題「子狐の恋」7
「ねーねー、弓親、お弁当ってなあに?」
「お弁当?ん〜、お弁当箱にご飯とおかずを入れて外出先で食べる食事の事だよ」
「ふうん、でも乱菊さんがほっぺに付いたご飯粒もお弁当って言ったよ?」
「それはね、持ち運んで食べるお弁当に掛けてるんだと思うよ」
「ふーん、じゃあ俺明日からお弁当作る。白哉のとこで食べよ」
「作れるの?一護君」
「ご飯あればいいよ」
「そういう訳にもいかないでしょ?向こうが気にするよ、食堂で仕出し弁当が売ってるからそれ買いなよ」
「うん、いつもごめんね、お金貰って・・・」
「一護君はお手伝いしてくれてるんだから、気にしないで良いの!」
「ん・・・、分かった」

 白哉に稽古を付けてもらって数週間。メキメキ力を付けてきた一護。何時もお手伝いの後で来ている。
「すごいっすね、一護の奴」
「うむ、更木と手合わせして欲しい物を手に入れたいのだろう」
「欲しいもの?」
「何故、あんな物が欲しいのか分からんがな」
「はあ・・・」
もう下位の隊士では敵わないほどの霊圧と剣術を身に付けた一護。
「白哉!俺強くなった?」
「うむ、まだまだではあるが飲み込みが早い、兄は見所がある」
「みどころ?」
「強くなるって意味だよ」
恋次が説明してやった。
「ホント!剣八と手合わせ出来る?ずっと一緒に居られる?」
「何故兄はそれほどまでに更木に執着するのだ?」
「え・・・、おかしい?」
「いいや、、ただ不思議に思うただけだ」
「だって、剣八がかか様の敵を討ってくれたんだ、剣八がココに居ても良いって言ってくれたんだもん、たくさんのモノをくれたんだ!」
だんだん語気が荒くなってきた一護。
「剣八が居なきゃ、俺はずっと一人ぼっちだったんだ!だから、だから、おかしくない!」
「分かった、落ち着け一護」
はっと、我に帰る一護。
「ご、ごめんなさい・・・、俺・・・・」
「いいや、私も悪かった。傷に触れてしまったな・・・」
「俺、怪我してないよ?」
首を傾げる一護。
「身体の話ではない・・・。心の話だ、心もまた傷つくものだ・・・」
「そうなの・・・」
「もううちで教える事は無いな、明日から十一番隊で稽古をつけてもらうといい」
「ほんとに?」
「うむ」
「今まで、ありがとうございました!白哉、恋次」
「うむ」
「いーってことよ、頑張れよ、向こうは荒いからな」
「うん!分かった。白哉、字も教えてくれてありがとう、嬉しかった」
「うむ」
きゅるるる〜と一護の腹の虫が鳴いたので食事になった。
隊舎の縁側でお昼になった。一護は仕出し弁当、白哉はお重に入った弁当、恋次は握り飯だった。
「俺、お弁当初めてだったけどこれも美味しいね。なんかすごい楽しいや」
「良かったな、一護」
にこにこ笑う一護に微かに笑い返してやる白哉。
「うん、でも明日から食堂で食べるね。また一緒に食べようね!」
「うむ、機会があればな」
「えへへ、楽しみ。ねえ、恋次が食べてるのなあに?」
「ん?握り飯だよ、知んねえのか?」
「うん、知らない。何それ」
「飯をこう、三角とか、丸形に丸めた飯の事だ、中に梅干しとか鮭とか入れたりもすんぞ」
「へえー、梅干しってあの赤くて酸っぱいやつでしょ?恋次食べれるの、すごいや」
「いや、あんま好きじゃねえよ」
「俺ね、こないだ明太子食べたよ、アレ好き」
「へえ、辛いんじゃねえのか?」
「ちょっとね、でもそんなに辛くなかった」
「ほう、一護は辛い物が好きか」
「んー、辛いものって言うか、明太子が好き。甘いものも好きだけど、饅頭怖いし・・・、白哉は辛い物が好きなんでしょ?」
「ん?うむ、甘いものよりはな」
「そっかぁ、じゃあこれいらない?飴玉。疲れてる時は甘いものが身体に良いって聞いたから・・・」
その手の平には、ころんと可愛い包みの飴玉が六つ。
「恋次と一緒にどうかなって思って」
「いや、ありがたく頂こう、ありがとう、一護」
「ありがとよ、一護」
「えへへ・・・、じゃ俺もう帰るね。またね、白哉、恋次」
「うむ、気をつけてな」
「じゃーな」
「バイバイ」

