題「記憶喪失」第2話 | |
そこに居た者は一瞬何を言われたか理解出来なかった。― 「お前、何言ってんだ?」 坊主頭の男が詰め寄って来た。 「いや、だからよ。俺あんた等知らねえんだけど?」 「卯ノ花隊長、これは?」 「なんとも言えませんが、怪我の場所が場所ですから。今日はもう休ませてあげて下さい」 「いっちー、あたしの事も忘れちゃったの?」 「・・・お前って言うか君は俺を知ってるの?」 「知ってるよお・・・。お昼にお喋りもしたもん!あたしのお鼻かんでくれたよー」 泣きそうに顔を歪める子供の頭を繰り返し撫でて、 「そうか、ごめんな・・・」 ごめんな。と呟いた 「ほれ、やちる行くぞ。寝かせてやれ」 「う〜、うん」 「やちるって言うのか?またな、やちるちゃん」 髪を立たせた男が何とも言えない苦い顔をした。 「失礼します。ガーゼを取り替えに来ました」 「あっ、勇音さん。御久し振りです」 「そうですね、お怪我の方はどうですか?」 「イマイチ良く分かりません」 「一護君、勇音の事は解るのですか?」 卯ノ花隊長が聞いてきた。周りの男たちは驚いている。 「解るって、卯ノ花隊長の副官でしょ?」 事も無げに答える。 「もしや、一護君。貴方十一番隊だけを忘れているんじゃないですか?」 「十一番隊?って?」 「ここは護廷十三隊、十三、隊があるのは知ってますね?」 「はい・・・」 「その内の戦闘部隊の様な所です」 「そんなところあったんですか?」 「・・・ええ、貴方は良くそこで寝起きしていましたよ」 「そ、うなんですか・・・」 分からない・・・。 「じゃあ、俺はこの人達を知ってるはずなんですね?」 「ええ・・・」 「そうですか・・・、じゃあ思い出さなきゃ・・・、この人達は生きてるんだから・・・」 誓いを立てるかの様に呟いた。 「さっ、もう休んで下さいな、体に触ります」 「はい」 一護の病室を出て、十一番隊の隊士達は、 「大丈夫かよ、一護の奴」 「俺らの事だけっておかしくねえか?」 「それに最近、ここに来ても報告して帰ってたよな」 「俺らも悪かったよな・・・」 口々に言う。 「うるせえぞ、さっさと帰んぞ」 剣八に言われて自隊に帰る。 翌日には、頭の怪我は完治していた。念のために検査を受けたが、やはり異常は見受けられなかった。 それでも十一番隊だけは覚えていなかった。何も思い出せなかった。何かの夢を見たのは覚えていた。赤い視界と誰かに手を伸ばす自分。あれは誰だろう? 緊急隊首会が開かれた。今では貴重な戦闘力である一護の記憶が戻るまでは、瀞霊廷で過ごした方が良いという事で、どこの隊に預けるかという話し合いが行われた。 「やっぱ、十一番隊が良いんじゃないの?」 「いや、やはり四番隊が安心だろう」 という二つの案が有力だった。 「そうじゃのう・・・、普段の生活で不意に記憶が戻るという事も考えられる。ここは十一番隊に預けよう」 総隊長が纏めた。 という訳で、今一護は十一番隊に来ていた。隊士全員の前での挨拶。 「あの、え〜と、今日からお世話になります、黒崎一護です。よろしくお願いします」 ぺこりと頭を下げた。ざわざわとどよめきが起こっただけで誰からも挨拶が返って来なかった。内心沈んでいると、 「俺は、斑目 一角だ、よろしくな」 「僕は、綾瀬川 弓親、こちらこそよろしく」 「あ、はい!」 にっこり笑って二人にお辞儀する。 「俺が、隊長の更木 剣八だ」 「あたしは副隊長の草鹿 やちるだよ!」 「えっ!隊長に副隊長だったんですか!先日は失礼しました!