題「子狐の恋」8
 部屋に戻った一護は、蒲団を敷いて潜り込み丸くなってカタカタ震えて声を殺して泣いていた。

カラリと障子が開けられた。
「一護・・・」
剣八だ。蒲団の横に座ると蒲団の中から一護が、震えた声で言った。
「ごめんなさい、ごめんなさい、許して、許して、もう言いません、もう遊廓に行っても嫌だとも思わない様にするから、追い出さないで、ここに居させて・・・」
「怒ってねえ・・・、ただな、これは仕事だ。遊びじゃねえんだ、お前は連れて行けねえ。大人しく帰りを待ってろ」
「・・・帰ってきてくれるの?とと様みたいに居なくならない?かか様みたいに眠ったままにならない?」
「ならねえ。お前が嫌なら遊廓にも行かねえよ。そんなに匂いが嫌なら最初から言えってんだ」

・・・言えないよ。だって俺はヒトじゃない。狐だもん。獣とヒトは結ばれない。結ばれちゃいけない。
だから、この想いは・・・、言えないんだきっと・・・。

「ごめんなさい・・・」
お前に恋して。お前を好きになって・・・。何も言わないから傍に居させて・・・。
「ちっ、俺も寝る」
蒲団をめくり横に来る剣八。
「あ・・・」
「何泣いてんだ、お前も寝ろ・・・」
「う、うん・・・」
今日は誰の匂いもしない。剣八の匂いだけだ。やっぱり身体がむずむずした。突然ぎゅっと膝に抱き締められた。
「たった3日だ・・・、三回寝て起きたら帰ってくる我慢しろ」
「・・・うん・・・あったかい」
すう、すう、と寝息を立てて眠る一護の隣りで眠れない剣八。さっきのはなんだ?いきなり遊廓だの、女の匂いだのさせてる俺は嫌いだと?勘違いすんぞ?一護。




 翌朝、いつもと同じに調子に戻ったように見える一護。朝食後に弓親が浮竹の所へ連れていった。
「という訳で、遠征から戻るまでよろしくお願いします」
「ああ、良いとも。よろしく一護君」
「・・・」
コクンと頷くだけの一護。顔が強張っている。
「一護君?どうしたんだい?お饅頭でも食べるかい?」
ビクンと身体が揺れた。差し出された饅頭を凝視しながら、
「要らない・・・、それ食べると死んじゃうんでしょ・・・?とと様、真っ黒な血を吐いて死んだってかか様が言ってた」
「あ・・・!すまない、忘れていたよ」
「俺を、殺すの・・・?」
「そんな事はしないよ!すまない、怯えさすつもりじゃなかったんだよ」
弓親の死覇装の袖をきつく握り締める一護。
「一護君・・・、さっ、一旦うちへ戻ろうか」
「ん・・・」
首から下げている昨日剣八から貰った鈴を握りしめ歩きだす。
「弓親も、ちゃんと帰って来てね?とと様やかか様みたいに俺を置いて行かないでね?」
「帰ってくるさ、一護君が待っててくれるからね」
「うん・・・」
隊舎に戻り皆を見送る一護。笑顔を作って、心配させまいとした。
誰も居なくなると、はらはらと涙が溢れて止まらなかった。

 十三番隊からの迎えの者が来るまで止まる事は無かった。
「一護君、さっきはすまなかったね」
「ううん、俺の方こそゴメンね?」
「さ、好きな所で寛ぎなさい」
「うん・・・」
一護は、池が見える回り廊下に座ると丸くなって昼寝をした。

「あれ?隊長、一護君は?」
隊士の一人が雨乾堂にやって来た時に聞いてきた。
「縁側で昼寝をしているよ」
「そうですか、夕飯はどうします?」
「俺はここで良いが、一護君はどうする?」
「食堂でいいよ・・・」
何時の間にそこに居たのか、部屋の中に居た一護。
「そうかい?じゃあお金を・・・」
「いい。弓親に貰った」
「そうかい?気にしなくてもいいのに」
「してないよ、ホントにあるからいい」
「ふうむ、じゃあ俺も久し振りに食堂を使うか」
「隊長、お身体に触りますよ」
「最近は調子が良いから大丈夫さ。さ、行こうか一護君」
「うん、良いよ」
二人連れだって食堂へ行った。