 帰り道。
十番隊の前を通りかかった一護は、乱菊に聞きたい事があったのを思い出した。
「あの、すいません。乱菊さんは居ますか?」
「はい?ちょっと待ってて下さいね」

「一護、なあに、どうしたの?」
「あ、乱菊さん、あのね俺聞きたい事があるんだけど、ちょっといい?」
「じゃあ、隊首室に行きましょ、ゆっくり出来るし、ね?」
「うん」
隊首室に入ると、日番谷が居た。
「松本。仕事しろ・・・、ん?」
「一護が聞きたい事があるそうでーす、お茶用意するから待っててね」
「あ、の、お、お構いなく」
「子供が遠慮すんじゃないの」
「こども・・・」
「座れよ」
「あ、うん、ありがとう、えと」
「日番谷冬獅朗だ」
「とーしろー・・・」
「日番谷隊長だ」
「ぴっ」
「なあに一護いじめてんですか?隊長」
「いじめてねえよ」
「で、何が聞きいの?」
お茶とお茶菓子を置いて、一護の隣りのソファに座る乱菊。
「うん、あのね俺、気になる人が居るんだけど・・・」
「気になる人?」
「うん、その人と居るとね嬉しくてドキドキするの、でも一緒に居たいけど居たくない気持ちもあって訳分かんなくなるの」
「ふんふん、それで?」
「でね、あの、その人の匂い嗅ぐとね、身体がむずむずするの、乱菊さん俺って病気なの?」
泣きそうな顔で隣りの乱菊を見つめてくる。乱菊は優しく、
「病気じゃないわ、一護。それはね、恋って言うものよ」
「こい?」
「そう、誰かの事が好きなのね。恋しくて恋しくて仕方がないって事よ、大人になったのね一護」
「でも、嫌いな時もあるよ?」
「どんな時?」
「知らない女の人の匂いさせてる時がイヤ・・・」
「女の人?一護の好きな人って男の人なの?」
「あ!あの、誰にも言わないでね?」
「別におかしな事でもないわよ?まあ言わないでほしいなら言わないわ」
「ありがとう、でね、乱菊さん、ちょっといい?」
「なあに?」
一護は乱菊の首筋に鼻を近づけて匂いを嗅いだ。
「いい匂い、乱菊さんはいい匂いなのに、剣八からしても嫌じゃないのに。遊廓の女の人の匂いは嫌・・・!」
「一護、更木隊長遊廓に通ってんの?嫌なら止めてって言えば良いじゃない」
ガバッと顔をあげた一護が、
「言えないよ・・・、そんな事。一緒に居れるだけでいいの、この気持ちは言わないの、嫌われたらまた一人になる・・・」
「一護・・・」
一護が乱菊をソファにそっと押し倒し上から見つめる。
「いいなぁ・・・俺も女の人なら良かったのに・・・、女の人になりたい・・・」
腕が伸びてきてそっと一護を胸に抱く乱菊。
「もう、一人は嫌・・・、ずっと傍に居たいの、だからこの気持ちは言わないの・・・」
乱菊の胸に熱い雫が落ちたと思ったらすぐに冷たくなった。
一護はぼろぼろと涙を流していた。
「ご、ごめ・・んなさ!」
「いいのよ・・・、我慢してたのね・・・」
「う、うあ、うあぁぁん!うああん!ああああん!」
ひっくひっくと泣き止みはじめた一護を宥めて頭を撫でる乱菊。
「落ち着いた?一護」
「うん、もうちょっとこうしててもいい?乱菊さん柔らかくて気持ち良い」
「良いわよ、可愛いわね」
「かか様みたい・・・、優しい」
「ありがとう」
暫くして起き上がった一護が、
「乱菊さん、好きな人には何をあげたらいいと思う?」
「何って、そうねえ、普通に花束とか良いんじゃないかしら?更木隊長にあげるの?」
「うん、まあね。いつものお礼みたいな感じであげたいの」
「そう、じゃあ大きな花束が良いんじゃないかしら」
「分かった、色々ありがとね!」
「どういたしまして、またね一護」
「またね、乱菊さん!」

