題「馴れ初め」13
 無事に子供が生まれた白。
名前を付ける大役を仰せつかった京楽は紙に大きくこう書いた。
『命名・朝月』(あさつき)
と書いて白に見せた。
「なんて読むんだ?」
「朝月、明け方の空に浮かぶ白いお月さまの事だよ」
「へえ、なんでそれにしたんだ」
「うん?君が帰るのは朝方が多かったでしょ?時々浮かんでたんだ」
「ふうん、良く覚えてんな・・・」
子供を抱きながら呆れたように言う。
腕の中で、うぶうぶと何事か喋る愛娘。
「なあ、俺の名前も書いてくれよ」
「ん?いいよ」
『白』
「へえ、こんな形なんだな・・・。これが俺の名前・・・」

「次はさ、俺と朝月と春水の名前並べて書いて?」
「ん」
さらさらと書いていく京楽。
「春水の名前も、こんな形なんだ・・・。ふふ、三人が並んでる・・・」
嬉しそうに笑う白。
腕の中の京楽によく似た娘の髪を撫でる。明るい栗色の髪に鳶色の目。髪にはふんわりとしたクセが付いていた。
「ホントにあんたに似たな・・・」
「そう?嬉しいな、頑張った甲斐があるよ。でも君にも似てるんじゃないかな?この明るい髪の色は君の血が入ってる証拠だよ」
「そうか・・・」

娘は父にも母にもよく甘えた、良く笑った。白は心の底から幸せを感じて噛みしめた。

「ただ〜いま!待ったかい!僕の白に朝月!」
「いい加減それやめろ・・・。お帰り・・・」
「え・・・、あ・・、ただいま!ただいま、白!」
「何回もうるさい・・・!」
「だって、初めて言ってくれたんだもん!嬉しいな!朝月、とと様今すごーく嬉しいんだよ」
「うきゅ?きゃあ!きゃっ、きゃっ」
たかいたかいをしてあやしてやる。
「おい、飯は?」
「うん、あるよー」
「早く食おうぜ。朝月に乳もやんなきゃだしよ」
「そうだね!あっちも頑張ろう!」
「ばーか・・・」

 夕食が済み、朝月にお乳をあげる。ちゅう、ちゅう、ちゅくちゅく、と一心不乱に飲んでいる。
「すごいねぇ。全力で生きようとしてる・・・。愛しい命だね・・・」
「そうだな・・・」
「んぷっ!」
「ゲップするか?はいゲップ」
ぽんぽんと背中を叩いてゲップを促す。
「むちゅ・・・、まぁー、あうー、かあ!」
「あっ!良いな、僕は?朝月?」
「うう〜?あ〜、とお!」
「そうだよ〜、とおだよ!偉いなぁ、朝月は!」
じょりじょりと髭を擦り付けるときゃっ、きゃっと笑いながら、むんずと掴んで引っ張る。
「いた!あいたたた!痛いよ朝月〜」
「きゃあ!うきゅう!」
「こら、春水、もう寝かせるから、風呂入って来いよ」
「え?一緒じゃないの?」
「馬鹿か?朝月一人になんじゃねえか。それに俺と朝月はもう入ったしな」
「そうなの!急いでくるね!」
「あほ・・・」

 寝室の隣の揺り篭に寝かせて、ゆらゆらと揺らしながら寝かしつけた。
「上がったよ。朝月は?」
「しー、今寝たよ・・・」
「そう・・・、可愛い顔だね・・・、君に似てるね・・・」
「そうか?」
「うん、寝てる時こんな顔だよ・・・」
こんな?こんなにも無防備な、安心しきった顔を自分が?
京楽を見上げる白。
「ほんとだよ?さ、君はちゃんとこっちのご飯食べなきゃね〜」
と蒲団まで運んでいった。
「あん・・・、春水のすけべ・・・」
「君にだけさ・・・」
「ふん・・・」

 ひと月後。
朝月はかなりの言葉をしゃべれるようになっていた。
「かかたま、おはじき」
「うん?遊ぶのか?」
「あい!きえい!コレ!」
「うん、きれいだな。俺もこれが好きだよ、でもちょっと待ってな?これ、畳んだらすぐだから・・・」
「あい」
白は、青い着物を丁寧に畳んで揺り篭に置き、その上に水色の石が付いた飾り櫛を乗せた。
「さ・・・、朝月。行こうか・・・」
「う?どこ?」
「かか様はな、ここを出て山で暮らすんだ。此処に居たら、とと様の邪魔になっちゃうんだ・・・」
「かかたま、いなくなうの?あしゃつきは?いっしょ?」
「来てくれるのか?でもとと様に会えなくなるんだぞ?」
「かかたまにもあえなくなるの、ヤ!」
「ありがとう・・・、一緒にいこうか・・・!」
白は京楽が仕事に行っている間に姿を消した。
これ以上邪魔な存在にならない様に・・・。白は朱色の着物に身を包み、赤い紅玉の付いた飾り櫛を付け、懐には京楽が書いてくれた、朝月の名前、自分の名前、三人の名前が書かれた紙を折りたたみ大事にしまい込んだ。
「ここよりいい暮らしじゃないけど、ごめんな?朝月」
「かかたまがいるならいい!」
「ありがとう」
娘を抱き上げ山へと入る白。

