題「恋する人形」7
 隊舎に着き、執務室の自分の席に着くと今日の仕事の確認をする一護。
「おはよう一護君」
「おはようございます」
ゴトリとケースに入ったヴァイオリンを机に置くと弓親が尋ねた。
「それどうしたんだい?ヴァイオリンだよね?」
「あ、実は昨日捨てる所を無理を言って頂いたんです」
「へえ、一護君は弾けるのかい?今度聞かせてね」
「俺で良ければいつでも」
と会話を交わしながら仕事を始めて行った。

定時に近づくとイライラした剣八が隊首席から動かず、書類を片していた。
「じゃ、僕たちは帰りますからね。頑張ってくださいよ」
「バイバイ、剣ちゃん頑張ってね!」
どやどやと隊士達が帰っていく所へ一護が部屋へと戻って来た。
「皆さんお帰りですか?更木様」
「ああ、ったく、全然減りゃしねえ」
両手を頭の後ろで組んで背凭れに身体を預けた剣八。
「大変そうですねぇ」
とお茶を入れて渡すと、
「オイ一護、お前これから予定あるか」
「俺ですか?いえ別に、帰って休むだけですが・・・」
「明日非番だったよな」
「はい・・・?それが?」
「よし!お前コレ手伝え!なッ!晩飯奢ってやっからよ!」
「何の書類なんですか?」
「隊士の給金だよ、これが終わらねぇと奴らに金が下りねえんだよ。お前もな」
「大変じゃないですか!どうしてそんな大切な書類を溜めこむんですか!」
「面倒いんだよ、向き不向きって奴だろ。で、手伝うのか?」
「しょうが無いじゃないですか。俺に出来る範疇ですよ?」
「わあった、わあった」
そして二人きりで隊士全員分の出勤簿を照らし合わせ、全てが終わる頃には日付が変わる時間だった。
「ん〜〜!やっと終わりました・・・」
コキコキと肩を鳴らす一護と、
「あ〜〜、目がチカチカしやがる・・・」
と目頭を押さえる剣八。
「大丈夫ですか?目薬がございますが・・・」
「いい、おらいい加減腹が減っただろ?メシ食いに行くぞ」
「え?あ、はい!」
自分の荷物を急いで持つと、剣八の後に付いていった。

連れて行かれたのは居酒屋だった。
「おう、邪魔すんゼ」
「いらっしゃい!なんにしやす?」
「酒と食いもん、何が良い?一護」
「はあ、その、初めて来るもので・・・」
「じゃあとりあえず何が出来る」
「飯はありやすからね、煮物と冷や奴は?」
「それでいい」
「ありがとうございます」
とちょこんと頭を下げた。
「お前いつもどこで飯食ってんだ?」
「四番隊の食堂で、卯ノ花様がご用意してくださいますので・・・。自分で決めるのは草鹿様と昼食に行った時が初めてでした」
「ふうん」
「お待ちどう様!」
酒と一緒に一護の食事が運ばれた。
「美味しそうですね、いただきます」
両手を合わせてから箸を持った。
「美味しいですね。暖かい味がします」
「良かったじゃねえか」
クイッと杯を呷る。
「変・・・ですよね、俺」
「あん?」
「一人では何も出来なくて、何も知らなくて・・・笑わない」
「んなもん人それぞれってやつだろ。気にしてたら身が持たねえぞ。ほれ」
「?」
杯を差し出してくる剣八。
「飲め。たまにはハメ外せ」
「でも、食事が・・・」
「いいから飲め!一緒に喰えば良いんだよ!」
「は、はい」
クイッと呷る。
「あ、この間のお酒より飲みやすいですね」
「良い飲みっぷりじゃねえか、ジャンジャン飲め」
なみなみと杯に注いで来る剣八。
「あ、わ、わ」
きゅうっと飲んでいくうちに泥酔していた一護。
「おい、一護」
「はぁい・・・」
ふぅらふぅらと揺れる身体を支える剣八。
「おかしいですね〜、周りが回って揺れてまふ〜」
ほんのり頬を染め、そんな事を言う。
「揺れてんのはお前だろうが、おら、帰んぞ。親父、勘定だ」
「へい!」
金を払うと一護を連れて外に出る。
「風が気持ちいい・・・」
ゆぅらり、ふぅわりと踊る様に歩く一護。見かねた剣八が肩を抱き寄せると足が縺れ倒れかかって来た。
その時、二人の唇が一瞬ではあるが触れ合った。
「!!」
「更木様の顔が近い・・・」
と大きな顔を両手で包むと、するりと撫でた。
「帰るぞ!」
ぐいぐい手を引っ張って連れていく道すがら一護は朗々と歌っていた。

