題「変化」第2話
朝、剣八が目覚めると隣りに一護とやちるの姿はなかった。蒲団を片付け、剣八は草色の着流しに着替えた。
何やら騒がしい台所の方へ足を運んだ。そこで目にしたのは、やちると一緒に朝飯を作る一護の姿だった。
一護は昨日の着物ではなく死覇装に身を包み、味噌汁を作っていた。やちると一緒に味見をして、
「よし!出来た!やちる運ぼうぜ」と言っている所へ剣八が後ろから抱きついて、
「味噌汁か、俺も味見」
くすくす笑う一護が小皿に味噌汁を少し入れて、
「ほら」
手ずから口元へ運んだ。それを飲み干し、
「朝飯の用意済んだのか?運ぶもんあんなら手伝うぞ」
と言って来たので、
「あ、じゃあお櫃と味噌汁の鍋を頼むな」
一護が言うと言われた物を寝室の方に持って行った。
「剣ちゃん嬉しそう」
「そうなのか?」
「うん」
三つの膳に卵焼きと焼き鮭、野菜の煮物、香の物を並べていった。やちるがそれを持つというので、
一護は食器と湯呑、お茶の入った急須を持っていった。部屋では剣八が待っていた。
「遅えぞ、お前ら」
それだけ言うと一護が、
「悪かったな、ほらご飯と味噌汁」
笑いながら、飯をよそい、味噌汁を注いで二人に手渡す。
「いただきます!」
三人だけで食べる朝食は、初めてだなと思っていた所へ、
「おかわり」
剣八が茶碗を差し出した。
「へいへい」
言いながらよそう。
「いっちー、お味噌汁おかわり〜!」
「良く食うな。お前ら」
よそいながら、一護が言う。
「だっていっちーのご飯すごい美味しいもん」
「俺が作ったの味噌汁と卵焼きだけじゃねぇか」
笑って返す。
「でも美味しいよ。剣ちゃんが黙って食べてるもん」
ニコニコしながら、食べ続けるやちる。
「やちる、ほっぺに弁当ついてんぞ」
一護がやちるの頬の飯粒を取って自分の口に入れる。
「ありがと、いっちー」
一護が自分の分の食事を終える頃には、お櫃の中のご飯も味噌汁も空っぽになっていた。
「気持ち良いぐらい食べるな、お前ら」
食器を片づけると食後のお茶を用意した。3人で飲んでいると、
「なんだか、剣ちゃんといっちー、お父さんとお母さんみたい」
ふふっと笑ってやちるが言った。一護は、、昨日の風呂場でのコトを思い出して、頬を染めた。
そんな一護を見て満更でもないと言いたげに、口許で笑いながらお茶を啜る剣八。
「さてと、片づけるか!もうそろそろ卯ノ花隊長が来るだろうから・・・、剣八、アンタも弁当付けてんぞ」
言われて口許に手を持っていった。
「違う、逆だよ」
一護が手を伸ばし、飯粒を取る。さっきと同じく自分の口に運んで食べた。
「なんだよ。そんな驚く事してねぇぞ。片付け手伝ってくれよ?」
「しゃあねえな」
残りのお茶を飲み干し、片付けを手伝った。
「お前いつもこんな事してんのか?」
洗い物を終えた一護に剣八が訪ねた。
「まあな」
と短く答える。気を使ったのだろうやちるが道場の方に行き二人きりになると、
「卯ノ花隊長遅いな、コッチから行ったほうが良いのかな?」
「ほっとけ。勝手に来るだろ、それより一護昨日の着物どうすんだ?着るなら着付けしてやるぞ」
「それなぁ、正直似合ってるか分かんないんだよな、アンタどう思う?」
「似合ってた。着とけ、今日は俺と1日一緒にいろ」
「じゃあ剣八が着せてくれよ」
死覇装を脱いでいくと、剣八が丁寧に襦袢から着せてくれた。昨日と同じくらい綺麗に着こなして、剣八の隣りに座る。
「なんか、本当に夫婦になったみたいだな・・・」
剣八の肩口に頭を預けて呟いた。
「そうだな・・・、今日一日だけでも、そうするか?」
「うん・・・」
剣八と目が合った。どちらともなく、口付けを交わした。
「剣八、その着物似合ってるな」
「そうか?」
「うん、カッコいい」
入院したらまた暫らく逢えなくなる。そんな事を考えて、剣八の肩口に頭を擦り付ける。
そんな一護の心中を察してか、剣八は一護の髪を丁寧に梳きながら、
「すぐ逢える、心配すんな」
なだめる様に髪に唇を落とした。その内卯ノ花隊長が勇音を伴って現れた。
