題「菩提樹〜夫婦の愛〜」
 『八番隊隊長・京楽春水が負傷・・・。意識不明の重態で瀕死の状態である。』

この報せは瞬く間に瀞霊廷中に広まった。そして誰がその知らせを妻である白に知らせるかでひと悶着があった。
「・・・俺が行くよ」
と一護が名乗りを上げた。
「俺のにぃにだもん。俺が行かなきゃ」
一護が白の居る屋敷を訪れると縁側で白が最近教えてもらった「あんよはじょうず」を歌いながらハイハイする夕月と遊んでいた。
「にぃに・・・そのお着物・・・」
「おう、一護!コレか?なんか乱菊が持って来たんだ、綺麗だろ?『花薄』って言うらしいぞ」
雪の様に真っ白な内掛けに縹色の着物を着ていた。
「なんだよ、どうした?」
一護の只ならぬ様子に気付き問い掛ける。
「にぃに、落ち着いて聞いてね」
「あ、ああ」
「京楽さんが怪我して四番隊に運ばれたの・・・」
「な・に・・・?」
「すぐに行って!夕月は俺が抱くから、にぃには早く行って!」
「あ、朝月!ウル!四番隊に行くぞ!」
「何があったの?」
「良いから、早く!」
一護も急かす。

四番隊に着くとすぐに病室に案内された。そこには既に他の死神も居た。
浮竹に白哉、総隊長までが居た。
「おおげさだな・・・」
じわじわと嫌な汗が出る。乾く喉に無理矢理唾を飲み込む。

病室に入ると既に誰かが居た。着飾った男女といつかの貴族女・・・(「親心」参照)
だが白の目には映らなかった。白の目に映るのはベッドに横たわる最愛の男の姿のみであった。
粗方の処置は済んでいたが、その顔には京楽の血が未だ付着していた。
「・・・春水?なにやってんだよ」
「かか様・・・」
ベッドに駆け寄り身体を揺さぶる白。
「起きろよ、なぁ!家に帰んぞ!馬鹿春水!」
「白君!乱暴な真似はっ・・・!」
卯ノ花はその顔を流れる滝の様な涙に息を飲んだ。
「なぁ起きろよ・・・、俺を置いていくなよ・・・、どこにも行かねえって言ったじゃねえか・・・」
白は純白の雪の様な内掛けが血で汚れるのも構わず、ぺろぺろとその顔に付いた血の汚れや、零れた自分の涙を舐め取っていった。
「う・・・、し・・ろ・・・?」
その声と刺激でうっすらと目を開ける京楽。
「春水!春水!起きろ!この馬鹿!」
「泣か、ない、で・・・白。僕が、居なくなっても」
「うるせえ!聞かねえ!俺を独りにしないって言った!置いてかないって言った!死ぬなら俺も殺せ!お前が俺を殺せ!」
「出来、ない、よ・・・」
「独りにするな・・・!子供らどうすんだよ!二人で育てるんじゃねえのかよ!なあ!」
「しろ・・・愛してる、ずっと・・・。でも君は」
「うるせえ!聞かねえって言ってんだろ!・・・ちくしょう!なんでだよ・・・なんでみんな俺を置いてくんだよ?とと様もかか様も、一護も俺を置いてった・・・。俺にはお前だけなのに・・・!お前と子供だけなのに・・・!行くな春水・・・どこにも!俺の傍に居ろよ、なぁ・・・・」
膝から崩れ落ち、ベッドの上の京楽の身体に縋りつく白。
「俺を飼い慣らしたクセに・・・、泣かせたクセに今更っ、置いてくな!ばかしゅんすい・・・!」
涙で濡れる白の頬を撫でる京楽。その手を掴む白。
「し・・ろ・・・な、か、ない、で・・・」
するりと抜け落ちる京楽の手・・・。
「う、うあ!あぁあぁあ!うそだ!嘘だ嘘だ嘘だ!死ぬな!死んだら殺してやる!」
「白君!」
卯ノ花の強い声に顔を上げる。
「まだ治療は済んでいません。一旦お部屋から出てもらえますか?」
ふるふると顔を横に振る白。
「や、やだ・・・いやだ・・・!」
「白君・・・。京楽隊長はまだ生きておられます。万分の一の確率であろうとそれを助けるのが私たちの使命です。・・・絶対にお助け致します。信じて下さい」
まだ動こうとしない白の後ろにいつから居たのか一護が立っていた。
「卯ノ花さん・・・、お願いします」
白の肩を抱き、呼びかけた。
「にぃに・・・」
「一護・・・」
うずくまる白の肩を抱き、病室を出た。
「ここで待ってよう?俺も傍に居るから・・・」
「うん・・・」
病室の前にある長椅子に座って待つ二人。子供達は一護が家に預けてある。

