題「雨」5 | |
現世に訪れた剣八はすぐに一護の家へと向かった。 2階の部屋にはぬいぐるみのコンが、だらだらとベッドで寝ていた。 「・・・おい」 「うおう!何だ何だ!ってあんた!」 「一護は」 「え、学校ですけど・・・」 にじにじとドアの方へ逃げるコン。 「ふうん・・・。待たせてもらうぜ」 「ご、ご自由に・・・!」 それだけ言うと遊子達の部屋に逃げ込んだコン。 「フン・・・。ん?何だこりゃ、俺宛て?」 それは一護が買った剣八への贈り物だった。 「馬鹿丁寧な包装だな・・・、つーか、さっさと渡しゃいいのによ」 そんなことを言っている内に時間が過ぎた。 学校が終わると何もすることがないので、真っ直ぐ家に帰る一護。 ガチャン、と家の鍵を開け、また閉めた。 トントン、と階段を登って自分の部屋に入る一護。 「ただいま、コン。大人しくしてたか?」 「よう一護、元気そうだな?」 部屋に入った一護が目にしたものはベッドに腰掛ける剣八の姿だった。 「なっ!剣八!何でここに!」 「テメェが来ねえから迎えに来てやったんだよ」 さも当然だと言うように答えた剣八。 「報告はやってる・・・。迎えなんか要らねえ。さっさと帰れよ・・・」 机の上に鞄を置いて剣八を見ないようにした。 「なあ一護?なんだ?コレは?」 「か!関係ねぇだろ!触るなよ!」 慌てて紙袋をひったくった。 「俺宛てじゃねぇか、可愛いなぁ一護」 「可愛い・・・?その言葉ノイトラにも言ってたな、馬鹿にしてんのか?そんなにガキからかって楽しいかよ!」 「一護」 「どうせ・・!どうせ俺は黒い髪じゃねえよ!歳だって!アイツに比べたら赤ん坊みたいなもんだよ!ちくしょう!欲しけりゃやるよ!出てけ!帰れよ!帰れ!」 剣八に紙袋を投げつけた一護。 「おい一護」 「帰れ!」 「ちっ!わあったよ!」 その場から剣八が居なくなると泣き崩れた一護。 「う、うう!うあああ!ひっ!ひっ!うっく!」 落ち着くと、制服を脱いでハンガーに掛け、部屋着に着替えた。 「くそっ!みっともねえ・・・!」 ベッドに倒れ込みながら呟いた。 (あの服・・・。気に入ってくれるといいな・・・) そう思った途端自嘲の笑みがこぼれた一護。 「あ、あのー・・・、一護?」 ドアが細く開けられ、コンが様子を窺っていた。 「コンか?ワリィけど今から報告行くからよ・・・身体頼むな・・・」 「う、うん、分かった」 コンと身体を入れ替わる。 「いってぇ!一護、肩痛いよ!」 「あー・・、わり。昨日虚にやられたんだ」 「最近怪我が多いな・・・。何かあったのか?」 「何でもねえよ・・・。心配すんなよ!メシは遊子がカレー作ってくれたから、それ喰ってくれ。じゃな」 瀞霊廷。 一番隊で報告を済ませると、一護は待ち構えていた乱菊に捕まった。 「一護!今日はあたし達と一緒に飲みましょ!」 「飲むって、酒ですか?」 「他に何があんのよ、嫌なことは飲んで忘れましょ!」 「・・・。そうですね・・・、お言葉に甘えて・・・」 一護は乱菊の行き付けの店へと連れて行かれた。そこには京楽隊長も居た。 「やあ、一護君。さ、座って座って!」 「はあ・・・」 個室になっている部屋のお膳の前に座る一護。 「一護君は結構飲める方なのかな?」 「ん〜、弱い方だと思いますよ」 「おやまあ、じゃあ、いつもよりは弱いのを頼んだ方がいいねぇ」 「そうですね、色々頼むから飲み比べてみなさいよ、一護」 「はい」 乱菊が注文をする。暫くして酒と肴が届いた。 「さ!飲みましょ!乾杯!」 「っと、乱菊さん、杯で乾杯って」 「細かいことは言いっこナシよ!飲めりゃいいんだから!」 笑って手の杯を呷る乱菊に続き、飲み干す一護。 小一時間ほど飲み食いを続け、一護の呂律がおかしくなってきた。 「ひっく!ら、乱菊しゃん、も、無理ぃ・・・」 「なにー、だらしないわねぇ、これくらいで」 「らって、これ、けっこう強いれしょ?」 「まあ、お子様には強いかもねー」 けらけら笑って、追加注文をしている。 