「一護君を引き取りに参りました。案内をお願いします」
顔は笑っているが怒りのオーラが立ち上っていた。
「は、はい!」
対応に出た隊士が剣八の部屋まで案内した。
「あ、卯ノ花隊長・・・」
卯ノ花隊長の姿を見つけて、剣八の着物の袖口を握る一護。
「一護君、あれ程言ったのに更木隊長と寝ましたね?」
言外に性交渉の事を怒っているのがアリアリと分かった。
「あ、の。すいません・・・」
「おう、初めてにしちゃ、イイ具合だったぞ」
とんでもない事をさらりと言った剣八の肩口を真っ赤になった一護がバシバシ叩く。
側で見ていた卯ノ花隊長と勇音は、男がこんなにも可愛くて良いものかしばし悩んだ。
「もう良いです。さ、戻りますよ一護君」
「それなんだけどよ、卯ノ花。今日一日一護借りるぜ」
剣八が言うと、
「何を言ってるんですか、一護君は病人ですよ、それに貴方の霊圧が原因なのですよ!」
「わあってるよ。側に居るだけだ、今日非番だからな」
剣八の袖口を握る一護を見て、
「しょうがないですね・・・。今日だけですからね。検査がありますから一度詰所には戻ってもらいます」
「おう」
剣八が立ち上がり、一護を立たせる。四人連れ立って詰所に戻る。
検査が終わるまで剣八は診察室の外にある椅子に座っていた。
「一護君、言っておいたでしょう?会って話すだけなら良いと・・・。まぁ更木隊長ですからね、向こうが我慢出来なかったとは思いますが・・・」
「すいません・・・。俺も、その、我慢出来なかったし・・・」
俯いて一護が言うと、
「え?一護君?」
「でも、今日だけは一緒に。もう無理言いませんから!」
一護が必死になって懇願した。
「それは良いですが、本当に気を付けて下さいね。さ、終わりましたよ」
検査が終わり一護が診察室から出ると剣八が待っていた。
「もう終わりか?」
「うん」
一護の頭を撫でながら、後ろの卯ノ花隊長に、
「じゃあ、連れて行くぞ」
と断わった。
「はい。今日の夜には、此処に帰して下さいね」
凄味のある笑顔と声で釘を刺された。
「分かってるよ」
一護の肩を抱いて連れて行った。
「大丈夫ですかね?一護さん」
「それは本人次第です」
卯ノ花隊長が言った。
「け、剣八!肩・・・」
「あ?良いじゃねぇか、減るもんじゃなし」
「照れくさいよ・・・」
渋々といった感じで手を離し、懐手にした。
「怒ったのか?」
「いいや・・・、どこ行く?」
「どこでも良いよ。剣八が居るなら」
剣八だけに見せる極上の笑顔で返す。
「お前・・・、その顔は誰にも見せんなよ。ったく、茶店にでも入るか、喉渇いた」
「あ、それ良いな!昨日乱菊さん達と入った処のお菓子おいしかった」
甘い物で喜ぶ所は子供だなと思ったが言わない。
「甘味処か?じゃあ案内しろ」
「いいの?」
「ああ」


甘味処に着くと剣八と一護は、それぞれ菓子を頼んだ。
「なに笑ってんだ」
「いや、こんな事でもないと来れなかったなと思ってさ・・・、そうだ乱菊さんにお礼しなきゃな」
「何でだ?」
「この着物くれたし、剣八のトコ行く口実作ってくれたし・・・」
それに何より剣八への自分の想いを解ってくれた。
「ふ〜ん、そうだな。酒でも送っとくか」
「おまちどうさま」
運ばれた菓子に手を伸ばす。
「美味いか?」
「うん、でも昨日よりも今日の方が美味しい?」
なんでだろ?と言いながら食べる一護。剣八は、口の端で笑う。
「剣八は?甘い物大丈夫なのか?」
「あん?嫌いじゃねぇが、そんなに食わねえな」
「へぇ、以外だな」
お茶を啜りながら言うと、
「疲れたりした時ぐらいだ。他には何か食わねえのか?」
「うん。後はゆっくりお茶飲も?」
二人でお茶を飲んでいると、
「おやぁ?珍しい処で剣八さんの霊圧感じてみたら。剣八さん可愛い娘連れてるねぇ、駄目だよ浮気しちゃ〜。
一護君に言い付けるよ〜」
のんびりした声で言われた。京楽隊長だ。七緒もいる。
「勝手に言えよ。浮気だってよ?どうする?一護」
俯いてしまった一護の顎を掴んで顔を上げさせた。赤くさせた顔がいやに艶っぽかった。
