題「恋する人形」16 | |
私服に着替え3人で夕飯の買い物に出掛ける。 太陽がだいぶ西に傾いている。 「どんなお鍋にしましょうか?」 「水炊きもいいし〜、ちゃんこ鍋もいいな〜。剣ちゃんは?」 「ああ?肉が入ってりゃ文句言わねえよ」 「もう!剣ちゃんは〜!」 「お魚も食べるとなると・・・ちゃんこ鍋でしょうか?」 など言っていると前から乱菊がやって来た。 「いっちっご!久し振りね〜、元気?」 「あ・・・」 一瞬、固まってしまった一護。 「この間はごめんね〜。あそこまで怒ると思わなかったのよ〜」 と近づいてくる乱菊。一歩近付くと一護が一歩下がる。 「一護?」 不審に思い、なお近づく乱菊。 「や・・・」 とうとう剣八の背中に逃げ込み、着物を強く握っている。その指先は痛々しいほどに白くなっている。 「おい・・・?」 自分の背に顔を隠し、微かに伝わるのは一護の身体の震え・・・。 思い出したくない。 自分が人形だったことなど。 無機物であった自分。 有機物である彼ら。 何もかもが違うのだと、思い知らされた様な気になってしまった。 胸が軋む・・・。 「あ・・・!ごめんなさい!一護、本当にごめんなさい!悪かったと思ってるわ!あんたの心の傷に触れちゃって!」 未だ震える一護から声は聞こえない。 「ね、顔見せてよ〜」 乱菊が情けない声を出すと、くぐもった声が漸く聞こえた。 「も、申し訳ありません・・・。今、顔を上げる事が・・出来ない状態なんです」 胸が軋むと、目から水が出て止まらない。 何だろう、これは? 病気、なのだろうか?・・・それとも俺は、 不良品なのだろうか・・・。 「松本、今日は帰ってやれ。気持ちの落ち着きゃあこいつから会いに行くだろうよ」 「そうですね・・・。またね、一護・・・」 こくん、と頷くだけが精いっぱいだった。乱菊は帰っていった。 沈黙が落ちる。 「今日は・・・、どっか店で食うか・・・?」 「そうだね!剣ちゃん、あたしね〜あたしね〜、いつもの小料理屋さんがいいな!」 殊更に明るく振る舞うやちる。 「そこで良いか?一護」 「は、はい・・・申し訳ありません・・・。情けない・・・」 最後にぽつりと呟いた。 「何があったか知らねえがよ。さっさと忘れちまいな」 「そうですね・・・」 予定を変更し、小料理屋へ歩を進める3人だった。 小料理屋で色々なおかずを注文していく。 揚げだし豆腐、焼き鯖、わかめと麩の味噌汁にご飯。 「美味しいね!いっちー!」 「はい。揚げだし豆腐は初めて食べました」 剣八も横で揚げだし豆腐を肴に酒を飲んでいた。 「ほれ、久し振りに飲めよ・・・」 「え、でも・・・」 「嫌な事なんざ酒で流しちまえよ」 ぐい、と杯を差し出す。 それを受け取った一護。 「いただきます」 「おう、飲め飲め。二日酔いになったら昼まで寝てろ」 「そんなに飲めませんよ」 言いつつも杯が進む一護。 帰る頃にはへべれけだった。 「いっちー酔っちゃったねぇ」 「ああ、酔わせるつもりだったしな」 「元気になるといいね」 「まあな」 剣八におぶわれて夢うつつの一護。 (ん、あったかい・・・、きもちいいな・・・) 「ん・・・きもちい・・・」 はふ・・・、と呟いた一護の熱い吐息が剣八の耳を掠めた。 「!!」 「剣ちゃん?」 「なんでもねえ・・・」 家に着くと一護を起こした。 「おい、起きろ一護。家に着いたぞ」 ペチペチと頬を叩く。 「・・・ん」 ふるふると小刻みに震える長い睫毛がゆっくり持ちあがった。 「・・・起きたか?自分の部屋で寝ろよ」 「ふ、はい。すみません・・・」 ふらふら・・・、と部屋に帰る一護を見送る。 「大丈夫かな?」 「心配なら見て来てやれよ」 「うん!」 一護の部屋に入るやちる。 「いっちー?」 「はい・・・」 シュルシュルと帯を解いている途中だった。 もう既にうつらうつらして危なげな感じだった。 帯と着物を脱ぐと畳む事もせず襦袢のまま、蒲団の中にもぐってしまった。 「いっちーってば、そんなに疲れてるのかなぁ?」 肩が出ていたので引き上げてやると着物だけ衣紋掛けに掛けてやったやちるだった。 「なんだ、寝たのか?」 「うん、着物脱いだらすぐお蒲団に入って寝ちゃったよ。疲れてるのかなぁ?」 「さぁな。こないだから色々あったからだろ。お前も寝ろよ」 「うん、おやすみ剣ちゃん」 「おう」 部屋に戻る途中、一護の部屋を覗いた剣八。