題「変化」第3話
「一護さん、交換の時間ですが、お風呂はどうされますか?」
「シャワーだけ浴びてきます」
一護は浴室に入ると自分の身体を眺めて、長い溜め息をついた。
一週間前から変わらず女の身体、食事を摂って無いので痩せている。
霊力がほとんど無い状態なのでそんなにひどくはないが、肋骨が少し浮いている。
シャワーを浴びながら、もう戻れないかも知れないという不安が押し寄せて、吐く物も無いのに少し吐いた。
シャワーを浴び終わって、着替えると新しい点滴の針が刺される。一週間これの繰り返し、最近は水も飲みたくない。
一護はまたベッドに横たわると目を閉じた。
「一護さん、食欲は?」
「無いです・・・」
申し訳なさそうに告げる。
「そうですか、あの、お見舞いの方が来てますが、会えますか?」
「あ、はい」
「どうぞ」
入れ違いに出て行く勇音。入ってきたのは、一角と弓親だった。
「よう、生きてるか?」
一角に言われ、
「何とかな」
と返した。
「痩せたね。食事摂って無いって聞いたけど、いつから?」
誰も聞いて来ない事をズバズバ聞いてくる。
「一週間くらいかな?」
淡々と答える一護。
「お前・・・、それってウチで朝飯食ってから何も食って無いって事か?」
一角が声を荒げた。
「いや、その後茶屋でお菓子食べたし、ココでも少し食べたよ」
一護が説明した。
「隊長も心配してるよ。自分は来れないからね」
弓親が言う。
「そうだ。剣八は元気か?まぁ大丈夫だろうけど」
笑って聞いた。
「まぁ、元気だけど・・・ね、イラついてるみたいだよ」
弓親が言葉を濁して言う。要するに一護に逢えなくてイライラしているのだ。
「大変だな、お前ら。でも元気そうで良かった。ずっとさ・・・、最後に逢った日の事ばっか考えてたんだ。
逢いたいなぁ・・・すぐそこに居るのに・・・」
窓の外を見て自嘲気味に笑う。笑った拍子に咳き込んだ。
「ゲホッ!ゴホッ!カハッ!」
喉が切れたらしく、血が出た。
「おい!一護!水飲めるか?」
「卯ノ花隊長呼ばないと!」
弓親が言うと一護が止めた。
「い、い・・・、大丈夫」
水を飲んで落ち着いた一護が、
「ワリィな。わざわざ来てくれたのに」
「いや、良いからもう寝ろよ」
一角が言うと一護が、
「あ、そうだ。こないだ一角が作った卵焼き食べた。美味かった。何でも出来んだな、お前」
「ああ、副隊長が弁当作れって言った日の事か?お前も食ったのか?」
「ああ、あん時で最後だったな。普通に食えたの」
「何ならまた作るぞ?」
「サンキュ、でも今、水も飲みたくないんだ」
「大丈夫かよ?」
「点滴してるから大丈夫だ」
そう返す。横になった一護が、
「今の剣八に言わないでくれよ、また心配掛けるの嫌だからさ・・・」
「ああ・・・、俺らからは言わねえよ」
一角が言うと一護が安心した様に目を閉じた。
「じゃあ、俺らも帰るわ。またな一護」
「じゃあね」
席を立つ二人に、
「あんがとな、来てくれて」
礼を言った。二人して手を振って出て行く。病室の外で待っていた剣八に、
「あんな状態です・・・」
弓親が言った。
「ああ・・・」
短く答え、羽織を翻し廊下を去って行った。

