題「恋する人形」8
 一護が剣八の残業を手伝ってから数日後の月末。隊士みんなが待ちに待った給料日である。
「おう!一護今日は皆で飲みに行かねえか?」
と一角が誘うと申し訳なさそうに、
「あ、すいません、実は草鹿様とお約束しておりますので・・・」
「へえ、どこ行くんだ?」
「なんでも現世に良いお店があると松本様が言っておられましたが?」
「ああ、あのメンバーで行くのかよ、気を付けてな」
「はい、ありがとうございます」
一角と話をした後、一護は四番隊へと向かった。

「ただいま帰りました。卯ノ花様」
「おかえりなさい、一護。今日は給料日でしたね。これを・・・」
十一番隊で剣八から渡された物と同じ茶封筒を手渡された。
「?これは?卯ノ花様」
「貴方がここで働いていた分のお給料ですよ」
「そんな!卯ノ花様には色々ご教授いただいたのに!それに俺は見習いの様な!」
「一護。働いた分は働いた分です。受け取りなさい」
少し厳しいその声に従った一護。
「それにこれから現世でお買い物なのでしょう?」
「あ!はい、松本様がお誘い下さいました。なんでも女性死神協会の方達とご一緒だとか」
「そうですか。楽しんで来なさいな」
「はい、でもどのような服装で行けば良いのか・・・」
「大丈夫ですよ。きっと松本副隊長が用意してくれているでしょうから」
とにこやかに言うと一護を送り出した。

自分の部屋に行き、貰った給料を財布に入れる一護。
「えっと、卯ノ花様からのが5万環で更木様からのが15万環だから、20万!すごい・・・!」
その半分の10万を財布から抜くと、茶封筒に戻した。
「今日で全部使っちゃうわけにはいきませんよね。来月まで頑張らなきゃ」
それを鍵付きの引き出しに入れると、待ち合わせの場所へと急いだ一護。

待ち合わせの場所にはもうメンバーが集まっていた。
「おっそいわよー!一護」
「申し訳ありません。卯ノ花様と少しお話していたもので」
「あらそうなの。現世に行くには義骸に入るのよ。あんたのも用意してあるからね!」
「あ、ありがとうございます」
「い〜って!い〜って!」
全員で十二番隊へ向かうとネムが、
「一護さんの分はこちらです」
と連れて行った。

数分後、戻って来た一護の格好は、スリムなジーパンと身体にフィットしたTシャツに腕時計が付いていた。
「わあ!いっちーかっこいい!」
「ありがとうございます。草鹿様も良くお似合いでまるでお姫様の様ですよ」
と膝を折り、やちるのワンピースを褒めた。
「現世の通貨に換えるから両替屋に寄りましょ!」
と全員でそこへ寄った。一護はドキドキしながら皆と現世へと降り立った。

現世へと降り立った一行はまずは腹ごしらえとカフェに入った。
「あたしはコレとコレ!デザートに・・そうね、ティラミスお願い!」
と皆が注文する中一護だけがどれにするか迷っていた。
「一護は?何にするの?」
わたわたとメニューを眺めながらも、どれにすれば良いのか分からない。
「えっと・・・」
困っている一護を見かねてやちるが、
「ねえいっちー!あたしと同じの食べよー!」
「え?よろしいので?」
「うん!あ!デザートは別ね!半分こしよ!」
ねっ!と言われて、
「はい!じゃあ俺はチョコレートケーキを」
「あたしはね〜、いちごのショートケーキ!」

