題「記憶喪失」
―きっかけは、きっと俺のつまらない嫉妬だと思う。

最近、隊舎に来る女の人がいた。隊士の誰かの彼女かなと思って気にも留めて無かった。
だけどその人は、所謂遊女で、用があるのは剣八にだった。―
少しショックだった。
俺はあいつを自分の恋人だと思っていたから・・・。当然あいつもそう思ってくれているんだろうって思ってたんだ。
でも、違ったみたいだ。どうしたらいいのか分からなくて、でも聞くに聞けない・・・。あいつから決定打を聞くのはイヤだ。
「なあ、いつも来るあの人、なんの用事なんだ?」
それとなく、なにも分かってない振りをして、一角達に訊いてみる。でも返ってくる答えは似たり寄ったり。
「一護には関係ねえよ」  「ちょっとな・・・俺らも詳しく知らねえんだ」
嘘だ。あからさまに目を逸らす奴、憐み、同情・・・。くそくらえだ!もういいや。直接本人に聞いた方が早い。
特徴的な頭が見えた。
「おーい、剣、ぱ・・・ち」
そこには、腕に女の人が縋り付いている剣八の姿があった。
「ん?一護か、何の用だ?」
上手く呼吸が出来てない気がするけど、喋らなきゃ。
「いや・・・、ただ、見かけたから・・・。邪魔してゴメン・・・」
その場から去ろうとして踵を返すと、
「隊舎に帰んだろ。一緒に帰ろうぜ」
って言って来た。俺は胸が苦しくなった。でもダイジョウブダと自分に言い聞かせる。笑って振り向くと
「ああ、いいぜ」
と返した。厭だ、なんで?俺とこいつの間に誰かが居るんだ?白粉の匂いが嗅ぎ慣れなくて気持ち悪かった。
「なあ、この人、最近隊舎で良く見かけるけど誰?」
「あ〜、只の知り合いだ」
「ふうん・・・、会話が続かないんだけど紹介とかしてくれよ」
オマエハタダノシリアイヲスガリツカセルノカ?
「〜〜だ、コイツは一護だ」
折角紹介してもらっても頭が受け付けなかった。
「よろしく」
しなを作って挨拶してきた。
「よろしく・・・」
隊舎に着いた。心の中で助かったと思った。別れ際耳元で、
「あんた、邪魔だわ・・・」
と聞こえた。振り返るとその女が嗤っていて、ぞっとした。その日からあいつは俺を抱かなくなった・・・。

何となく、こうなるんじゃないかと思ってた。その女の人を見かけるようになってから何度かそういう夜があったから・・・。
でも別れを告げる事はされなかった。分かんないなあ・・・。要らないんだったらさっさと捨てればいいのに・・・。
それとも、みっともなく取り縋って泣いて見せれば喜ぶのかな。俺から言った方が良いのか?

それからの隊舎は居心地が悪かった。皆、気を使ってるのがバレバレで、早くどっか行ってくれって感じだ。
俺は少しずつ、自分の荷物を持って帰っていた。気付かれない様に少しずつ、少しずつ・・・。
稽古もなるだけ短時間で、後は他の隊でやらせて貰ったけどもう、限界だろう。迷惑でしかない。
だからもう報告が終わったらすぐ現世に帰るようにした。そうして現世で虚退治に精を出した。
刀を振るっていれば、何も思い出さない、何も考えないから。夜は疼く身体を持て余した・・・。