 十一番隊に帰った一護は道場の方へ行った。まだ一角達が稽古をしていた。
「ただいまー!」
「おう、一護か、稽古は終わったのかよ?」
「うん、今日でお終いだって、明日からここでつけて貰えって白哉が言ってた」
「へえ、じゃあ今から俺とやろうぜ?一本取れたら隊長と手合わせ出来るように言ってやるよ」
「ホントに!じゃあやる!」
「よーし、じゃあ木刀取れよ」
「うん!」
自分の使いやすそうな木刀を選び、一角と向かい合う一護。
「お願いします!」
礼をして構えた。
「来いよ、一護」
「ん!」
一瞬にして間合いを詰めた一護は一角の木刀に渾身の力で打ち込む。
「ぐっ!こいつ・・・」
それを弾くと、今度は一角からの攻撃が来た。一進一退の攻防で、あの一角が汗を掻いていた。
一護は楽しくて仕方がないと言う顔だ。
「やっ!」
一護が一角の手の上ギリギリの所を打ち込み木刀を薙ぎ払い、その喉元に切っ先を向けて、
「一本?」
と聞いた。
「ああ、一本だ、強くなったな、お前」
「うん、頑張ったもん、白哉も褒めてくれたよ」
えへへと少し誇らし気に言う一護。
「楽しそうだな、一護」
「あ、剣八」
「隊長、一護の奴強くなりましたよ、俺から一本取りましたからね」
「ほお、じゃあ俺とやるか?」
「いいの?約束守ってね?」
「ああ、一本取れたらな」
「よーし!頑張るぞ!」
その姿にくっくっと笑う剣八。
「剣ちゃん、楽しそうだねぇ?」
肩に乗っているやちるに言われた。
「そうだな、楽しいのかもな・・・」
「ふうん、珍しい・・・」

 構える一護に対して、自然体の剣八。
「構えないの?」
「俺はいつもこうだ、さっさと来いよ一護?」
「はい!」
さっきの様に一瞬で間合いを詰めるが、軽くいなされる。
「っ!重っ!」
「手前は軽いなぁ一護!」
打ち込まれ、木刀で防ぐが吹っ飛ばされた一護。空でくるんと身を翻すと見事に着地した。
「やあっ!」
剣八の木刀に打ち込むが逆にまた飛ばされた。天井にぶつかるかと思われたがこれまた器用に壁にぶつかる寸前にソコを蹴り、その勢いで斬りかかった。剣八は一護の襟を掴むと床にたたき付けた。
「げほっ」
と咳き込みそこで一護の木刀を払い除けた。そこで怯むと思いきや、素手で髪の鈴を狙ってきた。
寸での所でかわしたが、剣八の頬が少し切れた。
「ほお・・・」
感心している隙に、剣八の体の下から逃げだし木刀を拾うと距離を取り、出方を窺いながら霊圧を解放していった。
「へえ、そこまで上がるのかよ」
楽しそうに言う剣八。びりびりと響く心地よい霊圧。ちりちりと鳴る鈴。一護も笑う。
じりじりと間合いを詰める一護。ダンッと床を蹴り、斬り込む一護、木刀を振りかざし迎え撃つ剣八。
まさに木刀がぶつかると思われた瞬間、一護が左腕でその木刀を受けるとそれを掴み、右手の木刀で剣八の頭の鈴を打ち落とした。

