。それが今のお主の任務じゃ」
「ちっ、勝手な気ぃ使いやがって」
外方を向いて首の後ろを掻く剣八。
「更木よ・・・。一護はな元より死ぬ覚悟でお主の居る此処へ来たのじゃよ・・・」
「・・・なんで知ってる」
「儂も少なからず一護と係わった事があるからじゃ。あ奴の居った所は桃源郷の様に清浄な場所、故に穢れや瘴気に弱く敏感じゃ」
「・・・・・」
「あ奴にとって儂らの世界は毒だらけじゃ、その毒を優の甘露は弱める。徐々に身体を慣らしていくつもりだったのじゃろう」
「其処にあの事件か・・・」
「うむ。それを分かっていながらお主の傍を離れんのは唯一愛した男が居るからじゃ。分かるな」
「・・・」
「お主と草鹿は一護との約束を守った唯一の人間。そして愛しあっておる。・・・傍に居てやれ」
「おう・・・」
その日からずっと一日中、一護の傍に居る剣八だった。

 そして瀞霊廷を目指す二つの影があった。



第12話へ続く



12/03/31作
甘露を失い、人間特有の瘴気によって衰弱していく一護。
12/04/09加筆修正しました。



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