題「記憶喪失」第4話
「どこに行きてぇ?」
今日のお昼を奢ってやると言った剣八が一護に訊いた。
「えっ、と、どこでも良いですけど・・・、俺、ここの食堂ぐらいしか知らないんで」
「ふうん、じゃあ勝手に決めて良いな」
「はい、勿論です」
ニコニコと自分の後ろを歩く一護。記憶が戻っていたならどんなに楽しい事か。そう思った剣八。
瀞霊廷の外れの居酒屋の様な店に入っていった。
「おう、邪魔すんぜ」
「ヘイ、いらっしゃい!何にします、更木の旦那」
「あー、おい一護、何か食いてぇモンあるか?」
「え〜と、待って下さいね」
お品書きと睨み合いしながら、
「あ、この煮物美味しそう!」
とか、
「あ、これもいいな」
と楽しそうに迷っていた。
「おい、いい加減にしろよ。気に入ったモン全部頼め!」
「えっ!そんな出来ませんよ」
「俺が良いって言ってんだ、おい親父注文だ!」
「へい!」
取り敢えず一護は、鶏の手羽先が入った根菜類の煮物と、出し巻き卵、いわしの梅煮を頼んだ。
「こういうのあんまり食べた事無いんで、楽しみです」
ずずっとお茶をすすって、そんな事を言った。
「ふーん、じゃあ今の二人分だ」
「分かりやした、ちょっとお待ちを」
そう言うと店主は奥に消えた。
「あの、隊長は良く来られるんですか?ここ」
「ああ、たまにな、酒飲みてぇ時にな・・・、飯も美味いしな」
「そうなんですか。うわぁ楽しみだなぁ」
「お待たせしました」
注文の品がぞくぞく出てきた。
あったかいご飯と、煮物に出し巻き。何故か一護の顔が綻んだ。
「なんだ?いきなり・・・」
「いえ、おいしそうだなって」
「ああ、食うか」
「はい、いただきます」
最初に野菜の煮物を食べた。
「わっ、すごい美味しい!好きな味です、コレ。おかわりしちゃおうかな」
「良かったな、食いたいだけ食えよ?」
「はい!」
成長期の子供らしくたくさん食べる一護。あまりの食べっぷりに店主が、
「おいしそうに食べてくれるから、味噌汁おまけだよ」
と出してくれた。白みそにワカメが入っただけのシンプルな味噌汁だったが美味しかった。
「あっ、この鰯、骨ごと食べれる」
すごい発見をしたみたいに言う一護に剣八は、
「そうなるまで炊いてんだよ、本当にこういうの食った事ねえんだな」
「えへへ、うち、母が早くに死んじゃって、父が作ってくれたり、俺が作ったりで。今は妹が作ってますけど、こういうのは初めてです。すごい美味しいです」
ご飯をおかわりした。
「俺にもだ、あと茶ぁくれ」
「へい!」
おかずもご飯も残すことなく食べ終えた二人。食後のお茶を飲んでいた。
「あー、美味しかった。御馳走様です、隊長」
にっこり笑いながらお礼を言った。
「また連れて来てやる」
「ほんとですか!嬉しいな」
「ああ・・・」
「そりゃあ、嬉しいねぇ、あれだけ美味しそうに食べてくれてうちも嬉しいよ。きっとおいで」
「はい!」
「出るか、もうそろそろ午後の仕事だろ?弓親にどやされんぞ」
「わ、怖いですね、それは」
ふふふと笑って、店主にも、ごちそうさまと言って隊舎に帰った。
「ただいま帰りました」
「お帰り、一護君。楽しかった?」
「はい!ご飯もすごく美味しくて。また連れてってくれるって」
「良かったね、じゃ仕事しよっか」
「はい!」
本当に嬉しそうに話す一護に、早く記憶が戻れば良いのに。と願わずにいられない弓親だった。
「あ、隊長にコレ、緊急の書類なんですが・・・」
「ん?本当だ、しょうがないなぁ」
どうせ道場に居るだろうから弓親が呼びに行った。
「あ〜も〜、早くしてください!緊急の書類なんですから!」
「喚くな、うっとーしい」
どすっと椅子に座って嫌々書類に目を通す剣八を見て、くすくす笑う一護。
「んだあ?何が可笑しい?一護」
「いえ、すいません、何だか可愛いなと思っちゃって・・・」
含み笑いをしながら、すいませんともう一度言った。
「ほ・・ら隊長早くやっちゃいましょうよ!」
「お、おう」
一瞬固まってしまった二人。コレは良い方向に行っているのではないか?と思った。
書類を片付けて、
「あ〜、これだけだろうな?」
「まだあるには、ありますが急ぐものはありませんね」
「そうかよ」
そんな会話をしていると誰かが訪ねて来たという知らせが入った。
弓親に耳打ちする隊士。眉間に皺を寄せ、
「客間にお通しして」
と言い、剣八に耳打ちした。
「またかよ?何の用だ、一体」
「知りませんよ、僕は。自業自得ですよ」
剣八は、舌打ちして客間に向かう。
「誰か来たんですか?」
「ああ、良いの良いの。ほっとけば」
「はぁ・・・」
でもお茶ぐらいは出した方が良いと思い用意するのに、部屋を出た一護。
二人分のお茶と、お菓子を盆に乗せ客間に向かう。障子の前で、
「失礼します、お茶をお持ちしました」
と声をかけ中に入る。
「失礼します」
顔を上げると苦虫を噛み潰した様な顔の剣八と女が居た。
「?」
二人にお茶とお菓子を出し、
「ごゆっくりどうぞ」
と言い帰ろうとすると女に呼びとめられた。
「何ですか?」
「貴方、何も覚えてないって聞いたけどホント?」
「ええまあ・・・?」
「ふうん・・・、あたしこの人の恋人で〜〜って言うの、よろしくね」
「どうも・・・」
なんで自分にそんな自己紹介するんだとは思ったが何も言わなかった。
「まだ仕事あるんで失礼しますね」
「あらごめんなさい」
ニヤニヤしながらそう言った。

