美しき夜景の中



















ついてない






ついてない…





ついてない……












私は、心底落ち込みながら三回、そう心の中で呟いた。


残業を終えて、更衣室へと向かう途中で課長に呼び止められたからだ。
丁度よかったと口の端を少し上げて、課長は帰ろうとする私に新たな仕事を頼んできた。


「会議室の片付けをしておいてくれないか。」


それはもう有無を問うものではなく、命令に近い態度で。






もちろん、引き受けなければならなくて
会議室の扉を開けると、煙草の臭いが漂ってきて思わず顔をしかめる。
申し訳程度についている換気扇は、低く唸り声を上げているがどうやら追いつかなかったらしい。

テーブルの上に置かれた灰皿と、飲みかけの缶コーヒー、ペットボトルの量からして結構な人数だ。
置かれたままの書類が一部、紙ヒコーキになっていたりするけれど、この際、目を瞑っておこう。

私はまず、臭いの元凶である吸い殻をまとめて近くの給湯室へ向かった。
そこでコーヒーやお茶の飲み残しを流してゴミ箱へ入れる。
飲み残しと煙草の混ざり合った何ともいえない臭いに、着替える前でよかったと思う。

確か恋人である琉も吸っていたとは思うが、これほど不快に思ったことはない。
やはり、量の問題なのだろうか。
それとも、人物の問題なのだろうか。


そんなくだらない事を頭で巡らせ部屋に戻り
書類をシュレッダーにかけて、やっと障害のなくなったテーブルを布巾で拭いた。


窓際に立ち、外を眺めれば、日が沈むのはまだ遅いというのに外はもう暗くて
静まり返ったフロアには私以外いないんじゃないかという、少し心細さを感じてしまう。

その暗闇の中では同じようなビルの明かりが、幾つもその存在を誇示していて
これをタワーや高台から眺めれば『キレイね』なんて言えるけど…。
自分自身が今その中にいると思うと、何だか虚しくなってしまう。




はぁー…。

と、ため息をひとつ。




布巾をテーブルに放り投げ『早く帰ろう』そう心の中で呟いたと同時にこの部屋をノックする音が聞こえた。
別に見られていた訳ではないのに、まるで今の自分の行動を見られていた錯覚に陥って
私は慌てて放り投げた布巾を拾い上げる。



丁度その時、扉が開いて



さん、まだ残ってたの?」





聞きなれた声がした。




振り返った先にいたのは、いかにもサラリーマンといった感じの紺のスーツを着た眼鏡の男の人。




こんな人、うちの会社にいただろうか?




その思考を、さっきの聞きなれた声をリピートした事で翻した瞬間、全身の細胞がフル活動を始める。
頭の中が痺れ出し、体が熱くなる。
胸がドクドクと激しく脈打ち出して、その人から目が離せなくなる。








…琉だ。




「…琉!?」







確証を得たと同時にこぼれた言葉に、琉は嬉しそうに扉を閉めた。




「あれっ、バレちゃった?」




わざとらしく驚いてみせて、琉は楽しそうに笑う。
眼鏡をはずし、それを今さっきキレイになったテーブルに置くと琉はゆっくりと私の側へ歩み寄って来る。


有り得ない光景に息を止め、私は力なく言葉を吐いた。




「な…何で、…琉が、…何…してるの?」

「何って、ちゃんに会いに来たの。」



それだけじゃ説明になっていないというのに、琉はふざけたそれで満足したかのように笑っている。


「何で…そんな格好してるの?」

「木の葉を隠すなら森の中って言うでしょ?」


「…え?」

「だから、琉ちゃんを隠すならサラリーマンの中って言うの?」



…いや、会社の中に紛れるならサラリーマンに…みたいな?

つまり、変装。

えへっ。


なんて笑ってみせる琉を、ただポカンと口を開けたまま眺めるしかない。


…でも、ちょっと可愛いけど。


そんな、頭の中で理解しようと必死になっている神経を余所に
まるで組み敷かれたような別の神経が、恋人に会えた事に歓喜していて…

胸がどんどんと高鳴って私が飲み込まれてしまいそうだ。



「だから…、何で琉が…ここに?」



一体どうやってここまでやってきたの?
第一、何故私がここにいるという事が分かったの?


