題「四月の愚者〜吐いて良い嘘、悪い嘘〜
 一護の記憶が無くなって数日、夜の徘徊が始まった。一角達は、
「俺たちのせいだよな・・・」
「そうだね・・・、明らかにね」
少し冷ややかに言う弓親。無言の剣八。その話をたまたま聞いたやちる。
「どういう事?剣ちゃん達何か知ってるの?!」
「いえ、あの・・・」
「いっちーずっと苦しんでるんだよ?手掛かりないの?」
ここまでやちるが必死になるのは一護の他には剣八以外いない。
「副隊長・・・」
実はと、エイプリルフールに、剣八に別れを告げられた一護はどんな顔をするのか試す為に嘘で別れを告げたのだと教えた。
すぐにバラすつもりだったが、一護は隊舎に戻って来ず、ボールが頭に当たって現在に至ると説明した。
「ひどい・・・!ひどいよ!剣ちゃんも!つるりんも!ゆみちーも!ひどい!ひどい!ひどい!」
顔を真っ赤にして怒るやちるに驚く面々。
「いっちー、いっつも泣いてるんだから!苦しい、苦しいって!大事な人が見つからないって!傷付けたから謝りたいのに見つからないって泣いてるんだよ?!」
「傷つけた?」
剣八がそこに反応した。
「そうだよ!いっちー、大事な人はいっちーが嫌いになったから別れるんだ。それに気付かなかったから、きっと傷付けてたって言って泣くんだよ!?いっちー何にも悪くないのに!ひどいよ!剣ちゃん!そんな剣ちゃん大っきらい!」
目にいっぱい涙を溜めてまくし立てるやちるが隊舎を飛び出していった。
「一護が泣いてる?想像出来ねぇな・・・」
と呟いた一角。
「そうだね、でも彼はまだ16歳なんだよ一角・・・。僕らとは違うんだよ」
「そうだったな・・・」
「そうだよ・・・」
重い沈黙が流れた。

四番隊。
一護の病室に訪れたやちるが一護に泣いて謝っていた。
「ゴメンね!ゴメンね!いっちー!」
「あの、やちるちゃん?どうしたの?さっきまで元気だったじゃないか」
そう言いながらも自分の膝で泣く幼子の頭を優しく撫で続ける一護。
「どうしたのですか?やちるちゃんは?」
「あ、卯ノ花さん。さぁ?急に来て泣いて謝ってるんです」
困惑顔の一護。
「さ、やちるちゃん?一護君が困ってますよ、何があったんです?」
「卯ノ花さぁん!わぁああん!」
と卯ノ花隊長に抱き付いて泣き続けた。
「少し落ち着くまでお話しましょうか?」
「うん」
「では、一護君失礼しますね?」
「あ、はい。やちるちゃん元気出してね?」
「うう・・、ありがと、いっちー」

一人になった一護はベッドに横になった。天井を見ながら、最近ひどく疲れているのに気付く。どうしたんだろう?
ふと、横に斬月が現れた。
「斬月・・・、びしょ濡れだな・・・、また俺のせいだな。ゴメンな・・・」
(気にするな・・・。一護。寂しいか・・・?)
「んん?何だよ、突然・・・。家族に会えないのは寂しいけどさ・・・」
(そうではない・・・。あの男に会えなくてだ・・・)
「あの男?誰だ?」
(お前が夢で探している者だ・・・)
「男だったんだ・・・、あの人・・・」
(分からないのか?)
「うん、顔も声も見えないし、聞こえない。でも別れを切り出されてるのは分かるんだ・・・。ひどいヤツだよな俺はさ」
(一護?)
「だって、嫌われてるのに、傍に居続けて傷付けてたかもしれない。きっと嫌だったに違いないんだ・・・」
(一護・・・、そんな風に考えるのはよせ・・・)
「でも・・・」

一護と斬月がそんな会話をしている頃、やちるが事の次第を説明するからメンバーを集めてくれと勇音に頼んだ。
そして、卯ノ花を交えた全員がいる中で説明した。
「ひどい・・・!何考えてるのよ。一護が傷付くって考えなかったの!」
乱菊が憤慨している。
「でも剣ちゃんもいっちーから別れ話されてるって言ってたよ」
「それはおそらく、更木隊長の立場や幸せを願っての結果でしょう。しかし今回のは違います。悪戯が過ぎます」
七緒も怒っていた。
「そうですね・・・、きっと今回の記憶喪失も自分が消えれば良いと思ったんでしょうね・・・」
と卯ノ花隊長が呟いた。そこへ、
「あの、卯ノ花隊長。更木隊長が一護君の面会にと・・・」
「まぁ、どんな顔で来れたのでしょうね」
と笑いながら剣八の所へ行く卯ノ花隊長の後をメンバーが付いて行った。

