題「恋する人形」19
 やちると剣八が定時を迎えた頃、一護は四番隊の自室で浴衣に着替えていた。
「えっと・・・帯は、こう?」
四苦八苦していると扉をノックされた。
「は、はい?」
「私です、一護」
「う、卯ノ花様!ど、どうぞ!」
「失礼しま・・、まぁ、頑張っていたのですね」
目を細める卯ノ花。
「は、はい。ですがやはり難しいです」
「さっき見たばかりですものね」
と近づいて、一護の着付けを手伝ってやる。
「ありがとうございます」
「良いのですよ」
シュルシュルと帯も結んでやり、髪を弄る。
「少し、額と首を出した方が良いですね」
ピンや飾り櫛を使って整えていく。
「お化粧はどうします?」
「え、結構です」
「そうですわね。この巾着に小物や財布などが入っていますからね」
ハンカチやティッシュ、財布などが入れられていた。
「ありがとうございます」
いつもより柔らかい目元の一護。
「もうお時間では?」
「ああ!もうすぐ7時ですね!急がないと!」
「慣れない下駄でコケるといけませんから歩いて行くのですよ」
「はい!行ってまいります!」
カラコロと小気味の良い音をさせながら、やや小走りに神社に向かう一護を見送る卯ノ花だった。
「可愛らしい事・・・」

ふわふわと動くリボン結びの帯やシャランシャランと揺れる髪飾りを付けた一護は道行く人の目を引き寄せた。

神社の前では、やちると剣八が一護を待っている所へ乱菊が通りがかった。
「あっら!やちると更木隊長じゃないですか」
「おう」
「乱ちゃん!こんばんは〜!」
「こんばんは、やちる!可愛いわね〜!」
と挨拶などを交わしていると思いついた様にやちるが、
「ありがと!あ!剣ちゃん!あたし乱ちゃんと一緒に先行ってるからね〜!つるりんとゆみちーが花火の場所取りしてるから!」
「ああ?おい!」
早く早くと乱菊の手を引いて奥に消えるやちる。
「なんなんだ、ったく!」

「ちょっと、なんなの?やちるってば!」
「もうすぐいっちーが来るの!」
「ああ、なるほどね。でも後でちゃんと加わるのよ?あの子気にすると思うから」
「うん!花火の場所で待ってるの!そこに来たら一緒に行くんだ〜!」
「良い子ねぇ、あんたも」
暫く歩いて一角と弓親と合流した。そこで一休みする二人。

「遅ぇな・・・」
ジワジワと鳴く蝉の声に混じって聞き慣れた声が聞こえた。
「あ、あの・・・」
「遅ぇぞ、一、護・・・」
声を掛けられ目にした物は、夕暮れの中に立つ、白い浴衣に身を包み、髪を結い上げた一護だった。
「す、すいません。不慣れなもので、遅れてしまいましたか?」
「いいや・・・。こっちも早く来すぎた・・・」
白い地が空の紫と混じり、橙の髪を良く合っていた。剣八は思わず、ふいっと目を逸らせた。
「草鹿様は?まだですか?」
「ああ、さっき松本と先に行った」
「お待たせしてしまったのですね」
「そんなに待ってねえよ。行くぞ」
「あ、はい」
一護は隣を歩く剣八の浴衣に目を奪われている。
墨染の浴衣に濃い黒で蛇が描かれ、肩の所で口を広げている。目と舌は真っ赤で帯は黒の兵児帯だった。
もう風呂には入ったのだろうか、髪は下ろされ風になびいている。

生温かい夏の風と人混みの熱気。
「ふ・・・っ、暑い・・・」
そんな声が聞こえて剣八が横を見ると、額に汗を浮かべ、頬が色付いている一護が居た。
汗で髪が貼り付いて色っぽい。
「団扇はどうした」
「うち、わ?ですか?」
「知らねえか、これだ。使え」
と自前の団扇を差し出した。
「でも、更木様も」
「良いから使えってんだ」
「ありがとうございます」
と受け取ると剣八にも風が当たる様に扇いだ。
「涼しい・・・」
「そうかよ・・・」
項から襟首に掛けて目を奪われる。下品にならない程度に引かれた襟首が細い首を長く見せている。

