題「略奪と奪還」8
 翌朝、京楽はえらく御機嫌だった。朝食の時、夕月に、
「今日のパパ御機嫌です!何かあったですか?」
と言われ、
「ええ〜?そうかな〜?だってママが」
と言った所で腕をガブリと噛まれた。
「あいたたた。うん、ママが居てくれるからさ」
と云うと納得したように夕月も、
「夕月もママが居てくれて嬉しいです!」
とにこにこと笑った。

 今日も3人で出廷し、白も最近では京楽が傍を離れても情緒不安定になる事は無くなってきた。
縁側の座布団の上で丸くなってウトウトしている白と隊士に遊んで貰っている夕月。
「くぁあああ・・・む・・・ふうん・・・」
のんびりとした時間が過ぎていた。
縁側で丸くなっていると隊首会を終えた京楽が戻ってきた。
「ただ〜いま!良い子にしてたかい?白」
「フン・・・」
ぱたん、と尻尾を振って返事をする白の頭を撫でる。
「今日はね、書類仕事だけだからず〜っと一緒に居られるよ」
と白の毛皮を撫でる。
最近はずっと書類仕事ばかりだと白は気付いている。討伐が無いのは皆が気を使ってくれているのだと知っているのだ。
「くぅん」
と一鳴きして京楽の手をぺろりと舐めた。
「ああ、そうだ。この間一護君から貰ったブラシ使ってみようか」
ついこの間一護が持ってきてくれた抜け毛が良く取れる動物用のブラシを持ってきた。

 白を胡坐の中に納めるとブラッシングを始めた。
「おお〜!すごいすごい!ブラシが真っ白になっちゃったよ!」
背中から始め、頭、尻尾と梳いていき、腹側も梳いてやる。
「くふん・・・」
喉の下を梳くと気持ち良さそうに仰け反り、「もっと」と強請られているようだ。
「ふふふ、かーわい」
そんな白を見ながらもうそろそろあっちにも顔を出さないとねぇ、などと考えていた。

 昼休みも済み、
「出掛けてくるよ」
と言い置いて出掛ける京楽。
着いた先は地下牢であった。地下へ続く階段を下りて行くと二人の罪人が鎖に繋がれていた。
そこは湿気た黴臭い空間だった。灯りは昼夜問わず
「おや、まだ元気なんだねえ」
京楽の姿を見ると気色ばむ紀野川家の姉弟。
ガチャガチャと鎖を鳴らしながら口汚くこちらを罵って来る。
「おのれ!京楽ぅ!狐憑きめが!よくも我らをこのような目に遭わせてくれたなぁ!」
「よくもよくも!今に目に物見せてくれる!覚えておれ!貴族で居られると思うな!化け狐共々落ちぶれてしまえ!」
そんな二人を真意の見えない笑みを浮かべながら見ている京楽。
「・・・醜いねぇ」
と一言呟いた。
「何ぃ・・・!あの女狐の方が余程醜いわ!おお!汚らわしい!」
目を吊り上げ、金切り声で叫ぶ女を冷たい目で見て、
「ふうん・・・」
少し考えるとそのまま地下牢を後にした京楽。

 地下牢から出てくるとすぐさま十二番隊へと歩を進めた。
「涅隊長、居るかい?」
「何かネ。私は忙しいんだがネ?」
「ゴメンね。いつかの薬、まだ有るかな?」
「ああ、アレかね。・・・使うのかネ?」
「まぁね。お代はアレで良いかい?」
と外のある方向を指差す。
「・・・フム、いいダロウ。ネム!」
「はい、マユリ様」
と一粒の丸薬を持ってきた。
「効き目は2日程だヨ」
「ありがとう」
「フン!あの綿毛が居ないと私の研究に邪魔が入らず清々するんだがネ、小さい綿毛が泣き付いてくるんだヨ・・・!」
「小さい?ああ、幾望君だね」
「まったく・・・!」
背を向けブツブツと文句を言っている涅に苦笑しながらも礼を言って帰ってきた京楽。
「さて、また明日にでも行きますかね。その前に山じいと七緒ちゃんに言っとかないとね」
隊舎に戻ると七緒を伴って一番隊へと出向き、説明した。
「2日か・・・。ふむ、構わんぞ」
「分かりました。仕事の方はお任せ下さい。白さんを安心させてあげて下さい」
と良い返事を貰えた。
「ありがとう、山じい、七緒ちゃん」
心からの礼を言うと白の元へと帰った。

