題「四月の愚者〜吐いて良い嘘、悪い嘘〜
 検査が終わり、病室へ戻ると剣八達がまだ居た。付き添いで来ていた卯ノ花隊長が、
「丁度良いですわ、彼らの紹介も兼ねて今のあなたの症例を説明いたします」
「はい・・・?」
「この人達は貴方ととても近しい人たちなのですよ、そして貴方の今の状態は記憶喪失です」
「はあ?何言ってんですか?俺は貴方達を知らない!早く家に帰らなきゃ、学校もあるんだ!性質の悪い冗談に付き合ってらんねえよ!」
「冗談ではありません!私は卯ノ花 烈、ここの院長のようなモノです。そして彼らが・・・」
「更木剣八だ・・・」
「斑目一角・・・」
「綾瀬川弓親だよ・・・」
「あ、えと、はじめまして・・・黒崎一護、です」
「知ってんよ・・・」
剣八が呟いた。
「え?なんで?」
「さあな・・・」
「さ、今日はもう休ませてあげて下さい」
「はい」
一護の病室を出て行く剣八達。一角が、
「もしかしなくても、俺らのせいか?」
「だろうね。それだけショックだったんだね・・・」
「なんで分かんだよ?」
「何かの本で読んだけど、小さな子供が母親とか大事な人を亡くすと自衛のために何も思い出せなくなる事があるんだって」
「まさか、そうなってんのか?あいつ。どんだけ惚れてんだよ・・・」
「それを試したのは君でしょ?どうするの?こんな事になってさ」
「う・・・、まさかこんな事になるとは思わなかったんだよ!」
「うるせえぞ・・・、今更。明日にゃ何か分かるかも知んねえだろ。俺らの名前は教えたんだ」
「そ、うですね」

「気分はどうですか?一護君」
「あんまり良くはないです」
「そうですか」
「俺はいつ帰れるんですか?」
「そうですね、記憶が戻るまではここに居て貰いたいですが・・・」
「無茶言わないで下さいよ。家族が待ってるんですよ?どう言えば良いんです?」
「・・・。浦原さんをご存じですか?」
「なんで、知ってんですか?近所に店構えてますよ・・・」
「では彼に連絡を取りますので、その答えによりますね」
「答えって・・・?」
「貴方をここに置いた方が良いか、家に帰す方がいいかです」
「そんな一方的ですよ!なんでこんな誰も知らない所に居なきゃなんないです!」
「何をそんなに焦ってるんですか?まるでここから消えたいみたいですよ?」
「え?いや、そんなことは・・・」
「なら良いですね、少し待っていてください」
そう言うとどこかへ行った卯ノ花隊長。一護は憮然としたまま、
「何だよ、焦ってるって・・・」
だが確かにここに居たくない気持ちはあった。
「はあ、早く帰りてえな・・・」
どこを見ても知ってる人など一人も居ない場所。此処に居る意味ってなんだ?
そんな事を考えていると卯ノ花隊長が戻ってきた。
「しばらくはここで養生してみたらとの事です。よろしいですか?」
「・・・どうせ嫌だって言っても聞いてもらえないんでしょう?良いですよ・・・」
「・・・そうですか、では今日からあなたはここの患者です。改めてよろしく」
「こちらこそよろしくお願いします・・・」
覇気のない返事を返して一護は、
「眠いんでもう寝ても?」
「良いですよ、朝は起こしに来ますので」
「ハイ、おやすみなさい」
ベッドに潜って眠った一護。夢も見なかった。

翌朝、卯ノ花隊長が起こしに来た。
「おはようございます一護君、良く眠れましたか?」
「ううん・・・、あ?だれ?」
「は?」
「貴方、誰ですか」
「一護君?何を・・・」
「なんで俺の名前知ってるんですか?ココはどこなんですか?病院?」
「まさか・・・!全部忘れたんですか!」
「何を?」
卯ノ花隊長は愕然とした。一護は昨日の事も忘れていた。記憶はリセットされていた。
「まさか、そんな事が?」
「あのぅ・・・、どうしたんですか?」
「あ、いいえ。そうですよ、ここは病院です。貴方は昨日から入院されています」
「何でです?」
「頭を打って記憶を失くされているからです。御家族の了承は取っていますので安心して下さいね」
「は、あ・・・?」
納得いかない様だったが頷いた一護。
朝食を食べ、検査をしたが、やはり異常は見つからなかった。
「特に身体に異常はありませんので、普通にしていても良いですよ」
「普通?」
「ええ、ベッドで寝てるより散歩などに行ったりした方が何か刺激になって良い結果が出るかも知れませんからね」
「はあ・・・」
そう言われて一護は死覇装に着替えて散歩に出た。