カラコロと下駄を鳴らして歩く一護。
「あっ!」
向こうから歩いて来た男がぶつかった。
「ッてえな!どこに目ぇ付け・・て・・・」
「ああ?前も見ねえで歩いてたのはテメェだろうがよ」
ぶつかった相手を視線だけで退かせると剣八は、一護の手を掴んでずんずん先を歩いて行く。
「あ、あの!」
「危なっかしいんだよ。向こうに付くまで我慢しろ」
大きな手は一護より体温が高く熱かった。
一護はとくとくと胸の音が早くなるのに気付いた。
今まで味わった事のない感じ。でも決して嫌ではない。むしろ心地良い・・・。
(何だろう?何だろう、これ・・・)
とくとく、とくとく。

「お、居たぞ。一護・・・?どうした」
「え、いえ!何でもありません!」
先程より頬の赤みが濃くなっている様に見えた。
一角、弓親、やちる、乱菊と合流した一護。
「やっだ!可愛いじゃない!一護!」
「本当!どうしたんだい?その浴衣」
「あ、卯ノ花様と草鹿様が見立てて下さいました。変ではないですか?」
「ぜ〜んぜん!お祭り初めてなんでしょ?見て回ってくると良いわ!最後に花火があるからね」
「はなび?」
「いっちー、お腹すいたでしょ?屋台で色んなもの売ってるよ!剣ちゃんの奢りでいっぱい食べよ!」
「そんな、俺も出します」
「うるせえな、屋台のモンくらい奢ってやる。行くぞ、俺も腹減ってんだよ」
「は、はい!」
と屋台がたくさんある方へと向かった。
「なんだかんだ言って隊長も満更じゃあなさそうだよな」
「だねぇ」
と見送る3人。

「いっちー!焼きそば食べよう!」
「美味しそうですね!」
次々に店を制覇していく二人。
今は3人でタコ焼きを食べている。
「あっつーい!でも美味しい!」
「それに楽しいですね」
「次はね!次はね!ベビーカステラ食べたい!」
「それも食べた事ありません!どの様な物ですか?」
「丸くって、ちっちゃくって、ふわふわで、甘くておいしいの!あそこにお店発見!」
「ああ!待ってください!草鹿様!」
「ったく、良く食うな・・・」
「剣ちゃーん!早くお金〜!」
「へいへい」
手を懐手にしたまま歩いてくる剣八に見惚れながらもカステラを受け取る一護。
代金を払う剣八。
「更木様も・・・」
「ああ・・・」
と2、3個摘まんで食べた。
「次は何する〜?」
「お、射的があるな」
「あ!ホントだ〜!剣ちゃん何か取ってよ!」
「何かってなんだよ」
「え〜とね、え〜と。あ!あの写真立て良いなぁ!あれ!」
「へいへい、ったく」
「頑張ってくださいね!」
と一護に応援され、一発で落とした剣八。
「ほれ、取ったぞ。一護お前は何が良い?」
「え、あの。あ、あの一輪ざしが・・・」
射的の銃を構える剣八の横顔がいつもより凛々しく見え、目を奪われる一護。
「よし・・・!」
コレも一発で取った。
「ほらよ」
「ありがとうございます・・・!大切にします!」
「大袈裟なヤツだな」
他に欲しい物はないのでそのまま立ち去る一行が次に向かったのは金魚すくい。
「ねー、いっちーは金魚すくいしたことある〜?」
「ございませんよ。お祭りに来たのも初めてです」
「あ!そっか!競争しようかと思ったんだー」
「競争ですか?」
「うん、どっちが多く掬えるか!」
「楽しそうですね。やってみたいです」
「やろう!やろう!剣ちゃん、荷物持ってて!」
「あー」
「お願いします」
桶とポイを貰うと金魚すくいを始める二人。
「やー!破けちゃったぁ!」
「あ!あ!逃げてしまいます!」
はしゃぐ二人の帯がそれこそ金魚の尾鰭の様に揺れていた。
「おい、袖濡れるぞ」
「あ、はい。あ、もうちょっと・・・!」
もうすぐ一匹掬える所でポイが破けてしまった。
「あ〜、残念です」
「引き分けだねぇ」
「はい」
「もうすぐ花火始まるぞ」
「じゃあ早く戻ろう!」
「そうですね。俺は花火も今日が初めてです。どういう物ですか?」
「えっとね〜、空におっっきな花が咲くんだよ〜」
「空に、花・・・?」
と上を見上げる。
「そんな説明じゃ分かねぇだろ。見りゃすぐ分かる」
「そうだね!いっちー行こう!」
と一護の手を掴んで走り出すやちる。
「危ないですよ!草鹿様!」
「大丈夫!」
前を走る一護の帯を見る剣八。
赤い兵児帯の薄い赤と重なった濃い赤が良く似合っていた。
ふとこのままでも良いと言う思考になっていたのに気付く。
「は!馬鹿馬鹿しい・・・」