ああ、一護もこんな気持ちだったんだな・・・。自分の大事な人間の為に傍を離れたんだな。いつの間にこんなにアイツの事愛してたんだろう?さっさと俺の事なんて忘れて、人間の女と一緒になりやがれ。馬鹿春水。

「今日からここで暮らすんだ。まだお乳が出るからな、安心しろ」
そう言うと狐の姿になった。
「かかたま!きえいです!」
「そうか、寝る時は寒いからな。お前はこの着物の中に入って寝ろよ」
「あい。かかたまは?」
「俺はお前を抱いて寝るよ」
「あい!」

 京楽邸。
「ただ〜いま!白!朝月!」
しん、と静まりかえる屋敷の中。
「白?朝月?寝てるのかい・・・?」
イヤな予感と胸騒ぎがして、背中を汗が伝う。
「白?」
寝室を見た。誰も居ない・・・。
「お風呂かい?」
見に行くが明かりも点いていない。それでも確認した。
「いない?白!朝月!何処にいるんだい!かくれんぼかい・・・?降参するから、出てきておくれよ・・・」
返ってくるのは、静寂のみだった。揺り篭には青い着物と飾り櫛が置かれてあった・・・。
「いない?なんで・・・。まさか浮竹の・・・」
屋敷から飛び出すと雨乾堂に向かった。

「浮竹ぇ!」
土足のまま、雨乾堂に乗り込んだ。
「何だ?京楽。草履は脱げよ」
「白は?」
「は?」
「白を返してくれないか?」
「何をいってるんだ、京楽」
「白と朝月が居ない!何処にやったの・・・?」
胸倉を掴みあげ、詰め寄る京楽。
「落ち着け!彼女はここには居ない!」
「居ない?じゃあ、朽木君のところかな?」
「おい、京楽!」
もう既に瞬歩で消えた後だった。
六番隊に着くと白哉はもう帰ったとの事。すぐさま屋敷へと向かう京楽。
「朽木君、居るんだろう?話がある。此処を開けてくれないか?」
「待て!京楽!落ち着け!」
「何が?僕は落ち着いてるじゃないか・・・」

 門が開けられ中へと通される。
「京楽・・・、何用だ?」
「白を出してくれないか?ここに居るんだろう?浮竹の所には居なかった。後はここだけだ!」
「何を言っている?何故ここに居ると思うのだ」
「僕らの仲を反対したのは君らだからさ・・・。返しておくれよ!僕の白を!朝月を!頼むよ・・・!僕の命なんだ」
返してくれ・・・。とそこで泣き崩れてしまった。
「京楽・・・。その、白さんは、分かるが朝月というのは、まさか・・・」
「僕の娘だよ・・・、やっと生まれたんだ。ああ!なのに!どうして・・・!僕を置いていくなんて・・・、やっぱり食べてしまえば良かった・・・!」
物騒な事を呟く京楽が立ち上がると、
「邪魔したね・・・。関係無いのに巻き込んじゃって・・・」
「おい、京楽・・・」
振り返ることなくその場を立ち去る京楽。

 山では白が朝月にお乳をやっていた。お乳をやる時は人の姿で、それ以外は狐の姿だ。無駄に霊力を使わない為だ。
「はい、ゲップ!」
ポンポン!げぷ!
「次はおむつだな。結構してるなぁ」
白は川へ洗濯をしにやってきた。こういう時人の姿は楽だな。ついでに魚を捕って食べる。
満足のいく量ではないが食べれないよりはマシだ。
巣穴に戻ると狐の姿になる。
毎晩寝る前に話をする。
「早く言葉を覚えるんだ。耳と尻尾を隠せるようになったらとと様の所へ帰れるからな?きっと愛してくれるから。お前のとと様は、それは優しいんだ・・・」
「かかたま?」
「ん?」
「ととたまに会いたい?」
「うん。でも俺は駄目なんだよ。この宝物があるから良いんだよ・・・。お前が一番の宝物だけど、これも宝物なんだ・・・」
と折りたたまれた紙を見せた。
「かかたま、なぁにこれ?」
「見せてやるよ」
かさかさと紙を広げると名前が書かれていた。
「これがお前の名前だよ。とと様からお前への最初の贈り物だ。コレが俺の名前で・・・。これが三人の名前・・・」
懐かしそうに、嬉しそうに文字をなぞった・・・。

「かかたま、寂しい?」
「お前が居るんだから寂しくないよ。でもごめんな、とと様と離れて暮らして・・・」
「ん〜ん、かかたま居るからいい!」
「ありがとうな、朝月」

だがこの暮らしにも限界が来た。

ふた月後。
満足な食糧も無く、朝月に乳をやっているので白の身体はボロボロになっていた。
「かかたま?朝です。起きないの?」
「ん・・・、ごめん・・・起きる」
ヒトの姿になり乳をやる。途中で寝てしまった白。
「かかたま、かかたま!」
「あ・・・?ごめん寝てたか・・・」
ポンポンげっぷをさせ、おむつを替えるとすぐ狐の姿に戻り眠ってしまった白。
その姿を見て朝月は、父を捜す決意をする。


第14話へ続く



09/04/29作 京楽の元を去る白。京楽さんも探しまくってますよ。娘に父がいかに優しいかを語る白でした。


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