 食堂。
「一護君は何食べるんだい?」
「んー、なんにしようかな?浮竹さんは?」
「そうだなぁ、何にしようか」
二人して首を傾げている様は微笑ましかった。
「俺、こないだ秋刀魚初めて食べたよ、その次はね白哉と一緒にとんかつ食べたの」
「そうかそうか、美味しかったかい?」
「うん!」
「おう、一護じゃねえか」
「恋次!あ!そうだ、聞いて聞いて!剣八から鈴取れたよ!恋次と白哉のお陰だね、ありがとう!」
首から下げている鈴を誇らしげに見せる一護。
「へえ、そいつぁすげぇな」
わしわしと頭を撫でてやった。
「晩飯か?何にするんだ?」
「まだ決まって無いの、浮竹さんは?」
「う~ん、なにがいいかな」
「俺はお肉が良いなぁ、お姉さん、お肉の入ったのってどおれ?」
くすくす笑いながら職員のお姉さんが、
「それでは、新作のハンバーグはどう?柔らかいし、感想聞かせて?」
「分かった、じゃあえと、はんばーぐ下さい!」
「はい」
「じゃあ、俺はぶりの照り焼き定食で」
「はい、こちらです、こっちがハンバーグね一護君」
「? なんで俺の名前知ってるの?」
「ここの人たちはみんな知ってるわよ、いつも美味しそうに食べてくれるから嬉しいわ」
「だって美味しいもの」
にこっと笑って答える一護。
「ありがとう、お野菜もちゃんとね」
「はあい!お味噌汁ある?」
「あるわよ、今日はにゅうめんなの」
「にゅうめん?なにそれ」
「お味噌汁の中にそうめんが入ってるのよ」
「ふうん、初めてだ」
自分の分を取って浮竹の分を待つ。
「やあ、待たせたね、席に行こうか」
「うん」
「一護。俺も良いか?」
「いいよ」
一護の正面に座る浮竹の隣りに座る恋次。
「いただきます!」
ハンバーグを一口食べる一護。
「美味しい!これすごく美味しいよ!すごいなあ、すごいなあ」
「いーちーごっ!」
振り向くといつものように乱菊の胸に挟まれた一護。
「んむ・・・」
今日は嫌がること無く、弱々しくきゅっと抱き返した。
「一護・・・、どうしたの?」
顔をあげると一護は、
「何でもないよ?ゴメンね、ソース付いちゃった」
乱菊の胸をペロリと舐めた。
「一護。言ったでしょ?無暗に女の人の身体に触っちゃダメって、まあ、今回はあたしが悪いんだけど」
「ごめんなさい・・・」
「いいのよ、今日は何にしたの?」
「新作のハンバーグだよ、すごく美味しいの!あ、ハイ手拭い」
「ありがと、じゃああたしもソレにしよっと」
「ここで食べる?」
「一護の隣り、空けといてね」
「うん!」
「一護君は、松本君と仲が良いんだねぇ」
「うん、かか様に少し似てるの、髪の色とか・・・」
「そうか」
「なあに?何の話」
「何でもないよ、今日も綺麗ね乱菊さん」
「お前、直球だな」
「ちょっきゅー?」
「いいから食べなさい」
「さっきの話だけどよ一護、詳しく聞かせろよ」
「うん?鈴の事?」
「そうそう、朽木隊長は何か知ってるみたいだけどよ」
「鈴?一護あんた更木隊長から一本取ったの?!」
「一本って言うか、木刀でこれ打ち落としたの」
「すごいじゃない」
「でも必死だったからよく分かんない、木刀腕で受けて骨折っちゃたの。卯ノ花さんに怒られちゃった」
「当たり前よぉ、でもすごいわ一護」
なでなでと優しく頭を撫でてくれた。
「あの更木隊長からなあ・・・」
「一護君は強いなぁ」
食事を終え、雨乾堂に帰る一護達。
「なんかすげえ違和感が・・・」
「何かね」
その後ろ姿を見ながら呟く乱菊達。心なしか一護の足取りも重そうだ。

 雨乾堂。
「俺、どこで寝るの?」
「ここで、俺の隣りに蒲団を敷くけれど?」
「ふうん」
如何でも良いという感じで頷いた。
「早く帰って来ないかな・・・、みんな」
「まだ1日目だよ、一護君」
「そうだね・・・、もう寝る・・・」
「そうかい?じゃあ蒲団を敷こうか?」
「自分で出来るよ、浮竹さんは寝てなよ」
「じゃあそこの押し入れに入ってるから」
「うん・・・」
一護はなるだけ埃が立たない様に静かに敷いた。さっさと着替えて蒲団に入った。
「おやすみなさい、浮竹さん」
「おやすみ、一護君」


眠れない・・・。一護は天井を見つめながら討伐に出た剣八達を思う。どうか無事でありますように・・・。
隣りに浮竹が居るからあまり寝返りを打つのも躊躇われ、視線ばかりが彷徨った。

早く帰ってきて、早く剣八の蒲団で寝たい。此処は違う。匂いが違う、部屋が違う、何もかもが違う!