ゆらゆら揺れている一護が柱に倒れた。 ゴィンッ!と音がした。さぞや痛がっているだろうと見てみると普通の顔をしていた。 「ちょ、っと一護?あんた頭痛くないの?」 「え?ああ、大丈夫ですよ。こないだから身体に痛みとか感じなくなっちゃってますから」 「ちょっ!それって大変じゃないの!」 「そうですか?俺は楽ですけど?」 「一護・・・」 「可笑しいんですよ?怪我しても痛くないんです。一瞬熱くなって、生温い液体が流れていくのを感じるんだけど痛みだけが感じなくって」 くすくすと笑う一護。 「そんな事があるはずないじゃない!」 「って言われても・・・。京楽隊長、ちょっとその簪(かんざし)貸してもらえます?」 「ん?これかい?」 何に使うか何となく分かっていたが渡した。 一護はその簪を自分の手の甲に突き立てた。貫通した傷跡からは、簪を伝って血が流れた。 その手を目の前に翳すと一護は、 「ね?痛くないんですよ・・・」 とヘラヘラ笑った。 「一護!」 「ああ、汚しちゃった・・・。すんません、京楽隊長」 「一護!」 乱菊が悲痛な顔で一護を呼んだ。 「ほら、コレが昨日虚にやられた傷。まだ皮が薄いでしょ?こっちがこの間の傷で、こっちは腕が千切れかけても痛くなかったんです・・・」 「一護ぉ・・・」 死覇装を肌蹴て、傷跡を示していく一護を抱き締める乱菊。 「どうしたのよ?何があってあんたがこんなになっちゃったの?!」 「何だろう・・・?ただ、剣八が・・・」 「更木隊長が何!?」 「ノイトラを抱いてた・・・」 「一護・・・」 「一護君・・・」 「それがすごく痛かったんだけど、俺は痛くないって自分に言い聞かせたんだ・・・。じゃないと、崩れて行きそうで・・・」 足元から、何もかもなくなりそうで・・・。 「あ・・・、これ、返しますね・・・」 ずるっと簪を抜いた一護は、 「ああ、こんなに汚れちゃった・・・。俺みたいだ・・・」 と呟いた。 「どこがよ!あんたはあんなに血まみれじゃないわ!一つも汚れちゃいないじゃない!」 「違うよ乱菊さん・・・。俺はいつだってアイツが憎かった・・・!俺から剣八を取って一緒の蒲団で寝てるアイツが・・・!」 ぎゅうっと乱菊の死覇装を握り締め、 「何度も見たんだ、アイツが剣八の部屋に居るの・・・、その度に胸が痛くて・・・!俺は・・、アイツみたいな綺麗な黒髪じゃないし、剣八がしたがってる斬り合いも出来ない。俺はもうあいつに刃を向けられない・・・!俺なんかに負けるはずないけど、大事な人に剣は向けられない・・・。俺は用無しだ・・・、斬り合いも出来る、セックスも出来るノイトラの方が良いに決まってるんだ」 必死になって言い募る一護を抱き締める乱菊。 「一護・・・」 うっ、うっ、と泣く一護を抱きながら京楽隊長の方を見ると頷いて、 「一護、取り敢えず手の治療をした方が良いわ。四番隊へ行きましょ?身体の事も卯ノ花隊長には言っといた方が良いわ」 「そうだね、僕らも一緒に行ってあげるからさ」 「す、すいません・・・」 店を後にした3人。 千鳥足の一護の肩を支えながら京楽が、 「あっと、そう言えば一護君肩を怪我してたんだったねぇ」 「へ?痛くないれすから、らいじょーぶれすよ」 「身体には悪いでしょ?ほら着いたわよ一護」 「すんません・・・」 「まあ、どうしたんですか?一護君、お酒の匂いに、その手の傷は?」 「話せば長くなるんで、取り敢えず、診察してあげて下さい」 「そうですね。どうぞ」 と卯ノ花隊長に診てもらった。 「ご自分でやった?どういう事ですか、一護君?」 「え〜っと、俺がこの間から痛みを感じないって話をしたんですけど、二人とも信じてくんなくて、それで簪でサクッと・・・」 「痛みを感じない?本当ですか、一護君」 「あ、卯ノ花さんも信じてない!もう!ほら!」 と言って、一護は傷の穴に自分の指を捻じ込んだ。 「おやめなさい!」 「ね?信じてくれます?」 