題「鬼事」3
「う、んん・・・」
一護が目を覚ました時そこは、懐かしい母と暮らした巣穴だった。
「? 此処は・・・?」
「俺らの巣穴だよ」
「!にぃに!あ、痛!」
腰と身体に鈍い痛みが走った。
「大丈夫か?安心しろ、もうあんな所にお前を置いて行かねえ・・・」
「にぃに?」
「一護、これからはずうっと一緒だ、もう離れねえよ・・・」
どこかうっとりと囁く兄に、背筋が寒くなった一護。
まだ体力が回復していないのか、眠くなった一護。
「眠いのか?寝るなら狐に戻った方が回復が早いぞ」
「ん、そうする・・・」
自分がここにいるという事は、剣八は自分を手放したのだろう。どうして?と思ったが、ヒトとケモノが夫婦なのが異常なのだと言い聞かせた。
どうか、子供達は幸せになってほしい。ゴメンね、迷惑ばっかり掛けて、それでもあんたを愛せて良かったよ。
一護は、狐の姿に戻ると母の骨を一舐めして、丸くなって眠った。

「一護、一護・・・」
その一護の背後に回り、長い鼻でフンフンと匂いを嗅ぐ白。
「やっと手に入れた・・・、やっと見つけた、もう離さない、一護・・・」
ぺろぺろと毛並みを舐めながら独白を続ける・・・。
「やっとの思いで帰って来たんだ・・・、かか様に、お前に会えると思った・・・、なのに此処にあったのはかか様の骨だけだ・・・、どれだけ絶望したと思う?風の噂で金色の狐がヒトと結ばれたって聞いてすぐお前だと分かった。何でだよ?なんでお前は人間なんかと祝言を挙げたんだ?」
「・・・剣八は、かか様の敵を討ってくれたんだよ・・・」
寝ているとばかり思っていた一護が呟いた。
「起きてたのか・・・?」
「ううん、今起きたの・・・」
「かか様の敵ってのはどういうことだ?」
「あのね、かか様は俺を庇って、化け物に斬り殺されたの・・・、剣八達はホロウって呼んでる。もう一年経っちゃったけど、かか様が俺を庇って斬られたの・・・、この巣穴まで俺を連れて来て、くれたけど!つ、次の日に死んじゃった・・・!」
「一護・・・」
「俺が、俺のせいなの・・・、かか様死んだのは・・・」
「違う!お前のせいじゃねえ!」
「・・・ありがと、それでね、半年ぐらい経ったあの日に俺はかか様を殺したホロウを見つけたの、殺してやろうと思って飛びかかろうとしたら、剣八が斬り捨てたの」
「ふうん・・・」
「それで、お礼が言いたくて、人の姿になって瀞霊廷に行ってね、お礼を言ったの・・・」
「じゃあそこで帰ってくれば良かったじゃねえか」
「うん、でも剣八がここに居ても良いって言ってくれたの、俺の髪を撫でて褒めてくれた、かか様みたいに・・・」
きっと、そこで恋に落ちたんだろうな・・・。
「これからは俺が褒めてやる、ちゃんと毛並みも舐めて整えてやる」
「ありがとう、にぃに・・・、でも疲れたから寝るね・・・」
「ああ・・・、お休み一護・・・」

「いっちー、もうどこにも行かないって言ったのに!嘘付いた!嘘付きはいけないのに!」
朝からがなり立てるやちるに、剣八は怒ることもせず、静かにこう言った。
「あいつが悪いんじゃねえ・・・、俺が悪いんだ・・・」
「剣ちゃん・・・?」
アイツは、俺の手を握ってた筈なのに俺が離しちまった・・・。