「あれま、一護君だったの?これまたどうしたの?」
「ちょっと、難しい病気で・・・」
「ふ〜ん」
まじまじと見てくる京楽隊長に七緒が、
「失礼です。隊長」
「アハハ、ゴメンゴメン、あんまり可愛くて。一護君、胸に何か入れてるの?」
いきなり胸を掴まれた。
「ひっ!」
小さく悲鳴を上げた。
「隊長!」
七緒が怒るのと同時に剣八が熱い茶を引っ掛ける。
「熱い!何すんの」
「斬られなかっただけありがたいと思え。此処の勘定もテメエが払え」
京楽が文句を言う前に七緒が、
「責任持って、払わせます」
と答えた。
「行くぞ、一護」
剣八に腕を引かれて、店を出る。
「隊長が悪いですよ。あの身体になって一番戸惑っているのが一護君なんですから・・・」
手拭いを渡しながら七緒が勘定を済ませる。
「うん。そうだよね、後で謝ってくるよ」
素直に非を認めた。

「痛いよ。剣八」
ぐいぐい引っ張って歩く剣八に一護が言うと、
「くそっ、気分ワリィ」
と吐き出す様に言う剣八に一護が、
「ゴメンな、俺がぼーっとしてたから・・・」
「違うだろ!お前が悪い訳じゃねぇ!」
人目も憚らず一護を抱きすくめる剣八に、先程から強張らせていた体を漸く弛緩させた。
「夜には、詰所に帰んだろ、次はどこ行く」
「二人きりになれる所・・・、原っぱでも良いから夜まで誰も来ないトコがいい・・・」
「じゃあ、連れてってやる」
一護を担ぐと物凄いスピードで駆け抜け、瀞霊廷の外れの小川のほとりまでやって来た。
「此処は俺の気に入りの場所だ。連れて来たのはお前が初めてだ一護」
頭を撫でながら言う。
「嬉しい、ありがとう剣八。静かなとこだな」
「ああ、昼寝にゃ持ってこいだ」
胡坐をかいて座る剣八。その横に座る一護。
「着物汚れるぞ」
「良いよ少しくらい、それよりも剣八の横に居たい」
剣八が一護の頭を自分の肩口に押し当てた。
「あったかい・・・」
うっとり目を細めて一護が呟く。
「こういうのも悪くねぇな・・・」
剣八が言うと寝転んで片肘をついて、欠伸をした。一護がその頭を自分の太腿の上に乗せ、膝枕として提供した。
「腕、疲れるだろ?」
癖の無い髪を指で梳いていく。
「こういうのも悪くないだろ?それに今日は絶好の昼寝日和だし」
柔らかい風が一護の髪を揺らす。
「そうだな・・・、少し寝る」
剣八が目を閉じた。
「おやすみ剣八」
一護はずっと剣八の髪を撫でていた。
 とても幸せな時間だった。剣八も一護も、穏やかな日差しと柔らかな風の中で、お互いの存在だけを感じていた。
剣八が薄く目を開けて一護の様子を見てみると、口許に笑みを湛(たた)え、
自分の髪を撫で、慈愛の眼差しで見つめていた。剣八が一護の顔に手を伸ばし、頬を包んだ。
その手に自分の手を重ねて、一護は目を閉じその体温に身を委ねた。
「一護・・・」
「・・・ん、起きたのか?」
「ああ、コッチ来い」
体を起して、一護の体を胡坐をかいた足の上に抱いた。
「足痺れたか?」
「いや、大丈夫だ・・・」
剣八の肩口に顔を預けて甘える一護。
「もうそろそろ帰らなきゃ・・・。卯ノ花隊長が怒るな」
一護が残念そうに呟いた。陽が随分と傾いて来ていた。
「そうだな・・・、詰所まで歩いて帰るか・・・」
「うん」
暗くなり始めた空に月が顔を出していた。
「剣八・・・、手繋いでもいい?」
初めて聞くセリフに、手を伸ばし応える。その手を取ると、二人でゆっくり歩いて詰所に帰る。
二人して月を共にゆっくりゆっくり歩いた。今日あった事を思い出していた一護が、
「今日は楽しかったな〜。一緒にご飯食べて、お茶して、昼寝して・・・」
「大した事してねぇじゃねぇか」
「でもこんなにゆっくりした時間過ごした事ないから、いつもすぐに現世に戻ってるし・・・、
こんな風に手繋いだ事も無いからさ・・・」
 それにこれで最後になるかも知れない・・・。
「いつでも握ってやるよ」
「やぁだよ、照れくさい。嬉しいけどな」
笑って返す。
「ふん」
そんな話をしている内に詰所に着いた。
