題「世界の最後で」1

 『ちくしょう!こんな罠に掛かるなんて!』
藪の中で虎バサミに挟まれ、血が流れる後ろ脚をグイグイ引っ張って外そうとするが、逆に食いこんで白を責め苛む。
じわじわと流れ出る赤い血が白い毛皮を染めていく。
『クソ・・・!』
諦めて傷を舐めていると嫌な気配が近づいてきた。
『なんだ・・・?』
見たことも無い化物が目の前に居た。
『何だ!てめえ!』
「ちっ!霊圧があるから来てみれば、居るのは小汚ぇ狐かよ」
吐き捨てるかのように化物・虚が虎バサミの鎖を千切り摘まみ上げる。
「ギャンッ!」
ブチブチと筋肉が切れる嫌な音が聞こえた気がした。
「ひゃはは!痛いか?もうすぐ死ぬんだ。痛みをちゃんと味わって死ねよ?」
下卑た笑いと醜悪な顔を歪めて口を大きく開く虚。
『ちくしょう!こんなヤツに!離せ!くそが!』
悪態を吐きながら、じたばた暴れる白。
「おうおう、元気な子狐ちゃんだねぇ?これでもそんなに元気に動けるかい?」
虚は白を放り投げ、近くにあった木にぶつけた。
「ギャンッ!・・・ぐうぅ・・・」
「へッ!これで大人しくなっただろ。さっさと食われろ」
背中を強く打ち、呼吸も出来ず、ピクピク痙攣している白を摘まみ上げ今度こそ喰おうとした。

鎖を伝いポタポタと滴る血。
『くそぅ・・・』
「縛道の四 這縄」
と何処からともなく声が聞こえた。
「グウゥウッ!なんだこりゃあっ!」
「やれやれ・・・、ひどい事するねぇ・・・」
「死神ぃ・・・!」
憎々しげに声を発した方を睨む虚。
そこには黒い装束の上に白い羽織を、さらに派手な女物の着物を羽織った男と、黒い装束の眼鏡を掛けた女が居た。
「さて、そのカワイイ狐ちゃんを先ずは離してもらおうかな」
と言うと刀で虚の腕を切り落とした。
切り落とした腕はすぐに消え、宙に浮いた白を優しく抱えた。
「ッぐぅう・・・」
「こんな小さな仔に・・・。遅くなってごめんよ、痛かったろうに・・・」
ハッ!ハッ!と呼吸の乱れている白の毛並みを撫でてやり、虚に向かうと、
「弱いものばかり虐めるのは楽しいかい?」
そう言いながら刀を向けた。
「うるせぇ!死神がぁ!」
襲いかかってくる虚を片手で迎え撃つ京楽。

ガギィンッ!と襲い来る爪を刀で受け止めると、頭から両断した。

「さ、もう大丈夫だからね?・・・傷がひどいね」
「治療しましょうか?」
「ん、僕がやるよ」
左腕に白を抱き、右手で虎バサミを外す。
「ギィ・・・ッ!」
「ごめんよ、少しの我慢だからね」
傷の深い右脚から鬼道で怪我を治して行く。
「くぅ・・・?」
「ほら、怖くない、もう痛くないでしょ?」
背中の怪我も治して行く。
暖かく優しい光に包まれ、心地よくなる白。
(気持ち良い・・・、なんだこれ・・・)

「さ!もう治ったよ!」
と声を掛けられ、我に返った白。
とん、と優しく地面に降ろされると、大きな手が小さな白の頭を撫でた。
「僕らのお仕事はもう終わったから帰らなくちゃ。バイバイ、子狐ちゃん。元気でね」
バイバイ、と小さく手を振り、その場を去ろうとする二人の後をヒョコ!ヒョコ!と付いていく白。
「隊長・・・」
「ん〜?」
「あの仔、付いてきてますよ?」
少しだけ後ろを振り向くと、確かに自分達の後を追いかけてくる白が居た。
「困ったねぇ。どうしよっか?」
「撒きますか?」
「ん〜、そうだねぇ・・・。もう自分で暮らしてるみたいだし」
「では・・・」
七緒がそう呟くと二人はその場を瞬歩で立ち去った。
『あっ!・・・消えた・・・』
ぽつん・・・、とそこに残された白は暫くは茫然としていた。

消えた・・・。なんで?あいつらは居なかったのか?化物も?でも・・・。
後ろを振り返り、自分の血で濡れている虎バサミを見るとやっぱり夢でも幻でも無かったんだと確信した。
『匂いが残ってる・・・』
これを辿ったら、また会えるかも知れない。またあの大きな手で撫でてくれるかも知れない。
『もう、一匹は、嫌だな・・・』
白は残された匂いを頼りに京楽と七緒を探した。

匂いを嗅いで、探して、歩いて、走って走って・・・。

漸く見つけた所は人間がたくさん居て、周りを壁に囲まれた場所だった。
『ここ、かな?匂いは強くなってるけど・・・』
壁の周りの匂いをくんくん嗅いでいると、
「おや?君ってばこの間の仔かい?ここまで来ちゃったの?」
懐かしい声が後ろから聞こえた。
振り向くと太陽を背負って、逆光になっていたが京楽春水その人だった。
『あ・・・、居た』
何故だか物凄く安心してしまった。
「くぅん・・・」
しゃがんだ京楽が白の頭を撫でた。
「僕を探して来てくれたのかい?」
「くぅ」
ぱたぱたと知らぬ間に揺れてしまう白の尻尾。
その体は尻尾どころか白の身体は汚れて灰色になってしまっていた。
「こんなになるまで探してくれたんだね。ありがとう」
「?」
何で、お礼を言うんだろう?助けてもらったのは俺なのに・・・。

