題「子狐の恋」15
 一護が妊娠した事はすぐ瀞霊廷に広まった。仲の良い隊長格からはお祝いの品や言葉が贈られた。
だが、一部の心無い輩からは蔭口を叩かれた。それが少し悲しかった。
「あんなの気にする事無いよ、一護君」
大きくなったお腹を撫でながら、やちるや弓親が慰めてくれた。
「ねー、ねー、いっちーはどっちの子を産むの?」
「どっちって?性別の事ですか?」
「ううん、いっちーって狐でしょ?狐の赤ちゃん産むの?それとも人間の赤ちゃん産むの?」
「え・・・?あ・・・、分かんない・・・」
どっちだろう・・・?もし狐の子だったら剣八はなんて言うの?
怖くなってしまった。
「副隊長・・・!」
弓親が小声で窘めた。
「ちょっと、歩いてくる・・・」
「大丈夫かい?一緒に行こうか?」
「いい・・・、一人で行くから」
大きなお腹でよいしょっと立ち上がると散歩に出て行った。

 一護は七番隊に来ていた。
「すいません・・・、狛村隊長は居ますか・・・?」
「あ、はい、すぐ呼んできますね」

「どうした?一護、身重の身体で無理はいかんぞ」
「狛村さん、どうしよう・・・?俺、怖くなっちゃった・・・」
「取りあえず、中へ入れ。立ったままでは辛かろう」
促され、縁側に座る一護。
「何が怖くなった?」
「俺の子供・・・、人間の子かな?狐の子かな?もし、狐の子だったら剣八、なんて言うのかな?傍に居てくれるの、かな?」
ふるふる震えながら、拳が白くなるまで握りしめていた。
「さあな、儂にも分からん。だが産まれてくる子に罪はない、更木が愛さないのならお主がその分愛せばよい」
ポンと頭を撫でながら、
「まぁ、そんな事はなさそうだがな」
「え?」
「一護!」
声のする方を見ると剣八が立っていた。ずんずん近付いてくる。
「お前は、他の男のトコに行くなつったろ。おら卯ノ花んとこ行くぞ」
「うん、狛村さん、ありがとね」
「いいや」

「おい、一護さっき狛村と何喋ってた?」
「ちょっとした事だよ・・・」
「言えねえのかよ、ちゃんと言え」
「・・・俺のお腹の子・・・」
「あ?」
「どんな子なのかって、狐の子かもしれない、そしたら、け、剣八は・・・、どうするの?」
目を合わせてられなくて、俯きながら言った。
「どうもしねえよ、お前と俺の子だろうが、離すかよ」
「ホントに?傍に居てくれる?俺、傍に居てもいい?」
「ああ、安心しろ、着いたぞ」
「うん」

 四番隊。
「順調ですね、良かったですね一護君」
「はい」
「ただ、もう臨月ですのでいつ産まれてもおかしくないので、今日からでも入院していただきたいのですが・・・」
「にゅういん?」
「ええ、ここに赤ちゃんが産まれるまで泊まるんです」
「その方が安全か?」
「すぐに対応できますからその点は、ただ一護君はどうですか?怖くないですか?」
「剣八が居ないのは怖い、けど、赤ちゃん大事だし・・・」
「全く逢えない訳ではないですよ・・・、一護君?」
「お腹・・・痛い・・・!」
「おい!一護!」
「お腹が張ってます、陣痛が始まりましたね、分娩室へ!」
「剣、八・・・!」
「更木隊長、立ち会いますか?」
「ああ、やちるに知らせてくれ」
「分かりました」

「うう〜、はっ!はっ!」
「一護君、イキんではいけませんよ、イキまないと駄目な時だけでなるべく身体の力を抜いて、息は浅くゆっくりと・・・」
「は、は、は・・・」
「そうです、もうすぐですからね、頑張りましょう」
「うん・・・!」

「あっ、は、は、う」
「一護・・・」
一護の髪を梳く剣八。汗がすごい。握る手の力が痛いくらいだ。
「頑張って一護君、イキんでと言ったらイキんで下さい」
「はい・・・は、ああ!は、は」
「今!」
「うう〜!は、は、うう〜!」
「もう少しです」
「一護・・・」
にこりと笑う一護。
「今です!」
「うう〜!う、ああ・・・」
「産まれました」
「ほぁあ!ほぁあ!」
「男の子ですね、あら?」
「うう〜!」
「まあ、もう一人!」
「双子か・・・」
「今!」
「うう〜!う、あ、はあ」
「ほぁあ!ほぁあ!」
「女の子ですよ、一護君」
「はぁ、はぁ、元気ですか?」
「ええ、とても。頑張りましたね」
「う、ひっく、ひっく」
「あらあら、旦那様、慰めてあげないと、今産湯に浸かってます、はいお母さんですよ」
二人の子供は一護の胸に乗せられた。
「あ、耳がある・・・」
「尻尾もあんぞ」
ぴくぴく耳を震わせる我が子に目を細める剣八と一護。
「やちるちゃんが待ってますよ?」
「あ、入れてあげて下さい」
「いっちー!大丈夫?産まれた?触ってもいい?」
「落ち着け、ほれ」
抱き上げて見せてやる。
「わ〜、可愛い、触ってもいい?」
「うん」
ぷにぷにとほっぺを触る。
「卯ノ花さん、胸が痛い・・・」
「初乳を飲ませないと、さ、座って下さい」
「初乳ってなあに?」
「一番最初の母乳です、赤ちゃんには大切なものなんですよ」
「ふうん」
両方の乳首に吸い付くと勢い良く吸いだした子供。
ちゅっちゅっ、ちゅくちゅく。
満腹になるととろとろしている。
「一護君、ゲップさせないと」
「ど、どうやって?」
「こうして、背中をとんとんと叩いてください」
「こうですか?」
とんとん、えぷッ!
「そうです、上手いですね、更木隊長もどうですか?」
「あ?こうか?」
とんとん、えぷっ!
「あら、夫婦揃って上手ですこと、さ、検査があるので少し離れますよ?」
子供を連れていく卯ノ花隊長。
「すぐ戻せよ」
「はいはい」
「失礼します」
虎徹勇音が入ってきた。
「一護さんの身体を清めますので、先に病室の方でお待ちください」
「ああ」
「は〜い!」
くい、と引っ張られた。
「なんだ?一護」
「いてくれて、ありがと」
がしがしと頭を撫で、
「後でな」
と言って病室に向かった。
「良かったですね、無事に産まれて」
「はい」
「後産も無事済みました、病室に行きましょう」

