題「嫉妬する子猫」2 | |
一人で歩いていると一護は、小川の前まで来ていた。綺麗な川だな。と思って暫らくはそこでのんびりしていた。 「黒崎か・・・?」 不意に声を掛けられて驚いた一護。 振り向くと狛村隊長が立っていた。 「あ、にゃあ」 「うむ、こんにちは、何をしておったのだ?こんな所で一人」 「(別に・・・、何にも?一人になりたかっただけ・・・)」 「そうか、更木と何かあったのか?えらく沈んでおるが・・・」 ぴくん、と反応する耳。 「そうか、なにがあった?儂で良かったら相談に乗るが?」 「(うん、ありがとう・・・、あのね・・・)」 一護は何があったかを話し、 「(俺はどこに行ったらいいのかな?もう剣八の邪魔にはなりたくないな)」 と言った。それを静かに聞いていた狛村は、静かに怒りながらも優しく、 「ならば、儂の所へ来ると良い、儂なら言葉も分かる故心細さも少ないであろう?後は女性死神協会のメンバーにでも頼んで秘密基地に居れば更木とて手だし出来まいて」 そう言って頭を撫でてくれた。 「(ありがとう・・・、そうさせてもらうね・・・)」 そのまま別れた二人だったが一護は門限ぎりぎりまで帰らなかった。 「お帰り、遅かったね一護君、ご飯は?」 ちら、と剣八の方を見て、いらないと首を横に振った。 「そう?一護君の好きな雑炊だよ?」 ピッと動く耳が可愛かったが、一護は部屋へと帰った。弓親は、あれは相当根が深いな。と思った。後で持って行ってやろう。 「いいんですか?隊長?」 「あん?」 「一護っすよ、昨日も晩飯食ってないですよ?」 一角が言うと、 「欲しくねえんだろ、ほっとけ、腹が減ったら自分で来るだろ」 「そうですね、一角静かにさせてあげなよ」 誰も気付かなかったのか?一護の身体が冷え切っているのに。弓親は先程一護の近くにいた時に感じた冷気を思い出した。 まだ温かい雑炊を持って、一護の部屋へと向かった。 「一護君、入るね」 「にゃぁ・・・」 部屋の隅っこで膝を抱えて座っている一護が目に入った。 「ほんとは、お腹空いてるだろ?雑炊持ってきたから食べよ?」 「にゃあ・・・」 大人しく食べさせて貰う一護。やはり身体が冷えている。 「一護君、身体が冷えてるから、お腹が落ち着いたらお風呂入りなよ。お湯に浸かるだけでも違うからさ」 「にゃあ・・・」 お腹も落ち着いてきたので、お風呂に入った一護。言われた通り身体は冷え切っていた。 湯船につかると、いつ出て行こうか考えた。なるべく早くが良いよね。早く剣八を解放してあげなきゃいけないし・・・。 次第にうとうとしてきたので、湯船から上がろうとした時、剣八が入ってきた。 「何だ、早いな、ゆっくりしていけよ」 ふるふると首を横に振ると、出ていくために剣八の横を通った。この日も煙管と白粉の混ざった匂いがした。 込み上げた吐き気を遣り過ごし、出て行こうとしたその時、腕を掴まれた。 「俺がゆっくりして行けって言ってんだ・・・、ゆっくりして行け・・・!」 「にゃ、にゃあ?」 怖いと思ったが何故か逃げられなかった。剣八が髪や身体を洗っている間一護は、ある一定の距離を取っていた。 「なに離れてやがる?こっち来いよ」 一護の身体は動かない。剣八が強引に腕を引き寄せると、 「ひ・・・」 声にならない叫びをあげた一護。 「震えてんな、寒いのか?あんな所に座ってるからだ」 抱きあげて、一緒に湯船に浸かった。 震えていたのは寒かったからじゃない・・・。剣八が怖かったから・・・。自分が苦しかったから・・・。早く離れないといけないのに、どうして離してくれないの? もう良いでしょ? もう良いんだよ? 俺に気を使わなくても・・・。 自分が始めた関係だから付き合ってくれてただけでしょ?深みに嵌まったのは俺の方。だから俺の方から離れたら剣八は楽になれるよね。 剣八の腕の中でそんな事を考えて、腕から出ようと身じろいだが剣八は離さなかった。 「出るのか?ちゃんとあったまったか?風邪ひくなよ」 そんな言葉をかけられるだけでもつらいのに・・・。 脱衣所で着替えて、髪を乾かすと自分の部屋へと向かう一護。 その途中の廊下に面した縁側から月が見えていた。