題「恋する人形」13
 大急ぎで四番隊に駆け込み、卯ノ花を呼んでもらった一護。
一護の様子があまりにもおかしいので診察室に二人きりになった卯ノ花。
「何があったのです?そんなに慌てて・・・」
「あの!卯ノ花様!こ!これを・・・!」
そう言って死覇装の袷を開く。
「・・・どうしたのです、これは・・・?」
「わ、分かりません!お昼までは無かったはずなんです!午後の仕事中に疲れて貰い物の飴を舐めていたら寝てしまったそうで・・・。起きたらこう成っていました・・・」
泣きそうな顔で一気に言う一護。
「その飴でしょうね・・・。誰から貰ったのです?」
「あ、松本様です・・・」
「そうですか。身体に害は無いのですが、困った事にコレの解毒剤は十二番隊でしか作れないのですよ・・・」
「そんな・・・、ではどうしたら!」
困惑している所へ底抜けに明るい声が響いた。
「だったら楽しんじゃえば良いのよ〜!」
「・・・松本様・・・」
「ほらほら!可愛い着物も!洋服もあるわよ!お化粧もしちゃいましょ!ああ〜腕が鳴るわぁ〜!」
「嫌ですよ・・・」
言いかけている一護の腕を掴んで、
「じゃ、そう言う事で!一護連れて行きますね〜!」
「ええぇええ〜!う!卯ノ花様〜!」
どんどん小さくなる一護の声。
「・・・何事も経験とは言いますが・・・、少しやり過ぎですわね」
ふぅ・・と溜息を吐いていた卯ノ花隊長。

一護はと言うと十番隊に連れ込まれ、他のメンバー達も集まり一護を取り囲んでいる。
「うわぁ〜!可愛い〜!」
「肌が白いのでお白粉は要りませんね」
「口紅もピンク系が良いわよね〜。今より少し濃い感じで後はグロスで・・・」
なにも分からず揉みくちゃにされるがままの一護。
「着物はどうする?洋服?和服?メイド服もあるわよん!」
「冥土・・・?」
「そっちじゃない!知らない?こう言う服で「お帰りなさいませ!ご主人さま!」って言うのよ。更木隊長も喜ぶんじゃない?」
「・・・・・・」
一護は着せ替えの『人形』にされているみたいで居心地が悪かった。
「この女袴も良いわね〜!」
臙脂色の袴に矢絣の上着を着せられ憮然としている一護。
「あら・・・嫌かしら?じゃあやっぱりこのメイド・・・」
「メイド服も洋服も、俺は着たいとは言っておりません・・・!」
「一護・・・?」
「松本様、俺は貴女方の着せ替え人形ではありません・・・」
悲しそうに告げると、
「帰ります・・・」
と十一番隊に帰っていった。
「やっちゃった・・・!」
「一護君、やっぱり気にしてたんですね・・・」
「後で謝りに行きましょうよ」
「そうね・・・やり過ぎちゃったわね」

十一番隊。
「ただいま帰りました・・・」
隊首室の扉を開けると中の全員がどよめいた。
「俺の仕事がまだ残ってましたよね」
「あ、ああ。それよりお前その格好・・・」
「・・・」
黙々と書類を書いていく一護。身に纏う空気で怒っているのだと分かる。
「おう、帰ったのか一護。なんだその格好は?どうせ松本辺りにおもちゃにされたんだろ」
「良くお分かりで・・・」
「は!アイツ以外にこんな真似するヤツ居ねえだろ」
「そうですね・・・」
女の体になろうと態度を変えない剣八に一護は少し楽になった様に感じた。

纏まった書類を持って六番隊に行く一護。
「あ、待って僕も行くよ!」
弓親が付いて来た。
「そうですか?ではご一緒しましょう」
(こんなか弱い一護君に何かあったら卯ノ花隊長にナニされるか分かんないよ!!)

六番隊隊首室。
「失礼します」
といつもの様に中に入ると恋次が驚いている。
「な、何があったんだ!一護?」
その声に白哉も顔を上げ、少し驚いている。
「松本様に頂いた飴でこうなりまして・・・」
肩を竦めて告げる一護。
「ああ〜、あの人も良くやるよなぁ・・・」
ご愁傷様、と言われた。
「で、お前その身体で仕事すんのか?」
「いけませんか?」
「いや、お前は良くても他の隊士が困んじゃねえの?いきなり女になりました〜って言われてもよ?」
「そうですねぇ、卯ノ花様に相談してみます。ご助言ありがとうございます」

仕事も終わり、自分の部屋へ帰る一護が卯ノ花の元を訪れた。
「あの卯ノ花様、少しお話があるのですが・・・」
「なんです。一護」
「あのですね、俺がいきなりこんな身体になってしまって十一番隊の方達に迷惑を掛けはしないでしょうか?」
「・・・そうですわねぇ・・・。身体が元に戻るまで休ませてもらうのはどうですか?ああ!それが良いですわ。そんな体では危険ですものね」
「そうですか?」
「ええ、きっと今の貴方はか弱い女性と同じですからね。更木隊長の所で寝泊まりすると良いのではないかしら?」
「更木様の所・・ですか?!」
「ええ、あの方は十一番隊の敷地内に私邸をお持ちでやちるちゃんと住んでいるのですよ」
「そうなのですか」
「ええ、更木隊長の傍でしたら安心ですわ!さ、そうと決まれば善は急げ。一護、用意なさい」
「用意?」
「更木隊長の家に泊まる用意ですよ」
「良いのですか?まだ了承も頂いておりませんのに」
「貴方が心配することではありませんよ」
そう言われ部屋に行き、着替えやその他の荷物を纏める一護。
「用意出来ましたか?さあ行きましょう」
と二人で剣八の私邸へと向かった。