「着いたぞ、一護」
「うん・・・」
繋いだ手に力を込めた。剣八が小さく笑って、
「ほれ、出迎えが来てるぜ」
詰所の前には、卯ノ花隊長と勇音が立っていた。
「お帰りなさい一護君、先程から京楽隊長がお待ちですよ」
「え?何でですか?」
一護が剣八に寄り添った。
「やっ!一言謝りたくてさぁ、さっきはゴメンね一護君」
京楽隊長が、明るく謝った。一護にも気を使っているという事は分かった。
「いえ、誰もこんな風になってるなんて思いませんから、もう良いですよ。気を使わないで下さい」
一護が言えば、剣八が牽制の霊圧を上げる。
「さ、疲れたでしょう?一護君。もう休まないと」
卯ノ花隊長に言われた。
「はい・・・」
詰所に戻ろうとする一護の手をまだ離さない剣八に、
「剣八?」
見上げると両手で顔を包まれた。一護もその手に自分の手を重ねて、目を閉じた。
優しい口付けが降ってきた。触れるだけの口付け。だけど、お互いの体温を分け与える様な口付けだった。
ゆっくり離れると、
「じゃあな」
と言って一護の髪を撫で、踵を返し帰って行った。頬を上気させた一護に京楽隊長が、
「へぇ、剣八さんもあんな風になるんだ?」
「あんな風って?」
「いや、離れがたいというか、何と言うか・・・」
「はぁ」
よく分からないという風に首を傾げる一護に、
「まっ、一護君は愛されてるって事さ」
頭をぽんぽん叩いて言われた。一護は真っ赤になって俯いた。
でも、もうすぐ見合いがあるだろう・・・。同じ隊長格なら知ってる筈だ・・・。
「じゃ、僕はこれで。一護君お大事にね」
「ありがとうございます」
お辞儀して顔を上げるともう姿が見えなかった。
「今日は楽しかったですか?一護君」
卯ノ花隊長に聞かれた。
「あっ、はい。楽しかったです!すいません我が儘聞いて貰っちゃって」
「いいえ。さ、もう休まないと」
「はい、おやすみなさい。卯ノ花隊長、勇音さん」
一護は自分の病室に入ると着物を脱いで、シャワーを浴びてから、ベッドに入った。
一護は今日あった事を思い出して、幸せな気分になった。剣八と過ごした穏やかな一日。自然と口許が弛む。眠気が訪れた一護は、
「おやすみ剣八」
呟くと丸くなって眠った。

一方の剣八は、隊舎に着くと風呂に入って酒を飲んでいた。機嫌が悪いのか、霊圧が半端無く凶悪だった。
一角と弓親とやちるがそれぞれ、
「あ〜あ、荒れてんな、隊長」
一角の呟きに弓親が、
「茶屋で聞いたけど、折角のデート京楽隊長に邪魔されたみたいだよ?隊長怒ってお茶引っ掛けたって」
「ヘぇ、珍しいな、隊長なら斬りかかる所だろ?」
一角が問うと、
「いっちーの為だよ。暴れたら、いっちーの病気の事バレるもん」
やちるが言った。ああ、そうかと納得した。
「でも楽しい事もあったみたい。剣ちゃんもう怒ってないから」
やちるが笑う。正直二人には判らなかったが、一番付き合いの長い彼女が言うのだから間違いないだろう。
剣八も今日あった事を思い出していたが、京楽隊長が一護に触れた事だけが許せなかった。
「ちっ!」
一人盛大に舌打ちすると立ち上がって、寝室に向かった。寝室には既に蒲団が敷かれてあった。
剣八がふと、部屋の隅にある文机に目をやると、そこには昨日、一護がしていた髪飾りが置いてあった。
剣八は、昨日の夜の恥ずかしそうに着飾った一護や、自分の身体の下で喘ぐ様を思い出す。
風呂場での現世の結婚の真似事に、やちると3人で寝た時間や今朝の朝食を作る一護の姿や、3人で食べた朝食を
思い出す。
そして、今日の昼寝の時間が一番心地よかった。一護の仕草や自分を見る眼差し全てが・・・。
幸せとはああいう事を言うのか?自分では分からない。だが一護と居ると満たされる自分がいる。
また戦いたいとも思う。一護は嫌がっているが・・・。望む望まないに関わらずアイツの周りには強い敵が寄ってくる。
一議はまだ強くなる、その時にでも斬りかかってやろうと思い剣八は寝た。

 翌朝、目覚めた一護は、自分の身体がイヤに重いと感じていた。
(昨日無理したからかな?)
