題「人魚の嫁入り」7
 藍染の寝室に連れて行かれ、大きなベッドの上に座っている一護はまだ花嫁衣装のままだ。
「怯える事は無いよ。ちゃんと優しくするからね」
と一護の綿帽子を取り、腰布を取って行く。ぞわぞわと鳥肌が立つ。
思わず後ろにズリズリと逃げてしまうがすぐに壁に当たってしまった。
「怖いのかい?可愛いね」
身体に触れられ、びくりと跳ねる。
「ふふ・・・」
顔を近づけられ、背ける一護。
その耳の後ろに赤い跡を見つけた藍染。
「なんだい・・・?これは」
グリ!と押さえる。
「痛!」
頭をベッドに押さえつけ、項も見てみると髪に隠れる場所に色濃く残る所有印があった。
「まさか・・・」
全身隈なく見て行くとあるわあるわ。普段普通にしていれば見えない所を中心に赤い跡が無数にあった。
「どういう事かな?一護君・・・?」
「な、何が?」
ギシギシと音を立てる頭蓋骨の痛みに耐えながら訊く。
「君のこの身体に有る無数の所有印のことだ」
「しょゆういん?なんだそれ」
「カマトト振るんじゃない。これは誰かと寝た跡だろう?女か?男か?」
寝た跡だと言われ、漸く何の事を言っているのか理解した一護。
「うあ・・・!男だよ!それがどうした!」
「初めてじゃない?一体誰と寝たんだ、この淫売・・・!」
前髪を掴まれ、顔をあげられる一護。ブチブチ!と髪が千切れる音がした。
「痛っ!何するんだ!俺が誰と寝ようがあんたに関係ないだろう!」
「初モノじゃないのなら、君に用は無い・・・、よくも私の顔に泥を塗ってくれたものだね」
一護をベッドに放り出すと、
「ウルキオラ!」
とウルキオラを呼び付けた。
「何でしょうか?藍染様」
「この人魚を牢へ。全く、とんだ計算違いだよ」
髪を掻きあげ、ベッドに踏ん反り返る。
「君の黄金の真珠が手に入らないのなら意味が無い。まったく・・・」
ウルキオラに引き渡された一護。
「真珠?なんでそんなモンに固執するんだ?お前は幾らでも持ってるだろ?」
首を傾げる一護。
「・・・君には関係のない事だ。さっさと牢へ・・・」
「まさか、お前『心』が欲しかったのか・・・?」

海の献上した真珠は神の心となった。

遠い異国の神話に有る。
「馬鹿な・・・、何故私が・・・」
「だって、お前空っぽじゃないか。誰の事も信じてない目で、何も見てないじゃないか」
「早く連れて行きなさい」
「は・・・」
ウルキオラに連れて行かれた牢は冷たい石で出来ていた。
「必要ないなら逃がしてくれたらいいのに・・・」
「そうはいかん。藍染様が決める事だ」
「ちぇ!」
藍染に抱かれなくて済んだ事は助かったが、次はここから出なくてはならない。
「どうしよう・・・」
このまま、ずっとここに居るのかな・・・?
不安な気持ちのまま、その日は眠った一護。

目を覚ますと粗末な食事が置かれてあった。パンと水だけ。
「よくもこんだけ豹変出来るもんだ」
モソモソとパンを腹に納めると何もすることが無い。知らず口を付いて出たのは歌だった。
剣八の事を想いながら、彼に届きますようにと歌う。
「ん?」
知らぬ間に一護の牢の前に誰かが居た。
「あー、ぅー」
「誰だ?」
「うう〜」
ぺしぺしと一護の尾ひれを叩く。
「歌が聴きたいのか?」
「あうー」
一護は歌い続けた。

「ワンダーワイス。ここに居たのか」
ウルキオラが来た。
「ワンダーワイスって言うのか、お前」
「あう」
「藍染様がお呼びだ。行くぞ、ワイス」
「うう〜」
「またな」
冷たい牢に一人になった一護。

一護の歌が響く度に訪れるワイス。牢の外ではその歌声を聴きに何人も集まっている事を一護は知らない。
夜になると子守唄を歌う一護。その声は夜の海に良く響き、城の者たちの心を癒した。
1週間も続くと、一護の声が嗄れ始めた。けほけほと乾いた咳が続き、やがて声が出なくなった。
そして、
「歌えなくなったセイレーン・・・か、滑稽だね。本当に何の利用価値も無くなった」
捨ててしまえ、と藍染が牢番に告げると一護は一枚の着物を身に着けただけの姿で放り出された。

