題「人魚の嫁入り」6
 塒の外でふわふわと漂っている一護を見つけたのは白だった。
「一護!」
閉じていた目を開けると怒っているのに心配そうな顔をした白が居た。
「白・・・」
「どこ行ってたんだ?部屋に呼びに行ったら返事がねから扉を開けたらお前居ねえしよ」
「・・・この辺りを泳いで見ておきたかったんだ。もう帰って来れないだろうから・・・」
「一護・・・。行くな、行かねえで良い!何でお前が犠牲にならなきゃいけねえ!逃げちまえ!」
一護の為に憤る白。
「何処に・・・?海の中に逃げたって同じだよ。仕方が無いよ」
諦めたように笑う一護を抱きしめる事しか出来ない白だった。

その頃の剣八達は・・・。
4人で散歩に出ていると、この辺りの漁師たちが海に出ず、網の修繕などをしていた。
一角が、
「おう、なんだ?こんなに凪いでるのに漁に出ねえのか?」
と声を掛けた。一人の漁師が、
「ああ、今日は十五夜だからねぇ。ここら辺では海の神様との約束でどんなに海が穏やかでも十五夜には舟を出さないのさ」
と答えてくれた。
「へえ・・・」
一角や弓親が話を聞いている間、剣八は海の彼方を眺めていた。
「おっきいねぇ、剣ちゃん」
「ああ・・・」
「剣ちゃんとどっちが大きいかなぁ?」
「ああ・・・」
「どうしたの?」
「ああ・・・」
と生返事ばかりしているとやちるに耳を引っ張られた。
「ちゃんと聞いてない〜!」
「痛ぇよ、引っ張んな」
「隊長!護廷に帰るの明日にしません?」
「あ?別に構わねえよ」
「今日の夜に良いモノが見れそうなんですよ」
「ふうん・・・」
と詰まらなさそうに呟いて宿に帰る剣八だった。
「なんか最近の隊長って変だよね?」
「そうかぁ?」
「さっきもあたしの話し全然聞いて無かったよ!」
と話しながら3人も宿に帰って行った。

夜になり、満月が空の真ん中に掛かる頃、一護の輿入れが始まろうとしていた。
「美しいぞ、一護」
と語りかけるのはハリベル。
其処には純白の綿帽子を被り、俯いている一護が鎮座していた。
腰の周りにも真珠や珊瑚の豪華な飾りの付いた布を巻いていた。尾ひれの付け根には大小の真珠が連なった飾りを巻き、煌びやかに着飾られていた。
一護の心とは裏腹に・・・。
「ハリベル・・・、今まで育ててくれてありがとう。母さんが捕らわれて二人ぼっちになった俺と白を助けてくれた事、ずっと感謝してた・・・」
「一護・・・」
「さよなら」
「一護!行きたくねえなら今からでも!」
白が叫ぶ。その身体を押さえる天鎖。
ゆるゆると首を横に振る一護が白の顔を両手で包んだ。
「駄目だよ。そんな事したらこの海に生き物が住めなくなる。それに此処には白が居る、天鎖が居る。俺はお前等を、家族が棲むこの海を護りたいんだ・・・」
「馬鹿野郎・・・!」
ぼろぼろと大粒の涙を流す白の目元を拭ってやる。
「泣かないでくれ。最後に見る顔は笑っててくれよ。お前と天鎖の笑顔が好きだからさ」
「一護・・・!」
「一護・・・」
白と天鎖の髪を撫でてやり、笑って別れを言った一護。

輿に乗せられた一護はこの世のものとは思えぬほどに美しかった。
北の海までの道しるべにホタルイカや夜光虫等が列をなし、輝いていた。
輿の先頭を歩くのはウルキオラとグリムジョーの二人だった。
この二人が現れた時、白の殺気が跳ね上がったが、何もしなかった。
輿が見えなくなるまでその場に居た白。そんな白の後ろ姿を見守る天鎖。そして一人になったハリベルは声を殺して泣いていた。

その頃の宿では弓親が窓から海を眺めていた。そして、
「あ!始まったみたい!」
「お、もうそんな時間かよ?」
「うん。ほら隊長も見て下さいよ!」
「ああ?」
酒を飲んでいた剣八が海を見ると、青白い光の道が出来ていた。
「なんだ?ありゃ・・・」
「ここら辺では『人魚の嫁入り』って言うそうですよ」
「なん・・・だと?」
「あの光の道を通ってこの海から人魚が嫁に行くって伝説があるんですって!」
「昼間の漁師に聞いたンすよ。ここらへんじゃ人魚が捕れたって伝説があったそうっすよ」
「不老長寿の妙薬だね。鱗も美しくて高値で売れたそうですよ。でも乱獲が祟って居なくなったとか」
「え〜、可哀想だよ」
「ですねぇ。その妙薬にしても嘘か本当か分かりませんもんね」
そんな話より、あの光の道を今、一護が通っている。
そっちの方が剣八には大事だった。今なら、まだ間に合う。連れ去ってしまえる。だが・・・。
(ヤキが回ったもんだ)
自嘲気味に笑う剣八。やる気なら、昨日、あの時に攫えたはずだ。
奥歯をギシリと噛み締め、その光が消えるまで海を睨んでいた剣八。

もうすぐ北の海の領海に入る頃、
「もうすぐ藍染様の城が見える頃だ」
と静かにウルキオラが口を開いた。
「そう・・・」
もうそんなに来ていたのか。もう故郷の海も、剣八も遠い遠い所に居るのだな。と思った一護。
「随分と大人しくなったもんだなぁ?あんなに嫌がってたのによ」
「・・・誰も好んでここに居る訳じゃない。来なきゃいけない訳があるから来ただけ・・・」
海面の方を見ながら呟いた。
やがて白い城が見えた。
城門が開き、中へと入ると既に藍染が待っていた。
「ああ、待ちかねたよ、一護君」
何度見ても何の感情も読み取れない男。どうしてこの男は俺に執着するのだろうか?
「もう宴の準備は整っているよ。後は君が僕の隣りに座るだけさ」
手を差し伸べ、輿から降りる様に促す。
その手を取ると、姫抱きにされた。瞬間、鱗が逆立つような感覚に襲われた。
「どうかしたかい?」
「なんでも・・・」
そのまま宴の席に連れて行かれた。
宴の間中、一護は俯いて誰の顔も見ようとはしなかった。その心を占めていたのはただ一人の男だった。
(剣八、もう護廷ってとこに帰っちゃったのかな・・・)
剣八の事を想い返していると宴が終わる頃だった。
(やっと終わった・・・眠い・・)
「さあ、一護君。僕の部屋に行こうか」
「?」
「今夜は君と僕の初夜じゃないか」
「あ・・・」
サッと血の気が引いた一護。

初夜?こいつが俺を・・・抱く、のか?剣八以外の男に?

いやだ・・・、いやだ、嫌だ!

震える身体を叱咤して覚悟を決めた。


第7話へ続く



11/09/20作 一護の輿入れでした。



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