四番隊に着くと卯ノ花隊長が心配して待っていた。帰って来た一護が酔っているのに気付いた卯ノ花隊長。
「一護、一護?」
「酒飲んで酔ってるだけだ」
「まったく、この子には耐性と言う物が無いのですから控えて下さい」
「へーへー。ああ忘れてた。そいつの楽器俺が預かってるって言っとけ」
「何故です?」
「コイツ担ぐのに手が塞がってたんでな。店に置いてある」
「起きたら言っておきましょう」
そうして剣八も自分の部屋へと帰って行った。この日から一護は剣八の晩酌に付き合う事が多くなった。大抵は残業を手伝わされて夕飯と一緒に少し嗜む程度だった。


翌日、若干の二日酔いではあったが一護は瀞霊廷中を見て回った。
他の隊舎の場所や、色んな店、外れの林や季節季節の虫や鳥の声、花などを見ては人知れず感動し全ての命に尊敬の念を抱いた。一護の指先に小さなてんとう虫が歩いていた。
(こんなにも小さい虫にも命が宿ってる・・・。でも。俺は違う・・・。俺は、人形・・・イキモノじゃ、ない)
プァン!と指先のてんとう虫は飛び立っていった。それを目で追い、
(この事をあの方が知ったら、どう言うだろう?気味悪がるだろうか・・・、もしそうなったら俺は、俺の存在意義は・・・)

「あっ!」
歩きだした一護の草履の鼻緒が切れてしまった。
「どうしよう・・・このまま歩くと足袋が汚れてしまいますね」
少し考えた一護はもう片方の草履と左右の足袋を脱ぐと裸足で歩き始めた。
「あ、感触が違う・・・」
草履越しの感触とは全然違う事を楽しむ一護。
「一護?何をしておるのだ?」
声を掛けられ振り向くと狛村隊長が立っていた。
「あ、七番隊の狛村様ですね。こんにちは」
「うむ、で何故裸足であるのだ」
「鼻緒が切れてしまいまして・・・仕方なく」
「鼻緒が?貸してみよ」
「あ、はい」
草履を渡すと、膝に足を乗せろと言われたので控えめにだが足を乗せた。
「足が傷ついてしまうだろう。せめて足袋は履いておれば良いものを・・・」
「ですが、足の汚れは洗えばすぐに落ちます。足袋はそうはいきませんので」
「そういうものか?さ、直ったぞ」
「ありがとうございます。狛村様は御器用なのですね」
「普通であると思うがな。裸足で歩いて何か面白かったか?」
「はい、草履越しの感触とはまるで違いましたし、温度も違いました。草の冷たさや日向の土の温かさ日蔭の冷たさ。色々勉強になりました」
「そうか・・・」
普通に話す一護に狛村がふと聞いてみた。
「一護・・・そなた儂が怖くはないか?」
かなり高い位置にある狛村の顔を見上げ首を傾げる一護。
「怖い?狛村様の何が怖いのでしょうか?」
「むぅ・・・、儂はこのとおり獣面であろう?怖がる者もおる。お主はここへ来て日も浅かろう?」
「何を仰るかと思えば・・・、狛村様。狛村様の御目はお優しいです。声も柔らかく聞く人が安心できます。俺はそれで充分怖がらずに話をすることが出来ます。それだけではいけませんか?」
真っ直ぐに目を合わせ言の葉を紡ぐ一護。
「いや、儂が愚かであったな。そうか・・・」
口元に微かに笑みを浮かべて繰り返し頷く。
「あ、更木様」
「おう・・・何してんだ、二人で」
心なしか自分に敵意を向けられている様な気がする狛村。
「いえ、そこで俺の草履の鼻緒が切れてしまいまして、狛村様が手ずから直して下さったのですよ」
「ふうん・・・」
目線を一護に戻す剣八。
「一護、貴公とは一度ゆっくり話がしたいものだ」
「俺などでよろしければ」
「けッ!」
そこで狛村と別れると、
「更木様、卯ノ花様から聞きました。俺のヴァイオリンをお預かりして下さっているそうで」
と訊ねた。
「あ?ああ・・・今から来んのか?」
「そうですね。もうすることもありませんし・・・」
「ふん・・・」
二人並んで十一番隊まで歩いていった。


第8話へ続く




10/09/11作 残業に付き合わされる一護と酔っぱらって初ちゅーしちゃう一護。記憶にないけどねvv歌ってる歌は「月/の/ワルツ」です。
お散歩一護。この後は給料日の一護を書こうと思います。
10/09/14少し加筆しました。
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