穏やかな寝息が聞こえ少し安心した。 (何があったんだか・・・) あんな一護は初めて見た。心底怯えている様なあんな姿・・・。 (言う気になりゃ自分から言うだろ・・・) 剣八も自分の部屋へ戻り、眠った。 翌朝、蝉の鳴く声で目が覚めた一護。 「ん・・・、朝・・・」 むくりと起きると鈍い頭痛がしたので二日酔いの薬を早々に飲んだ一護。 「ふぅ・・・。あ、今朝のご飯のおかずを買ってませんでしたね。今の時間なら朝市がやってますよね」 顔を洗い着替えて買い物に出かけた。 がやがやと活気に満ちた市場で買い物をする一護。 「えっと、なんにしましょう?」 昨日はお酒を飲んでいたからあっさりしている方が良いだろうか? 「すいません、このしじみを一笊ください」 「あいよ!若奥さん、毎度あり!」 「若、奥さん・・・?」 一拍遅れて頬を染める一護。 「お!可愛いねぇ!なんならオマケしちゃうよ」 「いえ、そんな・・・」 「コレなんか美味しいよ!朝ご飯にピッタリだ!」 と差し出されたのは辛子明太子だった。 「これは・・?」 「辛子明太子、おいっしいよ〜!」 「これは辛いのですか?」 「辛子が付いてるからねぇ。それなりに辛いよ」 「ではこれを二人分とそちらの赤くない方を一人分下さい」 「あいよ!辛子明太子とたらこにシジミね!」 代金を払い、礼を言うと家路を急いだ一護。 台所。 ご飯は昨日炊いたままだったので、それを出す。 シジミを洗い、味噌汁を作る。 「えっと?これは焼いた方が良いのかな?」 辛子明太子とたらこを見比べる。良く分からなかったので料理の本を見た。 「焼いても焼かなくても良いみたいですね・・・」 それぞれを皿に入れて卓袱台に並べる。 「少し、寂しいですかね?玉子焼きも付けましょう!」 手早く3人分の玉子焼きを焼く一護。やちるの分は砂糖を少し入れて甘めに・・・。 野菜が無い分は果物で補おう。食後のデザートにオレンジを出そうと思った一護。 食事の用意が出来たので二人を起こしに行く。 「更木様、おはようございます。お食事です」 障子越しに声を掛けると中でもぞもぞ動く気配がした。 スラッと障子を開けると蒲団の上に座っていた剣八。 「おはようございます。良く眠れましたか?」 「あ〜、まぁな。こう五月蠅かったら寝てらんねえよ」 欠伸をしながら頭を掻いた。 「そうですね。元気な声です。ご飯が冷めてしまいますのでお早めに」 「おう」 次いでやちるを起こす。 「草鹿様、起きて下さい。朝ご飯が冷めてしまいますよ?」 「ん〜・・・まだねむぅい・・・」 「草鹿様のお好きな玉子焼きもございますよ?」 「甘いの?」 「はい、早く起きないと俺が食べてしまいますよ?」 「やぁだ〜!」 くすくす笑って起きるやちると一緒に居間へ行く。 「遅えよ」 「申し訳ございません。お茶を淹れて参ります」 と台所へ消える一護。 「お待たせしました」 人数分のお茶を置き、食事を始める。 「今日は辛子明太子か」 「お嫌いですか?」 「いいや」 「良かったです。俺は初めて食べます」 「ふうん・・・」 ご飯の上に一口分の明太子を乗せ口へと運ぶ一護。 「はふ!ん、美味しい・・・」 「良かったね!いっちー」 「はい、草鹿様今日の昼食はどうされますか?」 「ん〜?お弁当じゃないの?」 「いえ、昼間は少し暇なのでここで何か作ろうかと思いまして・・・。先日朽木様にパスタを作ると約束致しましたし、もし宜しければ更木様もご一緒にと思いまして」 「どうする?剣ちゃん」 「あん?どんな食いもんだよ」 「乱暴に言ってしまうと西洋の焼きそばみたいなものですか」 「へえ。面白そうじゃねえか。飯時になったら呼べ」 「はい!」 食事を終え、二人を送り出すとパスタの材料を買いに行く一護。 「えっと、パスタと、ベーコン、なす、唐辛子にトマト、玉ねぎ・・・。ん〜、阿散井様の分はナポリタンにしましょうか」 追加でウィンナーとピーマンを買った。 家に帰ると調理の前に料理の本を見て、作り方を頭に叩きこんでいく一護。 大鍋にたっぷりのお湯を沸かし、塩を入れパスタを茹でていく。茹でている間に二つのソースを作っていき、茹であがったパスタと絡めて出来あがった頃、丁度昼食の時間だった。 「間に合って良かった!」 額の汗を拭いながら、ふと思いついて、4人の分に目玉焼きを付けた。 