「剣ちゃん!いっちーがはぐれちゃったぁ!」
と大きな声で呼ぶやちる。
「はあ?今さっきまで一緒だっただろうが」
「だって、喉渇いちゃったんだもん・・・」
「お前なぁ・・・」
喉が渇いてジュースを買いに行く時に手を離した。そして振り向いた時には一護の姿が無かったと言う。
「弓親呼び出せ」
「うん・・・」
伝令神機で弓親を呼びだす。
「遅くなりました!」
「良いから、一護の霊圧探れ」
「はい!」
「どうだ」
「この先の・・・古い社の方に一人でいる様です・・・」
「じゃあ俺が迎えに行くから、お前はやちるを預かっとけ」
「分かりました」
「剣ちゃん、コレ持って行って」
とやちるが差し出したのは瓶に入ったラムネだった。
「いっちーもきっと喉が渇いてると思うから・・・」
「おう」

その頃の一護。
「どうしましょうか・・・」
やちるが手を離した瞬間から人混みの慣れない熱気と向こうから来る人を避けていたら、こんな所まで来てしまっていた。
「草鹿様はご無事でしょうか?」
暗い所は苦手だ。
少しでも明るい所へ行こうか、でもまた迷うのは嫌だなと逡巡していると後ろから声を掛けられた。
「おい・・・!」
「きぁ!」
「なんて声出してんだ。俺だ」
「更木様!あぁ、良かった!あ、草鹿様は!?」
振り向いた一護は涙目になっていた。
「大丈夫だ。弓親に渡した。お前は大丈夫なのかよ」
「あ、はい。怪我もありませんし、人を避けていたらこうなってしまって」
「ふぅん、ほれ」
とラムネの瓶を差し出す。
「なんですか、これ?」
「知らねえか。ラムネだ、飲め」
「ラムネ・・・、あ、冷たい・・・」
こくりと飲むとしゅわしゅわとした刺激が喉を通っていく。
「ん・・・!はぁ!変わった飲み物ですね。美味しい」
こく、こく、と飲んでいく。
「花火、どうする。向こうに戻るまでに始まっちまうな」
「あ、皆さんで見たかったのに、残念ですね」
「ここでも見れるがな・・・」
「え?」

ひゅるるるる〜〜・・・。どーん!!

破裂音といきなり明るくなった空。

「い、今のは!?」
「あれが花火だ。ほれ、また上がるぜ」
「あ・・・」

ひゅるるるる〜〜、どーん!

夜の空に咲く花とはこういう事かと納得した一護。
「綺麗ですね・・・」
空を見上げる一護が無意識に剣八の浴衣の袖を握り締めていた。
「怖かったのか?」
「え?あ!すいません!・・・暗い所は、苦手なんです・・・」
「じゃあ、戻るぞ」
「あ、はい!」
はぐれない様にと、しっかり手を繋いでくれる剣八に安心した一護。

皆と合流する前には離れてしまったが、まだ温かい手が嬉しかった一護。
「ゴメンね〜!いっちー!」
「いいえ、俺こそ!ご心配をおかけしてしまって」
「良いから早く座りなよ」
「はい」
全員で座って花火を見る。
「綺麗ですねぇ・・・。でもすぐに消えてしまう」
「それが良いんだろうよ」
「そうなのですか・・・」

花火も終わり、各々帰っていく。

家に着くと、
「楽しかったね!いっちー」
「はい!初めての事ばかりでした!」
剣八に取ってもらった一輪ざしを大事そうに抱えて言う一護。
「もう遅いですし、早く寝ないと明日のお仕事に差し支えますよ?」
「はーい!おやすみ、いっちー!」
「おやすみなさいませ、草鹿様」
「さて、朝ご飯の仕込みをして俺も寝ますね」
「おう、簡単なもんで良いぞ」
「分かりました。では更木様もお休みなさいませ」
「おう」

朝食の仕込みを済ませ、祭りの後の心地よい疲労感ですぐに眠った一護だった。


第20話へ続く



10/12/29作 初めてのお祭りと花火でした。  どれだけ長くなるんだ・・・。最長になるかもしれん。

11/02/12 加筆修正しました。


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