題「恋する人形」6
 翌朝一護はベッドの中でもそもそとしていた。

身体が重い。関節がギシギシ悲鳴をあげている。起き上がろうとしても頭が持ち上がらない。
「な・・んだ?けほ!喉いた・・・、暑い、寒い・・・?」
ぐったりと枕に顔を突っ伏していると、いつの間にか眠ってしまっていた。

「ん・・・」
さらさらと髪を撫でられる心地よい感触に目を覚ますと卯ノ花隊長が居た。
「うの・・・はな!っけほ!」
「目が覚めましたか?どうやら風邪を引いたようですね」
「か、ぜ・・・?」
「熱も高いですね、今日はお休みなさい。更木隊長には先程連絡しました」
「すいませ・・・」
申し訳無さそうに眉間にしわを刻む一護に、
「良いのですよ。それにしても何があったのです?」
柔らかく微笑み、水を差し出し聞いてみた。一護はそれを飲んで話し始めた。
「きのう、あめが、ふっていまして。はじめて見たものですから、傘をささずに草鹿様と庭で遊んでしまいました」
そこまで言うとコップの中の水を飲んでいく。程よく冷えた水が喉を潤していく。
「草鹿様は、大丈夫でしょうか?」
眉を寄せ心配した。
「大丈夫ですよ、後でお見舞いに来るでしょう」
さ、食事は出来ますか?と聞かれ食欲はあるので少し食べ薬を飲み、そのまま横になると深い眠りに就いた一護だった。

十一番隊。
「剣ちゃん、いっちーはぁ?」
「あん?まだ来てねえのか」
「うん、今日はまだだよー」
そこへ地獄蝶がひらひらと舞いこんで来た。
剣八の前でくるくる回る。
「なあに?」
「卯ノ花からだ。一護のヤツ熱出して寝込んでるんだとよ。だから今日は休ませるだと」
「いっちー大丈夫なの?」
「さあな。気になるなら見舞に行け」
「うん!剣ちゃんも行こ!」
「ああ?なんで俺が・・・」
「つべこべ言わないの!」
半ば強引に四番隊まで連れて行かれた。

四番隊。
「おう、卯ノ花は居るか」
「あら更木隊長ではないですか。どうなさいました?」
「こいつが一護の見舞に行きたいつーんでな」
「そうですか。ありがとうございます。あの子も喜ぶことでしょう」
とにっこり笑い一護の部屋まで案内した。
「一護、お見舞いの方ですよ」
声を掛けても返事がない。そうっと戸を開けるとまだ眠っている様だった。
「寝ている様ですね・・・。どうぞ静かにしてあげてくださいね」
「入っていいのかよ」
「ええ、やちるちゃんの事を気にしていましたから、元気な姿を見たらきっと喜びますわ」
では。と言い置きその場を去っていく卯ノ花隊長。
部屋に入るとベッドの横の椅子に座って一護の顔を見る。
かなりの高熱なのか、氷枕に氷嚢をしているのにまだ頬が赤かった。
規則正しい呼吸と時折流れる汗。
「いっちー苦しいのかな・・・」
「卯ノ花の薬飲んでんだ。大丈夫だろ」
「あ!あたしちょっと出てくる!」
と剣八の背から降りると部屋から出て行った。
「おい・・・」
「すぐ戻るからね〜!」
もう近くには居なかった。
「なんなんだ」
「ん・・・、ふう・・・」
「ち・・・、さっさと治しやがれ、つまらねえ」
汗で頬に貼り付いた髪を払ってやった。
「ふ・・・」
と気持ち良さそうに目元が弛んだ。

ちりん。
涼やかなその音に意識が浮上し、目を開けるとそこには剣八がいた。
「あ・・、更木、さま、けほ!こほ!」
喉が渇いて咳が出た。
「起きたのか、水でも飲め。汗ひどかったぞ」
「は、ありがとう、ございます」
ゆっくり上体を起こすと枕元に置いてあった水差しに手を伸ばした。が、震える手では持ち上げられなかった。
「・・・」
無言で剣八が水を注いで差し出した。
「あ・・・、すみません」
受け取り、飲み干していく一護。
「はぁ・・・。あの、草鹿様はお身体の様子は・・・」
「アイツぁ元気だ。さっきまで居たんだがな、なんか思いついて出てった」
「はあ」
しん・・・、と沈黙が落ちる。
コップを握り締める一護は浴衣が着崩れて胸元が露わになっていた。

