題「恋する人形」10
 隊舎に戻ると一角から書類を渡された。
「悪いけどよ、急ぎでこいつを六番隊まで持って行ってくんねえか?」
と頼まれた。
「構いませんよ。行ってまいります」
「朽木隊長に直に渡してくれよ!」
「分かりました」
と六番隊へ向かう一護だった。

六番隊。
書類を持ってきた旨を伝えるとすぐに通してもらえた。
綺麗に磨かれた廊下を歩いていると、ふわふわと黒い蝶が外を飛んでいた。
「黒い蝶・・・美しいですね」
すい・・・、と指を差し出すとフワリとその指先に止まった。
「軽い、それに少しくすぐったいですね」
顔に近づけても逃げる様子は見られない。不意にふわっと羽ばたくと一護の髪に止まったきり動かなくなった。
「ま、良いですよね」
とそのまま隊首室まで歩いていった。
途中何人かが微笑ましそうにくすくす笑っていたが一護は気付いてもいなかった。

隊首室。
「失礼致します。十一番隊から書類をお持ち致しました」
「入れ」
「失礼します」
中に入ると真っ直ぐ隊長である白哉の机の前まで進むと書類を差し出した。
「こちらをお持ちしました。よろしくお願いします」
「うむ」
「おい、お前頭に何くっ付けてんだ?」
と恋次が呆れたように声を掛けた。
「は?ああ、この蝶ですか?先程廊下で気に入られたようで・・・。邪魔でも無いのでいいかなと」
「て、それウチの地獄蝶じゃねえかよ。また理吉の奴か・・・」
「この子は六番隊の子なのですか?」
「ああ。ったく地獄蝶の世話もできねえのか」
とぼやいていると廊下から、
「どこいったんだ〜!可愛い女の子が待ってるよ〜」
と声が聞こえて来た。
「理吉ぃ!お前の探してる地獄蝶ならここに居るぞ!」
「ええ!そんなぁ!」
と入って来た青年は片手に蝶のオモチャ、片手に網を持っていた。
一護の頭で休んでいる蝶を見つけると思い切り網をかぶせて来た。

ひらり

と逃げる蝶。網を頭から被らされた一護。
「痛・・・」
「ああ!すいません!あ〜!逃げるなよ〜!」
バタバタと追いかける理吉に一護が、
「あの、そんなに追いかけると怯えてしまいますよ?」
「でも掴まんないんだからしょうがないじゃん」
「乱暴に追いかけられればどんなイキモノも逃げてしまいます」
すっ、と手を翳すとその指の周りを旋回し、ふわりと止まった。
「いい子・・・」
「へえ、やるじゃねえか」
「恐れ入ります。この子達はどうしてここに居るのですか?」
「あん?地獄蝶は伝令用やら穿界門を通る時とかに使うんだよ」
「・・・こんなに小さい体なのに・・・、大きなお役目を持っているのですね・・・」
そんな事を呟くと理吉の手に蝶を止まらせた。
「では俺は失礼致します」
「お、おお。御苦労さん」
ぱたん、と戸が閉まる前に蝶が飛び立ち、外に逃げた。
「あ!」
「お前な・・・」
「貴様ら、さっさと仕事に戻れ・・・」
「「は、はい・・・!」」

その頃の蝶は・・・?
ふわ、ふわと飛んでは一護の後ろを付いて飛んでいた。そして、また髪に止まって動かなくなった。
そのまま隊舎へと帰った一護は剣八に言われるまで気が付かなかった。
「おい、頭に何くっ付けてんだ?お前」
「え?」
「おや、地獄蝶ですね。どこの子かな?」
「あ、多分六番隊かと・・・」
「ああ・・・」
「まるでリボンみたいで可愛いよ」
「女性じゃないですよ?ほら、もうお帰り?心配してるよ、きっと」
ふわん、ふわん、と名残惜しそうに一護の周りを飛び回ると窓から出ていった。

それから一週間後。
大分料理が出来る様になった一護。明日は非番だと言う事でやちるを朝食に誘ってみた。
「あの、草鹿様」
「なあに〜?いっちー」
「あの、俺明日非番なんですけれど、よろしかったら朝食をご一緒しませんか?」
「え!いいの!?うわぁ!うわぁ!嬉しいな!楽しみ〜!」
「草鹿様は明日もお仕事ですよね」
「うん!」
「では7時頃に俺の部屋に来て頂けますか?」
「うん!約束ね!指切り!」
「はい」

指切りげんまん、嘘付いたら針千本飲〜ます!指切った!