月に雲が重なって見えなくなったり、また出たりとしているのを見ていると、剣八に声を掛けられた。 「一護・・・」 ぴくっと片方の耳だけがこちらを向き、尻尾も先だけが動いて返事を返していた。 「いつまでそこに居るつもりだ?寝るぞ」 「にゃあ?」 一護の返事を聞かずに一護の部屋に雪崩込んだ。 「あぅっ・・・」 蒲団の上に押し倒された一護が小さく呻いた。 「っと、ワリィ」 何をする気だ?まさか・・・、今から自分を抱くつもりか?さっきまで他の女を抱いていたその腕で?身体で? 一護の中で怒りがふつふつと沸いてきた。 ふざけるな・・・、ふざけるな、ふざけるな! 剣八が一護に手を伸ばした時、一護はその手を払い落し、毛を逆立てて威嚇した。 「フッ!カーッ!シャーーッ!」 なおも伸ばしてくる手を、叩き落とし顔を引っ掻いた。 「ツッ!」 赤い液体を目にした一護が我に返った。 「あ・・・、にゃぁう・・・」 耳を完全に寝かせて怯えた顔になった一護。 「あ、あ、」 自分の爪と剣八の顔の傷を見比べる。そして一護はその傷を舐めて癒そうとした。 両手で顔を包みこんで、ぺろぺろと慈しむ様に舐め続ける一護に、 「もういい、くすぐってぇ、こっち来い」 あっさりと組み敷かれてしまった。 いやいやと頭を横に振り、逃げようとする一護を抱き締めその耳元で、 「何がいやなんだ?一護」 と聞いてきた。一護の身体から力が抜けた。何が嫌・・・?本気で言っているのか?自分が遊女を抱いているのは何なのだ?己に飽いたからではないのか?分からない。それでも一護は剣八から離れる事は変えなかった。これで最後にしようと身を委ねた。 抵抗をやめた一護に気を良くしたのか、早速脱がしに掛る剣八。一護は何の抵抗も見せずされるがままになった。 感じるところを突かれれば声をあげ、涙を流し喜んだ。これで最後なのだから、と。 伝わらない言葉でさようならと呟いて意識を手放した。 剣八はいつもの様に気絶した一護を風呂に入れ、処理を済ませて同じ蒲団に寝た。 何時間経ったのか、一護がふと、目覚めた。隣りにいる剣八を見つめて寝ているか確かめるために、頬にキスをしてみた。 起きて来ない。寝ているようだ。一護は寝所を出ると、静かに静かに、外へ出ていった。寝巻きを着ただけの小さな身体は裸足で外を彷徨った。 ―俺の身体から剣八の匂いがする・・・。 ―消さなきゃ・・・。消さなきゃ・・・。 気が付くと一護は昼間の小川にやって来ていた。川岸で寝巻きを脱いで裸になると何の躊躇もなく冷たい水の中に入っていった。 ばしゃばしゃと、髪から体まで水で洗ったがなかなか匂いは消えなかった。 ―どうして?どうして消えないの? ―消えて、消えて・・・、消えて! いつの間にか身体中に爪を立てていた一護。髪に、顔に、首に・・・。 胸に、腹に、腕に、足に、背中にと、手が届く範囲すべてに爪を立てた。 がりがり、がりがり、と血が流れても、肉が裂けても止めなかった。 「黒崎!黒崎!起きよ!黒崎!」 「う、あ?」 「目が覚めたか?何があった?何故このような姿になっておる?」 狛村が一護を揺さぶって起こしていた。どうやら気絶していた様だ。 「誰にやられたのだ?血だらけではないか!?」 「・・・んにゃー・・・」 「自分でやった?何故・・・?」 「(剣八の匂いが、消えなくて・・・、早く消さなきゃいけないのに、消えてくれなくて・・・)」 「それで、自分の身体を掻き毟ったのか・・・?」 こくん、と頷く一護。 「とにかく、四番隊へ行くぞ」 「にゃぁ・・・」 そこでまた意識を手放した一護。 四番隊。 「卯ノ花はおるか?」 「どうされました?狛村隊長、こんな夜更けに?」 「説明は後だ、こ奴を診てやってくれ・・・」 「まあ!一護君!なんて事に・・・!早く診察室へ!」 「うむ」 一護の治療を済ませ、卯ノ花隊長が訳を聞いてきたので、狛村は少し戸惑ったが一護から聞かされた剣八が遊郭に行っている事で、自分が邪魔になっているのではないか、ならば早く離れなくてはいけない、何処に行けばいいのかも分からないと言っていたと話し、先程風に乗って血の匂いがしたので行ってみると一護が血だらけの姿で倒れていた。起こして訳を聞けば、身体から剣八の匂いが消えないから掻き毟ったのだと。 