題「一族・長の資格」5
 京楽の兄は白の見舞いから屋敷へと向かう途中で、白哉と出会った。
「これは朽木様。ご無沙汰いたしております」
「そなたは京楽隊長の兄君であったな。如何なされた」
「はい、義妹・・いえ義弟の見舞いに参った帰りにございます」
「ほう。白の見舞いか。白の様子は如何であった?」
「それが子供達を学院に送りに言ったとかで逢えませんでした」
「それは残念であったな」
「はい。時に朽木様。朽木様は義弟とは懇意にされていらっしゃるとお伺いいたしましたが・・」
「うむ。よく子等と共に我が屋敷に遊びに来ておる」
「左様でございますか。それでは恐縮ではございますが、朽木様に御尽力を賜っても宜しいでしょうか?」
「・・・白のことか?」
「左様でございます」
「ここでは何であろう、私の屋敷へ参ろう」
「ありがとうございます」

朽木邸の一室に白哉と京楽の兄が居た。部屋の周りは人払いがされている。
「京楽殿。白に関して力添えが欲しいとは如何されたのだ?」
「はい。その前にこちらをご覧下さい」
京楽の兄は懐から書面を取り出し、白哉に渡した。
「これは・・?」
「義弟が毒殺された父親の復讐にて毒殺した貴族の一覧にございます」
「白が・・・毒殺した貴族の、だと?」
「朽木様はお聞き及びかと存じますが、義弟の父親はここに書かれた者達によって義弟の目の前で毒殺されております。義弟はその復讐の為に、彼等が仕掛けた毒饅頭にて彼等を毒殺したのでございます」
そこまで言うと、京楽の兄は両手をついて深々と頭を下げた。
「如何なる理由がございましても貴族殺しは大罪にございます。彼等は他にも法に触れる悪事を働いておりました。もちろん、だからと言って義弟の罪が問われぬ訳ではございません。私は義弟の罪を知ってなお、義弟に罪は無いとして京楽の一族に招きました。もしまだ義弟に罪が及ぶと申しますならば、私が代わってその罪を負いましょう」
「京楽殿・・・」
「義弟は既に我が一族の一員。一族の者を護るのは、本家当主の私の役目にございます。義弟の罪は私が被りますゆえ、今は義弟の為にどうかお力添えをお願いいたします」
「京楽殿、そなたの覚悟はあい解かった。白の毒殺の件については今は問わぬゆえ、仔細を話してくれぬか?」
「それでは・・・!」
「私も出来得る限り力となろう。まずは面を上げられよ」
「朽木様。ありがとうございます!」
白哉の協力に京楽兄は心から感謝の意を表し、白哉もまた京楽兄の決意に敬意を示した。



白は天鎖と別れてから、先程の天鎖との会話を思い出しながらぼんやりと帰り道を歩いていた。
天鎖は、自分に天鎖を越える霊力があると言った。それゆえに一族は自分を『次期』にと迎えるつもりがあるのだと。しかし、自分が長になるにはそれだけでは足りない。長になるには霊力を覚醒させ『刀』を出現させなければならないが、自分はまだその刀を出現させてはいないはずだった。
追っ手から逃げ惑う日々の中で、時折姿を見せる天鎖から白は戦う術を教えてもらった。しかし今までただの一度も『刀』を出現できたことなど無かったのだ。天鎖もそのことについては何も触れはしなかった。剣の扱いは教えてもらったが、霊力の覚醒については、天鎖は一度たりとも口すらにしたことはなかったのだ。だからこそ白は疑問に思うのだ。何故今、自分なのか、と。
考えに耽って歩いていると、白は誰かとぶつかった。