「えへへ!剣ちゃんには内緒ね!」
「良いですよ」
仕事が終わると一護は買いだしに出掛けた。
朝食の分とお弁当の分の食材を買い求めた。
「お弁当は更木様もお誘いしましょうか・・・。そうなるとこのお弁当箱じゃ足りないですね・・・」
少し悩んで一護は卯ノ花隊長に相談しに行った。
「卯ノ花様、少しよろしいでしょうか?」
「なんです?珍しいですね」
「はいあの、明日草鹿様や更木様とお弁当を食べようと思うのですが大きい器が無いもので・・・」
「でしたら、良いものがありますわ。こちらへ」
と促され付いていく。
出されたのは大きな三段重ねの重箱。
「これなら十分入るでしょう。私はもう使いませんし、貰ってくれますか?」
「良いんですか?ありがとうございます!」
嬉しそうにお礼を言う一護。
「料理は上手くなりましたか?」
「えと、焦がさなくなりました」
照れくさそうに答える。
「そうですか。では明日は頑張ってくださいね」
「はい!」
部屋に帰ると朝食とお弁当のメニューを散歩しながら考えようと外へと出た。

既に日は沈み、とっぷりと暗くなっていた。
「何が良いでしょうか・・・、お弁当はおにぎりですよね・・・」
とぶつぶつ言いながら歩いていると誰かとぶつかった。
「痛ってえな!どこに目え付けてんだ!コラァ!」
「申し訳ありません。お怪我はございませんか?」
と心配するも相手は聞く耳持たず怒鳴り散らすだけだった。良く見ると顔が赤く、酒臭い。酔っ払いだ・・・。
(困ったなぁ・・・)
などと暢気に考えていると後ろから、
「何をしている・・・?」
と静かな声が聞こえた。振り向くとそこには散歩中であろう白哉が立っていた。
「ひっ!朽木隊長!いえ!あの!こいつが絡んで・・・!」
「は?」
「ほう・・・。素面の人間が酒に酔った人間にな・・・」
「う・・・っ!」
「消えよ・・・。酒の上の事・・・気が変わらんうちにさっさと去ね!」
「ひぃい!」
慌てて走り逃げる男。どこかの隊士だったのだろうか?
「あ、あの、ありがとうございます」
「・・・目障りだっただけの事・・・気にすることでもない」
落ち着いて見てみると今の白哉は仕立ての良い着物ではあるが普通の着流しでいつも付けている髪飾りが無かった。
「ああ、それで・・・」
「なんだ・・・」
「あ、いえ、朽木様はお若いんだなと思いまして・・・」
「・・・老けてもおらぬ」
「そうですね、申し訳ありません。お散歩ですか?」
「夜の散歩は趣味なのでな」
「そうですか。良いものですよね。昼間とは空気が全然違う・・・。俺も夜の散歩は好きです」
「そうか・・・」
「はい。もう夜も遅いですね。お先に失礼致します。朽木様も夜の風は余り身体には良くないので冷えないうちにお帰り下さいね」
軽くお辞儀をしてその場を後にし自分の部屋へと帰った一護。
「朝はパンにしよう。お弁当は、お野菜も入れないと・・・」
と献立を組み立て明日に備えて眠りに落ちた。

翌朝。
いつもより早めに起きた一護は早速料理に取りかかった。
色んな野菜が入った鮮やかな野菜スープをコトコト煮込んでいると声を掛けられた。
「いっちー、おはよ〜」
「おはようございます草鹿様。もう少し時間がかかりますので俺の部屋でお待ちください」
「ん〜ん、ココで良い!」
にこにこと笑いながら一護の後ろ姿を眺めていた。
「そうですか?」
コンロに向き直ると目玉焼きを焼き始めた。じゅー、じゅーと良い音と良い匂い。二つの皿に取り分け、ボイルしたソーセージを添える。隣りに蒸かしたジャガイモにたっぷりとバターを染み込ませた。
次にグリーンサラダを作り、ツヤツヤきつね色のバターロールと飲み物を用意して完成!
「うわあ・・・!美味しそう・・・!あたしこんなの初めて!」
「さ、俺の部屋で食べましょう」
「うん!」

一護の部屋に着くとオレンジジュースと出されたメニューを全て平らげたやちる。
「美味しかった〜!!御馳走様!いっちー!」
「お粗末さまです。あ、後でお弁当もご一緒しませんか?」
「本当!わあ!楽しみに待ってるからね!」
と身体中で喜びを表しながら出勤していった。