「そうですか・・・」 卯ノ花隊長から黒いオーラが見えた気がした狛村。 「どうするのだ?卯ノ花よ」 「しばらくはここで預かります。恐らく同じ事を繰り返すでしょうから。その後で狛村隊長、貴方に預けても宜しいですか?」 「無論だ、更木には会わせられぬ」 「そうですね」 病室へと移された一護は、何事か呟きながら泣いていた。 翌朝、目を覚ました剣八は隣りに一護が居ない事に気付いた。 「おい、弓親、一護はどこ行った?」 「さあ?見てませんよ?」 「厠か?」 「隊長、僕は忠告しましたよ・・・」 「あん?なんだ?」 「いいえ、なんでも?」 「剣ちゃん!いっちーが入院したってホントなの!」 「はあ?どういうこった?」 「どういうことです?副隊長!」 「だって、昨日血だらけで倒れてたの狛ムーが見つけて四番隊に連れてったって聞いたよ?」 「血だらけって、どうしてそんな事に・・・」 「分かんない、だから剣ちゃんに聞きに来たの」 「隊長?」 「四番隊に行ってくる・・・」 「ハイ」 「お引き取り下さい」 卯ノ花隊長の丁寧だが有無を言わせない拒絶にあってしまった剣八が喰ってかかる。 「何でだよ、とっとと会わせろ」 「会いたくないそうです、お引き取り下さい」 「んなっ!」 「卯ノ花よ、邪魔をするぞ」 「狛村隊長、どうぞごゆっくり」 「うむ、黒崎、気分はどうだ?」 「にぃ・・・」 「そうか、だが無理は良くないぞ、いま暫くは休んでおれ」 「にゃぁ・・・」 「ん?ああ、更木が来ておるが会いたいか?」 ふるふると横に首を振る一護。 「そうか、ならば怪我が治るまで安静にしておれ」 「ふにゅ・・・」 「ではな、もうおやすみ・・・」 「みィ・・・」 一護の病室から出ると剣八が掴みかからんばかりの勢いで睨んでいた。 「何か用か、更木よ」 「なんでてめえが一護の部屋に入れんだよ!」 「血だらけの黒崎を見つけてここまで運んだのが儂だからだが?」 「なんでそんな事になったんだアイツは!」 「さあな、貴公の方が詳しいのではないか?」 「んだと?一護!」 無理矢理病室へと踏み込む剣八が見たものは、全身を包帯で巻かれた、痛々しい一護の姿だった。 「い、ち、ご?何があった?!どうしたんだ!これは!」 「や、いにゃあ!」 怯えた顔でこちらを見る一護の耳は完全に寝てしまっていた。小刻みに震える身体からは、新しい血の匂いがしていた。 「誰にやられた?・・・一護!」 「ひっ!う、うあぁあん!わあぁん!いにゃあ!いにゃああ!」 「やめよ、更木。まだ分からんのか?黒崎がこうなったのは貴公のせいであろうが」 「ああ?俺が何したってんだよ?」 はあぁ、と息を吐くと狛村は、 「お主は黒崎よりも遊廓の女子の方が良いのではないのか?黒崎はそれを気に病んでおるが?」 「なっ!お前、なんでそれ!」 「にぃ、にああ」 「店の二階からお主が見えて、店の中に入って見たそうだ、お主と遊女の交わりをな・・・」 「みい、みああ、みあぁ・・・」 「もう自分は邪魔だろう?無理しなくて良い、離れるから、別れるから、お願いだから、忘れさせて・・・」 「みぃ」 「さようなら」 「一護・・・!」 剣八を見上げる一護の眼には新たな涙が溜まっていた。 「更木よ、この傷は黒崎が自分で付けたものだ・・・」 「な、に・・・?」 「お主の匂いが身体から消えないと、早く消さなければいけないのに消えないから、掻き毟ったそうだ・・・」 「・・・・・・」 「自分が、貴公の邪魔になるのが嫌だったようだな、分かったなら、ここから帰れ、一人にしてやれ」 「ち・・・!」 遊廓に行っていたのがバレていた。それが一護を傷付けた。確かに弓親に何度も言われていたことだ。 まさか別れを告げられるとは思っていなかった。それだけ傷が深かったという事か・・・。 「悪かったな、一護・・・」 踵を返してその場を後にする剣八。その後ろ姿を見ながら一護はベッドに潜り込んだ。 数日後、首元の傷以外は治ったのでそこだけ包帯を巻いて一護は退院した。 十一番隊には戻れないので、七番隊に身を寄せた。 第3話へ続く 09/03/31作 すれ違いと言おうか何と言おうか・・・。これも修羅場ですか? |
|
文章倉庫へ戻る |