「あ、悪りぃ。考え事してて・・・大丈夫か?」
「い〜え、大丈夫ですよぉ〜」
なんとも間の伸びた返事に相手を見れば、男とは思えない整った顔の細身の男がいた。腰まで伸びた青みを帯びた銀髪を毛先付近で結んで、血のように赤い紅玉が1つ付いただけの簪を挿している。銀鼠色の着流しには紅い鯉が跳ねていた。見目こそ遊び人かチンピラだが、雰囲気は至極穏やかだ。
「奥方様こそ大丈夫ですかぁ〜?」
「ああ。なんともねぇよ」
「よかったぁ〜。お貴族様の奥方様に、怪我なんてさせたらた〜いへ〜ん」
「いや、俺がぶつかったんだから・・・」
「あ〜ら、お優しいぃ〜」
にこにこと笑う男。気の抜ける話し方だが、しなやかな動きには隙が無い。
「奥方様ぁ〜?お気をつけくださいね〜?」
「あ?何がだ?」
「ま〜た、ぼんやりしてて今度は転ばないようにぃ〜。大事な人が心配しますよぉ〜?」
「・・・っ!わかってるよ。じゃぁな!」
ひらひらと手を振る男にと別れて、ふっとため息をついた白。まったく得体の知れない男と出会ったものだ。しかしあの男の言うようにぼんやりとはしていられない。白は気を取り直すと家路を急いだ。



白が屋敷に着くと、奥からぱたぱたと足音がしてきた。
「ママ、おかえりなのです!」
「ただいま、夕月。お利巧にしてたか?」
「はいです!」
白は出迎えに出てきた夕月を抱き上げると、その頬にキスをした。
「おかえり、白。随分遅かったね?」
「そうか?・・・誰か来てたのか?」
「兄貴がね、白の見舞いにってお菓子を持ってきていたんだよ」
「あー・・・悪りぃことしたな」
「いいんだよ、兄貴もすぐに帰ったしね。お菓子、食べるかい?」
「食う」
居間に移動して、お茶を淹れ皿を並べて見舞いの菓子折りを出す京楽。。箱のふたを開けると、そこには色とりどりの菓子が並んでいた。
「うあぁ・・・!綺麗だな」
「ママ、きれいです!食べるの、もったいないです!」
「ホントだね〜。これはね、練りきりって言うお菓子だよ」
鮮やかに色付けされた菓子は、桔梗や菊、紅葉や銀杏、栗、丸められた柿の葉など季節のものを模っていた。嬉しそうにどれを食べようか目移りしている妻と娘の姿に、思わず顔が綻ぶ京楽。
「あ、ウサギさん!これ食べたいです!」
「夕月はウサギさんだね。白はどれにするの?」
「ん〜〜、これとこれ!」
「はいはい」
京楽はうさぎを夕月の皿に、桔梗と紅葉の練りきりを白の皿に取り分けてやる。美味しそうに食べる二人。
「・・・良かった」
「ん?何がだ?」
「昨日さ、白、元気なかったでしょ?だから心配してたんだよ」
「あ、ああ・・・」
一瞬、白の表情に翳りが走る。
「・・・倒れた後で、疲れてたんだよ」
そう言うと、白は皿を置いて春水に抱きつき、キスをした。
「俺は、何処にも行かないし・・春水も俺を離すんじゃねーぞ?」
「白?」
珍しく白からのキスに驚く京楽。不安げに抱きついてくる白に対して京楽は、昨日といい今といい、やはり何処かおかしいと思う。京楽は白に何があったか問い詰めたいと思うが、この不安定さが先の戦闘から来るものであれば白の傷を抉る事にもなりかねない。卯ノ花の『そのことで白君を刺激なさらないほうが宜しいかと』いう言葉が京楽の頭を掠めた。



京楽家本家。屋敷に帰った夫を妻が迎えた。
「貴方、お帰りなさいまし」
「ああ、今帰ったよ」
「白さんの様子は如何でした?」
「ああ、子供達を学院に送り届けに行っていてね。残念ながら逢え無かったよ」
「まぁ、残念でしたこと」
「うむ。それと帰りに朽木様にお会いしたよ」
「朽木様に・・・それで、白さんの事をお願いしたのですか?」
「ああ。朽木様も御尽力を賜ると仰ってくださったよ」
「・・・朽木様に頭をお下げになったのですか?」
「あの子は私達の大事な一族の一員だからね。あの子を護るためなら、私の頭などいくらでも下げてやるさ」
「では、わたくしは情報を出来るだけ詳しく集めてまいりますわ」
「いつも済まないね」
「何を仰います。一族を護ることが貴方のお役目ならば、それを陰で支えるのが妻であるわたくしの役目。遠慮などいりませんことよ?」
「ああ、そうだったね。でもくれぐれも無茶はしないでくれよ?」
「解かっておりますわ」
二人は、身に危険の迫る白の安否を気遣いながら、白を護るための決意を固めた。