カチ、コチ、と時計の音だけがやけに大きく聞こえた。一護は白が微かに震えているのでぎゅうっと抱きしめた。
「家に居るとよ・・・」
ぽつりと話し始めた白。
「家に居ると、いつもあいつが俺を見てるんだ・・・。すげぇ優しい目でよ、俺はそれを見て安心するんだ・・・。あぁ、もう逃げなくて良いんだ、此処に居て良いんだって・・・」
「にぃに・・・」
「一護・・・もしもの時は子供の事頼むな・・・」
「なに、言ってるの?にぃに」
「だって春水が居なくなったら俺はダメだ・・・。俺は白哉みてぇに強くねえ!」
血を吐く様な叫びだった。
「にぃに・・・!」
「あいつ・・・!俺を飼い慣らしたクセに!居なくなるなんて許さねえ。アイツが死ぬなら俺も逝く。アイツが死ぬ一瞬前にアイツの刀で俺達を貫いて、離れない様にする。子供は連れて行きてぇけど、幸せになってもらいてえから・・・こんなん頼めるのお前しか居ねえんだ、一護・・・」
「大丈夫だよ・・・!卯ノ花さんはすごいもの!剣八だって助けてくれた、にぃにの事だって助けてくれたんだよ。大丈夫、だいじょうぶ・・・」
「一護・・・、ん・・・」

そこへ一人の男が近づいた。
「もし・・・」
「あ・・・?」
「春水の奥方と聞いたのだが・・・名は・・・?」
「・・・何だ、テメェ・・・」
憔悴しきっている白はピリピリと全身で拒絶した。
「にぃに」
「私は春水の兄だ・・・」
手を伸ばし、乱れて血の付いた白の髪に触れようとした瞬間、
「触んじゃねえっ!」
その手を叩き落とした白。
「なっ!?」
驚く周囲をよそに白が怒鳴った。
「俺に触っていいのは春水だけだ・・・。この世でただ一人だけのあの男だけだッ!」
そんな様子の白を見て、いつかの貴族の女が見下す様に言った。
「まぁなんて下品な方なんでしょうねぇ?自分の夫の兄になんて態度かしら?これだから化け狐は」
「・・・だからなんだ。お偉い貴族がなんでここに居る?」
「あたくしも春水様が心配だからですわ。あの方はあたくしの弟を助けて下さったのよ?全く!これだから」
これ見よがしに溜息を吐く女を白は不思議そうに見た。
「・・・あんたは春水に嫁ぐって喚いてたな。なんでそんなに平気でいられるんだ?アイツ死ぬかも知れないんだぞ?」
「何?」
白が何を言いたいのか分からない女。
「あんたは春水が居なくなっても大丈夫なんだな・・・。だから平気なんだな・・・」
「なんですって?」
「あんたには春水は必要ないんだろ!?春水じゃなくても良いんだ!だから・・・!!」
「まあまあ。こんなところで言い争いはいけませんわ。ねえあなた」
おっとりとした上品な女性が間に入った。
「・・・そうだな。我々は帰って知らせが来るのを待とう」
あなたと言われて春水の兄が返事をしたという事は彼女は彼の妻なのだろうか。
「いずれまた、お会い致しましょう」
と丁寧なお辞儀をして帰っていった。3人が居なくなった廊下には白と一護だけが残された。

白々と夜が明け始めると病室のドアが開いた。
弾かれるように顔を上げる白。
「容体が安定しましたよ。もう大丈夫です」
「あ、あ・・・」
「さ、早く・・・」
優しく中へと促す。
穏やかな寝息を立てる京楽の頬に手を当てる白。
「春水、春水・・・」
あたたかい。ここに居る・・・。

