題「恋する人形」1
 とく、とく、とく。
ああ・・・、胸が震える・・・。今日もまたあの人が来た。
今日はどんな怪我をしたのだろう?あまりひどくなければいいけれど。
あの方は良く怪我をなされる。なのにそれを楽しんでいるようで、俺の持ち主の卯ノ花様はお怒りだ。

 俺は四番隊隊長・卯ノ花 烈様が持つビスク・ドール。

俺が初めてはっきりと意識を持った時に見たものは、血まみれのあの方だった。
それまでも、周りの音や声、気配は分かっていたけれど、あんなにはっきりと分かったのは初めてだった。
ビリビリとこちらがひび割れてしまうのではないかと思うほどの霊圧が辺りを満たしていた。
なのにあの方は笑っておられた。
卯ノ花様は呆れながらも治療しておられた。いつ来てもあの方は怪我をしていて、なのに笑う。時には怒っていたり、機嫌が悪かったり、くるくると感情が溢れてただ見ているだけの俺でさえ芽生えたばかりの心が揺さぶられる。

ああ・・・、なんてすごい生命力・・・。羨ましい、俺も人間になりたい。傍に行きたい。声を聞いて、話がしたい・・・。
名前を呼びたい。動かない俺のこの口では無理な事・・・。だけど、ああ・・・、名前を呼んで、言葉を交わしたい。
この気持ちは一体何だろう?ああ、あの方が診察室に入って来た。

 心地よい霊圧。今日はそんなにひどい怪我じゃないようだ。良かった。
俺の張り付けられた笑顔の笑みも、もっと深くなった気がした。実際そんな事はないのだけれど・・・。
俺の顔はいつも笑っている。骨董品屋で卯ノ花様が俺を見つけて下された。俺の笑顔を気に入られた。

『この子の笑顔ならきっと皆さんを和ませられるでしょう』と大事になさってくれる。

ああ・・。ごめんなさい、卯ノ花様。俺はみんなよりあの方一人を和ませたいです。

「おう、卯ノ花、邪魔すんゼ」
「どうぞ、またですか?あまりお怪我はなさらないでくださいな」
「任務なんだからしょうがねえだろうが」
「貴方はそれを楽しんでおられるようですが?更木隊長」
「ふん、俺の首が取れるヤツなんぞ居ねえからな。ハンデだよ」
「まったく・・・」
卯ノ花様が怒ってる・・・。俺も心配だ。

更木様・・・、ここに来てくれるのは嬉しいです。けれどお怪我をされると俺は辛いです。だって俺は動けない。何にも出来ないのだから・・・。貴方の包帯を替える事も、何も・・・。俺のこの動かない笑顔は貴方を癒せていますでしょうか?

「ん?なんだ、卯ノ花お前人形飾るシュミあったのか?」
「ええ、可愛らしいでしょう?」
一護の顔を覗きこむ剣八。
「まぁな、なんでコイツの目こんな光ってんだ」
一護に填められたガラスの目。いつもは茶色い無機質な光をたたえているが、剣八がこの部屋に来ると感じが変わる事に卯ノ花は気付いていた。
冷たいガラス玉が、剣八を映す時は温かい、とろりと溶けた蜂蜜の様な色と光を宿すのだ。
「あら、気付かれましたか?貴方が来ると喜ぶ様で、でも心も痛めている様ですわ」
「はあ?」
「うふふ。この人形の目は何色に見えますか?」
「あ?蜂蜜みてぇだな」
「いつもは茶色なんですよ」
「ふーん、まぁ良いや。邪魔したな」
「いえいえ、またどうぞ」
「コイツに会いに来いってか?」
ツン!と一護の頭をつついて帰る剣八。

 卯ノ花様、気付いてた!?
「うふふ、良かったですわね一護。更木隊長も貴方を可愛いと思っている様ですわね」
俺は人間だったらきっと真っ赤になっていただろう。でも俺の顔はいつもと同じで白いままだ。ああ、どうしたら人間になれるのだろう・・・?
何故ですか?気味が悪くないのですか?卯ノ花様・・・。

「一護、器物には百年経つと命が宿ると言われています。それを付喪神と言うのですよ、貴方を作った方の想い、魂、そして大事にしていた方々の想い、それらが今の貴方に意識と命をくれたのでしょう」

尊いことです。と卯ノ花様は優しい笑顔で俺の髪を撫でて下さった。

付喪神・・・。それになると動けるようになるのだろうか?喋れるようになるのだろうか?だったら・・・!早く!早くなりたい!
あの方のお目に留まりたい、お話をしたい、出来うる事なら、傷の治療をこの手でしたい・・・!
今は固くて冷たいこの手も、きっと柔らかく、温かくなるに違いない。
ああ・・・更木様・・・、俺は貴方のお役に立ちたいのです・・・。


その日の深夜に診察室に何者かが侵入した。

誰だ?!泥棒?

「おんやぁ〜?君ですか?アタシを呼んだのは?」
変な帽子を被ってゲタを履いた男が一護の前に立った。

俺はお前を知らない、呼んでない。

「でも心の中で願ったでしょう?人間になりたいって」
そんな話をしていると卯ノ花隊長が診察室へ入って来た。
「貴方は!浦原!何用です?」
その問いに男は、
「今のアタシは浦原じゃないですよ♪魔法使いウラハラーンです☆」
「何を馬鹿なことを・・・。何しにここへ?」
「いえね?この子があんまり強い願いを持っているもので、呼ばれちゃったんス」
「願い・・・」
「ええ、人になりたいと言うね」
「それで、貴方はそれを叶えるためにここへ来たのですか?」
「そっす!こんなに健気で純粋な願いは初めてですからね!」
一護の前に膝を着き、顔を覗きこむ浦原。
「貴方を人間にしてあげましょう。それで君の恋が叶う訳じゃあない。それでも?」
こく、と一つ頷く一護。
「良いでしょう。その代わりに君のその美しい笑顔をいただきますよ」
と・・・。
「待ってください!その子の笑顔でたくさんの人が癒されているのですよ?」
「でもこの子の望みは人になること、そして一人の男に心奪われている・・・」
卯ノ花も知っている。一護は剣八に焦がれていると・・・。
「分かりました・・・。私もこの場に居ます。人になった一護に色々と教えなければいけませんからね」
「そうっすね〜」
そうしてビスク・ドールだった一護は卯ノ花が見守る中、ウラハラーンの魔法で人間になった。

その美しい笑顔と引き換えに・・・。


第2話へ続く



10/02/04作 第132作目です。これから一護はどうなるのか!



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