題「看病」
 剣八が記憶喪失になった。―俺にも原因の一旦はある。

事の起こりはいつものように始まる剣八の気まぐれの追いかけ合い。
やれ「斬り合え」だの、「殺し合い」だの大声で叫んでは俺を追いかけ回した。
当然俺は嫌だから、逃げる。

 逃げて逃げて、瀞霊廷中を駆けずり回った。こういう時いつも悩む・・・。俺はあいつにとって何なんだろうと・・・。
身体を重ねていても恋人じゃないのかな?俺の中じゃ恋人の位置に居るのに・・・。なんか空しいな。

そんな事を考えて走りまわって目の前の曲がり角を曲がって、目眩ましのつもりですぐに引き返し、逃げようとした。

でも、危うく剣八とぶつかりそうになった。お互いびっくりしたんだろう。避けようとして剣八が頭を塀にぶつけた。
「ぐっ!」
「お、おい、剣八?」
剣八はそのまま倒れて動かなくなった。頭を打ってるから不用意に動かせなくて、通りかかった奴に四番隊の卯ノ花さんを呼んでくれと頼んだ。

四番隊に運ばれ、ケガを治されても剣八は目を覚まさなかった・・・。
「何があったんだよ!」
知らせを聞いて一角達が一護に詰め寄った。
「いや、あの、いつもの追いかけ合いだったんだけどよ・・・。運悪くつーか、塀に頭ぶつけたんだよ」
「で、それから起きないのかい?」
「ん、まあ・・・」
「あまり皆さんでいじめないであげて下さいな。いつも追いかけ回されて迷惑されているのですよ・・・?」
やんわりとではあるが、そこにいる者全てを黙らせる威圧感を持って卯ノ花隊長が一護を庇った。
「そうですけどね・・・」
とまだ何か言いたげな一角が居た。
「・・・うるっせえな・・・」
と顔を顰めて剣八が目を覚ました。
「隊長!」
「隊長!大丈夫っすか!」
「あん?誰だ、てめえら」
「はあ?何言ってんすか!一角っすよ!貴方の部下の!」
「部下・・・?」
「け、剣八?」
「あん・・・?誰だ、てめえ。気安く人の名前呼ぶんじゃねえよ・・・」
酷く・・・、冷たい目で見られた・・・。
「っ!」
「どういう事っすか!卯ノ花隊長!」
「・・・。打ちどころが悪かったようですわね。暫くは様子を見ましょう」
「分かりました。一護君はどうします?」
「そうですわね。どうしますか?一護君」
「あ、俺のせいなんだから、出来れば身の回りの世話とか、させてもらいたいです・・・」
「だそうですよ、斑目三席」
「良いけどよ・・・、大丈夫なのか?」
「ああ、少しは慣れてるよ」
「じゃあ、こちらこそ頼む」
「サンキュ、一角」
と一護が礼を言った。

隊舎の帰って、どこまで覚えているのか質問していった。
一角や弓親の事は忘れていたが、やちるの事は覚えていて、俺はホッとした。だってやちるが傷付くのは嫌だから・・・。
「んー、総合すると、副隊長と出会って間もない頃まで忘れてるみたいだね」
「ワリィ・・・、俺のせいで・・・」
「一護君だけのせいじゃないさ。隊長も悪いし、ほったらかしにしてた僕らも同罪さ・・・」
と慰めてくれた。でもそれじゃ俺の気が済まない。せめて身の回りの世話と薬代くらいは俺が出そうと密かに心に決めた。

やちるに説明して、剣八に自己紹介をした。
「今日から、あんたの身の回りの世話をする事になった黒崎一護だ。よろしくな」
「世話焼かれるほど、弱くなったつもりはねえがなぁ・・・」
と睨まれた。
「でも、あんたの頭の怪我は俺のせいでもあるんだ。治るまでは、我慢してくれないか?」
と剣八の頭に出来たデカいコブを示して必死に頼み込んだ。
「ちっ!しゃあねえな!やちるが懐いてるみてぇだからな、好きにしろ!」
「ありがとう!剣八」
「良かったね、いっちー」
とやちるに言われ、申し訳なさそうに一護は頷いた。
「うん、俺にはこれくらいしか出来ねえから・・・」
打ちどころが悪かった。その言葉が怖かった。ともすれば死んでいたかもしれない。生きていて良かった。
「何笑ってんだ?てめえ」
「え?」
安心したのか、知らずに口元が緩んでいたようだ。
「何でもないよ、剣八」

