題「略奪と奪還」5
 その頃、白はとある建物の床下に隠れていた。
(また独りになっちまった・・・。子供らに何も言ってねえ、きっと怒ってるだろうな・・・)
それでも最愛の男に拒絶されるのが何よりも怖かった。
いつも愛を囁いてくれた口が自分を拒絶する言葉を紡ぐのが、優しかった目が冷たくなるのを見るのが怖かった。
(春水、春水、ずっと一緒に暮らしたかった・・・!)

 数日が経っても白は見つからず各隊長達も京楽と白、そして夕月の心配をしていた。
ある日の隊首会で狛村が発言した。
「儂の隊首室の床下に何か居る様なのだ。もしかすると白かも知れんが霊圧が不安定で判別出来んのだ。京楽よ、来てくれんか?」
「すぐに行くよ!」
と七番隊へと出向く京楽。
隊首室の床下には折れた格子とその隙間に獣の爪跡があった。
「白っ!」
大声で呼びかけると奥の方で二つの何かが光った。それは目の様だった。
こちらに気付いたその生き物はそこから逃げ出そうとしたが周りに結界が張られていて出られなかった。
「白、白、こっちに来て、出て来ておくれよ・・・君の顔を僕に見せて・・・!」
名前を呼ぼうと何を語りかけようと出てくる素振りは無かった。それどころか震えている様だった。
「・・・こうなったら持久戦だね。あの子が出てくるまで待つよ」
とそこに座り込んで出てくるのを待った。

 陽が傾き夜になった。そしてまた陽が昇り朝になったが何の動きもない。
「白・・・」

そのうち、ぽつぽつと雨が降ってきた。小雨から本降りになったが京楽は傘も差さず待ち続けた。

ザァアアァアーッ!と土砂降りの雨の中、ひたすらに白が出て来てくれるのを待ち続けたが冬の冷たい雨に体温と体力を奪われ、ついには倒れてしまった。

どしゃっ!という音に外を見たその生き物は京楽が倒れているのに気付くと傍に近づいた。
「きゅぅうん・・・!」
「あ・・・やっぱり白だ・・・良かった、元気そうで・・・やっと逢えた・・・白、白、しろ・・・」
手を伸ばすが格子に阻まれ届かない。
「ここに来て・・・触らせて、感じさせておくれ・・・僕の愛しい白・・・」
「きゅう!」
白は堪らず外に出ると京楽に擦り寄った。雨に濡れた顔をぺろぺろと舐めると酷い高熱を出していた。
「きゅっ!きゅうぅっ!ケェエエーンッ!ケェエエーンッ!」
白が大声で鳴いた。
その声に狛村が駈けつけた。
「どうした!京楽!・・・白!」
そこで見た物は倒れている京楽の傍で、落ち着きなくグルグルと動き回っては顔を覗き込んでいる白の姿だった。
狛村は倒れている京楽を担ぐと白を抱え四番隊へと走った。

 四番隊まで来ると白は狛村の腕の中で暴れ、逃げ出した。
四番隊の隊士に連れて行かれる京楽を見ながら、付いて行きたいがこんな獣が行ってはいけないと片足を上げては下げ、その場で足踏みをしていた。
見兼ねた狛村が、
「傍に行きたいのだろう?行ってはどうだ」
と声を掛けるが力なく首を横に振るだけだった。そこへ卯ノ花隊長がやって来た。
「白君!一体どこへ行っていたのですか!まあまあ!白い毛皮がこんなに汚れて・・・!さ、早く京楽隊長の傍へ」
白の前で膝を折り、毛皮の泥を拭ってやると京楽の傍へ行く様に促す。
「くうぅ?」
いいの?と言いたげに見上げてくる白の頭を優しく撫でてやると、
「当たり前です。貴方は京楽隊長の奥さんでしょう?それにあの方もそれを望んでいますよ」
と聖母の微笑みで背中を押してやる。

