題「恋する人形」25
 軋む身体を叱咤して風呂場へ行くと手桶にお湯と手拭いを入れ、剣八の部屋へ戻る一護。
静かに手拭いを絞ると剣八の下肢を拭ってキレイにしていった。
下帯はどうにも出来なかったのでそのままにしておいた。裾を正し、蒲団を掛けた所で、
「一護・・・」
と名を呼ばれ身体が強張った。
恐る恐る剣八の顔を見てみると眠ったままだった。ホッと息を吐き、音を立てずに部屋を出て風呂場へ行く。

風呂場に着くと今度は自分の身体を洗う為に寝間着を脱いだ。
鏡に映った自分の身体を見て息を飲む一護。身体中に赤い跡が付いていた。
「これは・・・」
指で辿っていく。これは剣八が付けた跡・・・。幸い見える様な所には付いては居なかったが・・・。

風呂の残り湯で身体を洗う一護。自分の身に何が起きたのか未だに理解出来ない。ただ怖かった。

「お前が悪い」

剣八は確かにそう言った。何が悪かったのだろう?剣八が言うのなら自分が悪いのだろう。ではこれは罰なのだろうか?
「・・・誰にも、聞けない・・・」
一護は自分の身体を抱きしめながら声を殺して泣いた。

風呂から上がり、身体と髪を完全に乾かしてからやちるの部屋に戻った。
「どこ行ってたの〜・・・?いっちー・・・」
「あ、起こしてしまいましたか?いえ、更木様がお帰りでしたので・・・」
「そっかぁ、寒いの?いっちー」
「え?」
「震えてるよ、あたしぬくいから抱っこしても良いよ」
「ありがとうございます・・・」
やちるの言葉に甘え、キュッと抱きしめる。子供特有の高い体温に癒されながら眠った一護だった。

翌朝、目を覚ました一護は死覇装に着替え、腰の痛みを我慢して朝食の準備を始めた。

とんとんとんとん、ジャー、キュッ。くつくつ、くつくつ。

「ん・・・?」
酷く懐かしい感じに、誰か居るのかと目を覚ました剣八。
ふわり、と鼻を掠めた一護の体臭はすぐさま味噌汁の匂いにかき消された。
「あ?味噌汁?なんでだ?」
次の瞬間今まで見ていた夢がフラッシュバックした。
(何考えてんだ、俺は・・・。一護を犯すなんざ・・・)
「更木様、おはようございます。朝食が出来ました」
一護に声を掛けられ内心驚く剣八。夢とは言え、一護を犯したのだ。
「お、おお・・・」
剣八が返事を返すと、いつものようにやちるを起こしに行った一護の気配が無くなると、
「ったく・・・。いやにリアルな夢だったな・・・。感触まであったぞ」
夢だと思っている昨夜の出来事を思い返していると下肢が反応しそうになったので慌てて切り替える。
「飯だ、飯!」

食卓に着くと以前の様な光景があった。取り敢えず疑問に思った事を聞いた。
「お前なんでうちに居るんだ?」
「え?剣ちゃんてば昨日の夜に会ったんじゃないの?」
とやちるが問う。
「酔っていらっしゃいましたから、覚えておられないのでしょう。すぐ部屋に入ってしまわれましたから」
とご飯を渡す一護に変化は見られなかった。

食事が済むと3人で一緒に出勤する。
「えへへ!また3人でお仕事に行くんだね!」
とご機嫌なやちる。大きな欠伸をしている剣八。横に並んで歩く一護を盗み見る。
いつもの様に優しい目でやちるを見ている。
この日はお弁当が作れなかったので食堂へ行った一護。
「あっら!一護じゃないの!珍しいわね、あんたが食堂使うなんて」
「あ、松本様、こんにちは。ええ、今日はお弁当が作れなかったもので・・・」
と適当に誤魔化す。
「一護、あんた顔色悪いけど何かあった?」
「・・・え・・・?」
一瞬固まってしまった。
「別に、何もございませんが・・・?」
「そう・・・?なら良いんだけど・・・」
「はい。お気づかい痛みいります」
深くお辞儀をして食事を済ませ、隊舎に帰り午後の仕事を済ませて部屋に帰った。

その日から眠れない夜が続く一護。
眠ればあのコトが夢に出て来て目が覚めてしまう。
かと言って深夜に料理など作れる訳もなく本を読む習慣が出来た一護。
とりわけ恋愛小説が増えた。
今まで、外の事が分かるようになってからも、人形である一護には人の感情と言う物が良く分からないで居た。

特に恋愛感情などがそうだ。
剣八に対する想いがどういう物なのかも判別出来ずに居る。

傍に居ると楽しい。けれど胸が苦しい。それが嫌でない自分。
その一方で剣八の傍に死神が居ると楽しくない。男でも、女でも・・・。時折、やちるにでさえ湧くこの感情が分からない。
分からなくて、こんな風に思う自分が嫌になる。

分からない事があれば大抵の事は書物に書いてあると卯ノ花隊長が言っていたのを思い出す。
一護は片っ端から『恋愛』と名が付く本を読み漁った。だが何も分からなかった。

ただ一つ分かったことは、どの本にも男と女、それについての話しか無かった。(探せば有ったのだろうが)
「男が男を好くというのは・・・、おかしいのでしょうか・・・?」
多くの本は、清く正しい恋愛を謳っていたが、一護には何が清く、何が清くない恋愛なのかも分からない。
「誰かが誰かを好きになるのに、正しい答えが有るのだろうか?それは誰が決めるんだろうか?えらい人だろうか?だとしたら自分にとってのえらい人と言うのは卯ノ花様だ。卯ノ花様は俺のこの想いを正しいと言ってくれるのだろうか?」

もし、正しくないと言われたら俺はこの感情を忘れるんだろうか・・・?

