題「人魚の嫁入り」8
 護廷に着き、四番隊へと急いで行くと卯ノ花隊長に一護の治療を頼んだ。
「卯ノ花!こいつを治療してやってくれ!」
「更木隊長?」
いつにない真剣な剣八に一言、
「診察室へ」
と促した。

診察を終え、部屋から出て来た卯ノ花隊長に詰め寄る剣八。
「卯ノ花!あいつは、一護の様子はどうなんだ!?」
「熱は疲労によるものと足の怪我によるものです。数時間もすれば意識も戻るでしょう」
足の怪我がどんな具合か訊いてみた。
「酷いですね。生爪が剥がれ、そこに土や雑菌が入り炎症を起こしています。数日は歩けないでしょう」
「そうかよ・・・」
ガラガラガラと白いベッドに寝かされた一護が病室へと移されていく。
「付き添って、差し上げては?もう喉の方は完治させましたのでお話出来ますよ」
「・・・良いのかよ」
「大切な方なのでしょう?」
聖母の微笑みのまま言えば、剣八は黙って一護の後を追った。

病室のベッドでは眠っている一護が居た。
身動き一つしない、白い寝顔に思わず手を翳して呼吸を確かめてみる。

すぅ、すぅ、と微かに温かい息が掛かり、安心する。
「一護・・・」
剣八は一護と別れた後の日々を思い出す。
何をするにも上の空で、書類整理も討伐にさえ力が入らなかった。夕焼けに染まった空を見ながら溜息を吐くなぞ自分らしくもない。

ただ一つ残された黄金の真珠。
それで根付を作り、財布に付け、誰にも触らせなかった。あのやちるにさえ・・・。
一度、勝手に触ろうとしたやちるを怒鳴りつけてしまった事があった。以来一度も触ろうとしない。
「あんな泣きそうな顔、初めて見たな・・・」
罪悪感はあるが、やはりコレを誰にも触らせたくは無かった。
「一護・・・」
さらり、と髪を撫でてやる。
「ん・・・」
薄らと目を開ける一護。辺りを彷徨い、その視線が剣八を捉えると、にこりと笑った。
「けんぱち・・・だ・・・」
震える手で剣八の手を取り、きゅっと握って来る。
「一護」
「逢いたかった・・・、やっと逢えた・・・、嬉しい、嬉しい・・・」
ほろほろと透明な涙を零しながら咽び泣く一護がケホケホと軽く咳き込んだ。
「ん、水・・・」
剣八が用意されていた水を口に含むと一護に口付け、口移しで飲ませてやる。
「ん、ん、んく・・・」
口を離すと、
「は、ぁ・・・剣八・・・」
潤んだ瞳で見つめてくる一護。
「一護、ずっとここに居てやるから、今は寝ろ。起きるまでここに居てやる」
「ん、うん、うん・・・」
安心したように眠る一護の傍にずっと付いて居てやる剣八。一護の手は剣八の死覇装の袖を掴んでいた。

翌朝起きた一護が初めて目にしたのは、ベッドの横の椅子で寝ている剣八だった。
「夢じゃなかったんだ・・・」
朝の光の中に浮かぶ愛しい男の姿に目を細める一護。
「おはようございます」
がらりと扉が開き、卯ノ花隊長と少し怯えている虎徹勇音が入って来た。
「ひゃッ!」
「怖がらなくても大丈夫ですよ。あら、更木隊長はこちらでお休みでしたか」
優しい笑みで一護の話し掛けていると剣八が起きた。
「うるせぇな・・・。朝か・・・」
「あの、剣八・・・」
「ああ、大丈夫だ、こいつらは護廷の隊長格で、お前の怪我を治してくれる」
「怪我・・・あ!」
「お前のこれだ」
と蒲団を捲られる。
「初めまして。更木隊長の同僚の卯ノ花と申します。怪我を診せて下さいね」
と優しく言い、足の包帯を取り、傷の様子を診る。
「もう大分良いですね。炎症も引いてますね、痛みはどうですか?」
「ん!少し、痛いけど歩いてる時ほどじゃない・・・」
「そうですか。傷口自体はもう塞がってますので、お風呂も入れますが湯船には入らないでシャワーで済ませて下さい。それと、激しい運動などは控えて下さいね?」
最後の言葉は剣八にも向けられている様に感じたのは何故だろう?
勇音が一護の足に包帯を巻こうとすると剣八が、
「俺がやる」
と代わった。
「では私たちはこれで。もうすぐ食事が運ばれてきますので、なるべく多く食べて薬を飲んで下さいね」
と二人は出て行き、病室には一護と剣八が残された。

