題「恋する人形」20
 朝になり、目を覚ました一護は文机の上にある一輪挿しを見て嬉しくなった。
そういう意味ではないが、剣八からの贈り物だと思うと心の奥が温かくなった。
「さ、朝ご飯を作りましょう」
鮭を焼いていき、茗荷の味噌汁を作って行った。玉子焼きと納豆を用意して朝食完成。
「お二人を起こしましょう」
剣八を起こすと次はやちるの部屋へ行く一護。
「おはようございます、草鹿様」
と声を掛け障子を開けると珍しく起きていたやちる。
「おはようございます。今日は御自分で起きられたのですね」
「う・・・うん」
起きているにも関わらずやちるは蒲団から出てこようとはしなかった。
蒲団の端を掴んで泣きそうな顔をしている。
「どうされました?お腹でも痛いのですか?」
と気遣う一護。
「違うの・・・。いっちー、誰にも言わないって約束してくれる?」
「?はい、お約束します」
「絶対だよ?!絶対だからね!嘘付いたら嫌いになるからね!」
「お約束いたします。指切りしましょう」
と指切りした後、布団をめくるやちる。
「おや・・・」
「おねしょ・・・しちゃったの・・・。誰にも言わないでね?剣ちゃんにも言っちゃダメだからね!」
「分かりました。少々お待ち下さい」
と部屋を出る一護。
「?」

「草鹿様おはようございます。入りますよ」
ともう一度声を掛け中に入る一護は手に水差しを持っていた。
「それなぁに?いっちー・・・」
「失礼しますね?」
と手にした水差しの水を布団に零した。
「わあ!」
それは水ではなくぬるま湯だった。
「ああ、申し訳ありません。水を零してしまいました。これは干してしまわないといけませんよね」
「いっちー・・・」
「お風邪を召されるといけませんので草鹿様はすぐにお風呂でお着替えを」
「うん!」
布団を干してやちるを着替えさせてから二人で居間に行った。

食卓に納豆があるのを見た剣八。
「あ?納豆か、今日は」
「お嫌いですか?」
「喰えなくはねえけどな。メンドくせえんだよ、ぬるぬるくっ付きやがる」
「はあ、では俺がお手伝いいたします」
「あ?」
剣八の納豆を掻き混ぜて味付けしていく一護。
「はい混ざりましたよ」
と渡すとご飯に掛けて食べる剣八。
口の周りに糸が付いて嫌な顔をしていると横から一護の箸が伸びて来た。
「失礼しますね?」
何かに濡れた箸が納豆の糸を挟むとぷっつりと簡単に切れた。
「なんだ?」
「お味噌汁です。大豆同士ですから何か作用があるそうですよ」
「ふうん・・・」
一護は剣八が食べ終わるまで自分の分には手を付けなかった。
「おら、食い終わったぞ。お前もさっさと食えよ」
「はい。いただきます」
と食べていく。
食べ終わり、三人分の食器を片づけに台所へ行く一護。

やちるがニコニコしているので、
「おいやちる、朝飯の事誰にも言うんじゃねえぞ」
「え〜?なんでなんで?いっちーに食べさせてもらったって自慢すればいいじゃん!」
「黙ってろ。じゃなきゃお前のアレ・・・。バラすぞ?」
と庭の布団を指差す剣八。
「やーぁ!剣ちゃんの意地悪!」
「へッ!大方寝る前に茶ばっか飲んで便所に行かなかったんだろ」
「ぶう〜!」
「どうかされましたか?」
と食後のお茶を持ってきた一護。
「なんでもねえよ」
「はあ・・・」
二人を仕事に送り出すといつものように掃除、洗濯など始める前に、
「パンが食べたいな・・・」
と呟くと材料を持って四番隊へ向かった一護。

「甘いパンが食べたいな」
と干しブドウやブルーベリーを生地に捏ねて行く。
「あ、お野菜も入れてみよう。草鹿様もパンになってたら食べられるかも!」
と裏ごししたカボチャやニンジンなど色んな野菜を練り込んだパンも焼いた。

ふっくらと丸く焼き上がったパンは甘い匂いを漂わせている。
「美味しいかな?」
と野菜入りのパンの味見をする。
「ん・・・、カボチャのパンもニンジンのパンも美味しい」
荒熱が取れたパンをバスケットに入れ、
「卯ノ花様、突然台所をお借し頂きありがとうございました。あの、これよろしかったら・・・」
「まあ、美味しそうなパンですこと!」
お裾分けと挨拶を済ませてから十一番隊に帰る一護。

「お弁当と一緒に持って行こう」
と歩いていると恋次と会った。
「おう!一護じゃねえか!何やってんだ?」
「あ、阿散井様、おはようございます。いえ、パンが食べたくなったので」
「買いに行ってたのか?」
「いえ、焼いてきました。色々作りたかったので」
「お前パンも作れんのかよ!すげえな!」
「そんな・・・」
「どんなの作ったんだよ。見せてくれ」
「あ、どうぞ」
とバスケットの蓋を取ると甘い匂いが漂った。
「おお〜!美味そうだな」
「干しブドウとブルーベリーとカボチャにニンジンのパンです。・・・いかがですか?」
「良いのか!どれ食おうかな〜」
「干しブドウのパンは甘いですよ」
「そっか!じゃあそれ」
と焼きたてのパンを貰うと被りついた。
「うわ、ふわっふわじゃねーか」
と笑いながら美味しそうに食べている。
「美味かったぜ、ごっそさん!今度鯛焼きでも奢ってやるよ」
と言って仕事に戻っていった。