アイツはこんな俺に『幸福』とやらをくれたのに・・・。信じられぬ程の温もりを分け与えてくれた。笑って傍に居てくれるだけで満たされた。もう横に居ない、それだけで乾いていく・・・。昔に戻ったようだ・・・。指先から乾いて乾いて、いつか崩れ去ってしまうんじゃないか―。それを止めるために剣を振るっていた殺伐とした時代に・・・。
「とと様・・・」
「とと様・・・」
「なんだ・・・」
「・・・かか様はどこに行ったんですか?」
「白い男の所に帰った・・・」
「でも!かか様はあたし達のかか様だもん!とと様のかか様だもん!そんなの、そんなのウソだもん!」
うわあぁあん!と十六夜が泣きだした。朔も泣くのかと見てみると、そんな妹を慰めている。
人前では決して泣かなかった十六夜、泣き虫だった朔。今は逆転している。
「・・・仕事だ、行ってくる」
「行ってらっしゃい、とと様」
「ひっく、行って、らっしゃい、とと様、ひっく」

 剣八が仕事に行った後も泣き続ける十六夜。朔も泣きたかったが今は泣けない・・・。普段は隠している妹の弱い所を兄である自分が護ってやらねばいけないのだ。
「かか様ぁ、かか様ぁ、どこにも行かないって言ったのに〜」
「いっちゃん・・・」

 母の居ない朝・・・。物凄く異質だった、加えて父である剣八はずっと黙ったままだ。明るく温かな母の声もご飯もなく、ただただ静かな部屋があるだけだった。
「いっちゃん・・・、様子を見よう。もう少しして、少しでも情報を集めてかか様を探しに行こう」
「そんなこと、出来るの・・・?どこに行ったのかも分かんないんだよ・・・」
「でも、この世界のどこかに居るよ。いっちゃんが怖いなら僕が一人で行くよ。その代わりとと様をよろしくね?」
「朔、にぃに・・・」
十六夜は涙を拭いて、
「分かった!でもあたしも付いていく!あたし達でかか様取り戻して、とと様をびっくりさせよう!きっと喜んでくれる!」
朔の手を握った。
「うん!」
子供達の計画が始まった。

 それとなく、周りの大人たちに聞いてみる。
「ねぇ、かか様ってどこに住んでたの?」
「なんでそんなこと聞くの?」
弓親に聞かれて十六夜は、
「だって、かか様居なくてさみしいんだもん・・・、かか様のお話聞きたいの・・・」
と、嘘泣きも交えて色々聞きだした。
「一護君はね、あの山に住んでた狐だよ。金色の毛並みがとても美しかったよ」
と指差した方角に神経を集中すると、母の霊圧を感じた。
「ふうん、ここでとと様と出会ったの?」
「いいや、山だって言ってたよ。お礼を言いにここに来て、隊長がここに住めって、一人ぼっちなんだったらいいだろって」
「そうなんだ・・・、かか様も一人ぼっちだったんだ・・・、白い男も一人だった・・・」
「そうだね・・・、そして自分のお兄ちゃんだったなんてね」
「そうね、でもかか様の家族なんだったらここで住めばいいのよ、かか様も居るんだから」
「そうだね・・・」
弓親はそれきり黙った。十六夜は、
「寂しいって言ってたのとと様には言わないでね・・・」
とお願いした。
「うん、分かったよ」
快く頷いてくれた。

 朔は、色々と日持ちする食糧を集めていた。干し肉や、ソーセージ、干し魚、乾パンなど集めてリュックに詰めた。
「あ、いっちゃん、どう?何か分かった?」
「え〜と、住んでた山の方角だけ、集中すればかか様のチカラが感じられるかな?朔にぃは?」
「僕は食糧、これだけあればいけるかな?後は魚でも捕って食べよう、行く時はおにぎりでも作れば良いから」
「うん、頑張ろうね、朔にぃ・・・」
「うん、いっちゃん」