京楽は白を抱き上げると、瀞霊門をくぐり自分の隊舎へと帰っていった。

「隊長!?その仔はもしかして?」
「うん、あの時の」
「連れて来ちゃったんですか?!」
「いやいや、帰ってきたら門の所に居たんだよ」
ね?と白に声を掛ける。
ぱた。と尻尾を振る白。
「じゃこの仔汚れてるから、お風呂に入れてくるね〜」
「え!隊長自らですか?」
「うん。おかしいかい?」
「い、いいえ」
「じゃね」
と風呂に向かって行った。

風呂場に着くと羽織っていた着物と羽織を脱ぐと襷掛けをして白を抱きかかえ浴場へ入った。
「怖くないからね〜。綺麗な毛皮に戻ろうね」
と声を掛けながらお湯で毛皮を濡らして行く。
特に暴れる事も無く、大人しくしている白。
「良い子だね」
と石鹸を泡立て、白を洗っていく。
わしゃわしゃと身体中を泡だらけにされていく白。
「泡が真っ黒だね、お湯掛けるよ」
「・・・」
泡が綺麗に無くなるまでお湯を掛ける。
「さ!綺麗になったよ!わ!っぷ!」
ぷるるるるっ!と身体の水気を切る白。
「ほら、真っ白になったよ。良かったねぇ」
ふわふわのタオルに白を包み込んでまだ残っている水気を取り、ドライヤーで完全に乾かしてやる。
『あつっ!何だこれ!』
「はい、終わり〜。頑張ったねぇ」
ちょこんと座る白の毛皮は綿毛の様に白くふわふわになっていた。
「ねぇ君、行く所が無いならここで暮らすかい?」
(え・・?今なんて?)
きょとんと顔を上げる白の頭に手を置き撫でる。
「嫌になったら出てっても良いからさ」

嬉しかった。今まで一匹で居て、誰も、仲間の狐も自分の毛皮の色を蔑み近寄っても来なかったのに・・・。
返事の代わりにその大きな手に擦り寄り、ぺろりと指を舐めた。
「良かった。じゃあ君の名前が要るねぇ。呼ぶ時に困るものね」
ふわふわのタンポポの綿毛の様な白を抱きあげながらこう言った。
「君の綺麗な毛皮と一緒の『白』ってどうかな?可愛いと思うんだけど」
偶然にも母に付けてもらった名と同じだった。嬉しくて、
「コン!」
と元気よく鳴いた。
「これで良い?白」
「コン」
返事をすると嬉しそうに目を細める京楽。
こうして白と京楽は一緒に暮らす事になった。

白は京楽の近くを離れなかった。一定の距離を保ちつつ邪魔にならないように、でも目に入る範囲で一緒に居た。
「白〜!ご飯だよ、一緒に食べよ!」
呼ばれれば近くに行き、一緒に食べる。
器の中身を綺麗に食べ終われば、
「ちゃんと食べたね、えらいえらい」
と頭を撫でる京楽。
「隊長、書類です」
「はいよ、七緒ちゃん」
「今日はこれだけです。あら、今日も此処に居るの?白」
「くぅ」
耳の後ろを掻いてもらって気持ち良さそうに目を細める白。
そのうち京楽の隣で丸くなって眠ってしまった。
「可愛いですね」
「そうだねぇ」
「私達には触らせてくれるのに・・・」
白は京楽と七緒以外には触らせない。それどころかまるで何も居ないかのように無視を決め込む。
触ろうとすれば牙を剥いて威嚇する。大概の者はそれで諦めるが、それでも手を出そうとする馬鹿には噛みつく。
やちるや乱菊などは何回うなられても触ろうとしているが未だに触れないでいる。

隊首会にも付いていく白。終わるまで扉の外で座って待っている。
扉が開き隊首会が終わった事を知る。
「やぁ、また待っててくれたんだね」
優しく抱き上げると鼻を擦り寄せる白。
「冷たい、くすぐったいよ」
『春水、遅かった。今日の話は長かったな』
「脚が冷たくなってるねぇ。早く温まろうね」
「なんだ?そいつがやちるが触りてぇって言ってるヤツか?」
と剣八が覗きこんできた。
「そうだよ、僕と七緒ちゃん以外には触らせてくれないから拗ねちゃってる?」
「そうでもねえよ、狐か?それにしちゃ白いな」
と手を伸ばしてくる。
「ぐるるるる・・・!」
鼻づらに横皺を刻んで拒絶する白。そんなもの意に介さず手を伸ばす剣八。次の瞬間、
ガブッ!と噛みつく白。ギリギリと喰い込む牙に血が流れ出る。
「白、離しなさい。僕の同僚だよ、仲間だ」
言われて離す白。血の付いた口の周りを舐める。
「へえ、面白ぇな。俺に傷を付けたぜ」
「剣八さん、この仔はまだ子供だよ?」
「見りゃ分かる。先が楽しみだぜ」
と鈴をちりちり鳴らしながら帰っていく。
『何だあいつの肉、やけに固かったな』
「もう白ってば、悪い仔だなぁ」
ペシ、と軽く指で叩かれた。
『何すんだ。勝手に俺を触ろうとしたアイツが悪いんだ』
そんな風に平和に暮らしていた白だった。


第2話へ続く



11/08/30作 思いのほかに長くなったので連載方式にしました。
元ネタはボカロの「THE/WORLD/END/UMBRELLA」です。これ聞いて思いつきました。





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