やがて運ばれて来たものは、山盛りのナポリタンとピッツァ、シーザーサラダと野菜のスープだった。
「さ!食べよ!いっちー!」
「はい」
「全部食べられるの?」
「大丈夫だよ!」
元気に返事するやちる。
「あんたは大丈夫だろうけどね、一護は?」
「多分、食べれます」
卯ノ花に貰った制御装置で霊圧を押さえているが一護の霊圧はかなり大きい。なので食事も多く食べれたりする。
「ただ、こう言う食事は初めてなので楽しみです」
手を合わせ、頂きます。と言うとフォークを持ちパスタを食べる。
「どう?美味しい?いっちー」
覗きこむやちる。
「はい、美味しいです」
とスルスル食べて行く。ピッツァもサラダもスープも残さず食べた。
「美味しかったね!いっちー!」
と口の周りをケチャップで赤くしたやちるが言うと、
「草鹿様、お口の周りが・・・」
とナプキンで拭ってやる。
「ん、ぷ!ありがと!いっちーも付いてるー!」
と言われ自分の口元を拭う一護。
「よっく食べれたわねー!デザート入るの?」
「もっちろん!半分こしようね、いっちー」
「はい、楽しみですね」

皆が食べ終わりデザートが運ばれてきた。
その皿にはサービスでケーキだけではなく、アイスも付いていた。
「溶けちゃう前に食べよー」
「さんせー!」
と皆で食べる。
「わ・・・、甘くてほろ苦い・・・おいしいです」
「いっちー!あ〜ん!」
と自分の分のケーキを一口分フォークに乗せ一護に差し出してくるやちる。
「・・あ〜ん?」
ぱく!と口にしたイチゴのショートケーキ。甘酸っぱくて瑞々しいイチゴと生クリームの甘さが絶妙でほっこりした顔になる一護。
「おいしい?」
「はい、とても。草鹿様、あ〜ん」
と自分のチョコケーキを差し出す。
「あ〜ん!おいっし〜い!」
その笑顔を見ながら一護は紅茶を飲んだ。

不意に乱菊が、
「一護って笑わないのね」
と言った。
「はい、俺は・・・笑えません。他の表情は出る様なのですが、笑顔だけは絶対に・・・」
「ふうん、まっ!いっかぁ。あんたって無表情でも考えてる事分かりやすいモン」
と言われ目をパチクリさせた。
「そ、そうですか?初めて言われました」
みんな気味が悪いと寄って来なかったのに?
「そうよぉ、あんたってさ、更木隊長と一緒に居る時すごい楽しそうじゃない」
と指摘されて顔を真っ赤にした。
「ほ〜ら、やっぱり!」
にっこり笑って一護の額に指を当てる。
「で、ちゃんと言ったの?」
「な、何をですか!?」
「んもう!可愛いわね!まだなの?応援したげるからね!」
ドン!とその豊満な胸を拳で叩く乱菊。そして他のメンバーも頷いている。
「でも!でも俺は・・・」
人じゃない・・・!無理だ、絶対・・・。
「どうしたのよ、一護?」
「俺は、その・・・。俺には無理ですよ・・・」
と目に見えて沈んでしまった一護。
「一護・・・?」
「だって俺は・・・、ヒトじゃないんです。イキモノじゃ・・ない」
一護は胸に溜まっていた物は溢れて止まらなくなった。

元はただの人形だったこと。意識を持ち、剣八に惹かれたこと。その執念が魔法使いを名乗る男を呼び寄せてしまい、その男の魔法でヒトになったこと。そして、その引き換えに笑顔を差し出したこと。全て話した。
「・・・信じてくださいますか?」
「・・・一護。この子もね、元は義骸なのよ」
とネムを示す。
「え・・・?」
驚いてネムを見つめる。小さく会釈するネム。
「涅隊長の作った義骸と義魂丸なのよ。でもそんなの関係なく普通に暮らしてるわよ。アタシ達も気にしてないわ。だからね」
一護の髪を撫でながら、
「あんたも気にしなさんな。あんたはあんた。誰でもない一護なの。分かる?」
「良く・・・分かりません・・・」
申し訳なさそうに頭を垂れる。
「良いわよ、ゆっくり分かっていけばいいの。ね?だからそんなに自分を卑下しちゃダメよ」
その指が余りにも優しくて、温かくて、閉じた目から一筋の涙が零れ落ちた。けれど、それがなんなのか知らない一護。
「ありがとうございます・・・」
「さ!この後は買い物よ!元気出して行きましょ!」
と会計を済ませ、次の買い物へ行く一行。
「一護は何買うの?」
「なんにしましょう?買い物も初めてなので。あ、出来れば本が欲しいです」
「ほん?」
「はい、先程の食事が美味しかったので、自分で作ってみたいです」
「そう!じゃあ本屋に行きましょ」
と本屋に行き、料理の本と製菓の本を数冊買った一護。
紙袋に入ったそれを嬉しそうに抱き締めている。
「次は?何が欲しいの?」
「いえ、次は松本様達のお買いものを優先して下さい」
「遠慮しなくて良いのに・・・。アタシ達は洋服ね!」
とバーゲンセール真っ最中の洋服売り場に出掛けた。

