題「恋する人形」22
 真夏の一番暑い時間帯に買い物に出掛けた一護が熱中症で倒れ運び込まれた翌日。
目を覚ました一護は自分の身体の異変に気付いた。
「あ・・・戻ってる・・・」
身体が元の男に戻っていたのだ。熱による物なのか自然治癒なのかは分からないが一つだけハッキリしている。

もうこの家を出なければならない事だ。

「元々治るまでのお約束でしたし・・・」
一人寂しく誰も居ない空間に言葉を零した一護。
気を取り直して朝食の用意を始める。

コトコトコト・・・。とんとんとん・・・。気持ちの良いリズムが聞こえ始め、朝が来たのだと目を覚ます剣八。
(あいつ、起きて平気なのかよ・・・)
空腹を刺激する匂いが漂い始め、一護が部屋の前まで来た。
「おはようございます、更木様。朝でございます、起きて下さいませ」
いつもより声が低くなっているのに違和感を覚えた剣八が起き上がると目の前の一護は男物の着物を着ていた。
「お前・・・」
「はい、今朝起きたら元の身体に戻っておりました。長らくお世話になりました」
ペコリと頭を下げた。
「あ、ああ・・・」
「草鹿様を起こして来ますね」
とやちるの部屋へ向かった。剣八は己の心を過った感情が理解出来なかった。
「・・・っち」
ガリガリと頭を掻いているとやちるの部屋から、
「やーッ!いっちー出てっちゃダメー!」
と大きな声で叫ぶ声が聞こえた。まだ何事か話している様だったが程なくして二人で居間へとやってきた。

いつもは元気な食卓で沈んでいるやちるを気にする一護。
「あの、草鹿様。何も会えなくなると言う訳ではございません。隊舎でお会い出来ますので・・・」
「・・・うん・・・」
「お前今日から仕事出んのか?」
と剣八が聞いた。
「いえ、今日はまだ・・・。荷物を部屋に運んで掃除をします。明日からお願い出来ますか?」
「ああ」
コト、とお茶が出され無言で飲む剣八。

二人を見送った後、自分の部屋の掃除をし、荷物を纏めると四番隊の自分の部屋へと置きに行った。
そこで卯ノ花に体が元に戻った旨を伝え、明日から戻ると告げた。
剣八宅に戻るといつもの掃除、洗濯を済ませ、お弁当を作って持って行った。

「こんにちは。お弁当をお持ちしました」
「おう!一護。元に戻ったんだな!良かったじゃねえか!」
「はい。もう更木様にも草鹿様にも御迷惑をお掛けしなくて済むので良かったです・・・」
と静かに言う一護。
「別に迷惑とは思ってないんじゃないかな?隊長も副隊長もね」
「でも助かったぜ!お前居ないと書類が溜まりまくるんだよ。俺たちじゃ限界だぜ」
「はい、明日から頑張りますので、よろしくお願いします」
「いっちー、早く食べよ?」
くいくい、と一護の着物の裾を引っ張るやちる。
「はい、お待たせしました」
といつもの様に3人でお弁当を食べる。
「明日のお弁当はどうされますか?」
と聞けば、
「別に。作んなくても良いだろ」
「そうですか・・・。分かりました」
そんな二人にやちるだけが不満そうな顔をしていた。

昼食も済み、家に戻ると洗濯物を取り込み、畳んでおく。夕飯の買い出しに出かけた一護。
「何にしましょうか。昨日はお作り出来ませんでしたし・・・」
明日の分も作れる様にメニューを考える一護。
「から揚げにしましょう。それとお味噌汁と・・・」
いつもより多めにから揚げを作り、半分を明日の分に取り置いた。かぼちゃとオクラの味噌汁、きゅうりともやしをごま油で炒めた物、ひじきとさつま揚げの炒め煮を作った。

出来あがった頃に二人が帰って来た。
「ただいま・・・」
と不安げなやちるが言うと、
「お帰りなさいませ、更木様、草鹿様」
といつもの様に出迎えた一護を見てホッとした顔をした。
「夕飯の御用意とお風呂の御用意は出来ております」
「ああ・・・」
「ご飯食べる!お腹ぺこぺこ!」
「はい。たくさん食べて下さいね」
「うん!!」
いつもの様に夕飯を食べ、風呂に入り、片付けを済ますと一護は明日の夕飯の準備を始めた。
玉ねぎとピーマンをスライスし、から揚げの上に広げると塩コショウをして酢に漬けた。
「何やってるの?いっちー」
「草鹿様。明日の夕飯の用意です。これを冷蔵庫に入れておきますので食べて下さいね?」
「今日のから揚げ?」
「それを酢に漬けて南蛮漬けにしたものです。朝はまだご一緒ですから俺がお作りします」
「分かった!剣ちゃんにも言っとくね」
「ありがとうございます」
「ねぇいっちー、今日は一緒に寝ても良い?」
「はい。誰かと一緒に寝るのなんて初めてです」
「そうなんだ」
一護の部屋で二人一緒に眠ることにした。

「酒がねえ・・・。一護知ってっか・・・?」
一人、晩酌をしていた剣八は手元の酒が無くなったので台所を物色していたが見つからなかったので一護に聞こうと部屋を訪れた。
「おい一護、酒が・・・。・・・!」
スラッと障子を開けるとやちると仲良く寝ている一護が居た。
スースーと穏やかな寝息と寝顔・・・。
「ちッ」
そのまま障子を閉め、剣八も部屋に帰っていった。
蒲団に寝転がり天井を見ながらぼんやりしているうちに眠ってしまった。

翌朝、いつもの様に起こされ、朝食を食べた後、3人で出勤した。
一護は溜まりに溜まった書類の片付けと隊士達の怪我の治療をこなすと、気付けば定時になっていた。
「お疲れ様、一護君。もう上がっていいよ」
弓親に言われて初めて気付いた。
「あ、はい。では失礼します。更木様、お先に失礼します」
「おう」

元の部屋に戻り、夕飯を作る一護。
「あ・・・」
ふと気付くと一人しか居ないのに3人分の量を作ってしまっていた。
「これは・・・、明日の朝とお昼も一緒ですね」
と肩を竦めた。
久し振りに一人で摂る食事はひどく味気ない物だった。
「更木様も草鹿様もちゃんと食べてるでしょうか・・・?」
そんな事を呟きながら食事を終え、明日の用意を済ませベッドに入った一護だった。

「剣ちゃん、ご飯」
「あるもん食え」
「いっちーが作って置いてくれてるよ」
と昨日作って置いた南蛮漬けを膳に乗せるやちる。
仕方なしに手伝う剣八。冷蔵庫を開けると鍋にメモが貼ってあった。
『お味噌汁は冷やしたままでも食べれます。ヒジキはお好きにして下さい。温めるのなら完全に熱くなるまで。』
「ふん・・・」
冷たい物が続くのもアレだと思い温める剣八。
「飯は炊けてんのか?」
「それもいっちーがセットしてくれた」
「ふうん・・・」

「いただきます」
二人で摂る食事。いつもは一護が話を聞いてくれるが、今日は居ない。
「おい、茶・・・」
無意識に湯飲みを差し出す剣八。
「剣ちゃん、いっちー居ないよ・・・」
「ちっ!」
味噌汁をぐい!と飲み、食器を桶に浸けたままにして寝る二人。
何だか食べた気がしない・・・。とやちるが呟いた。剣八もそう思っていた。


第23話へ続く



11/05/10作 お風呂は隊舎で済ませた剣八とやちる。一護が居る事が自然になっている二人でした。

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