 仕事も終わり家に帰ると、
「白、明日一緒に行って欲しい所があるんだ」
と白に告げた。
「?」
「とても大事な事だからね」
と多くは語らなかった。

 翌日、昼頃に白を首に巻いて出掛ける京楽。非番である為私服の着流しを着ている。
「んふふ、白はあったかいねぇ」
ふかふかの毛皮に顔を擦り寄せ道を歩いて着いた所は地下牢がある場所だった。
薄暗い階段を下りて行くと牢が見えるが、そこには特殊な結界が張られていて白は勿論、京楽にも内側が見えない。
「くう?」
どうして此処に連れて来られたのか聞いてみても、
「まぁまぁ、二人っきりでお昼でも食べようかと思ってさ。久し振りでしょう?」
と言われ一先ず納得する白。

 紀野川家の姉弟が繋がれている牢の前に置かれたテーブルに弁当を置くと椅子に座った京楽の膝に白が乗った。
その光景に激昂しては口汚く罵っている罪人二人。当然京楽と白には聞こえない。
「し〜ろ、はい、あ〜ん!」
「あむ!」
「んふふ、美味しいねぇ。次はどれ食べたい?」
「くう!」
と玉子焼きを示す白。
「はいはい、あ〜ん!」
「あ〜、む!」
一頻りイチャイチャして食事を終えると、白の毛繕いを始めた京楽。
「ふふふ、綺麗だねえ。まるで新雪のようだね」
白の顎を持ち上げ、ちゅ、ちゅ、と口付けを繰り返す京楽にお返しなのかぺろぺろと舐め返す白。
「あのね白、実は此処には僕達以外の死神が居るんだよ」
「きゅっ!?」
パチン!と指を鳴らすと結界が消え、あの姉弟の姿が現れた。
「きゅ!きゅぅぅ・・・」
「大丈夫さ。あれらはあそこから出て来れないんだよ。もう一生ね」
「くう?」
「当たり前でしょ?白を僕から盗ろうとしたんだよ?しかも化け狐だなんて罵って君を傷つけた。万死に値する罪だ」
絶対零度の冷たい目で二人を睨み付ける京楽。
姉弟の声は聞こえない。
「僕が愛しているのは君だけだ。君だけが僕の唯一の女性で妻なんだから・・・。愛してるよ、白」
「きゅ・・・、きゅぅう、きゅぅう・・・!」
「でも今の状況で一つだけ不満があるんだ。何だと思う?」
「きゅうう?」
「ふふ、君を抱けない事、君と一つになれない事さ・・・。ああ、もう何日君を抱いて無いんだろう!暴走してしまいそうだよ」
ぎゅうぅっ!と白を抱きしめる京楽。
「くうん・・・」
「でももう大丈夫!良い物があるんだ〜!」
と懐から一粒の飴玉の様な物を出した。
「覚えてる?去年のクリスマスに君が技局に強請った物だよ」
「っ!」
「思い出したね」
そう言うとパクッとそれを口に放り込んだ。ガリガリと噛み砕いて飲み込むと京楽の体が縮みだした。
「ぐう!ううう・・・」
「きゅう!きゅううん!きゅうん!」
すっかり姿が見えなくなり、着物の下で何かがもぞもぞ動いている。

もそり!

着物の中から顔を出したのは普通の狐よりも大きめの、焦げ茶色の毛並みをした狐だった。
『春水!』
『白、やっと君と同じ言葉を話せるね』
『ばか!こんな!俺の為に、こんな姿になるなんて!』
『おかしいかい?愛する妻と同じ姿、同じ存在になるのが悪い事だなんて僕は思わない。それに精々2日ぐらいだって涅君が言ってたよ。さぁ!白!思う存分愛し合おうね!』
『ばかぁ!』
『なんとでも〜!僕だって我慢してたんだよ?君が気絶しても寝かせてあげないからね?』
『あうう・・・!』
『んふふ!か〜わいい!』
『夕月どうすんだよ!』
『ん?一護君にお願いしたし、兄貴も義姉さんも喜んで預かってくれるって!』
『も・・・、好きにしろ!』
『うん!白だ〜い好き!』
『うるせ・・・!』
着物を適当に丸めて咥えるとさっさとその場を後にした京楽と白だった。

後に残された姉弟は自分達がどう足掻いても勝てない絆がある事を知った。
そして自分達の行いで一族郎党、御家断絶の憂き目に遭い、自身も既に貴族でも死神でも無い事を知って絶望した。
だが絶望はそこで終わらなかった。彼らは十二番隊に運ばれ、死ぬまで実験体として扱われたのだった。
白がそれを知ることは一生ない。


第9話へ続く



12/07/07作 マユリンの薬で狐になった京楽さん。マユリンは意外と白ちゃんと幾望を可愛がってます。なので今回の事も腹に据え兼ねてる感じです。
分かりにくいけど本能で分かってる綿毛コンビ。
次は夫婦の愛の営みのターン!ひっさびさ!



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