家に着くと掃除と洗濯を済ませ、剣八とやちるの弁当を作ってから自分の分の弁当をパンで作った。
野菜パンを3つほど半分に切ってマヨネーズを塗り、レタスやハム、チーズなどを挟んでいった。
「出来た!さぁ、持って行こう」

お重とバスケットを持って隊舎へ行くと何やら喧嘩をしている様な声が聞こえた。
「失礼します。お弁当を持ってきたのですが・・・」
「いっちー!」
扉を開けると同時にやちるが飛びついて来た。
「わっ!どうされました?草鹿様」
「聞いて聞いて!みんながひどいの!お蒲団が濡れて干してあるからっておねしょしたって!」
半分泣きながら訴えてくる。
「まぁ、そんな事を言われたのですか。違いますよ、あれは俺の不注意です。朝、水が飲みたいと仰った草鹿様にお水を差し出した時に零してしまったんですよ」
「本当か〜?」
と意地悪く聞いてくる一角に、
「なんでしたら、更木様にお訊きになられれば良いのではないですか?」
と少し冷えた声で言う一護。
「どうなんです?隊長。ほんとに水なんですか〜?」
「ああ。朝から謝ってたぞ」
とさらりと受け流した剣八。
「女性にそんな事を聞くなんて紳士のする事ではないですよ、斑目様」
「女性って、そんなタマかよ」
「草鹿様はこれから淑女になれるのです!気を付けてください」
なでなでとやちるの頭を撫でる一護。
「さ、草鹿様。お昼にしましょう。お弁当を持ってきましたよ、海老フライはお好きでしょうか?」
「大好き!一緒に食べよ、いっちー!」
「はい、俺の分はパンですが、後でおやつに食べられるように甘いパンを焼いてきましたよ」
「わ〜い!」
剣八も一緒に一護の作った弁当を食べる。
お重の中には海老フライや野菜の素揚げに甘酸っぱい黒酢の和え物や玉子焼きが入っていた。
「おいし〜い!いっちーのご飯って今まで食べた中で一番美味しいよ!」
「ありがとうございます、嬉しいです」
黙々と食べる剣八。
「いっちーのお弁当なあに?」
「俺のはパンに野菜などを挟んだ物ですよ」
「一口貰ってもいい?」
「はい。どうぞ」
「あ〜ん!おいしい!」
「おやつの時はジャムもありますよ」
「うん!」

おやつの時間になりアイスカフェオーレと一緒にパンを食べる一護とやちる。
「わ!このパン美味しい!ふわふわだし!甘い!」
ぱくぱくと食べていく。
「草鹿様、このパンはどうですか?」
と人参のパンを勧めてみる。
「ん!美味しい!こっちの黄色いのも!」
「草鹿様、これは人参とかぼちゃのパンなんですよ?」
「え?ホントに?でも美味しいよ?」
「ありがとうございます。草鹿様はお野菜が余りお好きではない様なので、俺なりに工夫してみました。お口に合って良かったです」
「あ・・・」
「こっちのパンは干しブドウのパンとドライブルーベリーパンです」
一口サイズに千切ってやちるの口に持って行く。
あむ、と食べるやちる。
「甘くて美味しい・・・」
「良かった。こちらのかぼちゃのパンにはリンゴジャムが合うと思うんです」
たっぷりのジャムを付けて口に入れてやる。
「うん、とっても美味しい!剣ちゃん!剣ちゃんも食べよ!」
「甘いんだろ、それ」
「うん!でも美味しいよ!これ全部いっちーが焼いたんだって!」
「ふうん」
「いかかですか?アイスコーヒー淹れて来ましょうか?」
ブドウパンに齧りつくと、
「ふうん、そんなに甘くねえんだな」
「はい、干しブドウの甘みだけですので」
「飲みもんは?」
「こちらに」
と香りよく淹れたアイスコーヒーを差し出した。
「ねえ、いっちー。あたしこれから野菜もちゃんと食べるからね」
「はい。頑張りましょうね」
「うん!」
「今日の夕飯は何に致しましょう?」
「なんでも良い」
「いっちーのご飯はどれも美味しいもんね!」
「そんな!・・・ありがとうございます!」

その日の夕食は、やちるのリクエストでハンバーグに目玉焼きとなった。
「お野菜も食べて下さいね」
と具だくさんの味噌汁も出された。


第21話へ続く



11/03/04作 なんか物すごくほんわかな話になってしましました。一護にパンを焼いて欲しいだけで書いたんですよね。
あと、やちるにおねしょ。何気に口裏合わせてくれる優しい剣ちゃんでした。



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