題「子狐の恋」
 一護の一族はチカラの強い一族だった。ヒトの姿にもなれる程の強さだった。
人の姿の時にボロが出ないようにと、人間の動きや作法なども身につけさせられた。

けれど、一護が大人になる大分前に父が、そして半年前に母が死んだ。
どっちも殺された。父は人間に毒饅頭で、母は化け物に斬り殺された。一護には人間もバケモノに見えた。
そして一護は一人ぼっちになった。

狩りの仕方は習っていたので、飢える事はなかったが、寂しかった。
巣穴に戻れば、母狐の骨があった。傷つきながらも一護を護り、この巣穴に戻ってきた。
クンクン鳴きながら、すり寄って眠る一護。
最初は母が死んだ事が理解できずに眠っているのだと思った。怪我が治れば起きるんだと。
でも、起きなかった。肉は次第に腐り始め、虫が湧いた。ひどい臭いがした。それでも一護は傍を離れなかった。
母の最後の言葉が忘れられなかった。
「大丈夫よ、すぐ良くなるわ。心配しないで、一護」
と繰り返し、繰り返し言っていた。でも、動かなくなった。冷たくなった。喋らなくなった。どうして―?
大丈夫って言ったのに。もう動かない。もう毛並みを舐めてくれない・・・。
もう、自分の毛皮を褒めてくれない。優しい声で、
「一護、貴方の毛皮はお日様の色ね。とても綺麗だわ」と。
悲しくて、哀しくてずっと泣いた。ずっと傍に居た。

ある日、一護が狩りをしていると母を斬った化け物が居た。思わず襲いかかろうとしたが、次の瞬間それは肉の塊になった。
「ちっ、喧嘩吹っ掛けるからどんだけかと思やぁこの程度かよ」
「詰まんないねぇ、剣ちゃん」
「あーあ、腹減ったな、無駄に動いちまったぜ」
「もう何日、食べてないんだっけ?」
「さあな、おっ」
コッチに気付いた。
「なんだ、ちっこいキツネだな、腹の足しにゃなんねえな。オラ、とっととあっち行け」
助けてくれた?かか様の敵も討ってくれた・・・。お腹が減ってるみたいだ・・・。
一護は、狩りで捕ったウサギを咥えて持っていった。
「あっ、剣ちゃんさっきのキツネだよ!」
「あん?なんだあ?ウサギなんか持って」
近くによって置いて、すぐ離れる。
「くれるのかな?」
「変なキツネだな」
遠慮なく食べ始めた二人に満足して巣穴に帰る。
「かか様、かか様、今日は変な人間に会いました。かか様の敵を討ってくれました。お礼にウサギをあげたら食べてくれました」
きゅるるる、と一護のお腹が鳴ってしまいました。
「また会えるでしょうか?もっと役に立ちたいです」
外は雨が降ってきました。あの二人は大丈夫でしょうか?一護は見に行ってみました。
まだ、同じ場所に居ました。何やら言っています。
「ついてねえな、早く帰っときゃよかったな。コイツが突っかかってきやがるから」
「ほんとだねえ、風邪引いちゃうよ」
大変だ。
「・・・コン・・・」
「あん?」
「あー!またキツネだー!もしかしてさっきの子?」
「コン」
「なんだ?喰われてえのか?」
一護は自慢の尻尾を振りながら、歩きだした。少し歩くと後ろの二人を振り返ります。
「ついておいでって言ってるのかな?」
「さあな、暇だし行ってみるか」
「うん!」
二人は付いてきました。
一護は二人を巣穴に招き入れると、身体の水気を切りました。
「ほお、結構でけえほら穴だな」
「助かったね、剣ちゃん」
「おお、後は一角が来るのを待つだけだ」
「早く護廷に帰らなきゃね」
剣ちゃん。護廷。一角。
「剣ちゃん、骨があるよ」
「んん?そうかよ」
一護は音もなく忍び寄り、母の骨に寄り添った。
「・・・お前の親か」
「くうん・・・」
「埋めてあげないの?」
「・・・?」
埋める?何故?かか様を?
首を傾げる一護。人間は変わった事を言うなぁ。
「ほっとけ、そいつの自由だろ」
「そだね、ありがとね、雨宿りさせてくれて」
桃色の髪の女の子が頭を撫でてくれた。
「あたしね、やちるって言うの、あっちの人は剣ちゃん」
「剣八だ」
「コン・・・」
やちるに剣八。忘れないようにしなくちゃ。かか様の敵を討ってくれた大切な人の名前。