それから一護は甲斐甲斐しく剣八の世話を焼いた。
朝、起きてから髪の手入れから、朝食の支度に着ている物の洗濯や入浴。診察にも付いて行ってそこで薬を受け取り代金を支払った。
薬代は現世で働いた時に貯まってあった給金で賄えた。けれど結構高価だった。
「これは、何の薬と薬ですか?」
「こちらが、コブの薬と、内服薬は記憶を取り戻す手助けをしてくれます」
と卯ノ花隊長が優しく説明してくれた。
「コブが治るまでは激しい運動は控えて下さい。お酒もね。治れば大抵の事は普段通りで構いませんよ」
「だって。酒と運動はコブが治るまで我慢してくれ」
「・・・ち!」
「ちゃんと薬塗ってればすぐ治るさ。な?」
こう言われてしまうとなぜか逆らえない自分が居た。何故か分からず日に日にイライラが溜まっていく剣八だった。

隊舎に帰ると、風呂の用意をして入らせる。
髪を梳き、コブ注意しながら丁寧に洗っていく。髪の次は身体だ。背中を洗って、手拭いを渡す。
「はい、後は出来るだろ?」
手拭いを持って動かない剣八を見ると、
「・・・力入れると頭がイテぇな」
とぼそりと呟いた。
「だ、大丈夫か?貸せよ、俺が洗うから」
と手拭いを受け取ると手足の先から中心まで洗って行った。
「後はお湯に浸かるだけだけど、コブが変な感じするんならやめとけよ?」
と心配する一護。この日から一護は剣八の身体を隅々まで洗った。

風呂からあがると、髪の水気を取り、ドライヤーで乾かしながら櫛で整える。
その次は、身体を拭いていった。
「いい、後はやる・・・」
「そうか?平気か?」
と尋ねる一護。
「ああ、もう良いからよ・・・」
なんでこいつはここまで俺に尽くすんだ?何か企んでるのかと思ったが違うみてえだしな。じゃあ、あれか?純粋に俺の世話焼いてるだけだってのか?
・・・ありえねえ・・・。更木に居た時は周りはただの獣で敵だった。こんな奴は居なかった。
「どうした?頭痛いのか?」
「いや、平気だ・・・」
「そうか・・・」
ほっと安心した笑みを浮かべた一護に思わず見惚れてしまった剣八。
「黒崎・・・」
「なんだ?剣八」
「いや・・・、飯、は、なんだ?」
「ああ、肉じゃがと味噌汁だ。用意してくるよ」
と脱衣所から出ていった一護。
その後ろ姿を見ながら、
「俺、は何を言おうとした・・・?」

「剣八ー!用意出来たぞー!」
「おう」
居間へと急ぐ剣八。そこに用意されていたモノは、今まで見た事もない光景だった。
ほこほこと湯気を立てる白飯におかず。・・・こんなモノは知らない・・・。
ジッと立ち尽くす剣八に声を掛ける一護。
「どうしたんだよ?立ってねえで座れよ。冷めちまう」
「お。おお、これテメエが作ったのか?」
「そうだよ、あんまり美味くねえと思うけどな」
「そんなことないよー、いっち―のご飯美味しいよ?」
「ふふ、ありがと、やちる」
こぽぽ、とお茶を淹れ、ハイと手渡してくれた一護。
「いただきます」
「いったっだきまーす!」
無言で食す剣八。
「美味くないか?」
不安そうに聞いてくる一護に、
「美味めよ・・・」
と答えてやる。
「良かったぁ」
とすぐに綻ぶ笑顔に胸を掻き乱される剣八。
「ん!」
と茶碗を突き出す。
「ああ、おかわりな。はい」
と山盛りのご飯が帰ってきた。
「お前コレ・・・」
「? そんぐらい食えるだろ?いつも喰ってたぜ?」
「いつも・・・。喰ってんのか、こんな・・・」
それ以上は言葉にならなかった。
「剣八?大丈夫か?」
「ああ」
すぐにガツガツと食べ始めた。そんな様子を優しい目で見ている一護にも気付いていた。

「ご馳走様、剣八、薬飲めよ。後で、コブにも塗るからな」
「おう」
片付けに消える一護。
「良かったねぇ、剣ちゃん。いっちーの事一人占めだ」
といつも一緒にいるやちるがにこにこしている。
「いっちー、ずっとこうして一緒に暮らせば良いのにな」
「やちる?」
「何でもないよ!お休み、剣ちゃん」
「ああ・・・」
自分の部屋へと帰るやちる。片付けを終わらせた一護が戻ってきた。
「あれ、やちる帰ったのか?」
「ああ、薬」
「はい、これ」
を出された薬を大人しく飲む。
「もう寝る・・・」
「そうか?じゃあコブの薬塗っちまおう」
と二人で部屋に戻った。

「少し、痛いかも・・・」
軟膏を指に取り、声を掛ける一護。
「良いから、早く塗れよ」
「ん・・・」
くちゅ、と冷たい感触の後、すぐに熱くなった。
「っ」
「い、痛かったか?ごめんな、俺のせいで・・・」
「別にてめえだけのせいじゃねえだろ」
「そうかもしんないけどさ・・・」
と口を動かしながら、包帯を巻いていく一護。
「器用だな」
「ん、ああ、ガキの時から自分の怪我は自分で治してたから・・・」
「ふーん、何でそんなに怪我してたんだ?」
「髪の色が気に入らねえんだって、喧嘩売られてたんだよ。まあ、今もだけどな。それでだよ」
するすると、痛くない様に、でも解けない強さで巻いていった。
「はい、お終い。早く治ると良いな」
「そうだな」
部屋を出て行こうとする一護に、
「どこに行く?」
「? 風呂だけど?」
「そうかよ」