ふらふら行く当てもなく歩いていると、やちるが飛びついて来た。
「いっちー、見〜っけ!どこ行ってたの?」
「・・・・」
「いっちー?」
「君、だあれ?俺のこと知ってるの?」
「何言ってんの、いっちーってば、変な冗談!」
「いや、ほんとに知らないんだけど?いっちーって誰?」
「いっちーはいっちーだよ・・・」
「もしかして俺の事かな?」
「そうだよ、あたしのこと忘れたの?」
「君をじゃなく、俺ここの人たち知らないんだけどね」
「いっちー?剣ちゃんも忘れちゃったの?」
「けんちゃん?誰?それ」
「こっち来て!」
やちるは一護の腕を掴むと力任せに十一番隊隊舎まで連れて行った。
「うわあ!痛い、痛い、すごい力だね君」
「君じゃないもん!やちるだもん!」
「やちるちゃん、ここどこ?」
「あたし達の隊舎だよ」
「ふうん・・・」
「剣ちゃん!いっちー連れて来たよ!」
そう言って中に入り一護を剣八に会わせた。
「あん?何か用かよ一護」
「あんた誰?なんで俺の名前知ってんの?気味わりぃ・・・」
「ああ?んだと?」
「いっちー・・・、剣ちゃんも忘れたの・・・?」
「だからさ、俺はここに知ってる人なんかいないんだってば。そんな顔されても困るよ、やちるちゃん」
「だってぇ・・・、なんでぇ?なんで忘れちゃったの?あたし達が嫌いになったの?」
「イヤあのね?」
「こないだの土曜日だって一緒に遊んだのに!お菓子も一緒に食べたよ!なんで忘れちゃったの!いっちーの馬鹿ぁ!」
うわああん!と一護に泣きつくやちる。
「そうなんだ・・・、俺と君は友達なんだね」
「そうだよぅ、ずっとずっと友達だもん」
一護はやちるを抱き上げ、あやすように頭をポンポン撫でた。
「ほら、泣きやまないと可愛い顔が台無しだよ?はい、チーンって鼻水かんで?」
手拭いで涙を拭いてやり、鼻水を拭ってやった。
「ぐずっ、ありがと、いっちーやっぱり優しいね」
「そうかな、でも昨日のことも覚えてないんだよ・・・。早く帰りたい・・・」
「いっちー、何があったの?悲しいことでもあった?」
「かな、しいコト?」
「うん、いっちー泣きそうな顔してるよ?」
「分かんない・・・、でも思い出そうとすると胸が痛いよ・・・」
「そう・・・」
「ねぇ、俺ヒマなんだけど、やちるちゃんさえ良かったら一緒に絵本でも読まない?」
「うん!良いよ!」
「じゃあ、俺の病室に行こうか」
「うん」
二人は一緒に病室へ行った。

一護は四番隊に着くと卯ノ花に絵本はないかと聞いた。
数冊あるので借りて病室でやちるに読み聞かせた。やちるは一護の膝の上に座って大人しく聞いている。

そんな中、四番隊に剣八がやって来て一護の様子を聞いてきた。
「おい、どうなってんだ?もう俺らの事忘れてたぞ・・・」
「どうやら、寝る度に記憶がリセットされているようですね・・・、我々を忘れることでご自分の精神を護っているようですね・・・」
「精神を・・・?」
「ええ、それほどショックな事があったようですね・・・、何か心当たりはありませんか?」
「なんで俺に聞くんだよ・・・」
「貴方が一護君と一番近しいでしょう?それに彼は貴方を見ると怯えているようですから」
「なに・・・?」
「それでは」
「どこ行くんだよ」
「一護君の病室です。日記帳を渡しておこうかと思いまして」
「あん?何の為だよ?」
「今日あったことを書いておけば何かの役には立つと思いまして。きっと明日にはまた忘れているでしょうから・・・」
では。と言って一護の病室へ向かう卯ノ花隊長。
忘れる事で自分を護るだ?あいつが?そんなにヤワかよ。それともそんなにもショックだったって言うのかよ・・・?
お前のとってあの言葉は・・・。

卯ノ花隊長より後に一護の病室に行き、中を覗くと一護は卯ノ花隊長から日記帳を受け取り、頷いていた。
やちるは一護の膝の上で眠っていた。そんなやちるを優しい目で見つめる一護。
卯ノ花隊長が出て行こうと立ち上がった。剣八は扉から離れ出てきた卯ノ花隊長に話しかけた。
「で、これからどうすんだ?」
「そうですね、原因が分かれば何か対処の仕方もあるでしょうね。何か些細な事でも思い出されたら教えて下さい」
そう言って立ち去った。
「原因ね・・・。まさかなぁ、嘘で言った別れ話とは言えねえな・・・」
呟いて隊舎へと帰った剣八。

一護は、良く眠っているやちるを起こすのが忍びなく、抱っこして十一番隊へと送り届けた。
「あの、すいません。ちょっと良いですか?やちるちゃんを連れて来たんですが」
「ああ?あんがとよ一護」
「・・・・・・、はぁ・・・、なんでここの人たち俺の名前知ってんですか?気持ち悪いなぁ」
「はぁ?お前、また忘れた、のか?」
「?何をですか?何か思い出せば家に帰れるんですかね?妹達が心配なんだけどなぁ」
「んん?いっちー?」
「ああ、やちるちゃん、起きちゃった?」
「送ってくれたの?ありがとう。明日も遊べる?」
「分からない、きっと明日になれば忘れてるから・・・。ゴメンね?」
「そうなんだ・・・。何があったんだろうね?泣いちゃえばいいのに」
「そうだね、その時に泣いてればこんな事にはならなかったんだろうね。迷惑も掛けなかった・・・あの人にも・・・」
「あの人ってだあれ?」
「へ?あの人?」
「今、いっちーが言ったよ、あの人にも迷惑掛けなかったって」
「誰、だろう。ん、大切な人じゃないかな」
「そっかぁ。明日もいっちーの所に行くね!」
「うん、日記に書いておくから、多分大丈夫だと思うから。でも忘れてたらゴメンね?」
「良いよ、いっちーだから、許してあげる!」
「ありがとう、やちるちゃん」
「じゃあねー!」
「うん、またね」
明日、遊ぶ約束をして一護は病室へ帰った。その夜から、夜になると誰かが四番隊の詰所内を歩きまわる様になった。


第3話へ続く





09/06/02作 はて、これからどうして行きましょうかね?次は恋次とルキアと白哉が見舞いに来ます。



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