隊舎。
「おはようございます、副隊長。今日は隊長とは別行動ですか?」
「うん、まあね!」
いつもよりにこにこ笑っているやちるに何か良い事でもあったのだろうと思っていると、一角と剣八が出勤してきた。
「おっはよ!剣ちゃん!つるりん!」
「おお、早いじゃねえか、どこ行ってた?」
「ん〜?いっちーの所!」
「ほお・・・」
「あのねー今日ねー」
「はいはい」
弓親が相手をする。
「いっちーと朝ご飯食べたんだー!」
「・・・・・・」
誰も気づかなかったが剣八の頬が引き攣った。
「すっごくすっごく美味しかったのー!あたしパンの朝ご飯なんて初めて!」
「へえ、どんなのが出て来たんですか?」
「えっとねー。お野菜のスープでしょー?葉っぱのサラダでしょー?リンゴ入ってたんだよ!丸いパンと目玉焼き!」
「豪華ですね」
「まだあるの!目玉焼きにはソーセージと蒸かしたジャガイモにバターたっぷり付けてくれたの!おなかいっぱい!」
「良かったですねぇ」
「うん!後でお弁当一緒に食べるんだよ!!」
「おや、うらやましい。ねえ?一角」
「おお。めっちゃ良いモン食って来たんだな〜。俺も誘えよな」
「やーだよ!あたしの食べる分が減るじゃん!」
「言うと思ったぜ」
そして仕事や稽古などをしているうちにお昼となった。

隊舎に現世で買った洋服姿の一護がやって来た。ピッタリしたTシャツに細身のGパン。
「草鹿様、いらっしゃいますか?」
「いっちー!お弁当持ってきてくれた〜?」
「はい、このとおり」
大きな重箱を掲げる。
「やったー!剣ちゃんも一緒に食べよ!」
「あ?」
「よろしかったらいかがでしょうか?お口に合うと良いのですが・・・」
「合うよ〜。いっちーのご飯おいしいもん!」
「ありがとうございます」
やちるの頭を撫でる一護。
「良いお天気ですし、外で食べませんか?」
「わ〜い!お花見みたーい!」
庭の一番大きな木の下に敷き物を敷きお重を広げて行く。

お重の中身は、一の重がおにぎり。二の重いっぱいに鶏のから揚げ。三の重に玉子焼き、ピリ辛きんぴらごぼう、海老フライ、いんげんの胡麻和え、タコさんウィンナーが所狭しとグリーンレタスで仕切られ詰められ、目にも鮮やかだった。
お茶を用意し、一緒に食べる。
「前よりさまになってんな」
おにぎりを食べながらポツリと言う剣八。
「お口に合いましたか?これでも毎日練習してるんです」
「ふうん」
お重の中身は綺麗さっぱり無くなった。食事が済むと帰ると言う一護。
「え〜!!帰っちゃうの〜?」
「はい、これから卯ノ花様のお手伝いを致しますので」
「なんのお手伝い?」
「今日はお花の会なので、そこで使う花を運んだりですよ」
「あたしも行く〜!いいでしょ!剣ちゃん!」
「あ〜。てかいつも菓子食いに行ってんじゃねえか・・・」
「やった!行こ!いっちー早く行こ!」
「あ、はい」
お重を片して剣八に挨拶するとやちるに手を引かれる一護。
「あ、更木様失礼します」
「おお」
程よく満腹なり、木陰にいると眠くなった剣八はそのまま目を閉じた。

30分後。
目を覚ました剣八は眠気覚ましに散歩に出た。
「あん?」
目の前からわさわさと花の塊が歩いてくる。ひょこひょこ見える橙色の髪で一護だと分かった。
「おい。お前、前見えてんのか?」
ひょこ!と顔を出す一護。
「あ、更木様。大丈夫です、まだぶつかっておりません!」
どこか誇らしげだ。
「まだって・・・。これからぶつかるんじゃねえのか?」
「そんなこと・・・」
ない。と言いかけていると、手に持っていた花束が取り上げられる。
「あの・・・?」
「どこまで持ってくんだ?」
「四番隊ですけれど・・・」
「危なっかしいから持ってやるよ」
「そんな!更木様のお手を煩わす事では!」
「置いてくぞ」
「あ・・!」
慌てて追いかける一護。

四番隊に着くと、
「ほれ、ここまで来りゃいけんだろ」
バサッと花束を渡される。
「あ、ありがとうございます」
「ふん」
背を向けた剣八が立ち止まり声を掛けた。
「礼がしたいなら今度酒のつまみ作れよ。きんぴら美味かったぞ」
「はいっ!」
どさくさに晩酌の約束を取り付けた剣八だった。


第11話へ続く





10/11/06作 六番隊の人達が出張ってますね。一護は命に対して並々ならぬ羨望があるんですよ。
元は人形だから、自分はイキモノでは無いって言うコンプレックスが強いんです。
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