題「ORANGE・TAIL」
 その日は雨が降ってた。俺は茂みの中でかーちゃんに寄り添って、乳に吸い付いてた。

かーちゃんは痩せっぽっちで、俺も痩せっぽっち。あんまり狩りが上手くないかーちゃんはあんまりお乳が出なかった。
それでも俺は、何にも出ないそこに吸い付いてるだけでも安心できた。
だって、かーちゃんはあったかいし、かーちゃんの匂いがした。それに胸からはいつも音が聞こえてた。
でも、かーちゃんはいつも俺の毛皮を舐めながら、
「ゴメンね一護、何にも出なくて・・・。せめてネズミでも捕れたら良いんだけど」
って言うんだ。
「そんなこと無い、かーちゃんが居てくれるだけで良い。あったかいし、安心する」
「一護・・・」

かーちゃんが狩りに行く時、俺は茂みの中で落ち葉や葉っぱの下に隠される。毛皮が目立つからだって言ってた。
「一護に何かあったら、母さん生きていけないわ」
って言ってたから、俺はいつも息を潜めてかーちゃんが帰ってくるのを待つ。
かーちゃんは俺の前にも子供を産んでるけどみんな育たなかったって言ってた。人間に連れてかれたり、野犬に食べられたって悲しそうに言ってた。

早く大きくなりたいな。俺が大きくなって獲物をたくさん捕って、かーちゃんにお腹一杯食べさせてあげるんだ。

かーちゃんが狩りから戻ってきた。俺は帰った来たかーちゃんに飛びついて、目一杯擦り付いた。
「ただいま、一護。今日は少し食べれたの、お乳が出ると良いわ」
と言って俺を抱き寄せた。ちゅっちゅっと吸い付くといつもよりはお乳が出て俺は少し眠くなった。
「ふふ、おねむなの?一護。もっとこっちへいらっしゃい、冷えて来たわ」
「うん、かーちゃん、あったかい・・・。かーちゃん、俺早く大きくなるね、そんでかーちゃんにいっぱいたべさせてあげる・・・」
むにゅむにゅ言いながら一護は母のお腹に潜り込んだ。
「一護、いい子ね・・・ありがとう・・・」
でも、そんな日は訪れなくなった。今日、この日に・・・。

「一護、起きて!化け物が出たわ!逃げるのよ!」
俺はかーちゃんに咥えられて、茂みから逃げていた。
かーちゃんの後ろからは、恐ろしげな声が聞こえてきては、近付いて来てた。かーちゃんは必死で逃げるけど俺が重くてすぐ息が上がってた。
「かーちゃん!俺が居たら追いつかれちゃう!離して良いよぅ!」
かーちゃんは何にも言わないでずっと走ってた。
「かーちゃん!かーちゃん!」
目だけで後ろを見ると怖い大きな化け物が爪を振りあげてる所だった。

ドッ・・・!ざしゅ・・・

嫌な音が聞こえた・・・。かーちゃんが息を詰めるのが分かった。よろよろと茂みの中に入っていって俺を身体の下に隠した。
「かーちゃ・・・」
「しずかに・・・」
かーちゃんは化け物が居なくなるまで、静かにと言った。やがてそいつは居なくなった。
「かーちゃん、アイツ居なくなったよ。・・・かーちゃん?」
「・・・い、ちご、怪我はない?どこも痛くないわね・・・?」
「う、うん、痛くないよ、でもかーちゃんは、せ、背中・・・!」
「良いの、あなたがぶじなら、かあさん、なにもいたくないわ・・・」
ごぼっ!とたくさんの血を吐いてかーちゃんはそう言った。
「かー・・・ちゃん・・・」
それきり動かなくなった。俺は急いでかーちゃんの身体の下に潜り込んだ。まだあったかい。まだ音がする。大丈夫だ。
でも、胸の音はどんどんゆっくりになって、やがて聞こえなくなった。あったかい身体は、少しずつ冷たくなっていった。
「かーちゃん・・・?寝てるの?起きないの?寒いよ?起きて・・・?」
俺は鳴きながらぺろぺろ毛皮を舐めたけど、かーちゃんは起きてくれなかった。