つぅっと汗が流れおちた。
(目に毒だ・・・)
「おい・・・、身体冷えんぞ」
と言って前を合わせてやった。
「すいません・・・」
ふわふわと頼り無い様子に見かねて、
「もう寝ろ、やちるならすぐ来んだろ」
と促した。
「そう、ですね・・・、ではお言葉に甘えます」
少し辛かったのか言うとおりに横になった一護。
「・・・お前、雨見たことねえのか?」
「はい・・・。卯ノ花様の所に行くまで俺はずっと暗い所に居ました。なので知らない事の方が多いのです」
はふ・・・、と息を吐き話していく。
「色々と初めて見る物が多くて、知る事が楽しいです」
「そりゃ、良かったな」
「はい・・・」
クシャリと髪を撫でてやった。

「いっちー、入るよ〜?」
やちるが戻って来た。
「どうぞ」
「あ!起きたの!あのね、お見舞いのね、お土産持ってきたよ!」
ぴょん!と剣八の膝に乗ると何やら包みを差し出した。
「そんな、俺の様な者に・・・」
「良いの!これねあたしの好きなお店の金平糖なの!」
食べて!と手に乗せて来た。
「こんぺいとう・・・?」
しゅる、と紐を解き中身を取りだすと色とりどりの小さな砂糖菓子が出て来た。
「わぁ、まるで星の様ですね」
と一粒口に含んだ。
「あまい・・・」
「おいしい・・・?」
「はい、とても美味しいです。ありがとうございます。喉が痛かったので助かります」
「良かったぁ!」
にぱっと笑うやちる。
「お前、笑わねえんだな」
と剣八が言った。
ひくり!と肩が揺れた様に見えた。
「変で、しょうか・・・?」
「別に。笑わねえ奴は良く見かけるんだがよ、お前楽しそうだったり、嬉しそうだったりすんのに笑わねえから気にはなった」
「そうですか・・・」
一護は嬉しいの半分。苦しいの半分。複雑な気持ちになった。
気付いてくれているのが嬉しい。笑えないのが苦しい。
「大丈夫だよ!ちゃんと笑えるよ!」
「だといいです・・・。少し疲れてきました・・・」
「あ、じゃあ帰るね。ちゃんと治るまで無理しちゃ駄目だからね!」
「はい。ありがとうございます。草鹿様、更木様」
「おう、邪魔したな」
と帰っていった二人。

「笑う・・・か・・・」
無理だ・・・。この身体になる代償に笑う事が出来なくなった自分。後悔はしていないが・・・、少しばかり苦しかった。

翌日には熱は下がったが大事を取ってもう1日休んでから仕事に復帰した一護。
その日の仕事は各隊の常備薬の補充と回収だった。
剣八も軽い仕事の方が良いだろうと許可した。

一番隊から順に回っていく一護。
その時副官の雀部が何やら大きな物を捨てる所だった。
「もし、失礼ですが、それは楽器では?」
「え?ああそうですよ。ヴァイオリンなんですが弦が切れてしまって・・・。上手くならないし苦情も来てしまいまして」
ギコギコうるさいと総隊長に言われては逆らえない。
「あの・・・、もし宜しければそれをいただいても?」
「はあ、良いですが。弦が・・・」
「大丈夫です。ありがとうございます」
それを受け取るとケースの上から撫でた。
「では失礼致します」
と次の隊舎へと回っていった。

補充の為とヴァイオリンを部屋に置くために一旦四番隊に寄った。

その日の仕事が終わると一護は楽器屋を巡り漸くヴァイオリンの弦を買い求める事が出来た。
ついでに松脂も買った。
部屋に帰ると弦を張り替えて、弓に松脂を塗った。
「今日からよろしく」
と声を掛け、弓を滑らせた。
澄んだ音色を奏でた。ヴァイオリンに耳を傾け声を聞き、その通りに身体を動かした。

一曲弾き終わると、トントンとノックされた。
「はい、どなたでしょう」
「私です、一護」
「卯ノ花様!どうぞ!」
「失礼しますね。一護、楽器が弾けたのですね。とても綺麗でしたよ」
「いえ、あの、俺はただこの子の声に従っただけです」
「声?」
「はい、その、俺は人形だったから、こういう物も声というか、その・・・」
「分かりました。でも貴方が弾くからこそ、その音色が出たのですよ」
と頭を撫でた。
「あ、ありがとうございます・・!」
次の日から一護はそのヴァイオリンを持って十一番隊へ出勤した。


第7話へ続く



10/07/12作  ここの一護は楽器全般弾けます設定。 ストレスのメーターがキレたら超絶技巧を披露!




ドール・ハウスへ戻る