 車椅子で病室へ送ってもらうと、中で待っていた剣八に抱かれてベッドへ運ばれた。
「ありがとう、やちるは?」
「ああ、みんなに知らせるってよ」
「ふうん、元気だね、俺達の子も元気だといいな」
「一護・・・」
「なあに?」
「御苦労だったな、ありがとな・・・」
わしゃわしゃと髪を掻き交ぜた。
「ううん、俺こそ、産ませてくれてありがとう」
自然に合わさる二人の唇。
「ん・・・」

 扉がノックされた。
「入りますよ、一護君」
「はい」
卯ノ花隊長が子供を連れて戻ってきた。
「まだ眠ってますが、抱きますか?」
「はい・・・!」
ぴくぴくと耳を震わせている。
「これが俺の子、俺と剣八の・・・」
黒髪と栗色の髪の赤ん坊。
「どっちが男だ」
「栗色の髪の子です」
「じゃあ、こっちの黒髪の子が女の子、剣八に似てる、切れ長の目とか」
「こっちはお前に似てるぞ」
剣八の腕の中の小さな命はもぞもぞ動いては尻尾を振っていた。
「可愛い・・・、ほら、お前もとと様の腕に抱かれな」
と言って黒髪の子を預けた。
「おい、一護」
「ふふ、とと様が居る、俺の旦那様でもあるのに、とと様だ」
「お前は母親だろ、俺の女房でこいつ等のかか様だ」
「うん、しあわせ」

「いっちー!みんな連れて来たよー!」
「一護!産まれたの?子供もあんたも無事?」
「乱菊さん」
「一護・・・、産後は養生せねばならんぞ・・・」
「白哉」
「無事、産まれたな」
「狛村さん」
「一護、無事な様で安心したぞ、子を見せてくれんか?」
「おじいちゃん」
「見せもんじゃねえぞ、泣かせたら出ていけよお前ら」
剣八の腕の中の赤ん坊に、
「かわいい〜!何これ、小さいし、丸いし、ぷにぷにだし・・・、すっごい可愛い!」
乱菊が一人抱き上げる。
「ふぇ・・・ふぅ」
「乱暴に抱いてはいけませんよ、乱菊さん」
白哉が手を伸ばしてきたので、そうっと渡す乱菊。
「んん・・・」
「柔らかいな・・・」
「白哉は赤ちゃん触った事無いの?」
「あまり無いな、まして抱いた事など無いな・・・」
細い指で頬を突いたりしていた。
その内二人揃って泣きだした。
「ふ、ふぅわあ〜!ああ〜!ああ〜!」
「ふわあ〜!ああ〜ん!ああ〜!」
「手前等泣かせたな・・・、返せ!」
剣八の腕の中に納まっても泣きやまない。
「剣八、俺にかして・・・?」
一護が手を伸ばした。片手に一人ずつ抱く一護。
「よしよし、もう大丈夫だから・・・」
ぽん、ぽん、と背中を撫でながらあやすとみるみる泣きやむ赤ん坊。
「ひく、ひく、ふう、すう、すう・・・」
顔の涙をペロペロ舐める一護。
「流石、お母さんね」
「とと様もね・・・」
「さあさ、皆さんもう解散してくださいな、一護君を休ませてあげて下さいな」
「ああ、そうだわ!あんた出産したばっかりじゃないの!」
「また来る・・・」
「もう良い、泣かすな」
「俺は良いよ、皆がお祝いしてくれて嬉しい、剣八、剣八も疲れてない?」
「大丈夫だ」
「剣八、子供の名前考えてくれた?」
「ああ、色々考えたぞ、お前とは月と繋がりが強いみたいだからな」
「うん」
「『朔』(さく)と『十六夜』(いざよい)でどうだ?」
「朔と十六夜・・・、素敵な響きだね。どっちが朔で十六夜?」
「兄貴が朔で妹が十六夜だ」
「朔、十六夜、お前らの名前だよ?一番最初の宝物だ、大事にしろよ」
ちゅっ、ちゅっと片頬ずつ口付けた。
「ぷぅ」
「ぷぅ」
ぺろ、と舐めてくれた。
「あ、舐めてくれたよ?とと様にもお礼は?」
「お前な・・・」
ひくひくと鼻を鳴らして父を捜す子等。
抱き取ると、ぺろりと舐めてくれた。
「くすぐってぇな・・・ほら、か・・、母親んとこ帰れ」
「ぷふぅ」
「ふふぅ」
「じゃ、俺も帰るからな、明日また来る」
「うん、ありがとう、良く休んでね」
「お前もな・・・」

 病室から卯ノ花隊長以外の人間がいなくなった。
「お疲れ様でしたね、一護君」
「はい、えへへ・・・」
腕の中の二つの宝物を撫でた。
出産の疲れもあって一護は眠りに落ちた。


第16話に続く




09/02/16作 無事に産まれました〜!まだまだ続きます。気長にお付き合い下さい。


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