と思っていると部屋の扉をノックされた。
「虎徹です。一護さん入りますね」
「あ、はい」
「食事を持ってきました、気分はどうですか?」
「あんまり良くはないです。正直食欲無いです・・・」
「まぁ、どうしましょう?少しだけでも良いので食べてくださいね。卯ノ花隊長に相談しましょう」
「あの、明日からお粥とかにしてもらうって出来ますか?」
「それは良いですけど」
「すいません、我が儘ばっか言って・・・」
一護が謝る。
「構いませんよ。さ、温かいうちに少しでも食べて下さい」
「はい」
一護は、食事に手を付ける。咀嚼して飲み込もうとした時、喉に引っ掛かって飲み下せなかった。
水で漸く流し込んだ。ご飯でも野菜などのおかずでも、どんなに噛んでも、飲みこむ時に抵抗が出る。
「なんだ・・・、これ」
その内、箸が止まった。
「もう良いんですか?一護さん」
動かない一護に勇音が問い掛ける。
「あ、はい、すいません」
「良いですよ。診察室に行けますか?無理なら此処で見てもらっても良いんですよ?」
勇音が言うと、
「いえ、そこまで甘えられないです。自分で行きます」
一護はベッドを降り、顔を洗って診察室に向かった。卯ノ花隊長が、
「顔色が良くないですね、一護君」
「はい、なんか身体が重い感じがして・・・、食欲も無いです・・・」
「そうですか、霊体の調子も、あまり変化が見えませんね。気長に行きましょう」
「でも俺、現世に帰らないと・・・」
「大丈夫ですよ、夜一さんから、浦原さんに頼んでありますから、一護君は治るまで此処に居て下さいね」
「は・・・い」

病室に戻ると一護はベッドに突っ伏した。
「はあ〜」
溜め息しか出ない。一人きりになると不安に押し潰されそうになるが、かと言って誰かと居たいとも思わなかった。
剣八に逢いたかった。昨日も逢ったのに、いつもは一週間逢えないのはざらなのに・・・。
近くに居るからか?剣八の霊圧を無意識に捜すのか?
「逢いたいなぁ・・・」
呟くと一護は処方された薬を飲んだ。その内眠くなって来たので、眠ってしまった。
「いっちー、いっちー」
ユサユサと体を揺さぶられてめが覚めた。
「やちる・・・、どうした?」
「お昼ご飯一緒に食べようと思って」
「そっか、もうそんな時間かぁ」
目を擦りながら体を起こす。傍にお粥を持った勇音が居たので、
「あ、勇音さん、すいません。無理言って」
「別に構いませんよ、あの私もご一緒して良いですか?私もお粥なんですよ」
小首を傾げて訊ねてきた。
「え、良いですけど、私も?」
「ええ。いつもお粥なんです。好きなんですよ」
粥をよそいながら勇音が言う。
「そうなんですか。やちるは?お粥にすんのか?普通の食べるのか?」
「ん〜?お弁当持って来たよ」
誇らしげにお重を持ち上げた。
「すげぇな、やちるはたくさん食べて大きくならないとな」
笑いながら頭を撫でる。
「うん!早く食べよ」
一護は、やちると勇音と一緒に食事をした。やはり飲み込む時に苦労した。
(お粥だぞ・・・?)