次の朝にはキレイに晴れていた。
もう二人は居なかった。また一人に戻った一護。いつもに戻っただけなのに、いつもより静かに感じます。
いつもより寂しく感じます。
「かか様、かか様、とても寂しいです。どうしてですか?いつもに戻っただけなのに・・・」
寂しい、寂しいと一護は泣きました。
泣きやんだ一護は、母の骨を舐めると、
「かか様、俺はあの人の所に行ってみたいです、お礼を言いたいです」
一護は人の姿になると、昔、母に聞いた人は黄金(きん)が好きだと言う言葉を思い出し砂金を集められるだけ集め、魚を捕って匂いを頼りに剣八の後を追いました。

半日もしないうちに、護廷という所に着きました。思ったよりも広く、何やら門番も居ます。
「怖いなあ、怖いなぁ、でもお礼を言いたいしなあ」
一護は勇気を振り絞って、門番に話しかけました。
「あ、あの!すいません」
「ん?なんだあ?おめ?」
「おれ、剣八に会いたいんだけど!今、居ますか?」
「なんのようだべ?」
「あ、あの、お、お礼を言いたいの。その・・・」
「お礼?」
「う、うん、かか様を殺した怖いモノを殺してくれたの」
「おう、何くっちゃべってんだ?」
「あ、斑目三席、こんのわらしっこが、更木隊長に礼を言いてえそうで・・・」
「ああ?見たとこ15,6だな、なんの礼だ」
「あの、俺のかか様を殺した化け物を殺してくれたの、だから」
「ふーん、良いんじゃねえの。来いよ。多分覚えてないだろうけどな」
「それでも良いよ、俺もう一人ぼっちだもん、お礼が言えればいいんだ」
「・・・そうかよ」
一角の後ろをついていく一護。目にする物全てが珍しくきょろきょろしていると、一角の背中にぶつかった。
「あっ、ごめんなさい」
「着いたぞ。ここだ」
「ふええ・・・、大きい・・・」
「早く来いよ」
「はい!」
一角が一護を隊首室に連れて行く。
「隊長、一角です。入りますよ」
「入れ」
剣八が机に向って何やら書いている。
「また始末書ですか?」
「うるせえ、で、何だそのガキは?」
「ああ、何か隊長に礼が言いたいそうですよ」
「ああ?俺にか?何かの間違いだろ」
「間違ってないよ!あんた剣八だろ?」
「・・・そうだが」
「あんた、こないだ、化け物殺しただろ?」
「こないだ?」
「雨が降ってきた日だよ」
「ああ。あれか」
「覚えてる!あれは俺のかか様を殺したんだ!俺が行こうとしたらあんたが殺した。だから」
「だからなんだ?恨み事か?」
「違う!お礼が言いたいの!かか様が言ってた。お礼はちゃんと言わなきゃ駄目だって、でも俺、ありがとうって言うしか出来ないし、後はコレ。砂金と魚、こんなモンしか持ってないから・・・」
申し訳なさそうに俯いた一護。
「他にない?俺に出来る事があったら何でもするよ!俺、魚捕るのは得意!」
「何でもねえ・・・」
突然言われても困る。弓親が、
「じゃあ、雑用でもしてもらったらどうですか?」
「雑用って何?」
「えっと、君名前は?」
「一護!」
「苺?かわいいね」
「違う!一等の一に、守護神の護だもん!かか様が言ってた!」
ぷくっと頬を膨らまして怒った。
「ごめん、ごめん、じゃ一護君は字が書けるの?」
「う、名前しか・・・」
「一護君、お家に帰ったら?お父さん居るでしょう?」
「とと様も殺された。俺、帰っても独りだよ」
邪魔なら帰るけど。と言った。
「どうします?隊長」
「まっ、取り敢えず魚は喰うとして、俺は砂金に興味はねえな」
ガタンと席を立つと、一護の前に立つと頭をくしゃくしゃと撫でると、
「そっちよりこの髪の方が良いな」
と言ったのを聞いた一護が顔を上げ、剣八の顔を驚いた顔で見た。
「なんだよ・・・」
「かか様と同じ事言った・・・、もう聞けないって思ったのに・・・」
一護は、笑いながら泣いた。
「お前、もうここに居ろよ。ガキの一人増えたとこで困んねぇだろ」
「でも・・・」
「文句あるやつはいるか?」
「いませーん」
「いいんじゃないですか?そのうち字も覚えてもらって書類手伝ってくれると助かりますしね」
「だとよ。よろしくな。一護」
「・・・いいの?いいの?ほんとにいいの?」
申し訳なさそうに聞いてきた。
「どうせ帰ったって一人なんだろうがよ?問題ねえ」
「うん、じゃあ居る。ありがとう。剣八」
「おう」
「でも一護君、なんで女物の着物着てるの?」
「女物って何?これはかか様の着物だよ。もうこれしかなかったの」
「そうなんだ。じゃあ明日にでも君の死覇装用意しようか」
「しはくしょう?」
「僕らが着てる着物のことだよ」
「お金ないよ・・・?」
「いいよ。後は、誰かのお古でもいい?」
「うん、いいよ。ありがとう。え・・・と」
「ああ、ごめん、僕は弓親。君をここまで連れて来たのが一角だよ」
「ありがとう、弓親、一角」
「どういたしまして、部屋はどうしようか?」
「どこでもいいよ?」
「隊長の部屋でも良いかな?」
「うん、いい!」
にっこり笑う一護。そこへ、
「ただいまー!」
「あ、やちるだ」
「だあれ?なんであたしの名前知ってるの?」
「ああ、彼は一護君と言って、隊長に恩があるって来たんですよ」
「化け物殺した時、傍にいたよ」
「ふうん?ま、いいや、よろしくね!」
「うん、俺、一護って言うの」
「じゃあ、いっちーね」
「いっちー?」
「あだ名だよ!友達だから」
「ともだち・・・?俺が?友達、嬉しいな初めての友達だ」
えへへと笑った。
きゅるるる〜と一護のお腹が鳴りました。
「へえ、腹へんのか。ちょっとは霊力あんだな」
がしがしと頭を撫でながら剣八が言いました。
「何が食べたい?一護君」
「何って?肉?魚?」
「・・・もしかして料理とか食べたこと無い?」
「・・・・?」
「食堂に連れてけ、なんか喰わせとけ」
「はい、行こう一護君」
「うん」