少し離れた所で皆を見ている一護。少し疲れたな。と考えていると、
「疲れましたか・・・?」
とネムに声を掛けられた。
「あ、涅様」
「私の買い物は済みました。一護様はもうよろしいので?」
と聞いて来た。
「い、一護様だなんて・・・」
「これが私の普通です。お気になさらないでください」
「はあ」
「いっちー!ねえねえ、コレ似合うー?」
とやちるが呼ぶ。
今日着ている様なワンピースを宛がい走ってくる。
「良くお似合いです。あ、でもその下にこのズボンはいかがでしょう?」
と洗いざらしの様な色合いの丈の短いGパンを持ってくる。
薄ピンクでレースで縁取りされたワンピースとGパン。裾を折り返してやる。
「どうでしょうか?これなら走りまわれますよ」
くるくる回って確かめるやちる。
「あっらー!やちる可愛いじゃない!素敵だわ!」
「えへへー!いっちーが選んでくれたんだよ!」
「一護、あんたセンス良いのね。自分の服も買いなさいよ」
「ですが、ここは女性の・・・」
「隣りのブースは男物よ。ほら行きましょ!」
腕を引いて連れて行く。

一護は今着ている服が気に入っていたのでコレと同じ様な服を選んだ。それから、
「料理する時の服はなんて言うんですか?」
「エプロンのことかしら?」
生活雑貨は〜、とキョロキョロ探すがこの階になく、エレベーター付近の案内に8階であると見つけ、服の会計を済ませると皆でエレベーターに乗って向かった。
「皆さんのお買いものは?」
「もう済んでるわよ!」
チーン!目的の階に着く。
少し歩き、目的の物を見つけた。
「けっこーあんのね」
長いエプロンから丈の短いカフェエプロンまで豊富だった。
「あ、これいいな」
と一護が見つけた物は、白と黒のストライプ模様のカフェエプロンだった。
「それにするの?」
「あ、はい。これが気に入りました」
「良かったわね」
と乱菊に言われ、会計を済ませる一護。
後は少し雑貨物が見たいとメンバーが言ったので付き合った。
皆きゃあきゃあとアクセサリーに夢中になっていた。
「ん?」
ふと見つけた革紐のネックレス。花のモチーフが可愛らしくてやちるに似合いそうだと思った一護が手に取り、プレゼント用に包んでもらった。
他にも卯ノ花にも花の髪留めを、弓親にガラスの飾りが付いたヘアピンを買い求めた。一角には最近割ってしまったと言っていたので湯呑みを、剣八には徳利と杯を2つ買った。
「あら一護、結構大荷物になっちゃったのね」
「あ、はい。色々と買ってしまいました」
それでも財布には5万は残ったので良かったなと思った一護。
「じゃあ明日も仕事だし、帰りましょ!」
と皆で尸魂界へと帰った。


第9話へ続く




10/09/21作 みんなとお買い物一護。秘密を打ち明けた一護。 一護のお土産をみんな喜んでくれるのか?




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