昼も過ぎて客足が引いた料理屋の片隅で、3人の若者たちが食事をしながら話をしていた。
「奥方様方の様子はどうだ?」
「特に変わった様子は無いな。上のお子達は今朝学院に戻られた」
「あの菓子も奥方の口には入らなかったようだしね」
濃い鳶色の髪の男が問えば、栗色の髪の男とそれよりやや浅い色の髪の男が答える。
「本家のご当主が気付かれたようだからな、なかなかに察しの良い方だ」
「その本家だが、今朝奥方様を見舞った帰りに朽木家の当主に会われてたぞ」
「朽木家の・・・朽木白哉か?」
「そうだ」
「態々、逢いに行かれたのか?」
「いや?道で逢ったんだが・・・・その後朽木家に寄って行ったな」
「朽木家が、動くか・・?」
「動くと思うか?」
「牽制くらいは掛けてくるだろう。あの方も奥方様とは昵懇の仲だ。本家御当主がどこまでの情報を流したかによるがな」
鳶色の髪の男はそう言うとお茶を啜った。
「少なくとも菓子の話くらいはしているだろう。いくら昵懇の仲とは言え、あの朽木白哉が頭を下げられたとしても根拠の無いことでは動かんだろうからな」
「大将は、本家の当主が朽木白哉に頭を下げたと言うのか?」
「判らん」
「・・・・奥方様は狐だぞ?」
「だが彼は一族の長としての責任感は強いと聞いている。彼ならば朽木白哉に頭を下げたとて不思議ではない」
「しかし、そうなればすぐにまた動きがあるな。菓子は失敗に終わっているからな」
「だろうな。呑太郎は本家のほうを張っていてくれ」
「判った」
大将と呼ばれた男は栗色の髪の男に指示を出した。濃い鳶色の髪の大将と呼ばれた男は、どこぞの若旦那風といったいでたちだが纏う雰囲気には隙が無く、死神にも似たものがあった。呑太郎と言われた男は体格も良く、栗色の髪を短く刈り上げ如何にも職人といった風体をしていた。
「それと・・・・奥方様があの方と接触した」
「このタイミングでか?まずいんじゃないか?」
「そこは仕方が無いな。チビはこのまま奥方様を見ていてくれ」
「承知。で?大将はどうするの?あの方と逢うの?」
それまで話に口を挟んでいなかった浅い栗毛の男が返事をした。まだ少年の面影を残す彼は、チビと言われるだけあってこの中では一番の小柄であった。
「俺達が逢うのはもっとまずいだろ。なぁ大将?」
呑太郎は呆れたようにチビを見て、大将のほうに話を振る。
「俺はあの方の動きを見てくる。・・・あいつは屋敷か?」
「多分ね。上手く取り入ったみたいだよ?」
「そっちの繋ぎも、チビ、お前に頼む」
「ええ〜!俺、あいつ苦手・・・」
「がまんしろ。次の手を知らせてもらって来い」
「へ〜い」
「俺は本家と・・・朽木家の方も見ておくか?」
「任せる。くれぐれも気取られるなよ」
そう言うと大将は食事代だと金を置くと席を立った。
「俺もこれ食ったら行くな?呑太郎も大将が居なくなったからって昼間っから呑むんじゃねーぞ?」
「分かってるよ。あいつからの繋ぎ、忘れんなよ」
「・・・わかった」
早々に食事を済ませたチビが出て行くと呑太郎は酒を注文した。
「あの方が動いたとして、奥方様はどうなさるんだろうな・・・」
出された酒を煽るようにして飲み干すと、呑太郎もまた席を立った。


第6話へ続く


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白ちゃんが悩み始めます
少しづつ白ちゃんの一族での位置が判明?
若者達が動き出します。多分・・・
そしてガンバル京楽兄



12/01/30にアップしました。




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