一護が出ていってすぐ、弓親が入ってきた。
「失礼します。隊長、お蒲団敷きますよ」
「・・・ああ」
「おや、一護君包帯巻くの上手いですね」
「そうかよ」
てきぱきと蒲団を敷いていく弓親。
「では・・・」
「おい、ちょっと待て。なんで枕が二つもあんだよ?」
「何でって、一護君と一緒に寝るからですよ。何言ってんですか」
「何であいつと?」
「あ〜、言っちゃっていいのかな?いいか。一護君て隊長の恋人ですもん」
「はあ?あんな子供が?」
「そうですよ。どっから見てもそうでしたよ」
「・・・・・・」
「まぁ本人に聞いてみれば良いんでは?」
と言って帰って行った。
「こいびと・・・」
だから、あんなに尽くしてたのか?じゃあ、アイツは俺のモノなのか?この手に触れても良いのか?
そんな事が頭の中をぐるぐると回っていった。
「ふぃー。いい湯だった」
と部屋に戻ってきた一護を見据える剣八。
「な、なに?怖いぞ、顔」
「うるせえよ。生まれつきだ。それより黒崎、聞きたい事があんだがよ」
「うん?」
「お前、俺の恋人なのか?」
「なっ!なっ!何いきなり!」
「どうなんだ」
ずいっと迫る剣八に、一護は、
「い、一応俺の中じゃそうだよ・・・」
「なんだそりゃ?お前の中ではって」
「だって、お前いつもいきなり、斬り合いだ、殺し合いだって追いかけてくるんだ。そんなん恋人にしないだろ?」
「・・・つー事は、お前は俺と戦えるぐらい強い訳だ」
「まあ、一回戦ったよ・・・」
「どっちが勝った?」
「相打ちだった」
「ほう・・・」
コイツ、強いんだな。
「まあ良い、今は寝るぞ」
「? おやすみ」
「お前もここで寝るんだよ。今日からな」
「良いけど・・・」
なんだかなぁ、と思いながら隣りで眠る一護。

すう、すう、と眠る一護の髪を梳いていく剣八。自分にはこんな明るい色は触れないのだと思っていた。
だが今はこの手の中にある。不思議な感じだった。
他人と寝るのも、それが嫌じゃない事も・・・。
「変なガキだぜ・・・」
こんな凶悪な男の隣りで安心しきった顔で寝ている一護を見てそう言った。

翌朝、一護に起こされて起きた剣八。頭の包帯を取って、薬を新しく塗ってくれた。
髪を梳いてくれるその手が心地良かった。
「ハイお終い。朝飯の用意してくるな」
と既に着替えている一護が台所へと消えた。暫くするといい匂いが漂ってきた。
焼き魚の匂いと味噌汁の匂いだった。空きっ腹に染みる匂いだ。のそり、と立ち上がり音のする方へと歩いた。

そこには割烹着を着て食事の用意をする一護が居た。
「ん?どうした、剣八」
「別に?」
「ふうん、もうすぐだから大人しく待ってろよ」
と魚の焼き加減を見ている。皿は3人分。一護と自分とやちるの分か・・・。
「何か持っていくモンは?」
「んー、そこの味噌汁の鍋かな、熱いから気を付けろよ」
「ああ・・・」
返事をしても一護の後ろ姿から目が離せなかった。項から背中のラインを通って、腰から尻。
(なんだ?こりゃあ?)
「よし!焼けた!」
その声で我に帰る剣八。
「どうした、まだ居たのか」
「ああ、すぐ持っていく・・・」
剣八が鍋を持っていくとすぐ一護が、ご飯の入ったお櫃を持っていった。
後はおかずの魚、鯵の開きだ。
全部の用意が済む頃にはやちるも起きてきた。
「おはよう、いっちー、剣ちゃん」
「おはよう、やちる」
「おう」

そんな生活が3日続いた。
「おはようございます!隊長」
「おう、一角か。弓親はどうした」
「え?思い出したんですか?隊長!」
「はん?何をだ」
今まで名前でなど呼ばなかった。思い出したのだろう。
「剣ちゃん!いっちーの事は?!」
「いっちー?誰だ、黒崎の事か?」
「まだ、駄目っすか?」
「何なんだ、おい、飯」
「あ、ハイ」
と山盛りのご飯を渡して味噌汁も渡した。
「良かったな。一歩前進だ」
笑って返す一護だった。


第2話へ続く




09/07/29作 第105作目です。いつ纏まりますやら・・・。

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