「喜んで下さると良いな・・・」 伝令神機でやちるに連絡を入れると、 「じゃあ、びゃっくんとれんれんにもお電話入れとくね〜!」 と元気な声が返って来た。 居間の卓袱台にパスタの大皿を置いていく。 剣八とやちるには多めに、白哉と恋次、一護の分は普通の量にした。 「後はサラダですね」 シーザーサラダを用意してみんなを待った。 「たっだいま!いっちー!良いにおーい!お腹ぺこぺこ〜!」 「お帰りなさいませ。更木様、草鹿様。いらっしゃいませ、朽木様、阿散井様」 四人を居間へ案内すると、 「これか・・・?」 「はい、量が多いのが更木様と草鹿様の分です。こちらが朽木様で、阿散井様と俺の分です。お茶を持ってまいりますね」 「辛いのか・・・?」 「いっちーとれんれんの分同じじゃない?」 「あ、ほんとだ」 目玉焼きの乗ってない一護の皿のパスタもナポリタンの様だった。 アイスティーを持って来た一護。 「お待たせしました。先にお食べになって下さってよろしかったのに」 「頂きまーす!」 やちるの号令にみんなが食べ出した。 「おいしーい!いっちー美味しいよ!辛いけど!」 「良かった・・・!お口に合って」 「うむ。一護、これにたばすこを掛けるのか?」 「そうですね、お好みですけれど」 「ふむ」 「なんだありゃ?」 「タバスコと言う調味料です。トウガラシを酢と塩で漬け込んだ物です」 「まだ辛くすんのかよ、あいつ・・・」 「良いではないですか。更木様、お口に合いましたか?」 「おう、悪かねぇよ」 「よかったぁ・・・」 剣八の言葉に嬉しそうに頬を染める一護。 「なぁ、一護。あれそんなに辛いのか?」 「そうですね。この間のタコスくらいですか」 「うわ、俺これでよかった!」 「サラダも食べて下さいね。草鹿様も」 「はあ〜い!」 「御馳走さまでした!」 「お粗末様です」 全員が残さず食べてくれた。 「更木様、お口の周りが・・・」 「あん?」 少し赤くなった口の周りを一護が濡らした手拭いで拭いた。 「・・・!」 「あー!良いなぁ!剣ちゃんずっるーい!」 「草鹿様も・・・」 ツイッと伸ばされた手で拭いてやる。 「ん〜。ありがと!いっちー!」 最後に自分の口の周りを拭いた。 他の二人は流石に自分でやっていた。 「馳走になった。美味かったぞ、一護」 「おう!すげえな、お前」 「そんな!お口に合って良かったです!」 「目玉焼きも食せた」 何やら感慨深げに呟く白哉。 「朽木様、料理の基本は目玉焼きというそうです。上手く焼けて良かったです」 「そうなのか。料理人は出汁巻きが作れて漸く一人前と言う。同じものか」 「そうなのですか。朽木様は博識でいらっしゃる」 「おい、お前ら、昼休み終わるぞ・・・」 「やべ!じゃあな、一護。また菓子作れよ!」 「ではな」 と帰っていく六番隊の二人。 皿を片付けようと振り向くと、氷をガリガリ噛んでいる剣八が居た。 「辛かったですか?更木様」 「美味かったよ。言っただろ」 「そうでした。氷を齧っていらっしゃるので不安になりました」 「は!やちる!仕事場に戻んぞ!」 「え〜、もっといっちーと居たい!」 「勝手にしろ」 一人で隊舎に戻る剣八。 「草鹿様もお仕事に戻らないといけませんよ?」 「んー。じゃあいっちーがお皿全部洗うまで一緒に居ても良い?」 「それくらいなら、構いませんよ」 「わあい!」 台所で皿を洗う一護に話しかけるやちる。 「ねーねー、なんでいっちーとれんれんのパスタ一緒だったのー?」 「ああ、一人だけ別だと寂しいと思ったのと、草鹿様が辛くて食べられなかったら交換しようと思ったんですよ」 ピッピッと手の水気を切る一護。 「ふうん」 「さ、草鹿様。午後のお仕事頑張ってくださいね?後でおやつでも持って行きますので」 「やったぁ!なに?なに?おやつなぁに?」 「まだ内緒です。楽しみに待ってて下さいな」 「うん!待ってるからね!行ってきまーす!」 と漸く隊舎に戻ったやちるだった。 第17話へ続く 10/12/5作 心の傷に触れられた一護。鍋が冬の食べ物と知らない一護と突っ込まない二人。 剣ちゃんは二日酔いになりませんでした(笑) 初めて食べた辛子明太子。 みんなでランチでした。次はおやつです! |
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