 巣穴の中で一護は白の帰りを待っていた。白は狩りに出掛けている。一護を手に入れてから白は一護を甘やかしている。
狩りは全て自分が行き、一護には一切させなかった。
一護はどこか居心地が悪かったが何も言えなかった。
「一護、帰ったぞ、今日は兎が捕れたぞ」
白い毛皮を血で赤く染めていた。勿体ないなぁ、とぼんやり考えていると、
「どうした?気分でも悪いのか、一護」
「ううん?お帰り、にぃに」
「ただいま、ほら食おう」
「うん」
白は兎の足を食べやすいように千切って一護にやった。
ぴちゃぴちゃ、と血の滴る生肉を貪り喰う一護。
「一護、肝食うか?心臓もあるぞ」
「え?にぃには?」
「俺は良いからお前食えよ、な?」
「ん〜、じゃあ半分こにしよ?ね?」
「いいのかよ・・・」
「うん、にぃにが捕って来てくれるんだもん」
言いながら半分ずつに分ける一護。
食事が済めば、汚れた一護の口の周りの血を舐め取る白。
水を飲みに行く一護、白も付いてくる。川の水で血で汚れた毛皮が真っ白になる白。
一護は川面に映った自分の姿を見た。長い鼻に、金色の毛皮、細いひげ。どこからどう見てもケモノ。
「帰るぞ、一護」
「うん・・・」
暫く二匹で日向ぼっこをして、毛繕いをし合った。
「一護、お前の毛並みはキレイだな、お日様みたいだ」
「にぃにはお月さまみたいにきれいだよ」
フンフンと顔のあたりをくすぐる様に匂いを嗅ぐ白。時折、ちゅ、とキスの様な事もする。
「くすぐったいよ?にぃに・・・」
「一護、一護・・・」
ぺろぺろと舐め続ける白。そのうちはぐはぐと項を甘噛みし始めた。
「んや、にぃに、やめてよぅ、いや!」
一護の強い拒絶の声に我に帰る白。
「あ、悪い・・・」
「ううん・・・」
剣八を思い出すからああいうのは、やめてほしい。もう二度と逢えないのだから・・・。
剣八の事も、子供達の事も忘れる事は出来ないだろうけど、身体が思い出すのは始末が悪いから・・・。

だけど、白は過剰とも言える毛繕いを止めなかった。一度始めるとそれこそ全身の毛並みを舐めて整える。

 だからだろうか、一護の体調の変化に一番に気付いた白。
「一護?お前痩せてきてないか?」
「ん・・?そう?」
「メシもあんまり食わねえしよ、どうした?」
「分かんない・・・、ただ、あんまり食べたくないの・・・、すぐオエッてなる・・・」
「病気か?どっか痛ぇトコとかは?ないか?」
「うん・・・、平気、大丈夫だよ、ありがとう・・・」
なんとか笑う一護だが、息が荒い。
(俺、死んじゃうのかな?死んだら・・・、剣八の所へいけると良いな・・・。空気みたいに邪魔にならない様に、ずっと傍で剣八と子供達を見ていたい・・・)
はっ、はっ、と荒い息を吐きながら思った。
(それくらいは許してくれる?2回も裏切って、傍を離れちゃったけど、死んだ後なら、傍に居てもいい?)
目を閉じて瞼の裏に愛しい家族を思い浮かべた。

 夜になり一護は巣穴を出ると川に行った。ここ最近毎日の様に来ている。白には水を飲みに行くと言っているが本当は勝手に流れる涙を見られない様にするためだ。
今夜も一人訪れては、声もなく泣いていた。心をよぎるのは、剣八や子供達のこと。
「元気かな?朔も十六夜も剣八に我が儘言ってない?お酒の飲み過ぎは駄目だよ?剣八・・・」
ぽろぽろと涙を零しながらぽつりぽつりと呟くと、水で顔を洗い涙を消すと、巣穴に戻った。
半月が道を照らしていた。
「大丈夫か・・・、一護・・・」
「あ、にぃに起しちゃった?」
「いや・・・、あんまり無理すんなよ、何か食いたいもんないか?肉や魚が駄目なら果物取ってくるぞ?」
「ううん、ありがと・・・、にぃにこそ無理しないで?とと様みたいにならないで、俺を置いて行かないで・・・」
儚く微笑むと横になる一護。
「ああ、置いて行かない、安心しろ・・・」
「うん・・・」
ゆっくりと目を閉じる一護。

護廷では、子供達が行動を移そうとしていた。


第4話へ続く




09/04/03作 次は子供達が山へと入って行きます。

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