蒲団を頭から被り、声を殺して泣いてしまった一護。
「・・・一護くん?どうしたんだい・・・?」
「な、なんでも、ないの・・・、っく、気にしないで・・・」
「・・・泣いてるのかい・・・?そんなに心細いのかい?」
「・・・っく、うっ・・・」
「後2日だよ、大丈夫、剣八は強いからね!心配はいらないさ」
「うん・・・、ゴメンね起しちゃって」
「いいさ、何かあったかいものでも飲むかい?」
「ううん、ちゃんと寝るよ、ありがとう」
少し落ち着いた一護は朝まで眠れた。

「おはよう!浮竹さん」
「おはよう・・・、一護君、早いね」
一護はもう蒲団を片付けていた。
「そう?十一番隊はこんな感じだよ、朝早いけど皆のんびりなの」
「へえ~」
「弓親がね、俺たちに朝ご飯作ってくれるんだよ。いつもすごく美味しいの!」
「そうかい、良かったね」
にこやかに聞いてくれる。話し続ける一護。
「でね、剣八とやちると、一角と弓親と一緒に食べるんだよ」
「そうかい」
「その後、お手伝いするの。書類を運んだりだけど役に立ってるのかな?」
「そりゃ立ってるさ、一護君がその仕事をしてくれてるから他の仕事が出来るんだよ」
「ふうん、良かった!俺今日は何してたらいいのかな?」
「じゃあ、同じ様に書類を運んでもらおうかな?」
「良いよ、朝ご飯食べてからね」
「ああ、すぐ来るよ」
言っていると二つの膳が運ばれてきた。
「さっ、一緒に食べよう」
「うん、浮竹さんはいつも一人で食べてるの?」
「まぁね、臥せってる事の方が多いからね」
「寂しくない?俺も一人だったけどすごく寂しかったよ?」
「そうか、でもここには部下もいるからね、大丈夫さ」
「良かった」

 食事が済んで、運ぶ書類を渡された。
「六番隊と七番隊ね、よろしく一護君」
「はあい!」

 六番隊。
「すいません、十三番隊の書類を持ってきました」
「あ、一護君おはよう。じゃあ隊首室に持っていく?」
「うん、そうする」
隊首室の扉をノックする一護。
「入れ」
「失礼します。十三番隊の書類を持って来ました」
「うむ、そこへ置け」
「うん、ここでいい?」
「うむ、一護更木から一本取ったそうだな」
「あー、正式な一本じゃないけどね、この鈴打ち落としたの」
ちりん、と一護の胸元で鳴る鈴。
「一本は一本、良くやったな一護」
白哉が褒めた。恋次はびっくりしたが自分もそう思っていたので顔には出さなかった。
「えへへ、ありがとう。でもまだまだだよ。もっと強くならなきゃね」
「そうか」
「うん、じゃあね」
「うむ」
「気を付けてな」
「はあい!」

 七番隊。
「十三番隊の書類を持って来ました」
「はい、御苦労さま。自分で持っていくの?」
「うん」
隊首室の扉をノックする一護。
「十三番隊の書類を持って来ました」
「うむ、一護か・・・、そこに置いてくれ」
「うん、分かった」
「一護、聞きたい事があるのだが・・・良いか?」
「俺に分かること?」
「うむ、鉄左衛門人払いと、儂と一護二人にしてはくれまいか」
「へい、、分かりやした」
「? なあに?」
「うむ、あまり聞かれたくは無かろうと思うてな」
「聞きたい事ってなあに?」
「一護・・・、お主、人では無かろう」
「え・・・?」
「霊力の高さから言っても霊獣に準ずるモノか?」
「あ、あの・・・」
「勘違いするでない・・・、言いふらすつもりはない。お主は害意がないからな」
「でも、いつから?知ってたの?」
「そうさの、初めてここに来た時か、五郎に驚いて儂によじ登った時か。匂いと霊圧でな」
「剣八に言う・・・?」
「いや、言うつもりは無い」
「お願い!言わないで!バレたらきっと一緒に居れなくなっちゃう!俺ここに居たいの、剣八と離れたくないよ!」
「一護、お主更木に焦がれておるのか?それがどういう事か・・・」
「分かってるよ・・・、だから俺は言わないって決めたの。少しでも長く傍に居たいから、一日でも良いの、一秒でも長く居たいの。だから・・・!」
「分かった、だがバレた時はどうするのだ?」
「ここを出て行くしかないよ、剣八に嫌われたくないもん。それに獣と人は結ばれないって、例外以外は破滅するってかか様が言ってた」
「例外?」
「うん、お互いが好き合って、離れられない相手だって。でも剣八は俺と3日離れても大丈夫だから違うね・・・」
悲しそうな笑顔で呟いた。
「それで?その相手となら結ばれるのか?」
「うん、満月の晩に祝言を挙げて、初夜の儀を済ませて夫婦(めおと)になるんだって。月の魔力を借りて結ばれるの。でもこれは男女の話・・・、剣八は男で俺も男、祝言なんて挙げてもらえない・・・」
「一護・・・」
「しかたないよね・・・。自分でも何でこんなにも剣八が好きなのかなんて分かんないんだもん」
「一護、済まぬ。余計な事を聞いた・・・」
「ううん、気にしないで・・・。でも俺皆も好きだよ、狛村さんも好きだよ」
「そうか、ありがとう一護」
「じゃあ、俺帰るね」
「うむ、気を付けるのだぞ」
「うん!」