「おい、何勝手なこと吹いてんだ?てめえ・・・」
「あら、良いじゃないですか、もうすぐそうなるんですし?」
「ならねえよ。大体何がしたいんだ。迷惑なんだよ、俺の目の前から消えろ」
「ひどい・・・!店じゃあんなに指名してくれたのに・・・!」
「はあ?俺は指名なんかしてねえよ。店主が勝手に寄こすのが、偶々てめえだっただけだろうが。分かったら二度と俺に付きまとうな、斬り捨てんぞ」
地を這うような低い声で宣告された。
「ひっ!な、何よ!あんな子供に骨抜きにされてるクセに!」
「お前になんの関係があんだよ?さっさと消えろ」
「・・・分かったわ。じゃあ最後に抱いてよ、それで終わりにしてあげる」
「何様のつもりだ・・・?」
「今日の夜、ここに来るわね」
一方的にそう告げると帰っていった。
「胸糞ワリィ女だな」
部屋に残ったその女の残り香が気持ち悪かったので、障子を全開にした。
執務室に行くと一護が書類を分けていた。
「まだやってんのかよ?」
「あ、隊長、お客さんは帰ったんですか?」
「・・・ああ、他の奴はどうした?」
「稽古に行かれましたよ」
「ふうん・・・」
「おヒマでしたら、判子下さいな」
「へいへい」
一護が剣八の近くに寄ると、あの女の白粉の匂いがして吐き気が込み上げた。
「ぐっ!うぇ!」
「おい!どうした、一護!」
「すいません、隊長。近寄んないで・・・、化粧のにおいが・・・ッ!」
一護は部屋から飛び出すと厠へ入って胃の中身を戻した。
「なんでこんなに、気持ち悪いんだ・・・?」
何も出なくなるまで吐いた。
うがいをしていると、弓親が慌てて一護に近寄って来た。
「大丈夫かい?隊長から聞いて、びっくりしたよ」
「もう、ダイジョウブデスヨ」
何がダイジョウブなのか分からないけど呪文のように繰り返す言葉。
「さっき、隊長の恋人って人が来て、多分その人の残り香だと思うんですけど、その匂い嗅いだら気持ち悪くなっちゃって」
「そう、災難だったね、でもあの人隊長の恋人じゃないよ」
「えっ?自分で言ってましたよ?」
「嘘だよ。それ」
「なんでそんな嘘なんか・・・」
「そりゃ、護廷の隊長の恋人ってなると、色々便利だろうからねぇ・・・」
忌々しげに顔を歪める弓親。
「迷惑な話だよ・・・。まったくこないだから・・・」
「そうなんですか・・・」
「もう今日は良いから、部屋で寛いでなよ。最近働きづめだったろう?随分助かったよ」
「そうですか?じゃあ、お言葉に甘えます」
一護は自分の部屋の前の縁側で日向ぼっこしながら昼寝をした。夕飯の時間まで起きなかった。

夕飯を食べて、風呂の順番を待っていると、あの女がまた来ていた。特に興味も無かったので放っておいた。

部屋で寛いでいると、変な声が聞こえてきた。所謂男女が交わっている時の声だ。
やだなぁ、やちるも居るのにと思っていると、女の声で「剣八」と聞こえた。
ぞっとした。今のは何?聞き間違い?また聞こえた。これ見よがしに。
「う・・・、ああ!痛・・・」
頭がガンガンする。なんだコレ。耐えられない。そこで一護の記憶は途切れた。

―思い出したい・・・。

―忘れなきゃ・・・。

―ここに居たい・・・。

―ここに居ちゃ駄目なのに・・・。消えなきゃ・・・。
もう二度と思いださないように・・・。邪魔者は消えなきゃ・・・。消え・・・なきゃ・・・いけないのに・・・。

―思い出さなきゃ良かった・・・。

―ごめんなさい・・・。


第5話へ続く




08/12/29作
思い出したかな。一護。さてどうなりますやら・・・。
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