本当はそう上手く聞ければ良かったのだけれど、突然の出来事に言葉を紡ぐ事さえままならない。
そんな私を知ってか知らずか、琉は『また最初の質問に戻るわけ〜?』と呆れた口調でそう呟き笑った。


「だって、どうして私の居場所…わかったの?」


混乱が半分以上占める私の前で、琉は静かに立ち止まる。
そしていつもテレビで見るようなキラキラとした微笑を投げかけて、すぐ側のテーブルに浅く腰を掛けた。

その動作が、我が恋人ながら見事に様になっていて、思わず目を奪われる。
けれど、ハッとしてすぐに目を逸らして、恥ずかしさのあまり見惚れてしまった事を後悔する。



「……実は俺、エスパーなんだ。」


そう聞こえたと思うと、自分の力とは全く違う琉の手が私の腕を掴んで
私は、いつの間にか琉の胸の中にスッポリとおさまっていて…つまり、抱きしめられていた。
私の質問に対して物凄くくだらない回答をよこした事が、チャラになってしまいそうなくらい眩暈がする。

ここが自分の勤めている会社だという事を思い出し、慌てて意識を取り戻しても琉の力には敵わない。

そう思ったら、何だかだんだん腹が立ってきた。

優しい笑顔も、温もりも、こんなに近くにあるけれど
まるで誤魔化されているように、さっきから何もつかめていない気がしたから。



「ちゃんと答えてよ。それに、見つかったら大変……。」


顔を上げて少し怒り口調でそれを言い終える前に、琉は突然といっていいほど強引に私の唇を塞いだ。
『…やっ…』驚きのあまり小さくそう呟いて顔を背けると、琉の腕が首に巻きついてきて
動きを封じられた私の唇に再び、口付けを始めた。

深く進入してくる琉の舌が、気が狂いそうなくらい口内を掻き回してきて…全ての神経が溶けてしまいそうになる。

いくら理性がそれを阻もうとしても、その感覚を覚えている体が

どうしようもないくらい、悦んで甘く痺れてしょうがない。





「OL姿のも、…かなりそそるね。」




唇を離して、髪を優しく撫でてくる琉はニッコリと微笑んで、再び強く抱き締められる。
同時に首筋に軽い痛みが走って、私の体は堪らず跳ね上がる。
それさえも押さえつけるかのように琉の腕が、琉の唇が体中を這い回って…。


「…んんっ……はぁ…ん…琉、何して…やめっ…。」


気がつけば大きな片手が器用に私のシャツのボタンを外していて、抵抗する間もなく
鎖骨から胸へと琉の唇は処々を強く吸い上げてきて…力を奪っていく。





「……やめて欲しい?」





そんな言葉を投げかけながら、琉はやめる気配など全く見せず私を見つめる。

その目はニッコリと微笑を絶やさずにいるのに、妙な違和感があって
まるでそれは触れたら傷ついてしまいそうな…見えない棘。



「…だって、ここ会社…、仕事終わったしもう帰……。」



ダメ。

そう言うように、琉の手が背中をなぞり、ブラのホックを外した。
胸の解放された感覚と共に、体中を甘く痺れる感情が溢れ出て心臓が苦しいくらいに脈打ち出す。




「ここまで来て、やめる訳ないだろ?」




ブラをずらされ琉の目の前で胸が露にされ、上目遣いでにやりと笑う琉と目が合った。

全身がカーッと熱くなるのを感じ、恥ずかしくて両手で胸を覆うと
座っていたテーブルから立ち上がり、琉は私を支える事を放棄した。

その途端、私の体はふらりと揺れて自分だけの力では立っていられない事を思い知る。


けれどそれは一瞬の出来事。




次の瞬間には、琉は胸を隠す私の両腕を掴んで、広げられて




私は




そのまま、テーブルに押し倒されていた――。














ちょっと長くなりそうなので二つに分けます。
中途半端でごめんなさい^^;

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