報告日。乱菊さんにとっ捕まった。
「一護!あんた最近おかしいわよ!自覚ある?」
「大丈夫ですよ、いつもと同じですよ?」
ダイジョウブ、またこの言葉を口にする。
「じゃあ何で最近すぐ帰るのよ?」
「やる事がないからですよ。向こうで虚を退治するのも俺の仕事ですから・・・」
「やる事無いって、あんた更木隊長は?やちるは?」
「俺になんか関係、あるんですか?遊んでやれないのは心苦しいですけど」
「関係って・・・、恋人でしょう?更木隊長は!あんたの!」
「そうなんですか?今は違うみたいですよ。女の人が傍に居ますから」
「それだけで・・・」
「それに、その人が来てから、抱かれてませんから。もう用済みなんじゃないですか?」
「ほんとなの?それ・・・」
「ふふ、都合のいい時だけ使われて、まるでダッチワイフみたいですね・・・」
「一護・・・?大丈夫なの?」
「ダイジョウブですよ」
ダイジョウブ。そうだ、ダイジョウブだ。コレを唱えてれば今まで何だって我慢出来た。耐えて来れた。
「もう良いですか?そろそろ報告したいんですけど・・・」
「え、ああ、ごめんなさい、長く引きとめたわね」
「いえ、じゃあ」
一番隊に行った。
そこで報告を終え、帰ろうとした時、何かにぶつかった。
「ぶっ!」
「うわぁあん!いっちー!なんで会いにきてくんなかったのー!さみしかったんだからあー!」
「やちる・・・、ごめんな。でももう、あそこに居場所無かったから」
泣きじゃくる子供の髪を撫でながら説明した。
「剣ちゃんも待ってるよ?早く行こ!」
「嘘だよ・・・。待ってないよ?違う人が居るんだろう?行きたくないよ・・・」
「なんでぇー!いっちーのばかぁ〜」
また泣き出したやちるを宥めて泣き止ます。
「ほら、鼻水かめよ、あ〜あ、可愛い顔が台無しだ」
懐から出した手拭いで、やちるの鼻水を拭ってやった。
「ほら、チンってしろ」
チンッと鼻をかむとやちるは、
「どうしても嫌なの?」
「うん、ごめんな。でもお前が俺に会いたがってるって分かって嬉しいよ、ありがとう」
「いっち〜・・・」
そこへ、
『第79地区にて虚の群れを捕捉しました。緊急に付き十一番隊及び死神代行、黒崎一護は共に行動して下さい。繰り返します・・・』
「へ・・・?」
「行こう!いっちー!お仕事、お仕事!」
「お、おう」
気不味いなあ、隊士もだけど剣八の顔を見たくない。早く片付けたい。何体いるんだろう?
「おう」
「よう・・・」
なるべく目を誰とも合わせない様にして、話を聞く。虚の数はおよそ50体。強さはそこそこだそうだ。
修行には持って来いだろう。命懸けだ。
ポイントに着いた。それぞれ指示を聞いて持ち場へ散る。俺は何も言われなかったから一人で迎え撃つ準備をする。
戦闘が始まった。森の奥から声が聞こえた。子供が泣いていた。
「何やってんだ!早く逃げろ!」
「うわぁあん!みんなが!みんなが食べられちゃったよう〜!」
子供は泣き叫ぶばかりでこちらの声は届かないようだ。そこに虚が姿を現した。
「ちっ!こんな時に!」
でかい、触手のような物もある。この子を庇いながらだとやばいな。一気にやるか。
「イチイチこんな状況で負けてたら意味ねぇ。おい、こっちに来い」
子供を抱えて切り捨てて行く。
「お兄ちゃん、すごい。でも大丈夫?」
「ああ!大丈夫だ!安心しろ」
笑ってみせる。虚の攻撃が止んで気を緩めた所に、物影からの攻撃を受けた。あの触手だ。俺は咄嗟に子供を胸に抱き寄せて、守った。
木に強か頭をぶつけた。目の前が揺れる。あれ?赤くなってきた。子供は?ああ・・・、腕の中で動いてる、良かった。

うわあん、うわあん、と泣き声が聞こえたからそっちに足を運んでみた。そこで見たものは、血溜まりに倒れる一護と子供だった。
「一護!おい!どうした!」
「お兄ちゃんが!俺を助けてくれて!さっきから起きてくれないのー!」
泣きながら説明する子供。血は頭から流れてた。迂闊に動かせねえ。卯ノ花呼んで、声を掛け続けた。
「一護!おい起きろ!一護っ!」
震える瞼がゆっくりと開いた。
「う・・・、あ、けんぱち?こど、も、は?」
「ここだ、怪我一つしちゃいねえ」
「よか、った・・・」
また目を閉じようとする一護に、
「寝るな!一護!起きてろ!」
「・・・なあ、俺、って、おまえの、なん・・・だ・・たの?」
ゆっくり剣八の顔に手を伸ばして尋ねた。
「何って、恋人じゃねえのかよ」
「ほ、んと、に?」
「当たり前だ!」
「ふ、ふ・・・、うれし・・・な・・・」
その手は剣八に触れる前に力付きて、自身の血でぬかるんだ地面に落ちた。
「おい、一護?」
閉じられた目は開かなかった。卯ノ花隊長が来て、怪我の治療をした。
「命に別状はありません。無暗に動かさなかったのが幸いしました」
四番隊で一護の容体を聞く十一番隊の隊士たち。やはり心配なのだろう。それぞれが安堵のため息をついた。

 扉の向こうがうるさいな・・・。目覚めて俺が思った事はコレだった。そっちに目を向けると卯ノ花隊長が居た。
「目が覚めましたか?一護君」
「あ、はい、あ痛!」
「まあ、無理をしてはいけません。頭を怪我したんですから」
「そうなんですか?」
「分からなかったんですか?」
「無我夢中だったから、そういや、子供はどうなりましたか?」
「大丈夫ですよ、今は治安の良い地区に住んでいます」
「良かった・・・」
「一護君、お見舞いの方々が来てますが、逢えますか?」
「えっ、大丈夫だと思いますけど」
「無理せず、辛かったら帰って貰いますが?」
「折角ですから、顔ぐらいは」
「うふふ、そうですね。どうぞ」
「いっちー!大丈夫?」
「一護!てめえ無理して心配掛けんじゃねえよ!」
「言い過ぎだよ!大丈夫かい?一護君」
「おい、一護、何呆けてる?」
「・・・・だ?」
「あん?」

「あんた達、誰だよ?」


第2話に続く




08/12/18作 第46作目。記憶喪失ネタ。纏まるかな




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