 一護が水も飲まなくなって三日たった。流石に危ないと感じた卯ノ花隊長が剣八に会いに来た。
「よう。何か用か?」
「一護君に逢ってあげて下さい」
「何言ってんだ。テメェが止めてんだろ?」
皮肉交じりに返すと、
「一護君はもう三日、水も飲んでません。貴方に逢えないという精神的なものです・・・。どうか逢って下さい」
「・・・唯逢うだけじゃ済まねえぞ。それでも良いのかよ?」
「一護君がそれを望むのであれば・・・」
「・・・ちっ、後で行く」
そう言って奥に姿を消した。
数時間後、小さな土鍋を持った一角と風呂敷包みを持った弓親を伴って剣八が一護の病室に来た。
他の見舞客の中に京楽隊長を見つけて顔を顰めた。
「剣八さん、露骨」
京楽隊長が溜め息交じりに呟く。一護が笑う。
「ヒュッ、ヒュッ」
と肺から空気だけが出る。水を飲んでないので声が出難い。
「け・・・ぱち・・・や・・・と、逢、えた」
ゆるゆると手を伸ばす。その手を取って握り締める。一護は唇を噛みしめ、目に涙を溜めていた。
点滴の針が刺さった方の腕を伸ばした。針が貼ってあったテープと共に抜け落ちた。血が出ても気にせず、
握られていた手も剣八の首に回した。ぐぐっと自分の方へ引き寄せる。どこにこんな力が残っていたのか分からない。
剣八は、枕元にあった湯呑みの水を口に含むと一護に口付けた。舌で唇を開け、ゆっくりと水を与える。
「ん、ふ・・・甘い・・・」
「そうかよ・・・」
「・・・剣八・・・、どこにも行かないで・・・、離れないで・・・、もう、置いてかないで」
涙を零してうわ言の様に囁いた。
「どこにも行かねぇよ」
安心させる為に、一護の背中を撫でる。
「やっさしいねぇ。剣八さん」
「うるせぇよ・・・、さっさと帰れ」
物騒な霊圧と不機嫌な顔でそこにいる者達を退席させた。
「一護、粥持ってきたから喰え」
漸く剣八から離れ、一角が持つ鍋を見て、申し訳なさそうに、
「今、食えない・・・」
啜りあげながら言った。
「大丈夫だ、水飲めただろ」
「うん・・・」
「一角、弓親お前らも、もう良いぞ」
「はい、失礼します」
二人が去って剣八と久し振りに逢えたのに何も話せない。
「粥」
喰えと言っている。
「それって一角が作ったのか?」
「いや・・・俺だ・・・」
「え、剣八が・・・?」
「ああ、一角のが良かったか?」
一護は首を横に振る。
「なら良い、ほら」
匙に少しだけ盛って一護の口元へ持っていった。それを恐る恐る口にする一護。
「あ・・・、食える・・・」
「失礼な奴だな、これぐらい作れる」
「違う、そうじゃなくて、こないだからずっと食べ物吐いてたから、今それが無いから・・・」
「ふ〜ん、じゃあもっと喰えよ」
「うん」
久しぶりに食べる温かい食事に身体の中がジンワリと暖かくなった。剣八は親鳥が雛に食べ物を与える様に、
甲斐甲斐しくゆっくりと粥を口へ運ぶ。
一護もそれに応える様に、粥を飲み込んだ。不思議と喉に痞(つか)える事は無く、すんなり食べれた。
「全部喰えたな」
「うん・・・、ありがと」
剣八は膝に一護を乗せ、髪を梳いた。それがとても心地よくて一護は剣八の胸に身体を預けて甘えた。
「剣八・・・、剣八・・・」
顔を擦り付けて剣八の匂いを確かめる一護。
「一護、お前ぇに土産持ってきた」
風呂敷包みを渡す。一護が広げると中には、青色が濃淡に分かれた上品な着物と白い帯だった。
「これ・・・」
見上げると、
「俺も藍染めの着物持ってからな、合うかと思ってよ・・・。それにこの色だったら男に戻っても着れるだろ」
「ありがとう剣八」
着物を撫でながら礼を言う。剣八の胸に顔を埋めて呟いた。
「俺、溶けて剣八と混ざり合いたい・・・、そしたらずっと離れなくて済むのに・・・」
「何だ?急に・・・」
問いに答えず、涙を零した。
「ゴメンな、元気になったらこれ着せてくれよ。またお茶しに行こう?」
「ああ、ちゃんと飯喰えよ」
「うん」
触れるだけのキスが降ってきた。もっと深く口付けたいのに、体力がない。
「じゃあな」
一護をベッドに戻し寝かせる。
「もう帰るのか?また・・・」
そこで一護は言葉を切って、
「ありがとな、来てくれて」
笑顔で返す。
「また来る」
そう言って髪を撫で、病室を出て行った。
剣八が、一護に食事をさせただけで帰ったので、卯ノ花隊長はホッとし、一護が食事を摂った事を喜んだ。
「一護君、入りますよ?」
卯ノ花隊長が一護の病室を訪れた。
「あ、今晩は、卯ノ花隊長」
剣八に贈られた着物を触りながら挨拶した。
「お粥が食べれたそうですね。良かった」
「あ、はい・・・」
目を伏せて答えた。
「どうしました?一護君」
「いえ、あの・・・、剣八の見合いって、何時あるんですか?」
「あぁ、更木隊長のお見合いですか?さぁ、一週間後ぐらいだと思いますが・・・、気になりますか?」
その問いに、複雑な笑みを浮かべた。
「ちょっとは・・・」
本当はちょっとどころじゃない。噂を耳にした時から今だって、知りもしない相手に嫉妬で気が狂いそうだ。
そんな事言えない。アイツだって隊長格だ、身を固めるのは必要な事なんだろう。困らせたくない。
言えない言葉を飲み込んだ。
「幸せになると良いな。アイツ・・・。早く男に戻りたい・・・、強くならなきゃ、もう意味が無い」
「一護君・・・」
「もう寝ますね」
儚げに笑い着物を風呂敷に包んでベッドに潜り込んで目を閉じた。
「おやすみなさい一護君」
卯ノ花隊長が病室の電灯を消して出て行った。 

