題「恋する人形」2 | |
卯ノ花の見ている前で人形だった一護がどんどん大きくなっていく。 ウラハラーンが何事かを唱えている間中、一護の身体は淡く光って姿を変えていった。 光が治まるとそこに居たのは人形ではなく、15、6歳の少年だった。 「い、一護なのですか・・・?」 コキコキと首を動かしたり、手足を動かしている。 「はい、卯ノ花様」 無表情のまま、答える。 自分の身体を触りながら、 「あたたかい・・・やわらかい・・・」 と呟いている。 「他の表情は追々自身で覚えていくと思いますが、先に言ったように笑顔だけは無理ですよ。アタシが頂きましたからね」 怒る事も出来る、悲しむ事も出来る、楽しむ事も出来る、けれど笑う事だけは出来ない・・・。 「はい、承知してます・・・。卯ノ花様、これで俺はあの方の治療が出来ますか?」 「今はまだ無理です。明日から色々な事を覚えていただきます。それからですね」 「分かりました。お願いいたします」 と深々と頭を下げた。 「じゃ、アタシはこれで失礼しますよ」 「ありがとうございます」 一護が頭を下げた。 それから一護は寝る間も惜しんでひたすらに勉強した。 日常生活の事、治療の事、護身術なども教わった。 ひと月後、四番隊に新しい隊士が加わった。温かな橙色の髪の隊士。けれどその顔は常に無表情に近かった。 眉間に寄せられた皺、他の隊士とも言葉を交わすのは二言三言の必要最低限の言葉のみ。 そしてどんな重症の患者が運ばれようと、肉塊と化した死体が運ばれようと顔色一つ変えない彼を同じ隊の隊士ですら遠巻きにしていた。 「一護」 「あ、卯ノ花様。いかがなされましたか?」 「仕事はどうですか?もう慣れましたか?」 「はい。大変ですけれど、やりがいがあります」 「そうですか、ではこれから私の治療室で仕事をして下さいな」 「はい!」 卯ノ花隊長がいつも使っている治療室へ行くと、手際良く色々な器具の用意をし、患者を待つ一護。 どかどかと足音が聞こえて来た。 「あー!うっせえな!一人で大丈夫だっつってんだろうが!」 「ですけど隊長」 ガラッ!と扉が開けられた。 「おう、邪魔すんぜ、卯ノ花」 「!!」 そこには血を吸って重くなったであろう死覇装を纏い、自身の血なのか返り血なのかも分からないほど真っ赤になった隊長羽織を羽織った更木剣八が居た。 「更木隊長・・・、またですか?」 「へっ!大した事ねえよ」 「その出血でおっしゃいますか・・・。一護」 「・・・はい・・・」 声が震えている。 「更木隊長の傷を診てください」 「はい・・・」 失礼しますと、断りを入れ傷を診ていく一護。その顔がどんどん曇っていく。顔が泣きそうに歪むと、 「なんでぇ、新人か?そんなに血が怖えか」 と声を掛けて来た。 「いえ、血は、怖くありません・・・」 「じゃ、何を怖がってんだよ」 「こんなに、血が出ては、命に係わるのではないのですか?」 途切れ途切れに問い掛ける。 「はん?こんなもんがか?」 とまだ血の流れる手を振って見せる。 「お止めください!」 と叫びに近い声で止めた。近くに居た一角や弓親が驚いて少し目を見開いた。 あの隊長に・・・。 「傷が開いてしまいます。どうか・・・」 「ふん・・・」 黙々と血を拭きとり、傷に薬を塗り包帯を巻いて行く一護。 「終了致しました。お疲れ様です、更木様」 「おう、邪魔したな」 と出て行こうとした剣八に、 「更木様、どうかご自愛を」 と一護が頭を下げていた。 「一護・・・、お疲れ様です」 「卯ノ花様・・・」 へにゃり、と泣きそうに顔を崩す一護に内心驚いた卯ノ花。 常に表情を変えずに居た一護が、この短いやり取りでその心を揺り動かすとは・・・。 此処に居るより十一番隊に行く方が良いのかも知れないと考え一護に、 「一護、話があるのですが、いいですか?」 「なんでしょうか?」 「十一番隊専属の看護師になりませんか?あの隊は常に怪我人が出る隊ですし、良くこの救護詰所で喧嘩をします」 「そうなのですか?どうしてでしょう?御自分の怪我を治されに来られるのでしょう?」 「そうですね、気が荒いのでしょう・・・」 と語尾を濁らせる卯ノ花隊長。 「多少手荒な事をしても大丈夫な方々ですので、気を楽にしなさい。治療に関しては疎かにしてはいけませんよ」 と聖母の笑みで語る卯ノ花隊長。 「はあ・・・、分かりました。謹んでお受けいたします」 そうして一護は卯ノ花隊長の紹介状を持って十一番隊へと移動した。 十一番隊。 「もし・・・、すいませんが四番隊から来ました一護と申します。更木様にお目通り願えますか?」 「あん?」 「何モンだよ、テメェ?」 「本日付でこちらに配属されました、隊長殿にお目通り願います」 「うっせえよ!最弱部隊の四番隊がうちの隊長になんの用だよ!」 「隊長は忙しいんだよ!」 「?先程から同じ事を2度言いましたが?どこか分かりませんでしたか?」 きょとんと首を傾げる一護に声を荒げる二人の隊士。 「てめえ!馬鹿にしてんのか!」 そこへ、 「なんの騒ぎだい?うるさいよ」 と一人の男が現れた。 「あ!綾瀬川第五席!いや、こいつが俺らを馬鹿にしやがったもんで・・・」 ちら、とこちらを見ると、 「ああ、さっきの・・・」 「先程、更木様と御一緒だった方ですね。はじめまして一護と申します。本日付でこちらに配属となりました。隊長殿にお目通り願えますか?」 