「なんだ?俺は一護の面会って言ったんだぞ?」
と言う剣八の後ろには一角と弓親も居た。
「そうですか。更木隊長、お聞きしたい事がございます」
全員の目が冷たく痛かった。
「あん?なんだよ」
「貴方は一護君をどう想っているのです?」
「あ?なんでテメエに言わなきゃなんねえんだよ」
「貴方のした事でどれほど一護君が傷ついたか分かりますか?最近では夢遊病の他に食事もまともに摂っていないんですよ!」
「な・・」
「でも俺らのトコに来た時には食ってる!」
と一角が言うと、
「すべて吐いています・・・。気付いていないのは貴方達だけです・・・」
「じゃあ、一護君はあの霊圧をどう維持してるんです!」
弓親が叫んだ。
「点滴と水のみです・・・」
「そんな・・・!」
「もう限界でしょう・・・、浦原さんに再度相談してみましょう」
「ねえ、ルキアって一護と一番仲が良かったわよね?何か打開策があるかも知れないわ」
乱菊が思いつくと清音が、
「あたし、呼んできます!」
と瞬歩で消えた。

急に呼び出されて、驚いているルキアをよそに一護がああなった原因の説明をした。
「何故そのような愚かな事を・・・!あ奴は一度自分の不注意で大切な人を亡くしているのです!おそらく無意識に忘れようとしているのでしょう。そしてさらに無意識に更木隊長を探している・・・。言い難いですがたとえ思い出したとしても・・・更木隊長の元には戻らないと思われます・・・」
「なんでだよ・・・」
剣八が低い声で訊ねた。
「あ奴は・・・、大切な人、母親を亡くしてから何かを自分に課しています。自分より家族の幸せであり周りの者を護る事、自分が居なくなる事であなたが幸せになるのなら迷わず身を引きます。たとえその身が引き裂かれんばかりの痛みを伴ったとしても・・・」
そこまで言うと目を伏せたルキア。
全員が黙っている・・・。誰も何も言えなかった・・・。

やがて一護は寝ている時間の方が長くなった。一日中寝ていたり、二日以上寝ていたりを繰り返す様になった。
眠っていれば家族や、大事なあの人が傍に居るから・・・。頭の片隅では逃げていると自分を罵って・・・。

起きればやはり記憶はリセットされている。
「君、だあれ?」から始まる会話に誰もが慣れた頃にそれは起きた。
いつもの様にやちるが一護の病室を訪れ一護を起こすと、
「ん・・、ああ、おはよう遊子」
と言ったのだ。
「え?いっちー?」
「ん?どうした?ああ、今日は俺が当番か?」
と自然に会話を進める一護に困惑しながらもやちるは、
「あたし、遊子じゃないよ。やちるだよ!」
「なんだ?新しい友達か?お前は優しいからすぐ友達が出来るな」
その目は何も見ていなかった。
「いっちー・・・」
「今日は何が食べたい?親父と夏梨は?」
「知らない・・・」
「しょうがねえな、二人で食うか。目玉焼きとトーストで良いか?」
「う、うん・・・」
一護はそのままの格好で四番隊の台所へ行くと朝食の準備を始めた。
呼ばれた卯ノ花隊長が泣きそうな顔のやちるを見つけて、どうしたのか聞いた。
「いっちーがあたしの事遊子って呼んで、違うって言っても聞こえてないの・・・。親父と夏梨は?って聞いたり、朝ご飯作るって言ったり・・・、ねぇ、卯ノ花さんいっちーどうしちゃったの?」
「限界が来たようですね・・・。もう現世に帰すしか彼の精神を保つ術はないのかも知れません・・・」
「そんなぁ・・・。帰ってくる?いっちー帰ってくるよね?」
「分かりません・・・。更木隊長ならあるいは・・・」

「遊子、出来たぞ!冷めないうちに食おう」
にこにこと笑う一護。
用意された朝食は目玉焼きにソーセージ、サラダにトーストだった。
ぱくぱくと食べる一護に、手の進まないやちる。
「どうしたんだ?お前の好きなのばっかだぞ?」
「ゴメンね、ちゃんと食べるよ・・・」
やちるは懸命に食べた。喉に石が詰まったように苦しかったが食べ終えた。
「さ、食べ終わったら歯磨きしなきゃなー」
と洗面所に消えた一護。
「いっちー、あたしが見えてないの?あたしはここに居るんだよ?あたしの名前は遊子じゃないよ!やちるだよ!」
「どうした?急に怒って?」
「もう知らない!」
飛び出していったやちる。
「どうしたんだ?疲れてんのかな?」

十一番隊ではやちるが泣いていた。
「何があったんだよ?」
「さあ?一護君の所から帰ってきたらいきなり・・・」
剣八が何があったか訊ねる。
「何があった?」
「いっちーが壊れちゃったぁ!あたしのこと見て、遊子、遊子って呼ぶのー!違うって言ってるのに!あたしの事見えてないの!」
「遊子?誰ですか?それ」
「多分、いっちーの妹だよ。卯ノ花さんがもう限界だって・・・!いっちー現世に帰すって!剣ちゃんならどうにかなるかもって言ってたけど・・・」
ひっく、ひっくと鼻をすすりながら一護の現状を説明した。

やがて夜になり剣八が卯ノ花隊長に呼び出された。


第5話へ続く




09/06/08作 どんどん壊れてきちゃいました一護。

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