ちりん!ちりりん、りりん・・・。

「はぁっ!はぁっ!んっはぁっ!い、一本?」
息を乱しながら訊いてきた。剣八はニヤリと笑い、
「そうだな、一本だ。約束通りこの鈴はお前にやる」
「やったぁ!」
「一護君!腕大丈夫なの?」
「腕?・・・、いたあい!」
「今頃かよ、弓親、四番隊連れてけ」
「はい!」
「剣八は?ほっぺ切れちゃったよ?」
「こんなモン、唾でも付けときゃ治る」
「ふうん、ゴメンね?」
と言い、一護がぺろぺろと舐めた。
「痛い?」
「もういいからお前が早く治してこい!」
「はい!」
「ったく」
「剣ちゃん、楽しかった?」
「おう、久々だ」
「ふふっ」

 四番隊。
「まあ!どうしたんですか?一護君」
「隊長と手合わせしまして・・・」
「なんて無茶を」
「約束してたの、欲しいものがあったし・・・、弓親後でこれに紐通したいんだけどある?」
「あるよ」
「さっ、腕を出して下さいな」
「はい、ぴッ!」
「折れてますね、すぐ治しますからね、一護君」
「ありがとう、卯ノ花さん」
鬼道ですぐ完治した一護。
「それにしても更木隊長も大人気ない、骨が折れるまでやらなくても」
「違うの、俺が勝手にやったの。木刀受ける時に腕で受けちゃったの・・・」
「そんな危ないマネはしてはいけませんよ?一護君」
「ごめんなさい」

 隊舎に帰ると皆でお風呂に入った。
「おい、一護お前強くなったなあ」
「霊圧もすごかったぞ」
と皆に褒められた。
「でも白哉はまだまだだって言ってたよ」
「まあ、経験が足りないって言うのはあるね」
「実戦で戦った事ねえだろ?」
「ないよ、剣を習ったの初めてだもん」
「お前ら、あんまり調子に乗らせんじゃねえぞ」
「あ、はい」
「乗らないよ、俺はまだ弱い・・・」
「そうかよ」
「もう上がる」
風呂から上がり、寝巻きに着替える一護。縁側でぼんやりしていると弓親が呼んだ。
「なあに?」
「ちょっと隊首室に来てくれるかな」
「うん」

「あのね、僕達明日から遠征討伐が入ったんだ」
「えんせいって何?」
「遠くに行って敵を倒す仕事だよ、それで三日程なんだけど皆居なくなるから、浮竹さんの所で留守番お願いできるかな?」
「なんで・・・?」
「だから、誰も居なくなるから・・・」
「やだ・・・」
「一護君、でも一人じゃ心配だし」
「一人でいい、ここにいる!」
「一護・・・、聞き分けろ・・・」
低い声で剣八が言った。
「嫌!いや!いや!いや!いや!ここに居るの!ここに居て良いって言った!」
「3日だけだから・・・」
「やだあ!」
「いい加減にしろ!一護!」
剣八に怒鳴られた一護の中で何かが切れた。
「嫌い嫌い嫌い!剣八なんか嫌い!遊廓に行ってる剣八なんか大嫌い!他の女の人の匂いなんかさせてる剣八なんか大っ嫌い!」
はぁっ!はぁっ!と息を荒くしている一護に剣八が声を掛けた。
「一護・・・」
ハッとした様に顔色を変え泣きそうに顔を歪め、後ずさりながら、
「ごめんなさい!ごめんなさい!もう言わないから!もう言いません!遊廓に行っても良いから!嫌だなんて思わないから!ここに居させて!お願い!お願い!お願い!」
と叫んだ。
「一護君・・・」
「お願い・・・」
置いて行かないで・・・。小さな声で呟いた。
ガタンと音を立て立ち上がった剣八が部屋から出て行った。
「隊長!どこへ?」
「勝手だろ・・・」
静まり返る隊首室。
「部屋に、帰る・・・」
「一護君・・・」
「ごめんなさい・・・、明日からちゃんとする、ね・・・」
部屋に帰った一護。


第8話に続く




09/02/01作 白哉達との稽古とお昼。一角と剣八との手合わせ。一護の感情の爆発でした。
手合わせが一番難しかったです。




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