 タッ!と京楽の病室の前まで行くとカリカリカリと扉に爪を立てる白。
卯ノ花が扉が開いてやると、するりと中に入っていった。静かにその扉を閉めるとそっとその場を離れた。
「きゅう・・・」
ベッドに横たわる京楽の傍に行き、顔を覗き込む。
「・・・白!ああ・・・夢じゃないよね?触れても君は消えないよね?」
震える大きな手を伸ばし白に触れる。
「ああ!僕の白!もう僕の前から消えないで、ずっと傍に居て・・・、僕を独りにしないで・・・!ああ・・・!白、愛してる、愛してる、僕を信じて、君しか愛してないんだ・・・!」
「きゅうう・・・」
ぴすぴすと鼻を鳴らして甘える白。もぞもぞとベッドの中に入ると、京楽の腹の辺りで丸くなった。
「白・・・」
その日の夕方には退院した京楽は片時も白を離さなかった。

 家に戻った白は夕月に大泣きされた。
「君が悪いよ、白。僕だって怒ってるんだからね?」
「きゅうん・・・」
大きな耳をぺたんこに倒して反省する白が居た。

 翌日には職務に復帰する京楽。
着替えて出掛けようとすると後ろからクイックイッと何かに引っ張られたので振り向くと、白が羽織を咥えて引っ張っていた。
「ふきゅうーん、くうぅーん・・・」
白は目で『どこにも行くな』と訴えている。そんな健気な白を見て京楽はぷるぷる震えると白を抱きしめた。
「ああ〜!もう!可愛い!なんって可愛い事するの!そんな事されたら置いていけないじゃなの!」
しょうがないなぁとニヤけながら白を抱き上げ、夕月と手を繋いで出廷した京楽。
「おっはよう!七緒ちゃん」
「おはようございます、隊長・・・!ど、どうされたんですか!」
「んふふ〜?白が心配でさぁ」
「そうですね。でも今日は隊首会がありますけど・・・」
「うん?勿論連れてくよ。ね?白」
「くう・・・」
京楽の顎の辺りをぺろりと舐める白。

 隊首会の時間になり出掛ける京楽と白。
「待っててね夕月。終わったらすぐ帰って来るからね」
「はいです!夕月ここで絵本読んでます!」
と元気な返事が返ってきた。
「良い子だね、僕達の娘は」
優しく笑う京楽。

 歩く道すがら、やはりと言おうか注目を集める二人。
「んっしょっと!」
抱いている白が割と重い。今の白は京楽に抱き付けない為、全体重が全て京楽の腕に掛かって来るのだ。
「あ、そうだ。白、こっちおいで」
「くう?」
「隊長・・・」
京楽は白を肩に乗せて巻き付かせた。
「んふふ。あったかいね〜。それにとっても気持ち良い!」
そのままの姿で隊首会に出席した京楽。
「こりゃ春水。その格好はなんじゃい」
総隊長の控えめな突っ込みが入るも、
「だって白と離れたくないんだもの。白は邪魔しないから気にしないでよ」
「・・・。まぁ良いわ」
まっふまっふと尻尾を振る白がちらりと総隊長を見るがすぐに目を閉じた。

 会議が終わり部屋から出ると黄色い声が聞こえて来た。
「きゃあ〜!可愛い〜!」
「白ってばなんて可愛いの!」
女性副隊長達だった。
いつもの白のつもりで我先に触ろうと手を伸ばしてきた。
「ぐうぅううう〜・・・!」
鼻面に深いしわを寄せ、低い声で唸って周りを威嚇した。それでも手を伸ばそうとすると、
「ガアッ!」
と牙を剥いた。
「こ〜ら、駄目でしょう?皆君の事心配してくれたんだよ?」
京楽が白の鼻をちょん!とつつくとその指をぺろぺろと舐める白。
「ごめ〜んね?まだ落ち着いてないんだ。悪く思わないでくれると嬉しいな」
「あ、勿論ですよ!私達の方こそ気が付かなくて・・・」
と大人しく退ってくれた。
隊舎に戻ると夕月の元へ行く白。
自分を包んで丸くなる母に絵本を読んでやる夕月だった。


第6話へ続く



12/06/16作 次も甘甘な二人を書いていきます。ぶっちゃると馬鹿貴族もうどうでもいいんだけど・・・。ぶっちゃけ過ぎ。





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