斑目さんも、綾瀬川さんもすいませんでした」 「何も失礼な事なんてされてないよ」 「だって、あんた等って・・・」 「忘れちゃってるんだもの、仕方がないよ」 「気にすんじゃねえよ」 「はい・・・」 「じゃ、部屋に案内するね、いつも使ってた部屋だから好きに使うと良いよ」 「ありがとうございます」 先程から一護は常に敬語を使っていた。 「ねえ、さっきから敬語で喋ってるけどそんなに畏まらなくても良いんだよ?」 「でも皆さん、席官で俺より年上だって」 「でも前は友達みたいに名前で呼んでくれてたよ。それに僕の苗字は長いでしょ?弓親でいいよ」 「はい、ありがとう弓親さん」 「ここでは、雑用をしてもらう事になったから、掃除と書類整理だけど書類の方は分かんない事の方が多いだろうからゆっくり覚えていけばいいからね」 「頑張ります」 掃除道具の場所や書類の整理の仕方を教えてくれた。内容は殆ど分からなかったので日付順、サインの有るなしで分けてくれと頼まれた。 「じゃ、明日からよろしくね」 「こちらこそ、よろしくお願いします」 その日はそれで終わった。自分の部屋で寛いでいると、 「一護君、お見舞いの人が来てるよ」 と呼ばれた。 「あ、今すぐ行きます」 「一護!あんた怪我したって聞いたけど大丈夫なの?」 「乱菊さん、大丈夫ですよ、大袈裟だなぁ」 「でもここの人達の事忘れちゃったんでしょ?」 「そう、みたいですね」 「怖くないの?」 「? 何がですか?」 「なんて言うか不安って言うか」 「ああ、特に。皆さん良い人ですよ。早く思い出したいですけど」 女性死神協会のメンバーが口々に聞いてくる。一つ一つ答えて行く。 「そうよね、大事な人もいるものね」 「大事な人・・・?」 首を傾げる一護。 「・・・ねぇ、一護今日は仕事無いんでしょ?甘いものでも食べに行きましょ!」 「え、でも俺金無いですよ」 「何言ってんの!病人なんだからお見舞いよ、お見舞い。受け取りなさい」 「はい、ありがとうございます」 弓親に出かけてきますと断わって付いて行った。 「どうなの?身体の具合は」 「怪我は治ったんですけど、記憶が無いって言われても。実感が湧かないって言うか」 「そうよね、あたし達の事は分かるんだもの、尚更よね」 甘味処で菓子を食べながら話していると、 「いっちー、ここに居たんだぁ」 「やちるちゃん、どうかしたのか?」 「一護君、会長も忘れちゃったの?」 「会長?やちるちゃん協会の会長やってんの?」 「うんそうだよ。あ、そうだ、もう夕御飯だから帰っておいでってゆみちーが呼んでたよ」 「ん、そうなのか。じゃ乱菊さん今日はありがとう、ご馳走様でした」 「またね、一護」 「はい」 「やちるちゃん、手繋いで帰ろうか?」 「うん!」 店を後にする二人を見送って、 「本当に忘れてるんですね」 「まっ、更木隊長の場合は自業自得だけど、やちるとか他の連中は気の毒よね」 「何か知ってるんですか?乱菊さん」 「何か悩んでたのはね」 「たっだいまー!」 「ただいま帰りました」 「おかえり、二人とも」 「すいません、遅れましたか?」 「ううん、大丈夫だよ。さ、食べよ」 夕飯を食べ、風呂に入って、朝は8時から皆が集まり出すと聞いて早々に眠る一護。 夢を見た。目の前が赤い。遠くで俺を呼ぶ声が、どんどん近付いて・・・。目を開くと誰かが居るのに、顔がぼやけて それが誰か分からない。 その人の声にひどく安心してる俺が居るのに。手を伸ばしてその人の顔に触れたいのに届かない。 目が覚めた。朝の五時だ。もう起きなきゃ、まずは道場の拭き掃除から始めよう。 まず、神棚の水を替えて柏手を打った。 