「いいよ、こっちに居るから。おいでよ」 「ありがとうございます」 と丁寧にお辞儀をして門をくぐる一護。 隊首室の前まで連れて来られると、 「ここが隊首室。隊長、入りますよ」 「入れ」 とくん!と胸が揺れた一護。 「失礼します」 「失礼致します」 「弓親、なんだ?そいつは」 「ああ、彼は今日付けでうちに配属になった一護君です」 「はじめまして、よろしくお願いいたします。あの、これを。卯ノ花様からのお手紙です」 と隊長机の剣八に差し出す。中を読み、 「ふうん・・・、良いんじゃねえの?毎日怪我人が出るからな、うちは」 と手紙を元に戻すと弓親に渡し、中を読むよう促した。 「そうですねぇ、小さいイザコザで卯ノ花隊長の不興を買うのも嫌ですしね。よろしくね、一護君」 「ありがとうございます。こちらこそ、至らぬ所もございますが宜しくお願い致します」 と頭を下げた。 「ところで名字は?」 「あ、その、ありません。俺はただの一護です・・・」 「あ、そうなんだ。寝泊まりは?」 「今のまま、四番隊です。こちらへは通いと言う形になります」 「大変じゃないかい?」 「頑張ります」 「弓親、隊舎ン中案内してやれ」 「はい、隊長、おいで、一護君」 「はい」 一護は救急箱を持って後を付いて行った。 「ここが簡易台所、簡単な食事なんか各自が食べたい時に使ってるよ」 「はぁ・・・」 そこはこれでもかと言うくらい汚れた食器が山と積まれていた。 「基本片付けはしない連中だからね・・・」 「ここが食堂、さっきよりは片付いてるかな・・・」 「そうですね・・・」 食べこぼしなどが目立っていた。 「次が隊士達の寝泊まりしてる寮みたいな所かな。僕も住んでるよ」 「そうなんですか」 「さて、次が鍛錬場、毎日ここで怪我人が出てるんだよ」 「大変ですね」 「まぁね、これから君の方が大変なんじゃないのかい?」 「そうですか?でもこれが俺の出来る事ですから」 (ふうん・・・) ガラッと扉を開けると一斉に全員がこちらを向いた。 「お疲れ様です!綾瀬川第五席!」 「あぁうん、一角!」 「ああ!何だよ」 「こっち来て!紹介する子がいるんだ」 と坊主頭の男がこちらにやって来た。 「ああ、先程ご一緒に居た方ですね」 「そうそう、一角、彼は今日からうちに配属になった看護師の一護君、こっちは三席の一角だよ一護君」 「おう、さっき隊長の治療してたガキか」 「一護と申します。これからよろしくお願いします」 「かたっ苦しいのは無しだ。同じ一の字を持つもん同士仲良くしようぜ!」 「はい!」 一通りの案内が終わり、隊首室に戻った一護達。 「ただいま戻りました」 「ただいま戻りました」 「おう、後で全員に紹介すっから、そこらに座ってろよ」 とソファを示されたので、静かに座って待った一護。 そして隊士全員が集まり、一護の紹介を始めた。 「こいつが今日から配属になったうちの専属看護師の一護だ!」 「至らぬ所もございますが、何卒よろしくお願いします」 と頭を下げる一護。 「俺が隊長の更木剣八だ」 その肩の上に乗っている女の子が、 「あたしは副隊長の草鹿やちるだよ!よろしくね!いっちー!」 「いっちー?」 「ほら、困ってんじゃねえっすか、副隊長」 と一角が言うと、 「うっさい、黙れパチンコ玉」 とばっさり斬られた。思わず刀に手が伸びる一角を窘める弓親。 「まあまあ、ほら次は君の番だよ」 「おお、俺は第三席の斑目一角だ!よろしくな!」 と気を取り直して自己紹介した。 「僕は第五席の綾瀬川弓親だよ、これからよろしくね」 と自己紹介が終わった所で定時の時間となった。 「じゃあ明日からだね。今日はコレから何か用はある?」 「いえ、帰って休むだけです」 「そう!じゃあ一緒に君の歓迎会をしようよ!」 「え、でも、一旦帰らないと・・・。卯ノ花様にもお伺いしませんと・・・」 「じゃあ、一緒に行くよ、僕が説明するからさ」 と他の者はすっかり行く気で居る様だ。 「そう、ですね。歓迎会だなんて初めてなので、楽しみです」 と弓親と二人で四番隊に帰る一護だった。 「ただいま帰りました。卯ノ花様!」 「お帰りなさい、一護。どうでしたか?十一番隊は?」 「はい、みなさん良くしてくださいます!特に綾瀬川様と斑目様が、それであの、これから歓迎会を開いて下さるそうなのですが、参加してもよろしいでしょうか?」 「そうですね、お酒は飲んだ事がないから心配ですが・・・、綾瀬川第五席にお願いしましょうか・・・」 と見えないオーラが放たれた瞬間だった。 (うわ・・・!怖・・・。一護君大事にされてるんだなぁ・・・) 「こちらへおいでなさい、一護」 「はい」 と救急箱の中に新しい薬を入れられた。 「これは?」 「二日酔いのお薬ですよ。多分、酔いつぶれる方が出るでしょうからね」 飲ませてあげなさい。と微笑まれた。 「分かりました。では行ってまいります」 「あまり遅くなってはいけませんよ?」 言外に弓親に向けて発せられた言葉。 「お待たせいたしました」 「うん、じゃ行こっか」 と十一番隊隊士が待っているであろう隊舎へ向かう二人だった。 第3話へ続く 10/04/30作 人形から人へと変わった一護。十一番隊でやっていけるのか?!続きます。 |
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