題「天女の足音」1
 十六夜が七番隊で狛村とお喋りをしていると、思い出したように狛村が言った。
「そういえば・・・、最近海の方で新しい湯が湧いたそうなのだが・・・」
「お湯?温泉?」
「うむ。子供を産んだ女性の体の滋養に良い湯だそうだ。白に良いと思うのだが、十六夜から伝えてくれぬか?」
「良いけど・・・。どうして狛むーから言いに行かないの?」
首を傾げて聞いてくる十六夜。
「ふむ・・・、どうも白は儂をあまり良く思っておらぬ様でな。儂が行けば警戒させてしまう・・・」
赤子が居る故、何が影響するか分からんのでな・・・、と言う。
「そうだったの。良いわ!ちゃんと伝えるからね!」
「済まぬな」
そうして十六夜が白の所へ行き、事の次第を話して聞かせた。

「白にぃ居る〜?」
「おう、なんだ十六夜じゃねえか。何か用か?」
と夕月を抱きながら出迎えた。
「うん、あのね・・・」
白はフン、と鼻を鳴らすと、
「お前、あの狛村とかいうヤツのとこから来たのか?」
と聞いた。
「あ、うん。狛むーから伝言があってね」
「ふぅん・・・。ま、上がれよ。朝月は遊びに行ってるけどよ」
「ありがとう」
居間に通され、お茶を出されると話す様に言われた。
「えっとね。海の方で温泉が湧いたんだって。そのお湯って赤ちゃんを産んだ人の体に良いって狛むーがね、白にぃ赤ちゃん産んだばっかりだし、丁度良いんじゃないかって・・・」
「へえ・・・海ねぇ。夏の旅行以来か・・・」
「そうね。どうかしら?京楽のおじさまと朝月達と行かない?」
「そうだなぁ〜。ま、春水に言っとくよ。あんがとな、十六夜」
「ううん!狛むーが教えてくれたんだもの!」
少し頬を染めて言う十六夜に、なんとなくだが七番隊によく遊びに行っている理由が分かった白。
「お前の良い人にもよろしく言っといてくれよ」
と笑って言えば、顔を真っ赤にした。

夜、京楽が帰ってくると、十六夜に言われた事を話した。
「てな訳でな。狛村とやらが良い温泉知ってんだとよ」
「へえ〜。どうする?白は行きたい?」
「ん〜、温泉ッてなぁ行ったことねえからなぁ。一護達も・・・」
一緒に行っても良いか?と目で聞いてくる。
「もちろん一緒に行っても良いよ。当たり前でしょう?」
それを聞くと幸せそうに笑った白。
「んじゃ、行きてぇな。所で温泉ってなんだ?」
「あ〜、なんて言うのかな?山でも水が湧き出てる所があるでしょう?」
「うん」
「それがお湯になってて、身体に良い、自然のお風呂って感じかな」
「ふぅ〜ん。面白そうだな。夕月も行ってみてえか?」
膝に抱っこしていた娘に語りかける。
「あうー!きゃっきゃっ!」
おくるみの中で手足をバタつかせ笑う夕月。
「絶対あの二人も来るわね〜」
と朝月がグリとノイを指して言った。
「だろうな。一護が置いて行かねえよ」
そんな訳で隊長二人分の休みを貰い、温泉旅行に行くこととなった。

十一番隊では。
剣八と一護と子供達が居間で寛ぎながら話をしている。
「俺、温泉なんて行くの初めて!冬の海ってどんなのかなぁ!夏と違うの?」
とはしゃぐ一護。
「あぁ、まぁあんまり人は居ねえな・・・」
と答える剣八。
「寒いから?」
と聞く十六夜。
「そんなもんだ」
「ふう〜ん」
「おう、てめえらもちゃんと用意しろよ。用意が済んだらとっとと寝ろ。寝過したら置いてくぞ」
と言えば、
「マジかよ!?」
「うわ!ぜってーやだ!」
興奮気味だったグリとノイは慌てて部屋に帰っていった。
「狛村さんにお礼言わなきゃねぇ」
「うん!白にぃの体の事ちゃんと心配してくれてたの!でも・・・」
「でも?」
「白にぃに嫌われてるって・・・、そんな事ないよね?かか様」
「うん。狛村さんが嫌いなんじゃなくて、狼が怖いんだよ、にぃには・・・」
「どうして?」
「子供の頃にね・・・襲われた事があるんだって言ってたよ・・・」
「そうだったの・・・。でも狛むーはそんな事しないわ!」
言い募る十六夜の頭を撫でてやり、
「にぃにも分かってるよ。でもね、心の傷って目に見えない分、深くて、治りが遅いんだよ。だからね、もう少し待っててあげて?」
と悲しそうな顔で話す母に何も言えなくなった十六夜だった。
「さ!十六夜もちゃんと用意しないと!狛村さんのお土産も考えないとね」
「そうね!おやすみなさい!かか様!とと様!」
「おやすみ」
「おう」
子供部屋へ帰る子供達を見送り、二人も寝室へ入る。
「なーんかよ、アイツ狛村の肩持つよな?」
「そうだねぇ。良く遊んでくれるし、優しいからねぇ」
とはぐらかす一護。
「どんな所かな?楽しみだね」
「そうだな、お前も早く寝な」
「うん、おやすみ剣八」
「おう・・・」
その晩は大人しく眠った二人だった。