 夢を見た。俺は剣八の寝室の前にいる。中に入ると剣八が眠っていた。いつもと同じ綺麗な寝顔。
膝を付いてじっくりと見る。不意に剣八の目が開いた。黒曜石の瞳に月が映る。
ああ・・・、綺麗な目だ。この目がもうすぐ、知らない女を見る。自分じゃない者を映し込む・・・。
・・・イヤダ。
・・・嫌だ。
・・・イヤダ。
嫌だ!!
俺は思わず剣八の首に手を伸ばす。剣八は動かない。俺は今まで溜まっていたモノを吐き出した。
「行かせない。誰にもやらない。誰にも渡さない。俺を見て、俺だけを見て。どうして、そばに居てくれないの?」
コワイ。こわい。恐い。怖い・・・。
涙が溢れた。ぼろぼろと滝の様に止まらない。
行かないで・・・。最後に呟くと、涙を親指で拭い舐め取る剣八が見えた。顔が近付く。唇が合わさる。
ああ、温かい・・・。剣八の匂いがする。夢の中なのに・・・。そこで俺の視界は切れた・・・。

 ・・・馬鹿が・・・。こんな所まで来やがって・・・。挙句言いたいだけ言って気絶しやがった。裸足で来やがって血だらけじゃねぇか。
剣八は一護を胸に抱えると四番隊に運んだ。案の定と言うか詰所は、一護が居なくなったと騒然としていた。
「おい。そこの」
剣八が呼び止める。
「ひ、はい!」
「卯ノ花呼んで来い」
一言だけ告げると一目散にそこから消えた。一護の髪を梳いていると卯ノ花隊長が現れた。
「更木隊長、一護君を病室まで運んでくれますか?」
剣八は無言のまま歩く。一護をベッドに戻すと、
「いやだ・・・」
一護が剣八の寝間着を掴んで、呟いた。勇音がお湯で絞ったタオルで、一護の足を拭き治療する。
「やはり貴方の所へ行っていたのですね」
「知るか、起きたら部屋に居たんだよ」
不機嫌そうにいう剣八の首に痣を見つけた卯ノ花。
「更木隊長、その痣は・・・?」
「あ”?関係ねぇだろ。もう帰るぜ、逃げねぇ様にちゃんと見張っとけ」
それだけ言うと、自分の隊舎に帰った。

 寝室に戻った剣八は先程の一護の行動を思い返す。あからさまな嫉妬をぶつけて来る一護。
あんな泣き顔は初めて見た。正直驚いたが、それ以上に愛しい感情が込み上げて来た。
鏡で首の痣を見る。思わず口許が弛んだ。指の形の痣・・・、コレはアイツの俺への執着の強さ・・・。
さっきも、最初はどこかうっとりした目だったのが、急に鋭いモノに変わり、最後は縋る様に泣いていた。
恐らく覚えてないだろう・・・、首の痣を擦りながら愉快そうに低く笑った。

 目が覚めた。変な夢だったな。妙にリアルで、言いたい事言ったから少し楽になった。本人には言えないけどね。
夢の中だから良いか。ドアがノックされ、
「一護君、入りますよ」
卯ノ花隊長が入ってきた。
「おはようございます、卯ノ花隊長」
「気分はどうですか?」
「あ、良い方だと思います」
一護は答える。
「そうですか」
卯ノ花隊長が一護を観察する様に見た。
「何ですか・・・?」
「いえ、食欲はどうですか?少し食べますか?」
「そうですね、昨日食べれたし、少しいただきます」
運ばれた粥を口に運ぶ。
「?」
味がしない。病人食だからか?首を傾げる一護に卯ノ花隊長が、
「どうしました?一護君」
「いや、あの、味が無いなと思って」
「は?」
「病人食だから味薄いんですね」
一人納得している一護。半分ほど食べた所で箸を置いた。
「ご馳走様でした」
「今日は顔色が良いですね、更木隊長のお陰ですね」
昨日の甘えっぷりを思い出し赤くなる。
「きっと今日も来てくれますよ」
と卯ノ花隊長が言ってくれた。

第4話へ続く


嫉妬心全開の一護。普段抑え込んでる分が出ちゃった感じですかね。
もうちょっと続きます。




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