「うわあー、たくさん人が居る・・・」
「人って言うか死神だけどね、一護君はあんまり人にあった事がないの?」
「うん、とと様が死んでからはかか様と二人だけ。半年前にかか様も死んだから一人だよ」
きょろきょろしながら、平然と答えた。
「そう、寂しいね」
「うん、かか様起きなくなってね、喋らなくなったの・・・」
「そう、さっ、何でも好きなもの食べていいよ」
「何でも・・・。なにが美味しいの?」
「そうだね、じゃあ日替わり定食にする?」
「何でもいいよ」
運ばれてきた物は一護の見たことのない物だった。
「これは何?熱い!これ熱い、なんで?」
くすくす笑いながら丁寧に教える弓親。
「それは、お味噌汁だよ。こっちはご飯、野菜の煮物にお漬物」
「へ〜、全部食べれる物なの?」
「そうだよ、さっ、冷めないうちにどうぞ」
「うん、え〜と、いただきます・・・」
食事は人間と同じようにと母が教え込んだので、完璧だった。
「あつっ、熱いけど美味しいねこれ、初めて食べた」
ほっこり笑う一護。
「あったかいものは食べたこと無いの?一護君は」
「う、うん、いつも冷めたやつ、だから」
嘘だ。狩りで捕った獲物はすぐ食べるから熱い。そんな事は言えない。
「ここでは、あったかい食べ物ばかりだからね」
よしよしと撫でられた。不意に涙腺が緩んで涙が溢れてしまった。
「う、ふえ〜ん、ええ〜ん」
「ああ、泣かないで、一護君」
「何やってんのよ?弓親」
「あ、乱菊さん」
「子供泣かしちゃだめよ?」
一護は顔をあげると、金髪の美女がそこに居た。その髪は母に少し似ていた。
「かか様ぁ・・・」
一護は乱菊に抱き付いた。
「きゃ・・・」
「一護君」
「どうしたの?この子」
「うん、半年前にお母さん亡くして一人になったんだって」
「そう、それでかか様って言ったのね」
うっ、うっ、と泣く一護の頭を撫でる乱菊。
すんすん、泣きやむと、
「ごめんなさい・・・」
と謝った。
「何も謝られるような事されてないわよ?」
「でも、着物汚しちゃった・・・」
「ああ、い〜の、い〜の、すぐ新しいのくれるから」
「?ふうん?でもごめんね?おねえちゃん」
こしこしと目をこすって謝った。
「じゃ、もう食べ終わったし帰ろっか」
「うん!じゃあね、おねえちゃん!」
「じゃあね」
手を振り返した。
隊舎に戻るとお風呂が用意されていた。


第2話へ続く





09/01/20作 第61作目です。パラレル物どうでしょうか?次は初めてのお風呂です。




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