「あ、あの・・・」
しゅるしゅると自分の足に包帯を巻いてくれる剣八に声を掛ける。
「キツくねえか?」
と巻き終わった包帯の具合を聞いてくる。
「うん、大丈夫」
「一護、お前なんでここに居るんだ?もう帰って来れねえって言ったじゃねえか」
「えっと、あのね。俺、藍染の所に行ったんだけど、要らないって言われて・・・」
「要らねえ?なんでだよ」
「俺が初モノじゃないからって。なんかアイツ真珠が欲しかっただけみてぇ」
「真珠ってあのお前の涙のか」
「うん。それだけが欲しかったみたいでさ、俺が初モノじゃないって分かった途端に牢に閉じ込めたんだ」
「そうか・・・」
淡々と話す一護を抱き寄せる剣八。
「ん・・・。それから俺、ずっと歌ってたんだ、お前に届くようにって・・・。毎晩歌ってたら、そしたら声が出なくなった。そしたらあいつは『もう利用価値が無い』って放り出した。もう元の海には戻れないから・・・、お前のとこに来た。迷惑だった、か?」
上目遣いに見上げてくる一護を力強く抱きしめて、
「何言ってやがる・・・!お前が俺を選んで、真っ先に俺の元を選んでどれだけ嬉しいか、お前分かってねえだろ」
と言ってやった。
「迷惑じゃない?俺ここに来て良かった?ここに居ても良い?」
「ああ。ずっと居ろ、ずっとだ。お前はここで暮らすんだ、俺と一緒に・・・!」
「うん!剣八が居るならどこでだって良い!海でも陸でも!どこにだって行く!ずっと居られるんだ、嬉しい・・・!」
抱きしめ合う二人の元へ食事を運び入れた隊士が一瞬固まった。
そんな事には頓着せず、
「ほれ食え。なんでも食えるのか?食えねえものとかあるか?」
「ないよ。魚も食べられるし、人と同じじゃないかな」
「じゃあ、大丈夫だな。食っとけ」
と食べさせる剣八。

剣八が余りにも一護の傍を離れないものだから卯ノ花は一護を退院させた。
「良いですか?無理は禁物です。熱が出たら深夜でもうちに来てください。よろしいですね!?」
「分かった分かった」
と返事をする剣八の腕に姫抱きにされ、その首に抱き付いている一護。
やちる以外をこんなに大事に扱うのを初めて見た卯ノ花。
「あ、あの、ありがとう」
「お礼はちゃんと怪我を治してからまた聞かせて下さいな」
と微笑めば袋に入った薬を剣八に渡した。
隊舎の自室に着いた剣八が一護の為に蒲団を敷いてやる。
「ほれ、ここで寝てろ」
「うん。ありがと」
蒲団に一護を下ろす剣八。
「じゃあ俺はちっと出掛けてくる。ちゃんと寝てろよ。厠はそこでて右だ」
「ん、分かった。いってらっしゃい」
もそもそと蒲団に潜ると目を閉じた一護。

剣八は呉服屋で一護の着物を選んでいた。
「採寸出来ねえからこっちで良いか」
と縫い上がっている着物を何着か選んだ。
支払いの段になり財布を出していると横から声を掛けられた。
「随分と立派な真珠だな。本物の様だが・・・珍しい色だな」
「あん?」
隣りを見るといつの間に居たのか、白哉が立っており、繁々と剣八の財布に付いた真珠の根付を見ている。
「うっせえよ。てえめぇにゃ関係ぇねえだろ」
さっさと支払いを済ませ、着物を持って一護の待つ自室へと戻った。

「戻ったぞ、一護」
部屋の障子を開けると蒲団から顔を出す一護が居た。
「どこ行ってたんだ?」
「お前の着物買いに行ってたんだよ。ほれ」
「わっぷ!俺の?」
「ああ、気に入るか分かんねえけどな」
「わぁ、綺麗!ありがと!剣八!」
「これに着替えたら全員に紹介するからな」
「う?うん」
剣八は器用に一護の着替えを済ますと抱きかかえて隊首室へ向かった。
「おう、全員居るか」
「あ、お帰んなさい、隊長・・・、誰っすか、それ!」
「その説明だ。弓親」
「居ますよ。副隊長も此処に」
「剣ちゃん!誰?その子」
一護は全員からの視線を受けて戸惑っている。
「こいつの名前は一護だ。俺の伴侶だ」
「は?」
「はい?」
「剣ちゃん、はんりょってなーに?」
「嫁だ」

ええぇええええッ!!!

「け、剣八!」
「海から俺を探して、昨日やっと、な・・・」
「ああ、だからあんなに・・・」
と一角が呟いた。
「ふうん!剣ちゃんのお嫁さんなんだぁ〜。これからよろしくね!いっちー!」
「いっちー?」
「あだ名だ」
「ふうん。あ、昨日の・・・」
「お、おう」
「ありがとうね。あんたのおかげで剣八に逢えた。もう逢えないと思ってた、から・・・っ!」
剣八の肩に顔を埋め泣く一護。
「そんな訳だ。今日はテメェらで仕事しろ」
「はいはい」
一護を抱えて部屋に戻る剣八を見送る弓親とやちるは笑顔だ。
「なるほどね。それで最近隊長の様子がおかしかったのか・・・」
「剣ちゃん嬉しそう」
剣八と巡り逢えた一護。剣八の仲間にも紹介され、ここでの暮らしが始まる。

その頃、海では川から数枚の鱗が流れ着いた。


第9話へ続く



11/09/23作 剣八との暮らしが始まりました。さすがにエッチは怪我が完治してから。ちゃんと待ってる模様。卯ノ花さん怖いし・・・。





文章倉庫へ戻る