 帰り道、いつもの癖で十一番隊へ行ってしまった一護。当然誰も居なくて静まり返っていた。
縁側に座ってさっき狛村隊長に言われた事や、言ったことを思い出して泣いてしまった。
(大丈夫、大丈夫、言わなきゃ、バレなきゃここに、傍に居られるからっ・・・!)
「うっ、ひっく、ふっ、うっ、うっ、えくっ、えっ、えっ」
そのうち眠ってしまった一護。優しく揺さぶられ起こされた。
「・・・護、一護、起きなさい、風邪ひくわよ?」
うっすらと目を開けると金色の髪が見えた。一護は思わず抱きついた。
「かか様、かか様、会いたかった会いたかった・・・!」
「ちょっ・・・、一護?」
「かか様、ごめんなさい、約束破って・・・、俺好きなヒトが出来たの、でも何も言えないからきっと大丈夫、言わないよ俺・・・」
「一護・・・」
「だって、ずっと居たいの・・・」
涙の後を見つけた乱菊が呆れたように溜め息をつくと、
「一護!起きなさい!風邪ひくでしょ!」
「わあ!」
目を覚ますと乱菊が居た。
「乱菊さんだ、かか様じゃない」
「一護、浮竹隊長が心配してたわよ?仕事から戻らないって」
「え?あ、そうかあの後ここに帰って来ちゃったんだ」
「元気出しなさいよ、明日には帰ってくるんだから」
「うん、そうね・・・」
一緒に雨乾堂に帰る一護。

「ああ!一護君!心配したんだよ、大丈夫かい?」
「うん、心配掛けてごめんね?」
素直に謝る一護。その後は縁側でずっとぼーっとしていた一護。不意に、
「ねえ、浮竹さん聞きたい事あるんだけど良いかなぁ」
「なんだい?一護君」
書類を書きながら話を促す。
「うん、あのさ俺、誰かを想うとね、胸が苦しくなるの、でもね変なの、苦しいのに嫌じゃなくて何かがね溢れてくるの」
「溢れる・・・?どんな風に?」
「ん~、なんて言ったらいいのかなぁ、涙が溢れるのに近いかな?」
「なみだ?」
「うん、自然と、知らないうちに溢れてるでしょ?なんなのかな、コレって」
「ふふっ、一護君は誰かの事が好きなのかな?とても愛しているように聞こえるよ」
「愛?なにそれ?」
「ううん、難しいな、愛にも色々あるからね、親子愛とか友愛とか情愛とかね」
「ふうん、難しい・・・」
「そうだねえ、難しいね、きっと分かる時分かるよ」
「うん・・・」
「明日には剣八達も帰ってくるから、今日もここで寝よう」
「うん、ありがとう」
そうだ、明日には帰って来てくれる。怪我してないかな?弓親元気かな?一角もやちるも、みんなみんな・・・!

 夕飯を一緒に食べて、お風呂に入った一護はすぐに蒲団に入って寝た。浮竹が苦笑を洩らして見ていた。
(きっと、剣八の事が大好きなんだなぁ、可愛いな。剣八は分かってるのかな?)
年甲斐もなく幼い恋の行く末が気になった浮竹だった。


第9話へ続く




09/02/05作 寂しさ満開の一護と狛ムーに正体がバレちゃってました!ハラハラ!はてさて剣八との恋の行方は!?
まだ続きます。長いよ・・・




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