そんな事を考え、眠れなくなる一護。日に日に濃くなる目の隈に弓親が気付かない訳が無く、朝会った途端に怒られた。
「一護君てば!目の下に隈があるじゃないか!それにお肌の肌理も荒れてる。どうしたんだい?何かあったのかい?」
「綾瀬川様、何もございませんよ・・・。ただ考えても考えても分からないことがあるので眠れなくなるんです」
申し訳なさそうな顔をした。
「兎に角、皆が心配するからその隈なんとかしよう?僕ので良ければファンデも貸してあげるから」
「ありがとうございます。でも俺は化粧が出来ませんので・・・」
「僕がしてあげるよ。任せといて!」
と言ってくれたので言葉に甘える一護。

「でも結構濃いよね〜。コンシーラーでカバーして・・・と」
流れる様な動きで一護の顔に化粧を施していく弓親。
「ん・・・?」
ふとした瞬間に気付いた。ほんの微かにだが一護が震えていた。改めて顔を見ると眉間にも深いしわが刻まれている。
「・・・グロスも塗る?」
「それは・・・?」
「唇に塗るものだけど」
「いえ、そこまでは・・・」
とやんわりと断る一護。
「そうだね。こっちの蜂蜜入りのリップクリームの方が良いね」
とワザワザ紅筆に取って一護の唇に塗って行った。
「ん・・・」
たっぷりとクリームを補給した一護の唇は、艶やかに水を弾く桜桃のようだった。
目の下の隈と、肌のくすみを化粧で隠した一護はいつもより綺麗に見えた。
「わざわざお時間を取らせてしまいました。綾瀬川様、ありがとうございます」
「ううん。僕も楽しかったから良いよ」
「?そうですか?」
隊首室に戻り、いつもの様に書類を片付ける一護。その横顔に見惚れているのは数人の隊士達。
「ちょっと、仕事手伝わないんなら出て行きなよ。一護君に見惚れる気持ちは分かるけどさ」
「は?」
その言葉に顔を上げる一護。午前中の透明な光を反射するオレンジ色の髪と白い肌。そして誘うかのようにつややかな唇。
「たっ、鍛錬行ってきます!」
「俺も!」
どたばたと出て行く。
「あの・・・?」
「全く・・・、普段から美しいものを見ていないからだよ・・・」
軽く首を振りながら書類を片付けてゆく。
「俺は何か悪いことでもしましたか?」
「一護君は何にも悪くないよ」
「はぁ・・・」
そこへ隊首会から帰って来たやちると剣八が入ってきた。
「たっだいま〜!あ!おはよー!いっちー」
「おはようございます。草鹿様、更木様」
扉の方を向いて挨拶する一護。
「いっちー、今日すごく綺麗!なんで?なんで?」
「綺麗ですか?ありがとうございます」
「副隊長、僕が一護君にリップクリームをあげたんですよ。少し荒れてたんで」
「そうなの?あ、ほんとだ。いっちーのお口プルプルだぁ!」
プニッと触ってくる。
「ひゃ!くすぐったいです、草鹿様」
「ごめーん!」
そのすぐ後ろに居た剣八が一護の顎を掴んで上に持ち上げた。
「ッ!!」
微かに息を飲み、強張る一護の身体。
「はぁん、油モン食った後みてえだな」
まじまじと見てくる剣八に、
「お、お放し下さいませ・・・更木様。あの、首、が・・・」
「隊長!それじゃ一護君の首が痛いじゃないですか」
言われて気付く。
「あ?ワリィな」
「いえ・・・」
すぐ椅子に座り、書類を手にする一護。その顔色は優れなかった。

一護は剣八が近くに居るとひどく緊張してしまう。自分への罰だと言う行為を本人は覚えていない様なのが救いだった。
(なら、何も無かったと同じ事・・・。更木様が思い悩む様な事でも無いのだから・・・)
努めて平静を保ち職務を全うしていく一護。

その内なんの表情も表わさなくなってきた。
男女の区別なく、無表情のまま過ごす一護に、
「何があったのか?」
「悩みがあるなら力になる」
「吐き出せば楽になる」
と声を掛けてくれる。
 
自分の様なモノに心を砕いてくれる人達が居る事がただただ有り難かった。
十一番隊の隊士とて同じで一護が元気が無いようなので元気づけようと飲みに行く計画を立てた。
剣八も弓親も一角も反対しなかった。全ての手配は部下に任せた。

これが間違いだった。

彼らが宴会に選んだ場所は、

遊廓だった。


第26話へ続く



11/06/02作 さて、次回は遊郭でひと騒動です。
一護は自分の感情の正体が何なのか突き止める事が出来るのか?!
剣八は!?



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