もう戻る所は無い。故郷の海にも帰る事は出来ない。自分が戻れば危害が及ぶかも知れない。
一護は剣八の居る護廷を目指した。故郷に近い海の河口に着いた。其処から川を上って行く。

一護は汽水域が好きだ。
軽い真水と重い海水が上下に分かれ、くっきりとした層が面白い。

下流から中流まで泳ぎ上って行く。
だんだん川の深さが浅くなり、一護の尾ひれが破れ、鱗が剥がれていった。
「もう水の中は無理かな・・・?」
そう呟くと岸に上がり、着物を絞り下半身の水気を拭き取って行く。
水を吸って重くなった着物を再び絞り、乾かす。
一護の下半身は乾くにつれ魚から人間のそれに変わって行った。
「ん・・・、もうすぐかな?」
ヒロヒロと両足を振って確かめる。
「よし!これで歩ける!」
着物を着て、近くの木に掴まりながらゆっくり立ち上がる。
「ん、く・・・!」
ジンジンとした痛みが拡がる。そっと第一歩を踏み出す。
「あっ!痛・・・い!」
その白魚の様な足先に何百もの針が突き刺さったかの様な激痛に襲われた。
「痛い・・、でも歩かなきゃ、剣八に逢えない・・・!」
襲い来る痛みを我慢しながら、一歩、また一歩、ゆっくりだが着実に歩む一護。

何日も何日も歩いた一護。ろくに歩いた事が無い上に不安定な山の道を歩く事で一護の両足は傷だらけになった。
爪が割れて剥がれた。その傷に着物を細く裂いた布を巻き、瀞霊廷を目指し歩き続けた。
白い布は赤く染まり、痛々しい。
そしてやっとのことで流魂街に着いた。
比較的治安の良いその街で瀞霊廷はどこかと訊いた。
しゃがれた声の一護の問いに答えたのは黒い装束の男。どこかで見た事がある様な・・・?
「瀞霊廷なら今から帰る所だけどよ。関係ねえ奴は入れねえぞ」
「そう・・・。あの、剣八って人、知ってる?」
「何モンだ、お前?なんでうちの隊長の名前知ってる?」
「知ってるんだね・・・!お願いだよ!俺の事を剣八に教えて!『一護』って名前言えば分かってくれるから!」
「ッつわれてもよぉ・・・」
「これ・・・!この櫛を見せて!これが証拠だから・・・!お願いだから・・・」
坊主頭の男・一角に縋る一護。その身体は酷く熱かった。
「わ、分かったから!ここで待ってろ」
「ありがとう・・・」
一角はその場を瞬歩で去ると隊舎で昼寝していた剣八の傍へ行った。
「あのー、隊長。起きてます?」
「寝てる・・・」
「起きてんじゃねえすか!さっき流魂街で隊長の事探してる奴居ましたよ」
「ハッ!ほっとけ」
「はぁ。なんか切羽詰まった感じでしたけど。オレンジ色の髪したガキで・・・」
それを聞くとガバリッと身体を起こした剣八。
「な、なんすか・・・」
「そいつの名前は!」
「え、と、いちご?って言ってましたよ。あ、それからこれも渡されました」

ちりん・・・。

儚げな音を響かせたのは己がやった鈴の付いた櫛だった。
「どこに居る?そいつは、一護はどこに居る!?」
「る、流魂街です!」
余りの剣幕に驚く一角。
剣八は案内を申し付けると流魂街へと向かった。

一護と出会った場所に着いたが一護の姿がどこにも無かった。
「ここか?」
「はい、あそこの林から出て来て・・・ん?」
「ん?」
茂みの奥にオレンジ色の髪が見えた。
「一護!」
急いで駆け寄る剣八。
其処で見たのはぐったりと木に凭れかかり、意識の無い一護の姿だった。
「おい!起きろ!一護!お前、なんでこんなとこに居んだよ!北の海に行ったんじゃねえのか!」
小さな肩を揺さぶり一護を起こす。
「う、うう・・・、あ”、けんぱち・・・?」
ガラガラにしゃがれてしまった一護の声に、血に染まった足に驚く剣八。
「なんでお前、その声・・・それに、この足・・・」
震える手で剣八の頬を撫でると安心したように目を閉じた一護。
「一角!卯ノ花呼んどけ!」
「は、はい!」
剣八は一護を抱き上げると瞬歩を駆使して護廷へと戻った。


第8話へ続く



11/09/21作 藍染の元から愛しい男の元へと辿りついた一護。
12/01/21修正

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