剣八の私邸。
卯ノ花隊長に連れられて一緒に来た一護は玄関を見上げて不安そうにしている。
「大丈夫ですよ一護。更木隊長は必ず承諾してくれますよ」
と呼び鈴を押した。
のそりと大きな影が玄関の磨りガラスの向こうに現れた。ガラリと開けられる戸。
「なんでぇ、なんの用だ、こんな時間によ・・・」
玄関の柱に寄りかかり、出迎えた剣八が質問する。その後ろにやちるも居た。
「ええ、一護の事なのですが、この様な体になってしまったのではこの子の身が危険ですからお願いがあって来ました」
「お願いだぁ?」
「ええ、一護の身体が元に戻るまでの間、この子を預かってほしいのです」
「俺の所にか?」
怪訝な顔をする剣八。
「はい、一番安全でしょう?」
ハラハラしながら見守る一護。暫く何かを考える剣八が、
「しゃあねえな」
の一言で了承すると喜ぶやちる。
「やったぁ!いっちーがうちで一緒に暮らす!わ〜い!」
「良かったですね一護」
と言い残し帰っていく卯ノ花。残された一護は、
「あ!あの、ふ、不束者ですがよろしくお願いします!」
と慌てて頭を下げた。その姿に苦笑しながら、
「・・・お前それ嫁に来るヤツが言うんだぞ」
と教えてやった。
「えッ!」
「わ〜い!いっちーがお嫁に来た〜!」
すっかり有頂天のやちる。
「いっちーのお部屋はあたしのお隣ね〜」
と手を引っ張られて連れて行かれた一護の後を首の後ろをガリガリと掻きながら付いていく剣八。
「ここだよ!」
「よろしいのですか?」
「ああ、どうせ俺達二人っきゃ居ねえんだ。好きに使え」
「ありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
どさり!と荷物を置く一護。
「申し訳ありませんが今日は色々とあったので早々ではありますが床に着かせて頂きます」
「おう、まぁ明日っからお前は休業だからな、体は休めとけよ」
「はい。ではおやすみなさいませ、更木様、草鹿様」
ぺこり、とお辞儀をして部屋の押し入れから蒲団を敷いて眠った一護。
蒲団はあまり使われた事が無いのだろうか、少し湿気ていた。明日干そうと思いながら深い眠りに就いた。

剣八達の所での生活・一日目。
翌朝、やちるに起こされた一護。
「おっはよう!いっちー!ご飯食べよ〜!」
「ん・・・、おはようございます・・・草鹿様」
むっくり起き上がると伸びをして着替える一護。やはり男物の着物では袖が長くなっていて少々不便だなと思いながらやちるの後に着いて歩く。
居間に着くと既に朝食の用意がされていたが、どう見ても店屋物だった。
「あの、いつもこういうお食事なのですか?」
「ん?そうだよ〜。あたしも剣ちゃんもお料理しないもん」
「あの、差し出がましい様ですが、もしよろしければ俺がお食事の用意をします」
「え!良いの?いっちー!」
「はい、俺の取り柄は治療と下手な料理ぐらいです。このまま御厄介になっている間だけでも何かさせてください」
「いっちーのご飯は美味しいよ!嬉しいな!嬉しいな!あたし剣ちゃん起こしてくるー!」
勢いよく部屋を飛び出して行くやちる。
その間に一護はお茶の用意をするべく台所に向かった。

「起きてよー!剣ちゃん!もう朝だよ!ごっはっん!」
「もちっと寝かせろ・・・」
「いっちーも待ってるよ!早くね!」
ああ、そうだ。昨日の晩からあいつがこの家に居るんだった・・・。
「くああぁあ・・・やれやれ起きるか・・・」
のっそりと起き、廊下を歩いていると香ばしいお茶の香りが漂っていた。
「あん?」
スラッと居間の障子を開けると一護が3つの湯呑みにお茶を注いでいる所だった。
「おっはよー!剣ちゃん!」
「おう」
「あ、おはようございます!・・・更木様・・・?」
「なんだその疑問形は」
「あ、失礼しました。髪を下ろされている所を見たのは初めてだったもので」
「そうだったか?まあいい、茶」
「どうぞ」
コトリと湯呑みを置く。
ずず、とお茶を飲む剣八が、
「美味いな・・・」
と呟いた。
「本当ですか?!」
「あ?ああ、飯食うぞ」
「はい」
各々食事を終わらせ剣八が一護に聞いた。
「お前今日からどうすんだ?」
「そうですね・・・、解毒剤があればすぐにでも戻れるそうなんですが、如何せん十二番隊でしか作れないお薬だそうで・・・」
「はぁん、それで?」
「放っておいても元に戻るとの事ですので、申し訳ありませんがそれまで御厄介になります」
「別に構わねえよ、俺は。やちるも懐いてるみてえだしな」
「うん!ずうっと居ても良いよ!いっちー」
「そう言う訳にもいきませんよ。あの、それでですね、御厄介になっている間は俺がお食事の用意などをさせていただいても良いですか?」
「あー。良いんじゃねえの、別に。俺は朝にパンは食わねえぞ」
「分かりました、気を付けます」
その後着替えて二人は出勤していった。

玄関先で二人を見送る一護。
長い袖で指先が見えるか見えないかで隠れていて、その姿は剣八から見ても愛らしかった。


第14話へ続く




10/11/16作 プチ同棲の始まりです!

ドール・ハウスへ戻る