「今日も皆さんが無事でありますように」 それから床を拭いた。結構汚れててすぐに桶の水が真っ黒になった。漸く床を拭き終わり、次は稽古に使っている木刀を磨いて終わる。次は、朝食の用意をしよう。お世話になるんだから、これくらいはしないと。 飯を炊いて、味噌汁を作る。途中で弓親が起きて来た。 「おはよう、一護君。ご飯作ってくれてるの?」 「おはようございます。はい、これくらいはやらせて貰おうかと」 「気にしなくて良いのに。僕も手伝うよ、量が多いでしょ?」 「あは、助かりました。おかず何にしようか悩んでたんですよ」 「ふふ、君らしいよ。焼き鮭で良いよ」 二人で用意していると、やちるも起きて来た。 「おはよう、いっちー!ゆみちーも」 「おや、今日は早起きですね、副隊長?」 「おはようございます、草鹿副隊長」 「いっちー、いつもみたいにやちるって呼んでくんないの?」 「でも、副隊長ですし・・・」 「昨日は名前で呼んでくれたじゃん!」 「あれは、仕事外でしたし、それに」 「もういい!」 ぷいっと出て行ってしまった。 「怒らせてしまいました」 「平気平気、拗ねただけだよ」 「すいません、弓親さん」 「まあ、僕も呼び捨てで良いんだけどね」 「努力します・・・」 「さっ、コレ運んで朝ご飯食べよう。今日は初仕事だからね」 「はい」 「じゃあ、隊長起こしてきてくれるかな?寝起き悪いんだ。頼めるかな?」 「はい」 剣八の部屋の前で、声を掛ける一護。 「更木隊長、起きて下さい。朝です、隊長」 起きる気配が無いので中に入って直接起こす。 「隊長!起きて下さい!更木隊長!」 ゆさゆさ揺さ振ると、唸りながら、 「うるせえぞ、寝かせろ。一護・・・」 と言いながら、その腕を引き寄せた。 「ちょっ!何を寝ぼけてるんですか!痛いです!やめて下さい!更木隊長!」 掴まれた反対の腕で剣八の顔の横に手を着く。 目を開けた剣八が漸く腕を離すと、 「いてて、おはようございます、更木隊長。朝ご飯の用意出来てますから早く目を覚まして下さいね」 「おい」 「はい、何ですか?」 「その言葉使いヤメロ。胸糞ワリィ」 「いやでも、隊長に失礼ですから。冷めないうちに起きて下さいね」 そう言い部屋を後にする一護、残された剣八は一人舌打ちした。 剣八は中々起きて来なかった。一護は皆に先に食べてくれと頼んで自分は待っていた。 全員食べ終わり、道場の方へと行き、食堂は一護だけが残っていた。 「なんだ、残ってたのか・・・」 「隊長、皆さん困ってましたよ?先に食べて貰いましたけど怒らないで下さいね」 茶碗に飯をよそい、温めた味噌汁を渡す。自分の分もよそい一緒に食べる。 「お前は・・・、待ってたのか」 「一人で食べるのって味気ないでしょ?」 いただきます。そう言って箸を動かす一護。 「そうだな」 一言呟いて食べ始める剣八。 「あ、この後に隊首会あるそうですから」 「めんどくせえな。おかわり」 「あ、はい」 剣八は、何も残さず食べ終えた。味噌汁も残らなかった。 「今日のメシ誰が作った?」 「あ、俺ですけど、不味かったですか?」 「いや、味噌汁美味かった。明日も作れ」 「はい!具は何が良いですか?」 「何でもいいけどよ・・・。トーフとわかめ」 「分かりました!」 嬉しそうに返事を返す一護。隊首会に向かう剣八。帰る頃は昼飯だ。 第3話へ続く 08/12/20作 朝ご飯の情景でした。朝のおかずは質素にあじの開きとかかなと思って。次はお仕事とお昼ご飯。 |
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