「しゅんすいぃ・・・、ひっく!しゅん!ずいぃ!」
うわぁああん!と子供の様に泣きじゃくる白。
その頭を撫でる手があった。
「おは、よう・・・白」
「う!うえ!ばか!しゅん!すい!あほ!ひげ!ひっく!うあぁああ〜ん!」
「うん、ごめ〜んね」
「うう!ひっく!ひっ!えぐ!えっ!ひっく!」
「ああ・・、可愛いお顔が台無しだ。ほら、ちーんして?」
白は小さく嫌々をするように顔を振り、
「か、かわ!いい!言う!な!」
「はいはい、ほら、ち〜ん」
「ひぐ!ひっく!ばか!しゅん!すい!ふっ!び〜〜〜っ!」
「はい、もう一回」
「ひっく!すん!び〜〜〜っ!」
いい子いい子とその頭を撫でた。すんすん鼻を鳴らして甘える白。
(入れないんですけど!?)
扉の向こうでは一護達や、浮竹、白哉、総隊長、乱菊達が居た。
「良かった。京楽さんもにぃにも・・・」
「全く・・・奥方を泣かすなとあれほど言うたものを・・・」
「まぁまぁ元柳斎先生」
『白』
『春水』
お互いを呼ぶ甘い声が扉越しにも聞こえた。
「あらまあ・・・」
『し〜ろ』
『しゅんすい・・・』
「あたし達も退散しますか。これじゃあお邪魔虫だわ」
「だな・・・」
卯ノ花に言付けて一護達も気を利かせて待合室まで戻っていった。

もうすぐ護廷の仕事の時間だと言う事で皆帰っていった。
「白・・・」
「ん・・・?」
京楽の膝の上に抱かれていた白が上を向く。
「今日は一旦ウチに帰りなさい。疲れたでしょ?」
「でも・・・」
「おうちに帰って寝ておいで。いつ来ても良い様に卯ノ花さんに頼んであげるから、ね?」
「ん・・・」
京楽の肩口にグリグリと顔を擦り付ける白に、
「ああ、愛してるよ、白」
「おれ、も・・・」
「うん・・・」
ちゅ、ちゅ、と触れあう口付けを繰り返し白は一度家に帰った。
「白さんは帰られましたか?」
「うん、寝てないからね。あのさ卯ノ花さん、お願いがあるんだけど・・・」
「分かってます。白さんは顔パスです。それと人払いの方もお任せ下さいな」
「あ、やっぱり分かる?」
「まだまだ夕月ちゃんにお乳をあげないといけませんからね」
「うん、ありがとう」

家に帰る途中で一護の所に寄り、朝月と夕月とウルを迎えに行った白。
「かか様・・・とと様は・・・?」
泣き腫らした目で見上げる朝月。
「大丈夫だ。もう意識もはっきりしてる、ちょっと入院するって言ってたから家には居ねえけどよ」
「良かった・・・良かったよぅ〜!」
安心して泣き出した姉に夕月も泣き出した。
「うわぁあん!うわぁああん!」
その夕月の頭を撫でながら慰めるウル。
「泣くな・・・、もうこわい事はない」
「うえっ!うえっ!にぃちゃ・・・!」
「うちに帰るぞ」
「はい」
「う、うん!」
「一護、ありがとうな」
「ううん、何かあったらいつでも来てね」
「ああ・・・」

屋敷に着くとお手伝いさんがおにぎりとお味噌汁を作って置いてくれていた。
「飯食って寝るか」
「うん」
全員泣き疲れていたためすぐに睡魔はやって来た。
自分の部屋に行きみんな寝た頃、ウルが食器の片付けをしておいた。

お昼過ぎに目を覚ました白。
「ん・・・、朝か・・・?おい、しゅん・・・」
いつものように隣りに手を伸ばすとそこには誰もいない。冷たい敷布の感触だけが伝わって来た。
「・・・あ!・・・そっか」
昨夜の事を思い出し、急激な喪失感に襲われた白。
「あ・・・あ・・・あ・・春水、春水・・・」
今は居ない京楽の匂いを探す様に鼻を擦り付けた。
「春水・・・」
居ても立っても居られなくなった白は、先に起きていたウルを呼び、
「用事があるから先に四番隊に行く。一度帰ってくるから、その時は皆で見舞に行こう」
と言った。
「分かりました、朝月にもそう言っておきます」
「ん、じゃあ行ってくる」
と京楽の待つ四番隊へと向かった。


第2話へ続く




10/10/24作 152作目です!
長くなりそうです。連載にしました。

加筆修正


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