その日から、2回太陽が昇った頃、変な奴らが来た。
黒い服に、長いモノを持ってた。その中の一人が凄く大きくて頭から棘が生えてた。
「変なの・・・」
俺はかーちゃんを起こそうとしたけどやっぱり起きなかった。次の日のかーちゃんは冷たくて固くなってた。今日は柔らかいけど嫌な臭いがしてた。かーちゃんはいつも良い匂いなのに・・・。
「ぴゃー・・・、ぴゃー・・・」
「なんか聞こえますね?」
「あん?猫だろ、ほっとけ。それより虚はどこにいんだよ」
「知らせだとここら辺に出たんですけどねぇ」
等と話していると、あの化け物の鳴き声が響いた。
「奴っこさん、やっとお出ましだぜ」
「お出ましだね!剣ちゃん!」
頭に棘の生えた奴の肩に小さい子供が居た。化け物が近くまで来ると肩から下りて、
「いえー!剣ちゃん頑張れー!」
と言っていた。その人間はすぐに化け物を切り殺して消した。俺とかーちゃんを永遠に切り離した化け物を・・・。
ぼーっと見てたら、小さいのが俺を見つけた。
「あー!剣ちゃん、こんな所に仔猫がいるよー」
「あー、そうかよ」
「あ・・・、死体もある・・・」
「うん?」
でかいのが覗きに来た。俺はかーちゃんを護ろうと必死で威嚇した。
「シャーッ!シャーッ!フゥー!フッ!カーッ!」
尻尾を膨らませて、近付けない様にした。
「面白ぇな、俺を威嚇するとはな」
俺はかーちゃんの身体を隠すようにもっと毛を逆立てた。
「お前の親か・・・、諦めろ、もう死んでる・・・」
「うぅ〜!みゃあぅう〜!シャッ!カーッ!」
ガリッと引っ掻いてやった。血が滲むそいつの手。でもそいつは逃げるどころか笑って俺を摘まみあげた。
「気に入った・・・。こいつ連れて帰るぞ」
「え、良いですけど・・・。珍しいですね」
「ほれ、俺に傷付けやがったぜこいつ」
「みぎゃー!ふぎゃー!」
と暴れる俺にかまうこと無く俺をどこかへ連れていった。

連れて行かれた所で俺は何やらあったかい水に入れられた。
「みゃー!みゃー!」
「嫌がんないの!君、泥と血だらけじゃないか!綺麗にするんだから大人しくするんだよ!」
って白いもこもこする目に入ったら痛いモノで俺を洗い始めた。
「みゅうー!みゅあー!みゅあー!」
俺はかーちゃんを必死に呼んだけど、だけど、やっぱり来なかった。でかいのの言う通り、死んでるんだ。俺が居たからかな?
お湯を掛けられ、布で拭かれた俺はでかい男の所に連れてかれた。
「おう、終わったか。派手な猫だな・・・」
「綺麗でしょ?でもこの子、痩せすぎですよ・・・」
「まぁ、あんなトコに居たんじゃな・・・。親もがりがりだったじゃねえか・・・」
「そう、ですね・・・」
その日から俺はそこで暮らす様になった。
みんな俺の事を呼びたいように呼ぶ。
「おい、ちび」
「みかん色」
「こはく」
俺は一護ってかーちゃんに貰った名前があるのに、人間には伝わらないんだな。

その日俺は散歩に出掛けた。塀の上をとてとて歩いてたら、声を掛けられた。
「お主見かけん猫だな」
振り向くと大きな狼の人が居た。
「きゃ!だれ?だれ?かーちゃん!かーちゃん!」
「落ち着け、危害は加えん。どこの子猫だ?名は?」
「おじちゃん、俺の言葉が分かるの?俺は一護って言うの。こないだここに連れて来られたの」
「そうか、一護か。どこに住んでいるのだ?」
「知らない、頭に棘があるヒトのとこ」
「十一番隊か・・・」
「あー!狛むーと猫ちゃんだ!」
「草鹿か、こ奴は一護という名前だそうだ」
「いちご?お名前あったんだぁ」
「みゅー」
「母に貰ったそうだ」
「お母さん・・・、あそこで死んでた猫?」
「みゅあ〜・・・」
「そのようだな・・・草鹿よ、一護はな、どうしてここに連れて来られたか分からんで戸惑っておる・・・。お主らが敵ではないと教えてやれ」
「うん、分かった!いっちー!帰ろ!」
とやちるは一護を抱き締めると隊舎へと帰って行った。

隊舎。
「というわけなの」
「そうなんですか、一護、か。これで呼び名が統一出来ますね。僕は弓親、改めてよろしくね一護」
「俺は一角だ、お互い一の字が付く者同士仲良くしようぜ、一護」
「一護、か。ま、名前があって良かったじゃねえか。俺は剣八だ」
剣八は指先で俺の頭を撫でてくれた。
なんだか俺はやっと安心できた気がした。


第2話へ続く




09/08/18作 第110作目です。


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