子供部屋では・・・。
「海なんて見た事もねぇぞ!」
「温泉ってとこもだ!どんなとこだろうな」
「楽しみだな!」
「おう!寝過したら置いてくって言ってたな」
「ぜって〜起きる!早く寝ようぜ!」
「おう!」
と蒲団を頭から被り、眠る二人。
数分後には、
「寝れん!!」
と蒲団から顔を出して叫ぶグリ。
「うるせーよ、馬鹿グリ」
「んだよ!お前も起きてんじゃねーかよ!」
「お前の声で起きたんだよ」
「うそつけ」
ぎゃあぎゃあ言い合う二人の隣りの部屋では朔、十六夜、幾望の3人が寝ている
「・・・うるさいわね・・・」
「うるしゃい・・・」
「しょうがないよ、初めてって言ってたじゃない。そのうち寝ると思うよ」
「そーね」
傍を通りがかった剣八に、
「うるせえぞ、早く寝ろ」
と叱られるまで言い合っていたグリとノイだった。

朝。
朝食の用意をする一護と手伝う十六夜。作るのは味噌汁だ。
味噌汁の良い匂いが漂い、鮭の焼ける香ばしい香りが漂う頃、皆が起きて来た。
「おう、早えな、十六夜」
「あ、おはよう!とと様!」
「おう。悪ガキ共は?」
「さあ?今朝はまだ見てないよ」
そんな会話をしているとドタドタと廊下を走る音が聞こえて来た。
「寝坊したか!?」
と必死な顔で言うグリに、
「大丈夫だよ。これから朝ご飯だから、顔洗っておいで」
と一護に言われて安心したグリとノイ。
「お前等昨日あんなに喧しかったクセに早いもんだな?」
とからかう剣八。
「うるせー」
「置いてかれると嫌だからな!」
「はいはい、早く顔洗っておいで」
「「おう!!」」
家族全員で朝食を食べ、忘れ物が無いか確認し時間になるまで待った。

そして・・・。
京楽家5人と、更木家7人で狛村に紹介してもらった温泉宿へと向かった。
道中、はしゃぐのはやはり子供達と思いきや、負けじと白もはしゃいでいた。
「温・泉♪温・泉♪」
とわくわくと身体中で喜んでいる白が居た。
「少し落ち着きなさい、白」
「や〜だね!一護!みかん食うか?」
「うん!食べるー!」
剣八は早々に寝てしまっているし、ウルは夕月の相手をしてやっている。
朔、十六夜、幾望、朝月は夏の海の話で盛り上がっていた。
喧嘩をしそうだと心配していたグリとノイ達は乗り物の外の景色に目を奪われ比較的静かだった。

宿に着いた。
「着いたよ〜!」
「わぁー!」
と一斉に降りる子供達と荷物を持って降りる大人。
天気は生憎の曇り空であったが、はしゃぐ子供達は気にしていなかった。
「・・・白?どうしたの?乗り物に酔った?」
やけに静かな白を心配した京楽が話しかけると、
「ん、違う・・・」
と海をずっと見ていた。心配そうにウルも白を見上げる。
「海が、どうかした?」
「・・・が、見えない・・・」
「うん?」
良く聞こえなかったので聞き返す。
「海の、果てが、見えない・・・。空と繋がってる・・・」
と水平線を指差して言った。その横顔は冷たい風に煽られた白い髪の毛と相まって儚げに見えた。
厚い雲に覆われた空と鉛色の海・・・。確かに夏の海では見られなかった光景だった。
「・・・怖いかい・・・?」
「いいや・・・、なんつぅか・・・、後で言う・・・」
「そう・・・。さ、早く中に入ろう?体が冷えてしまうよ」
「うん・・・」
と名残惜しそうに振り返りながら海を見ていた。

それぞれの家族が部屋へと通され、お茶を飲みながらゆっくりしていた。
「お風呂に入った後だと湯冷めしちゃうから、今からお散歩に行こうか?白」
「え?うん」
「夕飯までには帰ってきてよ〜、とと様」
テーブルでお菓子を食べながらお茶を飲んでいる朝月と夕月を世話をしているウルに見送られ、
「はぁい!分かってるよ〜」
と白の肩を抱きながら出掛けて行った。


第2話へ続く




10/12/12作 155作目です。 冬の海を見て白は何を思ったんでしょうか。
次は二人の散歩の様子です。
夕ちゃんは生まれたてです。一歳になるかならないか、そのくらい。
10/12/14に加筆修正しました。

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