「そうですね、今の貴方の身体には反射はあってもそれを抑えようとする動きは見られませんでした」 「何かねえ、精神的な事で痛覚が麻痺したみたいでねぇ」 「精神的なこと・・・。更木隊長ですか?」 「さっすが!鋭いね!」 「何があったかお聞きしても?」 「別に大した事じゃないですよ・・・。ただ・・、俺より良い相手が出来たって話で・・・」 「そうですか・・・」 卯ノ花隊長が乱菊に目配せすると無言で立ち上がり、外へ出た。 「乱菊さん?」 「さ、もう少し診察してみましょう。心理的なものでしたら治りますが、治るまでは危険です」 「何でですか?痛みが無い方が戦い易いんじゃ?」 「それは違います。痛みは自分の身体の状態を的確に知るためには必要不可欠なモノです。それが無かったらどれほどの傷を負ったか理解する前に死んでしまいます」 「そう、なんですか・・・」 「現に、腕が千切れかけたと仰いましたね?そのまま剣を振るっていれば、どうなります?」 「あ・・・」 「腕が無くなってしまいます。小さな怪我もそこから腐っていけば死に至ります」 「すいません・・・」 「失礼します」 乱菊が戻ってきた。 「あ、どこ行ってたんですか?」 「何でもないの。で?卯ノ花隊長、一護はどうですか?」 「何とも言えませんが、本人たち次第と言ったところでしょうか?」 「・・・本人たち?」 「邪魔すんぜ」 と突然入って来たのは剣八だった。 「あ・・・、何で・・!」 「あん?コイツラに呼ばれたんだよ。テメェこそ、酒くせえな・・・。こいつ等と飲んだのか・・・」 「あんたに関係ねえだろ!」 「俺以外と飲むなって言っといたが?こんな簡単な言いつけも守れねえのか?」 「てめえ・・・」 黙って見ていた乱菊達だったが、 「ざーらーき・隊・長 ♪」 「あん?」 右の横っ面を乱菊が思いっきり殴った。 不意の事でよろめく剣八。乱菊と京楽がタッチして左の横っ面を京楽が殴った。男の力はさすがに強くよろめいた剣八が器材をなぎ倒した。 「あっ!」 一護も突然の事に驚いていた。 「一護の心の痛みの何十分の一ですよ・・・。更木隊長」 「あ”あ”!?」 一護を睨みつける剣八。ビクッとして目を逸らす一護。 「どういうこった?」 「現在、彼は痛覚がありません更木隊長」 「なんだと?なんでそんな事になった?虚の毒か?!」 「毒・・・?そうですね、ある意味彼にとっては毒だったのでしょうね・・・。自分以外と寝る恋人の姿など・・・」 「卯ノ花さん・・・、やめて、下さい・・・。俺が悪いんだから・・・、俺が、もっと強かったら良かったんです・・・」 「何言ってやがる?テメエは充分強いだろうがよ?」 膝を折り、一護と目線を合わせる剣八。たったそれだけのコトなのに一護の中の張りつめていたモノが切れた・・・。 「じゃあ!じゃあなんで!ノイトラと寝てるんだ!俺が嫌になったんだろ!飽きたんだろ!じゃあさっさと捨てろよ!馬鹿にしやがって!」 「お前が嫌になった訳でも飽きた訳でもねえ・・・」 「嘘だ!前にもそうやって簡単に嘘付いたじゃねえか!俺以外は部屋に入れてないって言ったのに!ノイトラを入れてた!同じ蒲団で寝てた!」 「一護・・・」 「お前が俺以外を抱いてるって考えただけでも気が狂いそうなのに!実際お前はノイトラを抱いてた!なんで?なんで俺を見てくれないの!どうすればお前は俺を見てくれるの!俺だけを見てよ!バカァ!」 拳で目の前の剣八を繰り返し打つ一護。 「一護・・・」 グイッと一護を抱えあげた剣八が、 「こいつ連れてくぜ・・・」 「離せ!もうお前なんか知らない!京楽さんトコに行く!」 「あん・・・?させるかよ・・・」 周りの返事も聞かずに瞬歩で自室へと消えた剣八。 第6話へ続く 09/07/02作 乱菊さんと京楽さんとの飲み会。痛覚が麻痺している一護に剣八はどうするのか? |
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