やちるを見るとすごい勢いで、お重の中身を食べていた。思わず笑みを零す一護。
「やちる、また弁当付けてんぞ」
その口元の飯粒を取って自分の口へ運ぶ。それはすんなり喉を通った。
「ありがと、いっちー、ハイこれあげる」
卵焼きを一切れ、茶碗の中に入れられた。
「サンキュ」
「つるりんが作ったんだよ!いっちーのも美味しいけど、つるりんのも美味しいよ?」
「へぇ、一角って何でも出来んだな」
言いながら食べる一護。少し塩辛いのは稽古をしている自分の為か。
「うん、美味いな」
お粥を一杯食べ終わると、笑って二人を見ていた勇音が、
「おかわりはどうですか?一護さん」
「あ、もう良いです、ありがとうございます」
「え〜、いっちー、一杯しか食べてないよ?」
「ああ、もう満腹だから」
笑いながら言う。薬を飲んで、やる事も無いので、
「やちる、髪梳いてやろうか?」
「ん?今日はイイよ。いっちー、しんどそうだもん」
そう言うと、空になったお重を持って、また来るねと言って帰った。
「勇音さん、俺そんなに顔色悪いですか?」
「良くはないですね、大丈夫ですよ卯ノ花隊長がついてますから!」
そう言われて少し安心した一護はまた眠くなって来た。
「眠い・・・」
「眠るのも体に良いですよ、また夕飯の時に来ます、おやすみなさい一護さん」
促されて、眠りに就いた。そして夕飯時、一護は起こされた。
「食欲はどうですか?一護さん」
勇音が問い掛ける。
「あまり、欲しくないです」
「そうですか、少しだけでも食べて下さいね」
自分で我が儘を言ってお粥にして貰ったんだ。食べなきゃ。
「はい、ありがとうございます」
茶碗を受け取って、食べようとするが、手が進まない。無理やり口に運ぶと、今度は飲み込み方を忘れたかの様に
動けなくなる。漸く一口飲み込む。次の一口を口に運ぼうとして、粥を口に近づけるとその匂いに一護が、
「うぇ!う!ゲホッ!」
いきなり咳きこんだ。
「大丈夫ですか!一護さん!すぐに卯ノ花隊長呼びますからね!」
まだ咳きこみ、涙目になっている一護は止められなかった。
「大丈夫ですか?一護君」
卯ノ花隊長の声で漸く、気を失っていたことが分かった。
「あ・・・」
自分の声がひどく掠れていた。
「無理に喋らなくて良いですよ。一護君、どうも貴方は摂食障害が現れたようですね。今から栄養点滴に移ります。
それと水分は幾らとっても構いませんから、お茶や水は好きなだけ飲んでください、後、お腹が空いたらいつでも
言って下さいね」
優しく語り掛ける卯ノ花隊長に思わず涙声で、
「すいません、すいません」
繰り返し謝った。
「良いんですよ。病気の時は誰でもそうなります」
優しく一護の頭を撫でながら、点滴の用意をする。
「12時間毎に換えに来ますので、お風呂はその時に入って下さい」
手早く、針を刺しそう告げると帰って行った。その日から一護は何も食べられなくなった。
やる事も無いので窓の外ばかり見ていた。時折、十一番隊の隊士の声や姿が見られたが、剣八の姿は見られなかった。
嬉しい反面寂しくもあった。

 一護が食事を摂らなくなって一週間たった。見舞いの客もそこには触れず、当たり障りの無い会話をして帰る。
一護はもう自分の身体の事等どうでも良かった。その内誰が来ても窓の外ばかり見ていた。
この日は白哉、ルキア、恋次が来ていたが、反応は無かった。
「おい、一護!」
肩を揺さぶると漸くこちらを見て、
「アレ?お前らいつの間に来たんだよ?」
「いつの間にって・・・、お前何言って・・・」
恋次が言葉に詰まった。30分前から、此処にいたのに何を言っているのか・・・。
「今来た所だ、気にするな。それより窓の外に誰かいるのか?一護」
ルキアが問う。
「別に、通ると良いんだけどな」
力無く笑う一護がポツリと、
「逢いたい人が身近にいるのに逢えないって、しんどいな・・・」
と呟いた。
「一護・・・」
「ワリィ、折角来てくれたのに変な事言って」
「いや、構わんが・・・」
十中八九、剣八の事だろう。一護はまた窓の外に目をやった。
「ではまた来るぞ、一護」
「え、もう帰るのか?」
「あまり長居したら、体に障るだろう」
「ワリィな。気ぃ遣わせて」
「いや、ではな、一護」
「ああ、白哉も恋次もあんがとな」
3人が帰ると勇音が点滴の交換にやって来た。

第3話へ続く


まるで新婚さんですね。一護、拒食症になっちゃいましたね。一週間剣八と逢えなくなって抜け殻状態です。


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